強襲(1)
* * * * *
ラッセルの努力によりリノの居場所が判明し、その後、東区K320の10から30番地の監視を強化し、数名の偵察部隊に確認させた。
結果、K320の12番地にある廃病院が怪しいことが分かった。
その周辺に僅かだが人間の臭いがあり、そして、生活痕らしきものも見受けられた。
どうやって隠れてきたのかは知らないが、よほど上手く生活してきたのだろう。
居住区の外と言っても中心部から近い場所だった。
……遠くでなくて良かった……。
それにデイヴィットは安堵した。
「どうしますか?」
ベイジルの言葉にデイヴィットが言う。
「……潰す」
なんらかの目的を持ち、明確な自分の意思で人間を殺そうと思ったのは初めてだった。
ここまで人間を憎いと感じたのは久しぶりだ。
デイヴィットの唸るような言葉にベイジルも、ラッセルも、そして他の幹部達も頷いた。
最終的な目的の違いこそあれ、人間のグループを潰すという意味では幹部達も文句はなかった。
すぐさま戦闘員が準備され、今回はデイヴィットとラッセル、そしてベイジルも出る。
居住区には他の幹部が残っていれば十分だ。
戦闘員が揃い次第、デイヴィット達は出発した。
大勢の武装した者達が出て行くのを、居住区にいた新人類達が物珍しげに眺めた。
人数にして、三十人ほどだ。
流れの人間のグループを潰すにしては少々過剰だが、それくらい、デイヴィットは怒っていた。
しかも相手には新人類の研究の第一人者がいる。
捕らえるにしろ、殺すにしろ、それなりの戦力で挑まなければ、何をされるか分かったものではない。
何よりデイヴィットはリノを助け出すのと共に、グレッグ=ビードンは必ず捕まえなければと考えていた。
両親を殺した罪を償わせる。
そういう意味でも、今回は重要であった。
デイヴィットは自身の乗り慣れたバイクに跨り、他の者達も各々バイクや車に乗り、東区へ向かう。
そしてバリケードまで来るとそれぞれが散開し、目的地へ向かった。
K320の12番地には確かに廃病院があった。
それもかなり規模が大きい。
「ここ、結構地下があるらしいぜ」
共に来たラッセルが端末を差し出してくる。
検索をかけたのか目の前の病院の見取り図が映し出されていた。
表向きだけでも五階はある病院だが、地下も三階ほどあるようで、なかなかに広い造りだった。
戦闘員が全員配置についたと連絡があり、デイヴィットは通信機越しに指示を出す。
「リノとグレッグ=ビードン以外、殺せ」
通信機越しに全員が了承する。
そして、デイヴィット達は病院の扉を蹴破った。
中に入るまでは全くしなかったが、院内へ立ち入ると、微かに人間の臭いがする。
それと同時に薬品らしき臭いもした。
特殊な薬品で臭いを消したか誤魔化していたようだ。
「うっへぇ、薬品くさっ」
ラッセルが舌を出して嫌そうな顔をする。
病院は研究所に似ているから、デイヴィットもあまり好きな場所ではない。
銃を構えながら内部に侵入していく。
「何の音だ!?」
「くそっ、ゾンビ達だ!!」
扉を蹴破った音に気付いた人間達がやってくる。
それらに銃撃される前にデイヴィットは持っていた銃で人間の頭を狙って撃ち抜いた。
デイヴィットは射撃が得意だ。
新人類の強靭な肉体もあって、発砲の衝撃もさほど関係なく、ブレなく的を撃つことが出来る。
ラッセルとベイジルと、デイヴィットの三つのグループに分かれ、手分けして目的の人物二名を捜索する。
それぞれ各十名ほどがついて来ていた。
人間達の臭いは地下からする。
だが、人間も馬鹿ではない。
地下への入り口にはバリケードが築かれており、それを遮蔽物にして銃撃してくる。
しばらく壁に隠れて銃弾の雨をやり過ごしていたデイヴィットだが、その目が赤くなり、ふっと壁から姿を表した。
そして、走り出す。
いや、もはや跳躍に近かった。
速すぎるデイヴィットの軌道を遅れて銃弾が追うが、当たらない。
そうしてデイヴィットは遮蔽物の目の前まで来ると、バリケードの役割を果たしている棚を掴み、そして引きずり出した。
バキ、ベキ、ギギギと派手な音がなる。
「やばい、バリケードが崩れるぞ!」
人間の焦る声がしたが構わず棚を持ち上げ、そしてバリケードとなっている物へ叩きつけた。
派手な音がしてバリケードの役割をしていた机や棚などが壊れる音が響く。
それでもデイヴィットは躊躇わずに持っている棚でバリケードを破壊する。
人間達が慌てて後退するのが見えた。
銃撃が止むと戦闘員達も人間を逃さないために駆け出した。
ぐちゃぐちゃになったバリケードの残骸を越えて、デイヴィットも地下へと降りて行く。
人間特有の生臭さが強くなる。
どうやらそこそこの人数の人間がいるらしい。
デイヴィットは飢餓衝動を解放した。
怒りと憎しみ、殺したいという欲求。
それらが混じり合って苦痛に感じるほどの殺意を感じながら、階段を降り、こちらに銃口を向けた人間に襲いかかった。
