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17、明日の月は


キラキラと。月がとても美しい光を振り撒きながら、その美しい光を纏って輝いている。

まるで月が踊っているようだ。

そう思ってしまうほどに今夜の月はとても美しく、ほぅ、と思わず感嘆の溜め息を零れた。


そんな美しい月夜の中、私は四階建ての建物の屋根の上に立って、ある場所を笑いながら見ている。


私の視線の先には、路地裏を何人かの子達が何かを探している様子で走り回っていた。

路地裏を走り回っているのは、さっきの子達と路地裏に住む人達だ。


つい先程まで顔を合わせていたあの子達が、あんなに切羽詰まった顔で走り回っている姿を見るのは、とても気分が良い。

それも、メルル(・・・)のものを壊すつもり(・・・・・)だったあの子達の切羽詰まったあの姿。


「ははッ⋯⋯、あぁ⋯面白いなぁ⋯。」


こんなにも月が美しい良い夜は、少しでも長くメルとイアンと共にこの月夜を満喫したかったのに。

やはり楽しみは直ぐに終わってしまう。

だけど、ついでとはいえあの子達のあんな慌てた姿を見れたのだから、ここに来たかいはあっただろう。


(私今、凄い顔しているだろうな)


私は自分が今どれほど歪な笑みを浮かべているのか、嫌という程自覚していた。


不自然な程に上がっている口角。

腰に差した剣を掴む震える手と、内側から込み上げてくる、苦しいまでの高揚感。

そして───胸にある痣の、いつも以上に熱く甘やかな疼き。


今の私がどれだけいつもの私と違うかなんて、自分が一番分かっていた。

いつもより───いや、いつも以上におかしくなっている痣の疼きに、私はこれがあの女⋯⋯⋯あの女性が言っていた事なのかと、気がおかしくなりそうだった。

やはりあの女性の言っていたことは、間違いなく真実なのだろう。


それが分かったのならば、私がすることはただ一つ。


「やぁ、こんにちは?」


メルに害を与える可能性のある奴を排除するだけ。


かつり、という背後から聞こえた微かな靴の音。

その靴音の持ち主に声を掛けたと同時に、剣を靴音のした方へと剣を振る。手加減なく、殺す気で。だけど、少しの手心を込めて。


「⋯⋯⋯⋯」


少し与えた手心も気付かないようなら、そのまま死ぬだろう。さぁどうなるか。

そう思っていた私の耳に聞こえたのは、金属のぶつかり合う音だった。

ガギン!!という音を立てて、私の剣は二つの小刀に止められた。そう、今目の前にいるこの人の姿をした闇の化身に。


目の前にいるのは、黒のロングコートのような外套を着て顔をフードで隠し、口を黒の布で覆い隠した黒々尽くしの人。まるで闇が形取ったみたいだった。


この月夜に紛れるにはもってこいの格好をした人の姿をした深く暗い闇は、私の剣をその両手に持つ小刀で受け止めていた。


闇の化身は私の攻撃をその小刀で受け切り、剣のスピード少し落ちた隙に後方へと大きく飛び、私から距離を取って警戒する。

だがそれすら煩わしく感じて、すぐさま闇の化身に近付き何度か斬りつけた。


どれだけの攻撃を防げるか。ただそれだけを知るために、攻撃の手を緩めないまま目の前の闇を観察し続ける。

メル程ではないけど、私も一応観察力はあるつもりだから、多少の情報は分かるだろう。


目の前の闇は恐らく男。それもある程度成熟した男性。多分十五歳以上の男性だろう。

男は私が加えた手心に気付き、そこを的確に打って相打ちにさせた。それは、それなりの技術と戦闘能力がないと出来ないものだ。


しかも私相手にだ。生半可な能力じゃ、私の振るった剣を相打ち以前に急所を守ることすら出来やしない。

今や、私はあの女性に鍛えられて本来(・・)の能力以上になっている。いや、本来(・・)よりももっと上、限界を優に超えていっている。


そんな私の攻撃は生半可な攻撃じゃ防げない。本能が鋭い人はもしかしたらあるかもしれないが。


この男もそうなのかと思ったが、どうやら違うらしい。

そのフードと口布の間から見える赤い瞳には、何の意思も感じられない。

どうやらその戦闘能力は実践で培ってきたものらしい。


まるで人形のようにも感じられる目の前の闇は、私から目を離さず、だけどターゲットを逃がさないようにそちらにも意識を向けていた。


かといって、私に隙を見せるでもない。普通なら意識を二つに分けてそれぞれに向けると、ほんの少しでも隙が出来る。

だというのに男には隙という隙が無い。

もしかしたら並列思考が出来るのかもしれない。そうだとしたら、なんともまぁ器用なものだ。


意識を分断するのは思いのほか気力がいる。しかもそれをやっているのは私相手にだ。

だが、私には隙なんてものは関係ない。隙があろうがなかろうが、間違いなく目の前の奴を殺れる。実力の差というものがそれを可能にさせるのだ。


だけど男は違うだろう。男はほんの少しの隙も許されない中、ターゲットを認識しつつ、私の攻撃に急所に当てられることを阻止しなければ行けない。

しかも本当に少しの隙も見せないようにしているのだから、相当しんどいはずだ。


「⋯⋯⋯⋯」


だが目の前の闇はその様子や気配すら見せない。

それどころか、今も尚互いに打ち続けている中、微かな隙に混ぜた私の作った(・・・)癖に対して順応してきているのだから、相当優秀な戦闘の才能を持っている。


(しかもそれが私相手に対してやってのけるといるのだから、意思が強いと言うかなんというか⋯⋯。)


