7話
※注意
・グロテスク
・虫
この人に横抱きにされて森の中を歩き出してから、かれこれ30分はたっていた。
その間、この人はずっと無言のままで、少し落ち着かなくなって声をかけようとしたけど、黙々と歩くこの人に何と声をかけていいのか分からず、沢山考えた末、声をかけない事にした。
現に今も何も喋らずに何処かへと歩いているし、「話しかけるな」と言うオーラが凄い出てるので大人しくこの人の腕の中にいる事しか出来なかった。
それにこの人はどこか明確な場所に向かっているらしく、足取りに迷いが無い。
それに今まで通って来た道は、小さいけど道が出来ていたり、迷いそうな場所でも考える素振りさえせずに道を進んで行くから、多分この人は森を通り慣れているんだと思う。
それが単純に凄い。
リンナちゃんでさえ、最初の内は森の奥に入って迷子になった事があるし、今でも偶に森の奥に入ると迷子になるぐらいにこの森の奥は迷路じみている。森の奥は通り慣れていても同じ景色が続き、方向感覚が狂いやすい。
一体どのくらいこの森を知れば、こんな迷路じみた森の奥を、自分の庭みたいに歩く事が出来るんだろう。
それにこの人といると、何処か懐かしい気分になる。だからこの人は悪い人じゃないと思う。
「っひゃ…!」
暗くて顔が見えないけど、この人の顔がある場所を、じぃ、と見つめていると急に、ガクン、と体が落ちるような感覚が襲った。
何事かと思っていたらこの人は小さく「悪い、」と謝ってきたので不思議に思っていたら、踏んでいた所が石がある部分だったらしく、踏んでいたその石が転がって行ってしまったので少しバランスを崩したと、丁寧に教えてくれた。
もしかしたらこの人は、話しかけられないから黙っているだけで、話しかければ答えてくれたりするのかな。でももしかしたら私を助けたのだって不本意だったけど、置いていく事も出来ないから仕方なく助けたのかもしれない。
もしそうだった場合、面倒臭がられて置いて行かれる可能性がある。流石にこの暗さの中村へと帰れる自信が無い。だけどそんな恐怖よりも、少しでもこの人の事を知りたいと、思う気持ちが勝った。
この人と居ると警戒心が無くなる。懐かしい気分になるからだろうか?
話しかけようか、話しかけないかを迷っていれば、視線を感じてそちらを見れば、暗闇で見えないけど、こちらを見ている気配がした。まるで心配しているような視線と気配に思わず、「話しかけるな」オーラを忘れて話しかけていた。
「あの…! 名前、聞いてもいいですか…!?」
「…………」
瞬間身を襲う恐ろしい何か。
聞かなきゃ良かった…。
直ぐに自分が間違えた事に気づいた。
身を走る悪寒。肌を凍らす程の冷気。喉元に剣を突きつけられているような恐怖。それらに心臓の鼓動が早くなり、体がだるくなって、思い通りに体が動かない。だと言うのに勝手に震える自分の体。
私が話しかけた途端、殺気にも似た空気が辺りに漏れだして、辺りにいたであろうモンスター達がそれぞれの鳴き声を叫びながら遠くへと逃げて行く。
やがて、鳴き声が聞こえなくなり、辺りは、自分の心臓が刻む鼓動が分かるぐらい静かになった。モンスターの鳴き声は聞こえないし、気配も感じない。この辺りには私とこの人しかいない。
急激に不安になった。今ここには私とこの人しかいない。もしかしたら、この人は森を出ようとしてないのかもしれない。
この人がどれだけ強いかは分からないけど、リンナちゃんと似たような気配がするこの人からは、私は絶対逃げられ無い。多分、この人はリンナちゃんよりも強い。
もしこの人が私を殺そうとしているなら、私は抵抗も出来ずに死ぬだろう。
錬金術で武器を作って操ったとしても、この人には効かないから意味ないし、何より錬成してる間に殺される。
どうしようと考えを巡らせていれば、突然殺気が消え、小さい声でぽつりと何かを言った。
聞き逃した事に慌ててこの人を見れば、今度ははっきりと「イチナ」と聞こえてきた。
この人、“イチナ”さんって言うんだ。
顔は見えないけど、イチナさんの顔らしき所を見て、笑ってお礼を言えば、イチナさんは、「ん。」と返事をしてくれた。
それに嬉しくなって、私の名前を言えば、それにも「ん。」と返してくれたので、満足して静かにする事にした。
