11、一番強いのは
(ベータ視点)
パタパタと可愛らしい足音を立てて冒険者ギルドから出て行ったのは、試験に必要なフォレットピークを探している途中に出会った三人の少年少女であった。
試験の合格に必要なフォレットピークが見つからず焦っていた所に現れた救世主のような子達。
まぁ実際優しかったのは一人だけだったし、あの少年に⦅赤色の牙⦆の皆は転がされて盗人扱いされたが。
確かにあの少年にとってはフォレットピークを倒したら、それを狙った集団に急に襲いかかられたようなものだ。そりゃ盗人のようにも見える。
だがそれもあのか弱そうな少女によって、少年が最初から私達の事を盗人ではないと分かっていた事が知らされた。
盗人ではないと分かっていたなら最初から話し合いをさせて欲しかった。
いやまぁあの少年に襲いかかったのは事実だから、少年の行動もあながち間違いではないんだが。
だがそれより一番驚いたの少年に転がされたあの時、あの少年に転がされる時に全く反応出来なかったことだ。
自惚れかもしれないが、あの凛々しい少女に言われた通り僕は一応Aランクになれる実力があるし、頑張ればSランクにギリギリなれる強さを持っている。
それに僕は昔から隠したり演じたりするのが多少上手かったせいか、僕がAランクの実力だと言う事に気付いているのは多分ライベルくらいだけだと思う。
だから僕は皆と同じ歩幅で歩いていこうと本当のランクを隠し、皆のお手本になれるように行動してきた。
長年一緒にいたライベルでさえ、二年前ぐらいにようやく気付いたくらいだ。他の人やメンバー達にはバレていないのは確実だ。
だから僕は、僕が隠そうとしていた本当の実力に気付いたあの凛々しい少女達や、僕とBランクのライベルが転がされる事に反応出来ずに転がされたことが驚きだった。
最初のうちは、転がされたのはフォレットピーク探しに夢中になってしっかりした意識がなかったからと思っていたが、違う。
もししっかりした意識がなかったとしても、自分より弱い相手であれば僕もライベルは反撃を許さない程相手を徹底的に沈めることが出来るし、同格だとしてもある程度戦う事が出来る。
それを元に考えれば僕とライベルが反応できずに転がされたという事は、あの子達の強さは僕とライベルと同格かそれ以上。
それにライベルでさえ長年気付かなかった僕の本当の実力に気付いた凛々しい少女もだ。
あの少年もそうだが、凛々しい少女もいつもは一般人と同じ雰囲気を漂わせているけど、時折威嚇するかのようにその強さを滲ませたオーラや雰囲気をぶわり、と辺りに振りまく。
それはあのか弱そうな少女の近くにモンスターが近付いてきたりだとか、メンバー、というかベイルがあのか弱そうな少女に質問しすぎたりだとか、か弱そうな少女を困らせた時とかに必ずその力の少しを漂わせる。
それだけであの二人があのか弱そうな少女を守ろうとしているのが手に取るように直ぐ分かった。こういう事に疎いマーシャとレイルも分かるぐらいには結構な過保護だった。
か弱そうな少女もそれが当たり前になっているのか特に気にした様子もなく普通にあの二人やベイルと話していた。
同じ村出身だと言っていたから幼い頃から二人の過保護を受けとめてきて、それが普通になってしまったんだろう。
「リーダぁー! いつまでそこに居んのー!」
あの三人について色々と考えていれば、受付カウンターの方でフォレットピークの変異種を出し報酬と、依頼の結果を緊張しながら待っていた⦅赤色の牙⦆の皆が先程の位置から全く動かない僕を不思議に思ったのか、他のメンバーを代表してベイルが大声で僕を呼んだ。
それに「今行く!」と答えて皆がいる受付カウンターの所に歩いて行けば、フォレットピークの変異種を調べていた受付嬢がこくりと頷き、「ギルドマスター室へ」と言って二階のギルドマスター室へと手の平を見せるようにして指した。