男と剣を交えて何となくは分かった。男がどこ出身で、どこ所属なのか。そして、男がどんな性格なのかも、全部。

これだけでこうやって詳しく分かるようになると、改めて私が普通では無いことが痛い程思い知らされる。


だがまぁ⋯そんなので落ち込む私じゃないけど。

まぁ落ち込まないことのなによりの理由は、私が普通じゃなくてもメルは絶対に拒まないと分かっているからだ。

拒むどころか褒め殺ししてくる想像しか思い浮かばない。


そんなわけで、私は普通じゃなくても受け入れられたから、多分これからももっと普通じゃ無くなっていくけど⋯⋯。


それにしてもこの男は未だに帰ろうとしない。いや帰れないのか。

この男はあのガキ──間違った。あの子供(・・・・)を殺すためにここに来ただろうから、ターゲットを始末しない事には帰るに帰れないのだろう。


しかも、路地裏ではターゲットと色んな人が走り回っている。この男なら問題なさそうだが、もしかしたら始末した時に姿を見られる可能性がある。


それだけならまだしも、私が今ここにいるせいで男は私を相手にしなくちゃいけないし、私に姿を見られているから私を見逃すことも出来ない。

四つくらいのことをやらなくちゃいけなくなった男は、多分苦痛だろうな。だからと言って手加減はしないけど。


まず私に隙⋯というか急所を守らなければいけないし、それと同時に私を殺さないといけない。

もちろんターゲットから意識を逸らさないようにしながらだ。

それが終わったら、路地裏を走り回っている人達に気付かれないようにターゲットを始末しなきゃいけない。

目撃されたらその人も殺らないといけなくなるしで、多分男も悩んでいるはずだ。


いやもしかしたら、意思が感じられないから、全部やることになんの感情も抱いてなさそう。

⋯うん。多分そうだ。というかそれ以外思いつかない。


というか早くメルとイアンの所に帰りたい。取り敢えず追い払おう。

といっても簡単には帰ってくれないだろうから、取り敢えず腕を折るか、男の利き腕か利き足を斬るかをするか。

⋯いや、腕の方を折った方が良い? ⋯うん、そうしよう。その方が良い。うん、決まり。


「ということで⋯」


ヒュンッ、と音をさせて、男に剣を振る。

これは忠告だ。いまから私は手加減しない、という忠告。

というか、手加減したら帰ってくれなさそうだから、取り敢えず折るか斬るかして、絶対帰らす。


そんな私の気持ちを察したのか、男は後方へと飛んで下がった。このまま帰ってくれればいいのに。

なんて思っていたけど違った。思わず溢れ出しちゃった私の殺気に、危機感を抱いて後ろに飛んだだけだわ、これ。


(あぁ〜⋯⋯このまま帰ってくれないかなぁ〜⋯⋯)


あまりの面倒臭さにヤル気が削がれて少し気を抜いた時、男が動いた。


(おっ!)


もしかしたら帰ってくれるかもしれないという期待も裏腹に、男は私に斬りかかってきた。

やっぱりこうなるかぁ⋯、と思いながら、男の攻撃を受け、躱し、流す。


男は影に潜り、あっちこっちの影から出てきて攻撃してくる。

今は夜でこの路地裏辺は暗い。だから男の潜れる影なんてそこら辺にあるだろう。なんなら、私の足元にもある。

だがそんなの、甘い。甘すぎる。

この程度の攻撃なんて、私はとっくの昔に味わって克服しているのだ。


何より、速さも、攻撃の手数の多さも、直感も、観察力も、全てが足りない。

こんなんで私に勝てると思われたのが心底ムカつく。


こいつよりもずっとずっとメルの方が強い。なのに、こんな奴にメルが負けることなんて、ありえない。

だというのに、あの女性が言うにはメルはこの男に殺される。


でも納得はした。この男なら強さなら、鍛える前のメルは気付く間もなくやられていただろう。

メルが鍛える前に、この男がメルの元に来なくて良かった。


だけどまぁ、今は違う。メルはこいつより強い。こいつに殺される可能性は限りなく僅か。だけど僅かでも可能性があるならば、それを排除するのは私とイアンの役目だ。


あの女性が言っていたような未来にさせない為に。

だから⋯⋯。


「早く、帰って。」


思わず低くなってしまった自分の声を無視し、影から出てきた男の腕を捕まえて顎に打撃を叩き込んだ。

脳が揺れて一瞬動きが止まったほんの僅かな瞬間も逃さず、胴にも打撃を叩き込む。

それによって少し軸がズレた足を払い、腕を掴んで男を思いっきり地面へと叩き落とした。


四階建ての屋根の上から地面へと叩き落とされた男は、叩きつけられた衝撃で一瞬動きが止まったが、すぐに影を潜って私から数歩離れた場所の影から出て来た。


たった数秒の出来事。いや、一秒もなかったかもしれない。少し時間が曖昧になっていた私には分からないが、取り敢えず私と男の差はハッキリとした。


この男、思ったより弱い。


私との実力差は男も感じたのか、私から数歩下がって立ち、警戒していた。

私との差がハッキリしたせいで、無闇に動いたらいけないと判断したんだろう。

その判断は正しい。だって私は、まだ(・・)戦っていない(・・・・・・)