その後、何も言わずに歩くイチナさんの腕の中で大人しくしていれば、イチナさんからの視線を感じたのでイチナさんの顔らしき場所を見ると、視線を感じなくなった。多分顔を逸らされたんだろう。
何がしたいのか分からないけど、イチナさんの行動に気にせずにいると、またもや視線を感じた。そしてイチナさんの方を見ればまた視線を感じなくなった、を何回か繰り返して、ようやくどうしたいのかが分かった。
もしかしてイチナさん、話しかけてもいいよ、って言おうとして、くれていたりするのかな……。
もしかしたら…、と思って恐る恐る声をかけると、淡々としているけど、答えてくれた。そこから私はどうでもいい事を話しかけまくった。それにも淡々と、だけどちゃんと考えて答えてくれた。
それからしばらくして丸く開けた場所に出た。
その開けた場所には、大人3人ぐらいが座れるぐらいの大きい切り株が3つと、少しへこんでいる木が2本あり、その全体を月の光が照らしていた。
イチナさんは、その切り株の1つに私を座らせた。その時にイチナさんがフードを被っている事に気が付いた。
あの時、アンジュに光を消させていたのはフードの中を見られたくないからだったんだ。横抱きされた状態でアンジュの光があれば、私からフードの中が見えていた。
「…、メ、ルル。」
「あ、はい…!」
イチナさんに声をかけられて慌ててイチナさんの方を見ると、手の平サイズの小さい四角い箱を渡してきて、「塗れ」と言って2本のへこんだ木がある反対方向へと歩いて行く。
それを立って止めようとする前に、イチナさんが「迎えが来る」とだけ言って消えてしまった。姿が見えなくなったわけじゃなくて、文字どおり消えて。
それにポカン、と惚けていれば、遠くから「メルルー!!」という2つの声が聞こえた。リンナちゃんとイアンくんだ。
2人の声は凄い早さで大きくなっていき、ついに息切れを起こした2人が姿を見せた。
2人の姿を見て嬉しくなって、足の痛みを無くす為、アンジュが麻痺をかけてくれていた事を忘れ、思わず2人に駆け寄ろうとしたけど、足の感覚が無いせいで思い通りに動かず、転んだ。
「「メルっ!?」」
2人は慌てた様子で私の元に走って来た。
ごめんね、息を切らせてる2人に走らせて。
体を起こして座り、顔や体に付いた土を払っていると、2人は私が怪我していないか見初め、それを見終わると今度は麻痺した足を見だした。リンナちゃんは私の足を見て慌てているし、イアンくんは、新しい魔法を生み出そうとしているのか「これは、いや…、こっちか…? いやでもこれを入れて作った方が素早く治せるし…」と呟いていた。
麻痺してるから、普通の治癒魔法じゃ駄目だと思ったのかな…?
後、前から思っていたけど2人って、私に対して過保護過ぎだと思う。
前だって武器を錬成した時、錬成した武器を持とうとした時慌てて止めに来たし、私が武器を持つ時には、必ずリンナちゃんが武器を持つ為の補助をしていた。なんなら私は武器を持つ、んじゃなくて、ほぼほぼ触る、になってた。リンナちゃんが武器を持って、私は持つところと構えを知る、だけみたいな感じ。
イアンくんに限っては、イアンくんがいないと魔法はつかったら駄目だし、魔法の括りに入るやつも駄目。後、私が少しでも怪我をすると直ぐに治癒魔法を使う。
これを過保護と言わず何と言うのか。
いや、確かに心配されるのは嬉しいけど、弱い、って言われているみたいで何か不安になる。原作開始時、弱いままだったらどうしよう、って。2人と一緒に旅に行けなかったらどうしよう、って。未来を知ってるような事を言うみたいで2人には言えないけど。
「ひー! イアン早く!!」
「ちょ、煩い!! 分かってるって!! 集中出来ないから静かにして!!」
それにしても、この2人は仲良いなぁ…。
こういう時自分は、まだ弱くて守られる側なんだなぁ…って思う。2人が夫婦のような仲良しさを見せる時は必ず、私が2人に守られている時だし…。
守られるのが、良いのか悪いのか分からなくなってきた…。
うん、決めた…! 気にしない事にする…!
強い人でも守られる時はあるから、守られていても問題は無いよね…!