ちなみにギルドマスター室は受付カウンターの奥、ギルド職員の仕事場である受付カウンターの奥からもギルドマスター室に行く事が出来る道がある。
何故それを知っているのかは、一度実力を隠してランクを得た時の事がバレてギルドマスターに言うのが嫌だった時に交換条件として僕が実力を隠したことの理由を言う代わりに、カウンター奥を通ってギルドマスター室に繋がっている秘密を教えてもらったからだ。
今思えばその秘密は秘密じゃなかったなと思う。だってギルドマスター二階から出て来てくるのは勿論、普通にカウンターの奥から出て来ているし。
多分冒険者をやっているのが長い人なら、ギルドマスター室とカウンター奥は繋がっているということはすぐに分かるだろう。
僕を見送る皆に手を振り受付嬢の指示に従って二階にあるギルドマスター室へと向かう。
「ギルドマスター、⦅赤色の牙⦆のベータです。」
「入れ」
ギルドマスター室の扉を叩き、部屋の中にいる主の返事を待てば厳かで威圧的な声が入室を許可した。
その声に答えるようにして「失礼します」と声をかけ部屋へと入れば、部屋の中心部分にあるデスクに乗っている沢山の書類を捌いていた白髪に白髭の威圧的な雰囲気を纏った中年男性が、顔を上げ僕を見た。
「よく来たベータ。どうやら試験をクリアしたらしいな?」
ギルドマスターは僕を見た瞬間その厳つい顔をふにゃり、と綻ばせ、それを見た僕もはい、と笑顔で答えた。
ギルドマスターはその厳つい顔や声、雰囲気のせいで親しくない最初の内は怖そうに見えるが、実際の性格はとてもイタズラ好きだが困っている人がいれば助けようとする優しい人だ。
怖そうに見られることをギルドマスターも気にしており、そういう反応をされるとギルドマスターはとても悲しそうにする。
そしてその事はこの冒険者ギルドにいる冒険者達は気付いており、ギルドマスターを怖がっている冒険者にはギルドマスターのいい所を教えたり、怖い顔をしている時はなるべく冒険者達が話しに行って怖い顔をさせるのを止めさせ、律儀に会話をするギルドマスターの姿を見せたりと、数多の冒険者達がギルドマスターの為に人知れず動いていた。
「それで? どの辺りでフォレットピークの変異種を見つけたんだ?」
「それなんですが⋯。」
僕はフォレットピークの変異種を得た経緯を隠すことなく全てギルドマスターに報告した。
フォレットピークの変異種を探している途中、フォレットピークの変異種を持っていた少年がいて思わず飛びかかってしまったこと。
盗人として転がされたこと。
⦅赤色の牙⦆のメンバーは勿論、僕やライベルが少年に転がされる事に気づかなかったこと。
それを少年と共に村から出て来て一緒に旅をしていたという、二人の少女の片方の子に助けられたこと。
その少年少女達は一般人と変わらない雰囲気だったが、その三人組の少年が魔法を使った時、達人並の気配を漂わせていたこと。
だけど実力を隠している訳ではなく、力を使う時がないから使ってないだけということ。
そして三人共冒険者になったこと。
余すことなくギルドマスターに全部伝えた。
完璧にランクを上げたいのなら隠して報告した方がいいのかもしれないが、今まで僕達を気にかけてくれたギルドマスターに隠し事をするのは違うと思うし、気にかけてくれたのに少しでも恩を感じたのなら包み隠さず全て伝えるのが筋だと思う。
まぁ隠した所で、言ってなくてもギルドマスターは何故か把握しているが。
全てを伝え終わった後ギルドマスターはふむ、と俯いて何かを考え初めてしまった。
それは今日に限った話しではないので慣れたが、どこにそんな深く考える所があったのかは分からない為疑問に思いながらギルドマスターの意識が浮上してくるのを待った。
