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17/24

取引

* * * * *






 気を失った少女を見て、シンディー=ジョンソンはフンと小さく鼻を鳴らした。


 大好きなデイヴィット=ウォルトンと突然一緒に住み始めた人間の女。


 自分とは違って地味で、小柄で、細くて、か弱そうな姿にイライラする。


 ……デイヴィットはこういうか弱そうな子が好きなの?


 何もかもが自分とは違うことに腹立たしくなる。




「兄さん、それを早く持って行って」




 視界に入るだけでも不愉快だった。


 シンディーはどんなに頑張っても、この人間の女のようにはなれない。


 デイヴィットが側に置く女の子とは違う。


 ラッセルの下で働く兄から、デイヴィットのところで人間の少女が暮らしていると聞いた時は何かの冗談かと思った。


 新人類が人間と暮らすなんてありえない。


 だけど、実際に会って理解してしまった。


 この女からは人間の生臭さも気配もしない。


 新人類側に近い気配がする。


 ……どうしてよ。


 シンディーはデイヴィットが新人類となって『初のゾンビ』と公表される前から、デイヴィットが人間だった時から好きだった。


 同じ学校に通う生徒で、デイヴィットは年下のカッコイイ男の子で、一目で恋に落ちた。


 でも当時のシンディーは太っていて、地味で、それが嫌で必死になって痩せて綺麗になり、可愛くなるためにメイクやヘアセットの仕方だって頑張って覚えた。


 そうして努力して美しくなった。


 でも、デイヴィットは新人類になってしまった。


 五年前、シンディーは新人類になり、デイヴィットが研究所に囚われていると知った。


 二年前、デイヴィットが研究所から助け出された時も泣いて喜んだ。


 新人類のリーダーとして選ばれた時は当然だと思った。


 昔からデイヴィットはよく一人でいて、無口で、クールで、成長したデイヴィットを遠目ながらに見た時も、その強さに本能的に惹かれた。


 その後は何度も会おうとしたが、会わせてもらえず、それでもずっと追いかけ続けた。


 シンディーにとって、デイヴィットの側に近付くことが夢であり、目標でもあった。


 それなのに、この女はその場所を奪った。


 突然どこからともなく現れた力もない人間の女。


 デイヴィットの側にそんな女がいるなんて許せなかった。


 吸入タイプの麻酔薬で眠らせた女を、兄が大きなキャリーバッグに詰めて運び出す。


 とにかくデイヴィットから引き離したかった。


 兄について部屋を出て、エレベーターに乗る。


 地下駐車場まで直通のエレベーターはこのビルの主人であるラッセルと数名の幹部しか使用出来ないため、別のエレベーターを乗り換えて向かうしかない。


 途中のクラブで降りて、そこから一階までエレベーターで降り、階段で地下駐車場へ行く。


 兄の車の後部にキャリーバッグを積み込む。


 助手席にシンディーが乗り、運転席に乗った兄がエンジンをかけて車を発進させる。




「やった、成功した!」




 ビルを出てホッとした。


 ラッセルのビルには至るところに警備と監視を兼ねて人がいたため、もしかしたら呼び止められるかもしれないとヒヤヒヤしたが、ラッセルの下で働く兄のおかげで無事出られた。


