2話
「メル〜! 遊ぼー!」
「あ、今行くね…!」
部屋の窓にリンナちゃんが張り付き、私を呼ぶ。窓に張り付くリンナちゃんに少し驚いたけど、リンナちゃんのそれはいつもの事なので、直ぐに気を取り直して玄関へと走る。
玄関にはリンナちゃんとイアンくんが立っていて、二人に手を引かれながら村を駆け回る。二人は二日前の鏡事件の後から、良く分からないけど私の手を握るようになった。私の手を握ってないと二人が何か不安そうにするので、手を離そうにも離せない。あともう一つ変わった事がある。それが…。
「ねーぇ、メル。何か困っている事無い?」
「…? 困ってる事…?」
「何でも良いんだ。小さい事でも困っている事とかある?」
あの鏡事件から、困っている事を聞いて来るようになった事。一日に最低三回、二人合わせて合計六回は「困り事は無い?」と聞いてくるようになった。
「あ、メル! 見てこれ! 綺麗な花!」
「あ、本当だ…! えっとね、これは…、⦅霊草花⦆、だよ…!」
「うん、メル良く知ってるね。正解だ。⦅霊草花⦆は魔力を回復させたり、魔力を増強させる物に使われる素材だね。⦅魔力回復薬⦆や⦅魔力増強薬⦆など、魔力に関することに使われているよ。」
嬉しそうに笑いながら私の頭をイアンくんは撫でる。次いでリンナちゃんも「メル凄ーい!」と言って撫で始めた。前よりも二人のコミュニケーションが増えた気がする。隙あらば頭を撫でたり、手を繋いだりと。そうしている間、二人は凄く楽しそうだから何も言えないけど。だって大事な二人を悲しませる事なんて私には出来ない。
「そういえばさぁ、二人は将来職業何になりたい?」
「…ぇ、?」
「は?」
じっ、とリンナちゃんが、私とイアンくんを見つめていたと思ったら急に「将来職業何になりたい?」と聞いてきたリンナちゃんに、私とイアンくんは、ポカン…と口を開けたままリンナちゃんを見つめた。
きゅ、急にどうしたのだろう…?
今だにポカン…、と口を開けたままリンナちゃんを見つめる私と違い、イアンくんは直ぐに我に返り、リンナちゃんに「急にどうしたの?」と返した。流石イアンくんである。
その直ぐあとに私も正気に返って会話に参加した。
「うーん…。いや、特に意味はないんだけど、ふと急に二人は将来、職業何になるのかな、って思って!」
「あー、成程ね?」
「私は剣士かな!」
そういえば《勇乙》でのリンナちゃんの職業は剣士だった。それでイアンくんが魔法使い。その他にも狩人や双剣士、魔法剣士や鍛冶屋、道具屋、など、沢山の職業があった。ちなみにこの世界では、職業=それで稼いでいる。だから、職業が道具屋なら、道具を売って稼いでいる人。魔法剣士なら、何かを狩って稼いでいる人。みたいな感じになる。
これ以外の職業も沢山あったけどかなり沢山あるから言うのは辞めた。
「うーん、僕は魔法使い…かな?」
「お、予想通り! メルは?」
「うーんと…、私は……、」
確か《勇乙》を読んだ時、この職業いいなぁ、って思ってたのあったような気がする。何だっけ…、えっと…。…あっ、思い出した…! 確か…!
「錬金術師…!」
「「え…? ちょ、調合師…じゃなくて…?」」
「うん…!」
錬金術師と調合師は勿論違う。調合師は体に入れる事が出来る素材を混ぜ合わせアイテムを作る職業だ。⦅体力回復薬⦆とか⦅魔力回復薬⦆など、モンスターを倒したり旅に出た際に使うアイテムなどを作ったり、新しい食べ物を作り出したり、などをする職業。
錬金術師は、使う素材は何でもありで、組み合わせる素材で新しい素材や物が出来あがったりする。組み合わせる素材である程度何でも作れる。
調合師は、素材を混ぜ合わせてアイテムを作る事が出来る。錬金術師は、使う素材は特に制限が無く、素材を組み合わせて作り直す。混ぜ合わせて作るのは調合師で、錬金術師は素材を使って新しく作り直し、又新たなるものを生み出す事が出来る。
だからといって錬金術師は万能でも無く、ある程度何でも出来る代わりにデメリットも大きい。
調合師は素材の数、量、順番、時間をレシピ通りにやれば、品質は落ちるけど初心者でも一応ある程度は作れる。
だけど、錬金術師の方はそうはいかない。錬金術師になるには全職業をマスターしなければ錬金術師になれないと言われる程、錬金術は難しい。
錬金術は、緻密な想像力、膨大の魔力、素材同士を上手く組み合わせる事の出来る計算力に、少しの変化も見逃さない観察力。
それらを持ち合わせていなければ、錬金術を上手く使えないので錬金術師にはなれない。
それ程錬金術を扱うのが難しく、錬金術師になれる人が少ないのだ。