表面上は厳ついのに中身は穏やかというギャップに、ギルドマスターをあまり凄いギルドマスターに思えなくなるかもしれないが冒険者ギルドのギルドマスターになった人だ。
一週間はかかるであろう量の書類などはたった二日で終わらせ、考える時も物事と並行して考えることが出来る超人的な人だから、深く何かを考え出した時はそれほどに重大な問題だと言うことになる。だが僕の話しにはそれほど重大なことはないと思う。
だからこそ余計何を考えているのかが分からない。
ギルドマスターが深く考え事をしている時に声をかけると考えが上手く纏まらず良くない結果になってしまうことをよく知っているので、気になって声をかけそうになる気持ちをぐっと抑え込み、考え込むギルドマスターを見ながらテーブルの上に置かれている、お皿に入っているクッキーを一枚口に入れた。
それから約十五分後。
ようやく記憶の海から戻ってきたギルドマスターに視線を向ければ、ギルドマスターも何かを決意したような表情で僕を見ていた。
「あ〜⋯。ベータよ⋯。これから言うことは他言無用だ。誰にもこの事を言わないと約束できるか?」
それぐらいのことなら全然問題ない。
僕もギルドマスターが深く考え込んだ理由が知りたかった。それを知れるなら、その秘密を墓まで持って行く覚悟は出来ている。
丁度僕もギルドマスターが深く考え込んだ理由を知りたかった為、ギルドマスターのその提案に即答で頷いた。
そんな僕にギルドマスターは苦笑しながら口を開いた。
「ベータ、お主はSランク以上の冒険者を見たことがあるか?」
「Sランク以上⋯ですか?」
「うむ、そうだ。」
「いえ、見たことありません。」
「まぁそうだろうな。」
何を言いたいのかが分からず思わず首を傾げれば、ギルドマスターは言いにくそうな顔で咳をし、指を三本上げた。
「見たことはなくても聞いたことはあるだろう? 冒険者ギルド初のSランク以上の冒険者達。⦅戦乙女⦆というSSSランクの女性三人のパーティを。」
「!?」
その言葉が出てきた瞬間僕は固まった。
何故あの報告からそのパーティが出てきたのか。
あの三人組が⦅戦乙女⦆に関係する人達だということを理解した時、僕は人生で一番なんじゃないかと言うぐらいの恐怖を感じた。
「ま、まさか⋯っ」
「その、まさかだ。永法の“ルカ”。疾風の“アリナ”。深淵の“ヴィーナル”。その三人は全員結婚をして冒険者を止めた後、バーブル村という所へ行った。」
「じゃああの子達は、あの伝説の冒険者であるあの人達の子供と言うことですか!?」
「あぁ、その通りだ。あの三人は⦅戦乙女⦆の子供達だと思っていいだろう。先程あの子達の書類を見たが、三人の苗字は全員⦅戦乙女⦆達の結婚相手の苗字と同じだった。もし彼女らの子供じゃなかったとしても、ハーブル村が出身だと言うことは、少なからず彼女らの事も知っているはずだ。彼女らは冒険者を止める時、揃いも揃ってハーブル村で子育てすると言っていたからな。」
あまりにも衝撃的な秘密に、くらりと目眩がした。
つい先程一緒にいた少し秘密がありそうだと思ったあの子達の秘密が、実は世界一強いとされる人達の子供だったなんて。
あまりにも秘密と言っていいほどの秘密だ。
まぁあの子達は隠そうとはしてなかっただろうが。
思わず額を抑えて小さく唸ると、ギルドマスターも僕と同じ気持ちなのかなんとも言えない表情を隠そうともしないで、はぁ、と溜め息を吐いた。
尊敬するギルドマスターの考えを知りたいのと、ギルドマスター程の人が深く悩む事を知りたいというほんの少しの好奇心で、思わぬ秘密を知ってしまった。
まぁギルドマスターが誰にも言うなと言っていたからこの秘密は誰にも言わず絶対に墓に持っていくが。
「もしあの子達が彼女らの子供だとするのなら、一番気を付けるべきは“メルル・ハニーライト”という少女だ。」