 喜ぶシンディーに兄が言う。




「本当にいいのか」




 兄の問いにシンディーはムッとする。




「大丈夫だって〜! 人間が一人いなくなるくらいで兄さんったら心配性なんだから〜!」




 たとえ誰かが騒いだとしても大ごとにはならないはずである。


 キャリーバッグの中にいる女は表向きには非公開の存在なのだから。


 それに兄の話では女がデイヴィットのところにいることに反対する者も多いと聞く。


 この女がいなくなったら幹部達も喜ぶだろうし、きっとデイヴィットも気にしないだろう。


 もしかしたら困っていたかもしれない。


 シンディーはデイヴィットのために、幹部達のために、そして自分のためにしているのだ。




「いるはずのない人間がいなくなるだけじゃん」




 デイヴィットの側に人間の女がいるなんておかしい。


 それこそ力もあって、見た目も良くて、弟ラッセルの信頼厚い部下の妹であるシンディーみたいな女がいるべきなのだ。


 兄は物言いたげな顔をしたが黙っていた。


 シンディーの兄は実の兄ではない。


 幼い頃に再婚した父。


 新しい母とその連れ子が兄であった。


 シンディーは兄にはあまり興味がなかったが、兄はシンディーに甘く、何でも言うことを聞いてくれる。


 我が儘を叶えてくれる兄がシンディーは好きだ。


 車は段々と街の中心部から離れ、居住区の外へ向かって進んでいく。


 そして居住区と外との境目のバリケードへ辿り着く。




「ここから先は歩いて行く」


「ええ〜!」




 シンディーは兄の言葉に不満そうな顔をする。


 しかし、バリケードの先は荒れた街が広がっており、放置された車両などもあって、車で通り抜けることは出来ない。


 兄が後部からキャリーバッグを下ろし、中に詰め込んでいた女を出し、念のためにもう一度麻酔薬を吸わせている。


 そして女を抱えると兄が歩き出す。


 シンディーもそれについて行く。


 この計画を考えたのはシンディーだが、人間に売り渡すために動いたのは兄だ。




「ねえねえ、いくらでこいつ売れるの〜?」




 シンディーの質問に兄が短く「五百」と答えた。




「ええ〜、やっす〜! かわいそ〜!」




 それがおかしくてシンディーがキャハハと笑う。


 荒れた街をシンディーと兄が歩く。


 そこら辺には自我を持たない新人類のなり損ない達が、意味のない呻き声を時折漏らしながら、うろうろしている。


 シンディーはそれらを醜いと思った。


 新人類にも階級がある。


 デイヴィットやラッセルを始めとする、力が強く、自我があり、ある程度は飢餓衝動を自分の意思で抑えたり解放したりとコントロール出来る第一級。


 第一級の上位に位置する者達は新人類の上層部になり、新人類を率いる立場となる。


 現在、第一級の者達は世界各地に分散し、少しずつ新人類を増やしながら人間達を侵略している。


 兄とシンディーもギリギリ第一級である。


 次に自我はあるが力が弱い者が第二級と呼ばれる。


 弱いと言っても人間に比べたら強いが、第一級ほど力のない者達がここに分類される。


 実は居住区に住む大半の新人類は第二級だ。


 彼らは力が弱いので基本的に戦闘には参加せず、普通の生活を行い、新人類の暮らしを支えている。


 第二級は飢餓衝動を自分ではコントロール出来ないため、人間が近くにいると、飢餓衝動で我を失ってしまう。


 それを防ぐためにバリケードを築き、外と隔てることで人間の侵入を減らし、日常生活を送っている。


 ちなみに居住区と外との近辺は第一級の下位に位置する者達が定期的に巡回、監視を行い、人間の侵入がないかを確認し、場合によっては第一級が持ち回りで戦闘を行う。


 そして第三級は自我はないが力が強い者が分類される。


 新人類の中にも自我はないが、他者よりもずっと力の強い者が稀に現れる。


 こういった者はとにかく暴れて攻撃性が高く、同族の新人類だろうが、人間だろうか、構わず攻撃してくるのだ。


 だから場合によっては捕縛されることもあるが、大抵の第三級は自我がないので当てもなくフラフラとしており、流れ者であることが多い。


 第三級は同じ新人類からも嫌われる。


 同族意識の強い新人類の中で、同族に対して躊躇いなく殺意を向ける第三級は、時に人間よりも嫌悪の対象になることもあった。


 最後は自我も力もない第四級。


 これは居住区外にいる、人間達が俗に言う『ゾンビ』がこれに最も近い。


 人間がいなければ静かだが、第四級は自我がないため、飢餓衝動を感じていない時はただぼんやりとうろついているか立ち止まることしか出来ない。


 そうして人間が近くにいると飢餓衝動によって襲いかかる。


 第四級は自我がなく、食料品を開けて食べるという知能もないので、空腹と飢餓衝動で人間に襲いかかり、そのまま人間を食い尽くしてしまうこともある。


 第四級は殆どが死ぬまでこのままだ。


 新人類の研究はされているが、どのような人間が新人類になるとどの階級となるかは未だ解明されていない。


 ただ割合的には第四級が最も多く、第三級が最も少ないとされている。


 第四級は新人類の中では同族ではあるが、人として認識されていない。


 自我もなく、力も弱いので、放置する状態だ。


 だが第四級がいるおかげで居住区は守られているとも言える。


 そのうち居住区の外の第四級は全員、餓死するらしいが、シンディーにはどうでもいいことだった。


 第四級は汚くて、同族とは思えなかった。




「そろそろ着くぞ」




 考えてごとをしていたシンディーは兄の言葉にふと我へ返った。


 さすがに一時間以上も歩いてくれば飽きてくる。




「やっと〜? 疲れた〜」




 別に本当に疲れたわけではないが、思わず口をついてそう出てきた。


 荒れた街を歩いてもつまらない。