高尚な戦い方など不要である。
ただ、力に任せて人間を殺せばいい。
掴んだ人間の頭を勢いのまま地面へ叩きつける。
どうせトドメを刺さずとも、後から来る戦闘員達が生きている人間達の命を刈り取るだろう。
今回は新人類を増やすことは目的ではない。
ここにいる人間はほぼ皆殺しだ。
より狭く入り組んだ地下では銃撃戦よりも接近戦が多く、単純な力の差で見れば、新人類の方が圧倒的に強い。
だからデイヴィットは構わず突き進んだ。
新人類の強靭な肉体で暴れまわる。
多少銃弾が体を掠めても気にしない。
新人類は痛覚が人間よりも鈍いため、軽い怪我などないに等しいものだ。
デイヴィットが突き進み、後から来る戦闘員達が狩り損ねた人間を殺しつつ、部屋を確認していく。
……リノの匂いがする。
微かに、本当に薄っすらとだが、デイヴィットはその匂いに気が付いた。
自分と同じシャンプーの匂いがする。
それをデイヴィットは辿っていった。
* * * * *
「くそっ……!」
銃を片手にイライアスは走っていた。
予想していたよりもずっと早く、ゾンビ達がここを嗅ぎつけてしまった。
ゾンビ達が活発になり、いつここがバレてしまうか分からない状況であるため、数日以内に研究員と何名かの人間を除いた、非戦闘員達を別の場所に移動させる予定だったというのに。
ゾンビ達の方が行動が早かった。
もしかしたら物資調達の際に出たところを見られていたのかもしれない。
……もっと慎重になるべきだったか。
だが食料など、どうしても調達しなければならない問題もあるため、出ないわけにもいかなかった。
耳につけたインカムから仲間達の悲鳴や応援を求める声が聞こえてきて、唇を噛み締める。
角から悲鳴と共に仲間の一人が飛び出してくる。
目が合った。
「た、助け──……」
瞬間、角から赤い影が出て仲間に飛びかかった。
目の前で仲間の胸元から何かが飛び散った。
それが血なのだと遅れて理解する。
仲間の胸元から、真っ赤に染まった手が突き出している。
それが引き抜かれるとべしゃりと水音と共に仲間の体が無情にも床に倒れ伏した。
仲間は動かなくなった。
「このっ!」
咄嗟に影へ向けて発砲するも、影は瞬時に反応して後ろへ下がった。
立ち上がった影を見てハッとする。
「デイヴィット=ウォルトン……?!」
明るいアッシュグレーの髪にアイスブルーの瞳。
イライアスと同じくらいの身長で、青白い肌の、その男は人間ならば誰でも知っている。
ゾンビ達のリーダー、デイヴィット=ウォルトンだった。
銃を構えるイライアスを他所に、デイヴィット=ウォルトンがゆらりと立ち上がる。
その両手や服は血に染まっていた。
すん、とデイヴィット=ウォルトンが僅かに顔を上げた。
そして小首を傾げた。
子供のような幼い仕草にイライアスは思わず目を丸くした。
けれどそれは一拍ほどの出来事で、次の瞬間にはデイヴィット=ウォルトンはイライアスへ襲いかかった。
イライアスは迷わず発砲した。
銃弾が肩や足を掠めていくが、デイヴィット=ウォルトンの勢いは止まらない。
振り上げられた腕に思わず持っていた銃を盾にすれば、ガツンと衝撃が両腕を通して体に伝わる。
「ぐっ……!」
ギシリと腕が軋んだ。
生臭く、濃い血の臭いが漂う。
……このままでは押し切られるっ。
力では人間はゾンビに勝てない。
脇のホルダーから拳銃を取り出し、デイヴィット=ウォルトンへ向けて撃つ。
それをデイヴィット=ウォルトンはギリギリで避け、また後退した。
足元に落ちた銃を拾う余裕はない。
目を離せば今度こそ殺されるだろう。
じり、と目を合わせたまま下がれば、その分、デイヴィット=ウォルトンが前へ出る。
「……匂い」
ぽつりとデイヴィット=ウォルトンが呟く。
「リノの匂いがする……」
白目の赤くなったアイスブルーと目が合った。
「リノは、どこだ……」
デイヴィット=ウォルトンの言葉に、警戒しながらも返答する。
「……リノとは?」
「……黒髪の、女の子」
……そうか、あの少女はリノという名前なのか。
彼女はこちらを警戒して名乗ることすらなかった。
そしてデイヴィット=ウォルトンが本当に少女のために動いたのだと理解した。
デイヴィット=ウォルトンが小さく唸る。
早く言えと急かされている気がした。
「彼女は無事だ」
唸るように返される。
「どこだ」
「……彼女を返すから、見逃してくれないか?」
また、デイヴィット=ウォルトンが唸った。
先ほどよりも大きく、明らかに威嚇音だ。
「……許さない」
その言葉がハッキリと聞き取れた。
……やはりそうか……。
イライアスは死を覚悟し、それでも、せめて少しでも皆が逃げられるように時間を稼がなければと思う。
それがリーダーである自分の務めだ。
デイヴィット=ウォルトンが僅かに身を屈める。
…………来る!