「え、えーと…、メ、メル? あ、あのね? 錬金術師っていうのは…」
「分かってる…、錬金術師になるのが難しいのは…。」
イアンくんが思い詰めたような顔をしている。錬金術師を諦めるよう遠回しに言おうしていて、私の事を考えて言えないのも分かっている。私を心配してくれているのは分かっているけど私は錬金術師になりたい。それに私には優秀な辞書がいるから大丈夫。
「なれる! メルなら絶対なれるよ!! 」
そう言おうと口を開く前にリンナちゃんが大声で叫び、私の手を握った。それにイアンくんの待ったをかけるような声が続いた。
「リンナ!」
「だってメルがなりたいって言ってるんだぞ!? 滅多に自分の意見や気持ちを言わないメルが!! 珍しく自分の気持ちを言ったんだぞ!? 応援しないわけあるか!! 私は絶対何が何でもメルを応援して錬金術師にしてみせる!! んでもってメルに私しかいらないって思われる位好かれたい!! お前もメルを思うなら応援してやれよ!! それに私がメルの落ち込んだ顔が見てられない!!」
「僕だって応援したいさ!! だけどもしメルが錬金術師になれなくて傷付いたらどうする!! メルの気持ちを応援したいけどメルが傷付く姿を見るのは嫌だ!! それに僕だってメルを応援して助けたりして、僕だけいればいいって思われる位好かれたい!! メルを応援してやるに決まってるだろ!? 僕もメルを落ち込ませた時キツかった!!」
「そうかそうか! だが残念だったなぁー!? 一番は私だ! メルは絶対なれるし!!」
「はぁ!? 一番は僕ですけど!? そんなん僕が一番知ってるわ!! メルを信用しているからなぁ〜!!」
「「あぁん!? 戯言抜かすなこの阿呆!!」」
仲良いなぁ…。流石は未来の夫婦。気を許している感じがする。でも少しだけ仲間外れにされている感じがしてちょっと寂しい。夫婦になるのは未来だから、今はあの中に入っていってもいいかなぁ…。
「メル! あれ、メル?」
「メル、どうしたの?」
二人の袖を少しだけ掴んで俯く。二人は私が近くに来ると嬉しそうな声を出したけど、俯く私を見て不安そうな声を出した。
「やだ……」
「「え…」」
「仲間外れは…、やだぁ…」
「「……」」
かなり小さくなった私の言葉に黙る二人。それに不安になり二人を見上げると、二人は真顔から徐々に笑顔になっていき、抱き付いてきた。
「んもー、可愛い!! 寂しかったのー?」
リンナちゃんの「寂しい」と言う言葉にこくん…、と頷くと二人から「んぐぅ」という不思議な、音、声…? が聞こえてきた。
だけど二人を見上げると、二人は笑顔のままだから気のせいかなと再び頭を下げ、大人しく二人に頭を撫でられていると二人がポツリ、と何かを言った。けど、聞き取れずに聞き返すとリンナちゃんは「可愛いって言ったの!」と言って笑い、それに私は「そっかぁ…」と返し、ふと先程の会話を思い出した。
「あ、あのね…。私二人が一番大好きだよ…っ! 二人は一番強くてかっこいいの…っ!」
「「はぇ…」」
先程、応援するかしないかを言い合いになっている時、急にどっちが一番強いかになっていたのを思い出した。急に言い合いの話題が変わる程、どっちが一番強いのか決めたかったんだなぁ、って同じ気持ちになった。私も強くなろうとしているからその気持ちがよく分かる。
「ょぉーし、そろそろ暗くやるから帰ろ!」
「そうだね。モンスターが出やすくなるからね。」
「…ぁ、うん…!」
急に私の手を引いて家に帰る二人。そういえば、もう夕方になり空は橙色になっていた。それに森の方から微かに二つの気配を感じる。多分二人は、私を家に帰らせた後その気配を見に行くんだと思う。前世の記憶を取り戻した後、二人が皆に内緒でモンスターを倒しに行っている事に気づいた。
だけど私だって前世の記憶を思い出してから少しだけだけど成長したよ…! 二人に張り合おうとするのは馬鹿だと思うけど…。
「メル〜? 家に着いたよ?」
「メル、また明日ね。」
何て、二人に謎の対抗心を燃やしていたら、いつの間にか家に着いていて、中々家に入らない私に二人は不思議そうに見つめていた。それに我に返り、慌てて「気をつけてね…!」と言って家に入り、走って部屋に戻ってしばらくしてから二人の気配が消えた。
多分モンスターを倒しに行ったんだと思う。二人は同年代の子より大人っぽく、落ち着いていて、そして何より天才。
だからもうアイテムボックスを使えるようになっているだろう。
だから二人が私がアイテムボックスを使えるようになった事に気付かれる前に錬金術を扱えるようになろう。
さっきアイテムボックスにしまった素材で。
何ができるかなぁ…。