 シンディーと兄が到着したのは小さな公園だった。


 使われなくなって大分経ち、芝生は雑草となって伸び始めている。


 せっかくのお気に入りのブーツが汚れるとシンディーは思ったが、公園に立ち入る兄の後を追った。




「約束の時間通りですねえ」




 ねっとりとした男の声にシンディーは顔を顰めた。


 胸の内に湧き上がった憎しみや嫌悪感、殺意を押し留めたものの、シンディーも兄も薄っすら白目の部分が色付いた。




「そちらが件の少女ですか。思ったよりも幼いですねえ」




 シンディーも兄も飢餓衝動を抑えていた。




「こちらが約束のお金です。あ、ここに置きますね」




 その白衣を着た男はへらへらと笑いながら、公園の真ん中に持っていたカバンを置き、下がって距離を取る。


 兄がカバンに近付き、中身を確認すると、そこに女を下ろしてカバンを掴む。




「ご協力ありがとうございます」




 へらへら笑った白衣の男が言う。


 そして、漂ってきた臭いに兄がシンディーへ振り返った。




「っ、逃げろ!!」




 漂ってきた大勢の人間の臭いに遅れてシンディーも気付く。


 慌てて下がるのと同時に発砲音が複数響き渡り、シンディーの左肩を銃弾が掠めていった。




「きゃっ?!」


「くっ……!」




 カバンを掴んでいた兄の体がグラリと傾く。




「シンディー、逃げろ!!」




 その兄の言葉に押されるようにシンディーは踵を返し、慌てて元来た道を走り出す。


 久しぶりに感じた痛みに怒りを感じたが、シンディーはあまり戦闘に長けておらず、遠くからの射撃にも対応出来ない。


 自分の身を守るためには逃げるしかなかった。




「くそっ……!」




 これだから人間は嫌いだと悪態を吐く。


 痛む左肩を無視して、とにかく居住区へ向かって走り出したのだった。










* * * * *










 妹が無事逃げ延びたのを振り向いて確認したジルドは安堵した。


 何発も撃ち込まれた麻酔のせいか、意識が朦朧とする。


 立ち上がることも出来ずに蹲るジルドの下に、白衣の男が軽い足取りで近付いて来る。




「いやあ、ついこの間、実験体をうっかり死なせてしまって困っていたので本当に助かりました」




 ジルドは男を睨んだ。


 物陰から数名の人間が現れる。


 飢餓衝動で憎しみと怒り、殺意で頭が塗り潰されそうなのに、体を動かすことが出来ない。


 白衣の男が地面に寝かせていた少女を抱き上げる。




「ふむ、東の国の人間でしょうか? 随分と痩せていますねえ。これではあまり沢山は採血出来なさそうだ」




 白衣の男は出てきた人間達に振り返る。




「ご苦労様です。おかげで例の少女と新しい実験体を手に入れることが出来ました。……まあ、このゾンビの言うことが事実であればの話ですが」




 ジルドが唸るように言う。




「貴様ら人間と一緒にするな……!」




 ジルドの母親とシンディーの父親は死んだ。


 五年前、まだジルドもシンディーも人間だった頃、ジルド達兄妹は両親と共に小さな町で暮らしていた。


 小さな町で、誰もが知り合いだった。


 そこが新人類に襲われた時、両親もジルドも必死に戦った。


 それなのに、父親が新人類に噛まれたと知るや否や、人間達は自分達家族を全員殺そうとした。


 抵抗するとシェルターの外に放り出された。


 父親はゾンビとなって家族を襲うくらいならばと自ら死を選び、夫を深く愛していた母親も後を追って自殺し、ジルドとシンディーはたった二人、取り残された。


 だが、人間達はジルドとシンディーがまだ生きていると気付くとバリケードの向こうから発砲してきたのだ。


 ジルドは腹を、シンディーは足を撃たれ、動けなくなったところを新人類に襲われ、そして兄妹は新人類へと生まれ変わった。


 皮肉にも、傷を負ったジルドとシンディーを助けてくれたのは第一級の新人類だった。


 ジルドとシンディーは傷を癒すと小さな町のシェルターを蹂躙し、全ての人間を殺し尽くした。


 新人類になったからか、人間への憎悪や嫌悪は一層強くなるばかりだった。




「そこの君、あの実験体にもう一本二本、麻酔を投与しておいてくれるかい。暴れられては面倒だからね」




 白衣の男の言葉に、側にいた人間が頷き、銃口を向けて来る。


 ……ああ、分かっていたさ。


 人間と新人類は相容れない存在だ。


 二度発砲音がして胸と肩に針のような麻酔弾が刺さり、その鋭い痛みに体が揺れる。


 ややあって、体から感覚がなくなっていく。




「我々も、君達ゾンビを信用してはいないのさ」




 嘲笑う声に、薄れゆく意識の中、ジルドは「やはり人間と取引などするべきではなかった」と後悔した。


 尊敬するリーダー達の側にいる人間の少女。


 ジルドもまた、シンディーほどではないにしろ、それを不愉快に感じていた。


 人間の手に渡れば二度と戻って来ないと思った。


 浅はかな自分達の行動が返ってきたのだと理解していても、ジルドは拳を握り締めた。


 ……人間など、大嫌いだ……。








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[一言] "リノがいなくなってもアッシュは気にしない"とか"側にいる女は私であるべき"、みたいな思い込み、こんな都合よく考えられるもんかな。 役に立ってない警備も気になりました。 この兄妹をうまく操っ…
[良い点] 本日のキーワード 「裏切り」 裏切ったり、裏切られたり…。 [一言] ボス、裏切り者はジルドさんですぜ! と、ラッセルに伝えたい…。 理乃ちゃん、薬で眠るのは身体に良くない。 早くアッ…
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