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手違いで

 







 それは唐突だった。


 学校からの帰り道、星の見え始めた空の下を、雑踏に紛れてぼんやりと歩いていた。


 ……帰ったら宿題やらなきゃ。


 そんなようなことを面倒に思いながら考えていた。


 そうしたら突然、目の前が真っ白になった。


 比喩ではなく文字通り真っ白だった。


 上も下も白一色で、自分が立っている場所も白く、本当に自分の足元に床があるのかと不安になるような場所だった。


 前後左右、上も下も純白である。


 ……どこだ、ここ。


 眠気のあまりついに幻覚でも見えるようになってしまったのだろうか。


 ふわ、と風を感じ、目の前に影が現れた。


 それは輪郭がハッキリしなくて、かろうじて人の形をしていることは分かったが、それが男なのか女なのかは不明である。


 わたしの一メートルほど前にそれはいた。




「コウサカリノよ、そなたは心臓麻痺によって先ほど死んだ。それは理解しているな?」




 影は何だかとんでもないことを言い出した。


 思わず右手を上げて応えた。




「あの、わたしはコウサカリノではなく、古坂こさか理乃りのです」


「……え?」




 よく分からないが影が慌てたようにワタワタと動いている。


 そこから「あれ?」「え、嘘?」と呟きがして、しばらく待っていると、ごほん、と咳払いが聞こえてきた。




「あ、あー、申し訳ない。その、どうやらこちらの手違いで無関係のそなたを死なせてしまったようだ」




「本当に申し訳ない!」と影が頭らしき部分を下げる。


 それにわたしは「はあ……」と頭を掻く。




「それは困りましたね?」


「勝手に殺したこちらが言えることではないが、普通はもう少し憤ったり慌てたり、狼狽えたりするものではないか?」


「いや、まあ、別に将来に夢も希望もないですし、毎日ただボーッと生きてる人間なので……」




 影が一瞬、押し黙った。




「その若さでそれで良いのか?」


「さあ……?」




 沈黙が落ちる。


 また、ごほんと咳払いがした。




「と、とにかく、死なせてしまった以上は元の世界に戻すことは出来ない。だが別の世界へ移すことは出来る。今回はこちらのミスであるから、そなたの過ごしやすい世界に移そう」


「はあ、それはどうも……?」




 死んだ実感すらないのに、今度は別の世界と来て、わたしは全くもって現実味を感じられなかった。


 影が動かなくなる。


 だが「ん?……これは……」とか「また奇妙なことよ……」とブツブツ何やら呟いている。




「一つ訊いてもいいですか?」




 影が「うむ、何か?」と答える。




「何でそんなぼんやりした影なんですか?」


「…………それは恐らく、そなたが神について考えたことがないからだろう」




 その声はどこか憮然としていた。




「かみ?」




 髪? 紙? 神? 加味?




「人間が神様と呼ぶ神じゃ。本来、神に決まった姿などなし。見る者の想像する姿が見えるだけである。が、そなたはそもそも神の存在すら考えたこともないから、我が姿がぼんやりとしておるのだ」


「なるほど」




 言われてみれば神の存在なんて考えたこともない。


 いるとか、いないとか、それ以前に神というもの自体に興味がない。


 はあ、と溜め息をこぼす音がする。




「別の世界で何か希望はあるか?」




 少し考える。




「好きなだけ眠りたい……」




 わたしはいつだって眠たい。


 だが別に夜更かししているわけではない。


 夜もしっかりと眠って、昼間にも昼寝をして、それでも何故かいつもいつも眠くて仕方がないのだ。


 影、本人が言うところの神が唸った。




「それだけか? 冒険がしたいだとか、金持ちになりたいだとか、今ならばある程度叶えてやれるのだが」


「いや、そういうの面倒臭いんで。わたしはとにかく眠りたい。泥のように、一日中、寝て過ごしたいです」


「そうか……」




 影が残念そうにしょんぼりと肩を落とす。


 そしてシャキッと背筋を伸ばした。




「ではそなたが好きなだけ眠りを得られるように、出来る限り条件に合った世界の、場所に送ろう」




 それは最高ではないか。




「ありがとうございます神様っ」


「急に元気になりおったな……。現金な奴め」




 苦笑混じりの声がしたがスルーした。


 神様の体が金色に輝き出す。


 体が心地の好い温かさに包まれる。




「最後に一つ、新しい世界に降り立ったら、初めて出会った者に優しくしなさい」




 神様が言うのならばそうする必要があるのだろう。




「分かりました」




 ふあ、と欠伸をしながら頷いた。


 神様が微妙そうに沈黙するが仕方がない。


 こんな心地好い温もりに包まれたら誰だって眠たくなってしまうのだ。




「良き安眠生活を」




 その言葉にとりあえず頷いておいた。




「神様も、今後は死なせる相手を間違えないでくださいね」




 視界が金色に包まれ、ふわっと浮遊感に包まれる。


 そして次の瞬間には心地の好い温もりが消えて、体の前面に冷たく硬い感触があった。


 いつの間にか閉じていた瞼を開ける。


 ……床? いや、地面……?