メルル・ハニーライト。
あの暴走列車のような二人のブレーキ係みたいな、か弱そうな少女。
あの二人に比べて大人しそうで、そこまでの危険人物だと思えなかった。
僕が気が付かなかっただけでもしかしたら本当に危険人物だったかもしれないが、それなりに観察力はあると自負している僕でも特に変な所はなかったと思う。
だからといってギルドマスターの言うことが間違っていたことを言ったことは滅多にないので、この観察して得た情報は間違っていたかと思っていれば、ギルドマスターはゆるりと首を横に振った。
「いいや。ベータが得たそれもあながち間違いでもない。」
「⋯ではどういうことで?」
「魔法使いの頂点とも言われた永法の“ルカ”と呼ばれるルカの子供は、イアンという少年。剣技の頂点とも言われ疾風の“アリナ”と呼ばれたアリナの子供は、リンナという少女。そしてありとあらゆるものを武器として扱うことが出来、武器マスターとも呼ばれた深淵のヴィーナルの子供は、メルルという少女。もしメルルという少女があのヴィーナルの子供なら、その観察力と直感を持つその少女の前では隠し事は出来ん。隠し事も全部知られていると思え。あの三人の中で一番の強敵はメルルというあの娘だ。」
ギルドマスターが言ったそれに僕は思わず首を傾げた。
あの少女が凄いようには見えなかったし、そんな観察力があるようには見えなかった。
もしかしたら彼女と共にいるあの二人が桁違いに凄いから其方に目がいって彼女の凄さを見逃してるだけかもしれないが。
「とりあえずあの三人に会う時は、メルルという少女に一番気を付けろ。」
「分かりました。」
疲れ切った顔で僕に注意するギルドマスターに頷いてから、頭を下げて僕はギルドマスター室を出た。
入り組んだ廊下を歩きながら、ギルドマスターと話していたことによってキツくなっていた表情を⦅赤色の牙⦆のベータがするいつもの緩やかな表情に戻す。
今はこのスタイルが自分や周りに染み込んでしまったせいで中々元の姿に戻れないが、⦅赤色の牙⦆の皆といられるこの姿を気に入っている。
本当の姿ではないこの姿を、たまに邪魔になったり演じたりするのが面倒臭くなるけど、⦅赤色の牙⦆の皆に迷惑をかけたり危険に晒さずに一緒にいられるのだから、僕のこの程度の苦労はなんてことない。
「あっ! リーダー、どうだったっ!?」
一階へ降り冒険者ギルドにある中ぐらいの広さの広場に行くと、広場にある木のベンチに座っていたベイルが凄まじい勢いで走って来た。
その目はどこか期待したような顔で、恐らくランクアップしたのかが聞きたいのだろう。
だが残念。ギルドマスターがその事について何も言わなかった事からランクアップはないのだ。
だがそんなことを知らずにキラキラした顔で見てくるベイルになんて言っていいか分からずに渋い顔で迷っていると、その表情に気付いたベイルがショックを受けた顔をした。
あまりにも悲しそうな表情をするものだから、思わずご飯を奢ると言えば、少し考えた末にパァーとベイルは表情を明るくして笑った。
それにホッと息を吐けば、その光景を楽しそうに見て笑っていた皆が集まって来て、ベイルを先頭に楽しそうに話しながら酒場へと歩き始めたその光景を、後ろから目に焼き付ける。
楽しそうに笑う皆を目に焼けつけておけば、いつか皆の元から離れる事になったとしても僕はそれを思い出して、皆のために頑張っていられるから。
皆に気付かれないように目に焼き付けながら後をついて行き、そして誓った。
あの三人に注意しながら、一番の強敵だというあのメルルという少女に気を付けると。
いつかこの場所を去らねば行けないと分かっていても、なるべく長くこの安らぎの場所にいたいから。
だから僕は、今日も⦅赤色の牙⦆のベータを演じる。