今までのは、私にとって戦ってすらいないのと同義なのだから。


それぐらいには、私の戦闘能力は高くなっていた。今の私の戦闘能力は覚醒時の時とほぼ同格だと言っていたから、多分相当強いと思う。

まぁそんなの、私にはどうでもいいことだけど。もしこの力がメルの為にならないのなら、私はすぐさま捨て去っていただろうから。


男は身動き一つすらせず、私の行動を警戒しながら観察していた。だがそんな程度の観察力で、私のことが知れるわけない。

メルぐらいの観察力がないと私のことを知るなんて到底無理な話しだ。

⋯⋯いや、メルぐらいじゃなくて、メルに認められるぐらいの観察力を、の間違いだわ。メルの観察力まで行っちゃうと、全てが分かってしまう。


メルの観察力を持ってすれば、知りたいこと、私達が隠していることを全て分かるんだから。

だけどメルはわざと知らない振りをしてくれている。


メルの観察力で分からないことなんてないんだから、考えればわざと知らない振りをしてくれていることがすぐに気付くだろう。

しかもそれに〖鑑定士〗が組み合わされば、知らないことなんて、分からないことなんてなくなる。


だけどあの精度の観察力は、メル以外は誰も持つことは出来ない。

だってそれは⋯⋯。


そこまで考えて、男の空気が揺れた。あぁ、迷っているのか。

ならば後は背中を押すだけ。


「今のうちだよ? ⋯⋯見逃すのは。」


またもや無意識に低くなった私の声に、男の気配がグラりと揺れた。今度は大人しく素直に帰るつもりらしい。


まぁそれもそうか。ここまで力の差を見せつけられたら、帰るしか方法はないだろう。

それに帰って対策でも練った方が勝率が上がるだろうし。


意思がなくてもまともな判断力は持ち合わせていたらしい。⋯⋯いや、意思を持たないからこそ、プライドによる弊害を受けないのか。

プライドがないから、恥ずすべき選択も出来る。その時の最良を選べる。

あぁ、なるほど。この闇のような男を使う(・・)人が多いのはその言うことか。


男が一歩下がる。その瞬間男の姿がゆらり、と揺れ、その後スゥ、と闇に紛れるように消えていった。

気配も感じない。どうやら完全に帰ったらしい。


男が完全にいなくなったと分かった瞬間、一気に疲れが来て、その場に座り込んでしまった。


「⋯⋯はぁ〜〜ッ、つっッかれたぁッ!!」


案外私にこういう演技(・・)は合わないようだ。疲れた気持ちのまま、嫌味な程にキラキラとした輝く光で夜を照らす月を見上げる。

平等に、誰にでも月光を振りまく月に、私はつい溜め息を吐いてしまった。


誰にでも光を注ぐ月が、一瞬誰かに似ていると思ってしまったから。


でも月とメルは違う。月とメルを一緒にするなと自分を恨んだが、一度思ってしまったことはそう簡単に忘れられない。

月は見るだけしか──月は与えることしかしない。与えさせてはくれない。だけどメルは何かを与えてくれるし、与えさせてもくれる。

月と似ていても全然違うのだ。


そんなことを考えていたからだろうか。ふと、幼なじみの二人の顔が浮かんだ。

メルの安心したような柔らかな可愛い笑顔。イアンの、しょうがないなぁ、とでも言わんばかりの眉をほんの少し寄せた、だけど私達が楽しいならいいか、というような穏やかな微笑み。


早く二人に会いたい。メルとイアンに会いたい。まだ少ししか二人と離れていないというのに、もう耐えられなくなっている。

だけど悲しい事に私にはまだやることがある。それを何とかしない限り、二人の元へ戻れない。

ていうか、戻ったらイアンに怒られる。キレられるかも。イアン、本気で怒ると怖いから、怒らせることだけは避けたい。


「あ〜あ。早く二人に会いたいよぉ〜⋯」


だがまぁ、これをやることで二人の苦労が軽減されるなら、やるしか選択肢はないよね。


「さぁてと⋯」


重い身体を無理やり動かして、もう一度立つ。一度大きく伸びをしてから、ふぅ、と溜め息を吐き気持ちを切り替えて───。


「やりますかぁ!」


夜に溶けるように。あの闇の化身と同じように暗闇へと姿を消すように、夜の街を駆けたのだった。






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