16、介入
「⋯⋯怒らないで?」
上目遣いと甘えた声でイアンくんを見る。
本当は恥ずかしいからやりたくなかったけど、これも事を穏便に済ませるためだ。
前に二人が言っていた。上目遣いしながら甘えた声でお願いしてくれたら何でも言う事聞いちゃう、って。
だから当たって砕けろ精神で実行したのだが⋯。
(⋯⋯思ったよりッ⋯⋯恥ずかしい⋯!)
「⋯ごめんなさい⋯何でもないです⋯⋯」
思ったよりも私には難易度が高かったみたいで、私は直ぐに両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
思ったよりも声が小さくなってしまったが、二人は絶対聞こえたはずなので、もう一度は言わない。
甘える、なんてことはどうやら私にはまだ早かったようだ。
まぁそれもそうだろう。二人に甘えることすらろくに出来てない私が、こんな一気に難易度が上がった甘える、なんてこと出来るわけない。
そんなこと最初から分かっていたのだか⋯、こんなに派手に失敗するとは⋯⋯。
恥ずかしさのあまりにしゃがみ込んで唸る私の両肩に、誰かの手が置かれた。
これは多分リンナちゃんとイアンくんの手だ。小さい頃から一緒にいる二人だから、顔などを見なくても二人の手が分かるようになった。
多分これ、普通は出来ないんだと思う。特技と言ってもいいんじゃないかなぁ⋯。
今は関係ないそんなことを思いながら両肩に置かれた手の持ち主を見ないように真っ直ぐ男の子達の方を見ていると、何を思ったのか両肩に手を置いていた二人は、私の肩に手を置きながら私の目の前へと移動してきた。
肩から決して手を離さない二人のその行動が、まるで逃がさないとでも言うかのようで、思わず反射的に逃げそうになった。
だがその衝動を思いっきり抑え込んで大人しくその場に留まることが出来た自分を、私は褒めてあげたい。
それに逃げたところで直ぐに捕まることは分かりきっているので、無駄なことはしない。無駄なことをして自分自身を追い込むことになるのは分かりきっていることから。
二人からは逃げられないと観念した私は、ゆっくりと顔を上げ二人の顔を見た。
(⋯わぁ⋯⋯凄い笑顔⋯⋯)
多分二人は笑ってはいるんだろうなぁ、とは思っていたけど、ここまで嬉しそうに満面の笑みを浮かべているとは想像していなかった。
何が二人をここまで喜ばせたんだろう。あの必殺技に二人をここまで喜ばす効果があったというかなぁ⋯。
それともあの行動じゃなくて、あの行動に甘えるが入っていたから、二人に対する効果が高くなったのか。
「メル! メル! もっかい! もっかいやって!」
「メル、今甘えてくれた? 甘えてくれたよね?」
よく分からなくなりながらも、ここまで喜んでくれるなら何かもういっか、と一周回って恥ずかしさより諦めが勝った。
何となく私の中の何かが壊れた気がしたが、取り敢えず気にしないでおく。
一周回って恥ずかしさより諦めが上回った私は、興奮した様子の二人を宥めて落ち着かせ、男の子達への向き合う。
取り敢えず私は大事にしたくないと、男の子達に言わなければ。
男の子達は一瞬ビクッ、と体を震わせたが直ぐに気を取り戻し、正座したままピシッと背筋を伸ばして、私達の目をしっかりと見つめ返して来る。
その目は諦めることのない⋯いや、諦めることをしない目だった。男の子達のその目の奥には、決して消えない業火がメラメラと燃え上がり、今にも男の子達を焼き殺そうとしていた。
私はこの目を知っている。この目は、昔の私の目ととてもソックリだから。
この目は昔の私の目だ。
決して諦めたくない。だけど今の自分には二人に着いて行ける力がない。だけど、二人と一緒にいたい。どうすればいい、どうすれば二人と一緒に居られるだろう。原作通りにはしたくない。
そんな焦燥にも似た感情に埋め尽くされ、沢山のことをして選択肢を増やしていき、少しでもより良い選択肢を得るためにがむしゃらに色々なことをしていた昔の私にソックリだ。
あの時は原作を思い出して、少し混乱して怖いもの知らずになっていたのもあるだろうけど、時間が思ったよりあったことが上手く事が進んだ理由だろう。
時間があって上手く事が進んだのは、私の場合は運が良かっただけなのだから。
だけど男の子達には多分時間が無い。何となくそう思った。
彼らから感じるのは、すぐにでも行動しないと間に合わない、時間が惜しい、という焦燥感。あとは、何かを上手く出来なかったらどうしよう、という不安。
彼らが何を焦っているのかは分からないが、彼らの手助けをしなければ。何となく、だけど絶対と言わんばかりの直感が、焦りという感情で私を襲う。