イライアスの指が引き金を引こうとした。
しかしそれよりも先に横の壁が突然破壊され、イライアスは瓦礫ごと反対の壁に叩きつけられた。
デイヴィット=ウォルトンも両腕を掲げて顔を庇っている。
見覚えのない通信具がすぐ側に落ちる。
そこから聞き覚えのない声がした。
【兄貴、気を付けろ! 奴ら第三級を放ちやがった!!】
……だい、さんきゅう……?
薄れ行く意識の中で、イライアスはなんとか視線を動かした。
そこには最下層に捕縛していたはずのゾンビの一体が立っていた。
* * * * *
気のせいか、地面が揺れた気がした。
ベッドから起き上がって扉を見る。
それから部屋全体を見回した。
……何も変化はない……?
空腹のあまり目眩でもしたのだろうかと考えて飲みかけの飲み物に手を伸ばしかけ、今度こそ、確かな振動があった。
……地震?
だが地震にしては何か揺れ方が違う気がする。
地響きというより、近くで何か大きなものが破壊された時のような、そんな揺れの伝わり方に感じられた。
なんだろう、と思っていると部屋の扉がガツンと大きな音を立てる。
外からなんらかの衝撃が加わっている。
大きな音がする度に扉がひしゃげていくのが見て分かり、わたしは慌てて隣のトイレに逃げ込んだ。
少し遅れて派手な音が室内に響き渡る。
思わず両手で耳を塞ぎ、そっと覗き見ると、見覚えのない人が立っていた。
その人の顔を見てわたしは驚いた。
血色の悪い青白い肌。
向こうはわたしを見つけると一瞬目を丸くしたものの、廊下へ向けて叫んだ。
「ベイジル様、対象を発見しました!!」
足音が近付いて来る。
そして見覚えのある顔が現れた。
「リノさん!」
「ベイジルさん……!」
それはベイジルさんだった。
見慣れた顔に今度こそホッと息を吐く。
隠れていたトイレから出て、出入り口に近付く。
ベイジルさんもわたしを見て安堵した顔をする。
「良かった、元気そう──……でもないようですね。目元のクマ、かなり酷くなっています。人間達に何かされませんでしたか?」
「こんな状況で安眠は出来ませんから。最初、攫われて気絶してる時に勝手に採血されましたけど、他にはないです」
言って、ぐう、とわたしの腹の虫が鳴いた。
ベイジルさんが申し訳なさそうな顔をした。
「すみません、何か食べるものを持ってくるべきでしたね。ここでは食事も出されなかったのですか?」
「あ、いえ、わたしが勝手に警戒して何も食べなかっただけなので」
「そうでしたか。まあ、何が入っているか分かりませんし、それで正解だと思いますよ」
「歩けますか?」と問われて考える。
「はい、でも激しい運動は無理かもです。採血で結構な量を採られたみたいで、あれからたまに目眩がするんです。……食事も摂ってないからかもしれませんが」
食事をしていないせいで貧血が治っていないのか、それとも食事をしていないのと寝不足なのとで貧血なのか、よく分からない。
だがたまにクラっとするのでまだ本調子ではない。
ベイジルさんが「ふむ」と考える。
「では外までわたしが背負いましょう」
「え? ベイジルさんが?」
失礼ながら、ベイジルさんはかなり痩身というか、文系な感じの人なので大丈夫なのかと思ってしまった。
それを感じ取ったのかベイジルさんが苦笑する。
「こう見えて私も新人類ですので、リノさんを背負って走るくらいどうということはありません」




