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転生者

 前世を思い出したのは雨の日だった。


 立ちのぼるペトリコールの匂いが、かつて日本という国で死んだ瞬間の記憶を蘇らせたのかもしれない。


 前世の自分が死んだのは雨の日だった。



 この世界は、聖女アナとレネ・ウィンランドの物語だ。

 そう気づいたのは、前世の記憶を辿り始めて数年後のこと。


 ユーリ・デライトという人間は物語に登場しない。ただ父であるデライト公爵家の名だけが端役として用いられるのみ。


 転生者だからなのだろうか。

 転移者である聖女と同じように魔力があった。いや、同じではなく聖女を凌ぐほどの。

 もともと魔力は高位貴族に受け継がれやすいため、公爵家の血筋による相乗効果なのかもしれない。


 レネ・ウィンランドは聖女暗殺事件に巻き込まれるが、アナの魔法により無事救われる。最終的に二人の間には愛が生まれ、主役たちのハッピーエンドで幕を閉じる。


 主役の一人であるレネには婚約者がいた。

 エヴァ・ガーデナーという15歳の伯爵令嬢。

 彼女は、事件の真犯人の密談を王城で偶然聞いてしまう。持ち前の正義感から直接その場で弾糾するが、あっけなく口封じに始末される。

 物語のまだ序盤に起こるエピソードだ。


 婚約者の死の顛末を知ったレネは心に深い傷を負うことになる。元来のおおらかな性格はなりを顰め、塞ぎ込む日々。そんな彼を救うのはヒロインと相場が決まっている。アナが寄り添い、少しずつ癒され、やがて二人は結ばれる。


 エヴァ・ガーデナーは、主人公たちの愛のトリガー役になるためだけに生まれて殺される。物語の作者によって。


 まあ、作り物であればそれでもいいだろう。

 たとえお気に入りのキャラクターだったとしても。悲しい、という自分の気持ちの処理だけで済むのだから。


 だがこの世界で、人々はみな実際に生きている。前世から好きだったハーブの香りが、日々のささやかな喜びと痛みが、フィクションではなく現実だと教えてくれる。


 最初に湧きあがったのは『理不尽』。

 エヴァのような善良な少女が、人の幸せのためだけに生まれてあっけなく死ぬ。

 そうなることを知っている。


 知っているからといって、現実に生きる人の人生をゲームのように操るのは趣味じゃない。

 ならばエヴァの死の瞬間だけを阻止すればいい。

 そのためだけに最小限の干渉をすればいい。


 聖女の魔法があればレネは助かるのだし、婚約者(エヴァ)の死がなければ実らない愛など紛い物でしかない。フィクションの世界で手垢のついた『本当の愛』というものは、現実の世界では意外と簡単に生まれるものだ。

 悲劇がなくても。


 ここは物語の世界だ。

 だが現実でもある。

 一生、誰にも言うつもりはない。


 転生者で魔力持ち。

 このふたつの秘密を共有する転生者アリサ・ピルホネンでさえ、この世界の理不尽を知らなかったのだから。

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