だけどこれは私一人で決めていい事では無い。今私は二人と一緒に行動しているんだから、二人に相談しないと。
取り敢えず私の気持ちを男の子達とイアンくんに言わないと。
「えっとね、イアンくん。私は財布を返してもらえたらそれでいいの。だからあの子達を許して欲しいな」
「いや、だけど⋯メル⋯。でもその財布⋯」
「うん。イアンくんが私を想ってくれているのは分かってるよ。だけどね、私はあまり大事にしたくないの」
「メル⋯⋯」
心配したような顔で私を見つめてくるイアンくんに、私は微笑む。
イアンくんが心配してくれたのも分かっているし、何となくイアンくんがここまで男の子達へと怒っていた理由が分かった。多分、イアンくんがあそこまで怒っていたのは、盗まれた私のフェイク財布にある。
実はあのフェイク財布は、初めて私が納得出来る品質で作ることが出来た始めての財布なのだ。
小さい頃のやつだから、今あの頃と同じように作れば今持っているフェイク財布よりもっと高品質の財布が作れると思う。
だけどこの財布を作った時は、錬金術を使い始めてまだそんなに経っていなかったから、初めてあの品質が上がった物を作ることが出来て、かなり上手に出来たのが嬉しかったのを覚えている。
だから多分イアンくんはそれを覚えていたから、それに凄く怒っていたのだろう。
正直あそこまで昔のことを覚えていてくれているとは思っていなかったから、凄い嬉しい。
「⋯⋯⋯分かった。メルがそういうのなら、おおごとにしない。」
微笑む私に、イアンくんは困ったように笑ってハァ、と溜め息を吐いた。どうやら納得してくれたみたいだ。
イアンくんの区切った喋り方が、自分を納得するように言っているのが痛いほど分かったが、それを撤回しない。
だからありがとうという気持ちも込めて、満面な笑みでイアンくんにありがとうとお礼を言えば、イアンくんも困ったような顔で笑い返してくれた。
イアンくんも納得してくれたから、後はフェイク財布を返してもらえば終わりだ。⋯少しだけ嫌な予感がするけど⋯。
「えーと⋯。というわけなので、財布を、返して欲しいんですけど⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯っ」
男の子達の元に行って顔を合わせるようにしゃがんで、男の子達へと聞くが、あの男の子達はサァ⋯と顔を青くした。
嫌な予感的中⋯かもしれない。
「あ⋯え、えと⋯⋯、さ、財布は⋯」
顔を青くし震える声で喋る男の子の言葉を、そこまで急ぐ必要も無いのでゆっくりと待てば、男の子はある程度予想をしていたことを言った。
「捨て⋯⋯まし、た⋯」
予想していたことを言われて、思わず私は唸る。上手く行きそうだったのにどうしよう、早速また壁に打ち当たった。
しかも背後で、捨てたという言葉を男の子が言った瞬間イアンくんからとてつもなくヤバい空気が発せられた。
どうしよう、またイアンくんが暴走したら。
今度はもうおおごとにしないように説得する方法なんて、今の私にはもう無い。
⋯⋯となれば、方法は一つ。
「えっと⋯っ、じゃあっ! 一ヶ月間の間に、財布を見つけといてくれませんか!?」
必殺、ゴリ押し。
イアンくんが何かを言う前に、私が条件を出す。そうすることで、イアンくんが無茶なことを言うのを防ぐことが出来る。
成功率は五分五分だけど、やらないよりやって失敗した方がいい。
イアンくんが何かを言う前に私がそう言うと、男の子は何かを察したのか、イアンくんが何かを言う前に「はいっ!」と大きく頷き、大声で了承してくれた。
男の子が察しがよくて良かった。これでおおごとにはならない。そう安心したのが多分、駄目だったのだろう。
男の子がイアンくんの方を見た瞬間、男の子の顔が真っ青になったからだ。私は慌ててイアンくんの方を見た。
振り向いた私が見たのは、とてつもなくいい笑顔のイアンくんと、イアンくんと同じくいい笑顔を浮かべるリンナちゃん。
いつもよりいい笑顔の二人に特に大きな違和感を感じなくて、何故男の子が顔を青ざめさせたのか分からなかったけど、直ぐに男の子が青ざめた理由に気付いた。
二人が殺気を男の子に向けて放っていたからだ。
男の子が怯えた理由はこれか、と納得しながらも、あれだけの殺気に気付けなかったのに、少しだけ危機感を抱く。
殺気によって動けなくなることがなくなるのはいい事だけど、慣れ過ぎも良くない。殺気を感じ取れなくなる。
何故こんなにも殺気に慣れてしまったのかは分からなかったけど、まぁ殺気に慣れているのはいい事だと納得した。否、諦めたとも言う。
