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証拠

「ガーデナー伯爵令嬢、エヴァ様ですね」


 指定された広場の噴水前には、若い騎士が待っていた。ジーノと名乗る彼が城内へ先導してくれるらしい。


 拘束中のレネと面会するために、エヴァたちは王城を訪れている。


「あの、そちらの方は……」


 気まずそうに騎士が言い淀む。面会予定のエヴァ以外に、いかにも高位貴族らしい身なりの青年が着いてきているからだろう。


「わたくしの知人に付き添いをお願いしましたの。急な変更で申し訳ありません」

「さようですか、承知しました。ご案内いたします」


 今日のユーリは、案内の騎士に対してニコニコと人好きのする笑みを浮かべている。対外向けの仕様だろうか、とエヴァは少し意外に感じていた。


 昨日、ユーリの屋敷から帰った後。エヴァはレネとの面会許可を父に頼んだ。大法官のコネは絶大で、早々に決まってしまい今に至る。


 婚約者であり幼馴染でもあるレネ。

 エヴァにとって彼は、兄のようでも弟のようでもある。同い年だが、相手も似たようなことを思っているだろう。恋人らしい甘さはなくても大切な人に変わりない。


 面会室はごく普通の応接室に見えた。

 エヴァは地下にあるのだと思い込んでいたが違うようだ。騎士がノックすると、美しい木製のドアが内側から開いた。


 最初にエヴァの目に入ったのはソファ。

 モスグリーンの上品なソファの横に婚約者が立っていた。


「レネ!」


 駆け寄りたい衝動を抑えて近づくと、彼はエヴァの大好きな柔らかい笑顔を見せた。


 手を伸ばそうとして、レネのお腹の前に重なった手枷に目が止まる。抱きしめるのは諦めて、エヴァは彼の両手を包んだ。


「エヴァ。ほら、大丈夫だから。気にしないの」


 眉を下げた婚約者の顔をレネが覗き込む。チャリ、と音を立てて片手をエヴァの頬に触れると、目の下のあたりをそっと親指でなぞった。

 朗らかなレネの言葉に、エヴァは憤った様子を隠さず、それでもしかたなく頷いた。


「エヴァ、ところでそちらは?」

「あ、ええと……わたくしの知人で付き添いをお願いした、デライト公爵家のユーリ様です」

「ユーリ・デライトです。お二人の面会にお邪魔することをお許しください」

「レネ・ウィンランドと申します。お会いできて光栄です」


 こんな状況ですが、と付け足して苦笑する。二人の関係を不思議に思っているはずなのに、レネは何も聞かずに受け入れた。"こんな状況"でも、おおらかなままでいられる人なのだ。


 空気を読むタイプの立会人がタイミングよくソファを勧め、レネの向かいにエヴァとユーリが腰を下ろした。


 レネの服装はシンプルな白ブラウスとグレーのボトムスで、目立った汚れはない。銀色の長髪はいつもよりくすんでいるが、この室内に風が吹いたならサラサラとなびくだろう。

 そこまで酷い扱いは受けていないのかもしれない。まじまじと観察しながらエヴァは少しだけ安堵する。


「レネもおじ様も、何もしていないのでしょう?」

「うん。身に覚えが無さすぎて、尋問されても答えようがないし困ってるんだよねぇ」

「解放されない理由は何かしら?」

「毒をポケットに仕込まれた父上はともかく、私が捕まるのは分からないな。誰に聞いても答えてくれないし」


 やれやれ、と呆れたように首をすくめる。


「わたくし、どなたかにお訊きしてみます」

「……ん?」

「これからお父様の職場に行こうかしら」

「……それはやめておこう?」

「どうして?」


 赤みの強いアンバーの瞳が真っ直ぐにレネを見つめる。

 こうと決めた時のエヴァは非常に"伯爵令嬢"らしく、ワガママをワガママと思わせない圧があった。平時はモラリストだが、彼女を形作る芯の部分が炎のように燃えることがある。


「まあ、うん、いいか。行っておいで」


 そしてレネは基本おおらかで楽観的で深く考えない人間だった。その上、婚約者に甘い。

 菫色の瞳を細めて微笑み、エヴァを後押しする。


「レネ卿、よろしいですか? ひとつお願いしたいことがありまして」


 これまで黙って付き添いに徹していたユーリが、唐突に口を開いた。


「なんでしょう」

「今日の午後、聖女のアナ様にお会いするとか」

「そうなの? レネ」

「そのようですね、どうやら」

「折り入って聖女様にお伝えしたいことがあるのですが」

「良いですよ。何をお伝えになりますか?」


 レネは迷う素振りも見せずに即答する。いつも通りの安請け合いである。彼なりに一応姿勢を正して、ユーリの言葉を待っている。


「聖女様はおそらく"嘘"を見破ることができます」


 すんなり頭に入ってこない言い回しに、幼馴染たちは戸惑う様子を見せた。


「……ええと、どういうことですか?」

「そういった魔法があるということです」


 嘘を見破る魔法。

 そんな魔法は二人とも聞いたことがない。

 だが、もしあるのなら……。


「確かに聖女様ほどのお方なら、そういった魔法も習得できるように思いますが、しかし……」

「彼女はまだ"知らない"だけです。自分がそれを使える、ということを認識すれば自然と行使できるはずです」


 話をじっと聞いていたエヴァが口を開く。


「つまり、師から習わなくても、聖女様ならすぐに使える、ということですか?」

「その通りですよ、エヴァ嬢」


 知性に彩られた瞳がエヴァを一瞥してからレネへと移る。


「私が伝えなくとも、そのうち聖女様はご自身で気づかれるはずです。が、念のためお伝えした方が確実で手っ取り早いですから」


 聖女の働き次第だとユーリは言っているのだ。レネはのんびりとした調子で、自分が早々に助かる手段を受け止める。


「では聖女様が人並みに善良であれば、早いうちに父と私は解放されるわけですね」


 ユーリは無言のまま口角をわずかに上げた。


「あれ……?」


 何度か瞬きをしたレネは、生まれた疑問を追いかける。なぜだろう、という思いが浮かび、逃げて、消えていく。

 目の前にいるのは、見目麗しく誰もが振り返る人だ。それなのに存在を遠く感じる。何も彼に問うてはいけない、と律する自分をレネは不思議に思う。


「レネ? どうしましたの?」

「んん、今、何考えてたんだっけ」


 手枷のついた両手で、銀色の髪を掻き上げるレネに対して。


「どっちにしろ、もう少しの辛抱ですよ」


 密やかな声でユーリが囁いた。

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