「あーー!!」
「煩い!!!!」
「痛っ!!」
何か1人で考えを巡らせている内に、リンナちゃんとイアンくんが殴り合いになりそうな雰囲気になってる。
お互いに睨み合ってるけど2人共、手と頭を動かしてるのか、リンナちゃんは組み合わせるのにいいものを言ってるし、イアンくんはいい効果の魔法が出来るように、それらの組み合わせを行っていた。
睨み合いながら頭と手を動かすって凄い。
喧嘩する程仲が良い2人を、ぼー、と眺めていたら、2人は私の方を見て、ニコ、と笑って立ち上がった。
かと思えばリンナちゃんは私を抱き上げ、イアンくんは笑顔で手の平の上に光る玉を作り出して、2人は顔を見合わせて笑った。そして2人は1度深呼吸してから……、全速力で走り出した。
どうしたのかと顔をあげて固まった。2人が逃げている理由が分かった。私達を追いかけて来ているモンスターのせいだ。
平べったい胴体に、木の枝みたいな大量の足。飛び出た丸く大きい目玉。紐のような触覚。移動する度になるカサカサという音。そう…。
「いやぁぁーーー!!!! なぁんでこんなところに⦅フィアムカデ⦆がいんのよーー!!」
「喋ってないで走れ!! あんなのの相手はごめんだぞ!!」
「私だってやだよ!!! 気持ち悪い!!!」
ムカデだ。⦅フィアムカデ⦆という名前のモンスター。
カサカサと音をたてながらゆっくりと距離を詰めて来る⦅フィアムカデ⦆に、2人は悲鳴をあげる。
私…? 私は…。⦅フィアムカデ⦆と目が合っているから動けないし、声を出せない。
うん、そう…。
飛び出たまぁるい目と目が合っちゃった〜♪
状態。
「しっかりしてメル!! そいつに魂渡さないで!!」
「メル!! 今すぐそれから目を離しなさい!! 」
2人の声で我に返り慌てて⦅フィアムカデ⦆から目を離す。
目を離しても、目の奥に⦅フィアムカデ⦆の姿が焼き付いて離れない。しかも鮮明に思い出せるから、リアルで気持ち悪い。
「ちょっ!! イアン何かないの!?足止め出来る魔法!!」
「あるにはあるっ、けどっ! 森が禿げるから無理っ!! やったらやったで、⦅フィアムカデ⦆の体液が森全体に飛び散るけどっ!!」
「却下でっ!!!!」
「だよなっ!!!!」
足止めする方法はないかと半分パニックになりながら考えていると、⦅フィアムカデ⦆の速さが上がり、距離を一気に詰めてきた。もう、すぐ目の前にいる。近すぎて見たくもない⦅フィアムカデ⦆のお腹部分を見てしまった。
2人が悲鳴を上げている声が遠くで聞こえる。すぐ横にいるはずなのに、2人の声が遠い。景色が全て遅く感じる。そしてそんな中その視界いっぱいにいるのは⦅フィアムカデ⦆。
ギリギリ、ギ、リ、…━━━━━━プツン。
あ、頑張っていた何かが今切れた。
その瞬間、私は今まで錬成してアイテムボックスに入れていた武器たちを⦅フィアムカデ⦆に向けて放った。
武器たちは1人でに⦅フィアムカデ⦆の元へと飛んでいき、全部⦅フィアムカデ⦆に命中して⦅フィアムカデ⦆は緑の血を辺りに飛ばして雄叫びを上げ、のたうち回った。
2人は私の事を驚きながら見ているけど、2人も今がチャンスと思ったのか走ることを優先させた。
自分の事なのに他人事のように感じる。誰かの視界をテレビで見ているみたい。何故か表の私がパニックになればなる程、冷静になっていく。私の中にもう1人の冷静な自分がいるように感じる。
しばらくすると緑の血を流しながら、無駄に足を蠢かせながら這ってきたので、すかさず私が錬成したやつで1番重い⦅大きな硬い岩⦆を⦅フィアムカデ⦆の上にお見舞いすれば、グシャッ、という音をたてて、⦅フィアムカデ⦆は動かなくなった。息絶えたのだろう。
2人もハァ、と息を吐いた。安心したのだろう。先程よりも走る速さが遅くなっていっている。
それでやっと、私も安心の溜め息を吐けば、周りの音が徐々に鮮明になっていく。そして体もどんどん重くなっていって…。
視界が暗くなり、意識が落ちた。