こういう時、無理に何かを変えようとするのは良くない、っていうことは私が一番分かっているので、大人しく諦めることにする。
いざとなったら、そういう殺気感知器みたいなものを作ってしまえばいい。
前世でもそういう奴があったんだから、この世界でも作れるはずだろう。⋯多分。
出来なければ出来なければで殺気についてはその時考えよう。うん、そうしよう。
度重なる疲労により思考を鈍させた私は、二人に「街の外に行こう?」と声をかける。
心做しか自分の声が少し低くなっていることに気付いたが、二人ならきっと私が疲れているということに気付くだろう。ならば余計なことは言わなくていい。
怒ってないよ、と言ったところで二人には「知ってるよ?」と返される未来しか見えないから⋯⋯。
私の声がけに二人が「うん」と頷いたのを確認してから、二人の手を握って路地裏から出るために足を進める。
二人を連れて路地裏から出れば、もう深夜だと言っても過言では無い時間なのに未だ街は活気づいていた。そんな眠らない街を見ながら、街の外へと向かう。
流石に夜は城門が閉まってしまう為、気軽に街と街外を行き来出来なくなってしまうけど、ちゃんと城門の隣りに扉があって、夜でも街の外へと行く方法はちゃんとある。
その扉の中の詰所には兵士さんが必ずいるため、城門横の扉を叩いて街の外へと出してもらうことは出来る。
もちろん、その時でも身分証明書の提示が必要だが。街を出るのが夜か日中かの違いなだけだ。
ちなみに、この世界では街の城壁の周りにテントを張っているのは普通だ。
この世界では暗くなると城門が閉まり、街から出るのは出来るが、夜に入ることは出来ないので仕方なく、という感じで、みんな街の外でテントを張って朝まで過ごす。
もちろん街の外でテントを張っているのは冒険者が圧倒的に多いが。
まぁそんなこんなで城門へと着いた私は、ホッと息を吐いた。今日も特に大きな出来事がなくて良かったと安心していると、突然リンナちゃんが「あっ!」と声を上げた。
まるで「忘れてた!」と言うかのような声に、私は何か忘れていたかと不思議に思いながらもリンナちゃんの方を振り向いた。
何か忘れていたなら、それらを片付けて一緒に寝たい。
そう思って「何かあったの?」と聞こうと口を開ける前に、リンナちゃんは「先行ってて!」と告げて、全速力でどこかへと走っていってしまった。
リンナちゃんの珍しい態度とあまりの素早さに、ポカン、と呆けてしまった私を、イアンくんは苦笑しながら兵士さんへの手続きを済ませてくれて、気が付いたら街の外にいた。
いつの間にとは思ったけど、気が付く間に物事を済ませているのはイアンくんの得意技なので気にするだけ無駄だ。
それを分かっているので、そのまま大人しく自分のテントをアイテムボックスから出して張る。
私のテントの斜め前では、いつの間にか自分のテントを張っていたイアンくんが、どのテントにも温度が行き渡るような絶妙な位置に焚き火を起こしていた。
それと同時に、周りとの隔たりが出来るように、空気の揺れる。
多分、イアンが結界を張ったのだろう。ついでに結界に防音の魔法もかけていると思う。
それにしても今日はいつもより結界の強度が強いな。
そんなことを思いながらパチパチと木が燃える音を聞く。燃える音を音楽にしながらイアンくんの作業をボー、と見つめていると、あまりにも見つめすぎていたのか、「視線が凄いよ」とイアンくんが苦笑しながら振り向いた。
「メル、先に寝てて良いよ。」
あまりに私が眠たそうにしていたのか、私が何か言う前に、イアンくんは私をテントへと押し込んだ。
いつもとは少し様子が違うイアンくんに、私はいつもの癖で観察するようにじぃ、とイアンくんを見つめそうになって、慌てて止めた。
イアンくんのその笑顔が少し作り物じみたものに見えたが、それを聞くのは今じゃない。いずれ二人が隠し事を教えてくれるだろうから、それまで待つ。
二人は時期が来ればきっと私に話してくれる。そう確信しているから、私はここまで安心出来る。だからその時には私も私の隠し事を二人に打ち明けよう。
前世の記憶なんて信じてもらえるか分からないが、二人に隠し事はしたくない。だから、時期が来たら私も言う。
信じてもらえるかは分からないが、きっと二人なら信じてくれる。謎の確信を信じる自分に少し笑いながらも、テントの中に敷いておいた布団に横になった。
それがいつになるか分からなくて、いつ暴露大会をするのかとドキドキしながら、私は眠りについたのだった。