 硬く冷たい地面にわたしは転がっていた。


 起き上がって辺りを見回せば、わたしは結構大きな道路のど真ん中で倒れていたようだ。


 ……よく轢かれなかったな。


 立ち上がって服の汚れを払ってみれば、すぐ近くにコンビニ袋が転がっていた。見覚えのあるマークからしてわたしが学校帰りに買ったものだと思う。


 拾って中身を確認する。


 やっぱりわたしの買ったものだった。


 中には焼きそばパン、ハムと野菜とチーズのサンドウィッチ、ペットボトルのお茶、チョコを塗ったプレッツェルの某お菓子、一口チョコレートの大袋が入っている。


 明日は休みだから、明日の朝食とおやつも買ったのだ。


 袋を片手にもう一度辺りを見渡した。




「これなら轢かれる心配はないか……」




 車は一台も走っていなかった。


 それどころか、そこら中で車が街路樹や電柱にぶつかって大破していたり、他の車とぶつかったりして壊れている。


 街はわたしがさっきまでいた場所とよく似たビル群だ。




「コンビニ袋は持ってきてくれたのに、鞄もスマホもない」




 あるのはコンビニ袋とその中身だけ。


 まあいいや、と当てもなく歩き出す。


 ビル群は、どこからか煙の匂いがした。


 もしかしたらどこかで火事が起きているのかもしれない。


 これだけのビル群の街で人っ子一人いないなんて、そうそう見られる光景ではない。


 ……ってここは別の世界なんだっけ。


 この世界ではこれが普通なのかも。


 道路に沿ってフラフラと歩き続ける。




「ん?」




 ……今、人影があったような?


 大通りから脇道へ足を踏み入れた。


 やはり足音のようなものがする。


 ようなもの、というのは、その音が何やらズル……ズル……という不穏なものなのだ。


 まさかな、と思いながら音のする角をそっと覗き込んだ。


 ……うわあ……。


 そこには人がいた。


 それを人と呼んでいいのかどうか迷うが、人間の形をしているのだから人でいいと思う。


 着崩れた、ボロボロのスーツに青白く生気のないくすんだ肌、恐らく視線の定まっていない目、そして口元に血を付けたまま、右側に傾きながらズル……ズル……と徘徊している。


 他にも何人か人影があるが、どれも似たようなものだった。


 そっと顔を引っ込めて足音を立てずに元の道路へ戻った。




「うん、あれは人の形をしてるけど、多分第一村人とかって類いじゃないな」




 神様の言った「最初に出会った者」には該当しないと思われる。


 ふわ、と欠伸をこぼしつつ、元の道路をまた歩く。


 歩きながらも一応考えた。


 ……あれってゾンビなのかなあ。


 そうだとしたら、この世界はあのゾンビホラーゲームみたいに、ウイルスでゾンビになるとか、噛まれるとゾンビになるとか、そういう世界なのだろうか。


 こんな世界ではのんびり眠る暇もなさそうだ。




「何が『良き安眠生活を』なんだか……」




 ……このままでは安眠どころか気が休まる暇もなさそうである。


 当てもなく道路を進む。


 大通りにはゾンビはいないようだ。


 少なくとも、ここまで歩いてきて見つかることも、見つけることもなかった。


 そのまま一時間ほど歩いた頃、道に倒れている人影を見つけた。


 全身、靴から上着から全部が黒い。


 ……ゾンビかな?


 距離を置きながら避けて行こうとした時、その倒れている人からぐぅうううっと音がした。


 …………何の音?


 もう一度、ハッキリと音がした。


 ……これってお腹の音?


 ぐぅうぅ、きゅるるるぅ、と音がする。


 思わずまじまじと倒れている人を見た。


 全身黒づくめで、背が高くてスラッとしている。


 フード付きの上着で頭部が隠れているため顔はよく見えないが、背格好からして男性だろう。


 あと服のデザインからして若い、と思う。


 そろり、そろりと近付く間もその人の腹の虫は盛大に鳴り響いている。


 こんなにお腹の音は大きくなるものなのかとどこか感心してしまった。


 ただ、安堵もした。


 お腹の音が鳴るということは、生きている人間なのではないだろうか。




「あの……」




 まだその人の腹の虫は鳴き続けている。


 持っているコンビニ袋を見た。


 神様の言葉を思い出す。




「えっと、パン食べる?」




 フードの下に僅かに覗く口が開いた。


 でも起き上がる気配はない。


 起きる気力もないのだろうか。


 その人の頭の方に移動して、座り込み、横に置いた袋からまず焼きそばパンを引っ張り出した。


 封を開けて、中からパンを半分ほど出し、倒れている人の口元に差し出してみる。


 フードの下で僅かに動きがあり、そして、がぶっとパンに齧りついた。


 転がったままで食べ難いだろうに、咀嚼して、飲み込んで、また食べている。


 よほどお腹が空いていたのか驚くほどの早さで焼きそばパンはなくなった。




「ちょっと待って」




 今度はサンドウィッチを取り出した。


 二つ入ったうちの一つを差し出すと、それにまた齧りつき、結構なペースで平らげた。


 サンドウィッチもあっという間になくなる。


 それでもフードの人はわたしの指先に口を寄せる。


 だから今度はチョコレートの塗られた某プレッツェルのお菓子を開けて、数本まとめて差し出した。


 パキポキとそれの食べる音がする。


 ……何だか餌付けしている気分だ。


 そのお菓子もすぐに消えた。


 それでもまだ足りないらしい。


 最後のチョコレートの袋を開けて、個包装のビニールから取り出して口元に持っていってやる。


 一つずつだが、それも食べていく。


 結局、最後の一つまで食べられてしまった。


 すん、とわたしの指先に鼻が寄せられる。




「ごめん、もう食べ物はないんだ」




 もう一度ごめんね、と言う。


 わたしが悪いわけではないものの、ここまで空腹の人を見たのは初めてで、食べ物を持っていないことに罪悪感すら覚えた。


 こんなのは初めての気分だった。


 倒れていた人物がうつ伏せのまま、腕を動かした。


 手を体の下へ動かし、ゆっくりとした動きで、起き上がった。


 上げられた顔を見てハッとする。


 病的なほど青白い肌──……。


 でも恐怖はなかった。


 それは、その人は青白い肌をしていたが、透き通ったアイスブルーの瞳が真っ直ぐにわたしを見ていたからだ。


 先ほどのゾンビみたいなのとはどこか違う。


 その人は想像していたより若そうだった。


 アイスブルーの鋭い目に、整った、けれどもどこか野性味を感じる鋭い顔には大きな傷跡が横切っていた。外れたフードの下にあった髪はアッシュグレーで、襟足の長いウルフカット。体格はそこそこがっしりしていて、座り込んでいるわたしを、同じく床にどっかりと座って見る。


 相手の方が明らかに背が高い。


 その目や雰囲気から敵意は感じられない。




「あなた、ゾンビ?」




 否定も肯定もなく、ジッと見つめられる。




「まあ、ゾンビでもいいんだけど。さっきのでもう食べ物は終わっちゃったから、もっと食べたいなら、自分で何とかしてね」




 ゴミを袋に詰めて口を縛る。


 そしてペットボトルとゴミを持って立ち上がった。


 汚れのついた足を手で払う。




「じゃあね。わたしはもう行くよ。次は空腹で倒れないよう、気を付けてね」




 ゾンビに気を付けても何もないだろうが。


 そしてまた、当てもなく歩き出す。


 カツコツと自分の足音が響く。


 人気のない都会というのは存外良く音が響く。


 そして、わたしの後ろからゴツゴツと鈍い音がついてくる。


 振り返る。……いる。


 前を向いて歩き出す。


 カツ、コツ……。ゴツ、ゴツ……。


 もう一度立ち止まって振り返る。


 やっぱり、その人はいた。




「もう食べ物はないんだけど……」




 立ち止まった彼はわたしを黙って見下ろす。


 ……身長は百八十五くらいだろうか?


 大体、ジュースの自動販売機がそれくらいだとどこかで聞いた覚えがあった。


 そして何となくそれくらいありそうだなと思った。


 そこそこ強面が黙って見下ろしてくる。


 ……やっぱり、わたしに何かしようって感じはなさそう。不思議。ゾンビのはずなのに……。




「……わたしの言ってること、分かる?」




 アイスブルーの瞳が瞬いた。




「……一緒に来る?」




 また瞳が瞬く。




「おいで」




 そして、彼を連れて行くことにした。


 わたしが手招きすると彼は側にやってきた。


 ……まあ、いいか。


 物静かだし、自分で歩けるから、邪魔にはならなさそうだ。


 何より神様も最初に出会った者に優しくしろ、と言っていたのだ。


 とりあえずその通りにしてみよう。


 横に突っ立っている彼の手を取る。


 生きている人間と違い、ひんやりとして、体温が感じられなかった。


 それにホッとするわたしがいた。


 ……やっぱりゾンビなんだ。


 わたしはどうしても他人の体温が生理的に受け付けなくて、それもあって、人と接するのも少し苦手だった。


 でもこれなら触れても拒否感は湧かない。


 ……こうやって誰かに触れるのは久しぶりかも。


 体温がない手は全く不快さを感じなかった。







 

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