8、旅立ち
『朝ですご主人様、起きてくださいませ』
「ん⋯⋯、はぁい⋯⋯」
チチチという鳥の鳴き声と、私を起こそうとするアンジュの優しい声に、自然と意識が浮上する。
目を開けて一番最初に見えたのは、何故か嬉しそうな表情で私を見るアンジュの顔。
その嬉しそうな表情を見て何となく嬉しくなった私は、アンジュに微笑んで挨拶とお礼を言えば、それにアンジュは更に嬉しそうに笑った。
ふよふよと私の周りを飛ぶアンジュを見ながら、下ろしていた腰まである髪を二つの三つ編みにして、それを後ろの下の方で纏める所謂シニヨンという髪型にして、寝ている間に少し皺のできた服を伸ばしてから、自分用のテントを出る。
ちなみにアンジュはテントを出ると同時に私の中へと入って来た。
テントから出てアイテムボックスにテントをしまってから、焚き火から少し離れた所で胡座をかいて座り、本をパラパラと捲って、焚き火の光によって赤かった髪が更に深い赤色になっているイアンくんの元へと歩く。
空はまだ薄暗い為、焚き火に枝をいれて火が消えないように気を付けつつ辺りを警戒していたイアンくんが、テントから出てきた私に気付き、手を軽く振った。
「おはよう、メル。よく眠れた?」
「おはよう、イアンくん。うん、よく眠れた。」
「ふふ、なら良かった。」
手を振って来たイアンくんに軽く手を振り返し、焚き火を囲むように丸太が三つ横向きに置いてあり、その丸太の一つに座って焚き火を何となく見つめていると、イアンくんが水の入った両手サイズの皮袋を一つ、渡してくれた。
「まだ、眠い?」
気遣うようなその声に「大丈夫だよ」と首を横に振れば、イアンくんは苦笑しながら、私の座る所まで歩いて来て私の頭を撫でた。
「⋯⋯? イアンくん、どうしたの?」
「ん〜⋯⋯。メルは、よく我慢するね。」
「⋯? 我慢なんてしてないよ?」
「うん、そっか。」
「?」
苦笑しながら私の頭を撫でるイアンくんを不思議に思いながらも、聞いてもはぐらかされるのを分かっているから、聞くのを諦めて皮袋に入っている水を少し飲んだ。
しばらくイアンくんに大人しく頭を撫でられていれば、ふと何処からか見られているような気配がした。
探るような、隙を待っているような、獣特有の敵意と気配。
私が気付いているのだからイアンくんが気付いていないわけなく、チラリと上目でイアンくんを見れば、イアンくんも口元に笑みを浮かべ、こちらを見ているであろう気配の方に意識が向いていた。
「いいかな?」
「うん、いいよ」
ボソリと低い声で小さく呟いたその言葉に、イアンくんがこちらに敵意を持っている気配の正体を倒しに行こうとしているのが分かり、向こうに悟られないよう静かに警戒する。
「さて、朝ごはんにしようか。起こしてきてくれる?」
「うん、分かった。起こしてくるね」
先程とはうって変わっていつも通りの声で私にリンナちゃんを起こしてくるように言ったイアンくんに従い、リンナちゃんが眠っているテントへと歩いて行く。
私がリンナちゃんのテントに入るのと同時にイアンくんの気配が動いた。
「派手に動いてんね、イアン。」
「わっ!」
イアンくんが動き始めたと同時に聞こえたリンナちゃんの声に驚いて反射的にリンナちゃんを見れば、笑んだリンナちゃんは横になったまま私を見上げていた。
いつから起きていたのかと不思議に思った私を見て、リンナちゃんはクスクスと笑いながら起き上がり、抱いて寝ていた剣を腰のベルトに差し込んだ。
テントの外ではイアンくんの気配が凄く動き回っていて、金属を砕くような凄い音が間髪入れず鳴っていた。
「メルが、イアンに私を起こして来てって言われた辺りくらいからだよ。」
「え⋯⋯」
「あはは。呆気に取られた顔も可愛いね!」
「リ、リンナちゃんっ!」
「からかってないよ?」
いきなりよく分からない褒め方をされ、恥ずかしさで顔が熱も持ったのが分かった。
恥ずかしくて思わず顔を両手で顔を覆うと、リンナちゃんは「からかってないからね!?」と、慌てた様子で私の周りをグルグルと回り始めた。
「メ、メル⋯? お、怒らないで⋯⋯?」
元々怒ってはいないけど、子犬のような顔で見つめて来るリンナちゃんに文句を言う事も出来ず、私は熱くなった顔を両手で覆いながら「怒ってない⋯⋯」と、小さく呟くので限界だった。
私のその小さな呟きに、リンナちゃんは「本当? 本当に怒ってない?」と親に怒られた時のようなしょんぼりした顔で見つめて来たので、片手で顔を隠したままリンナちゃんの頭を小さく撫でる。
リンナちゃんの頭を撫でた時、あるはずのない犬の尻尾が一瞬見えた気がした。
それから暫くして、テントの外から物音が聞こえなくなった頃。
テントの外から「もう出てきていいよ。」と言うイアンくんの声が聞こえた。
その声に従いリンナちゃんと一緒にテントから出ると、何故かボロボロになった六人の男女がイアンくんの魔法で縛られ転がされていた。
「あ、あれ⋯⋯? な、何で人が⋯⋯?」
「うわぁーすっごい派手にやったね、イアン」
先程感じた気配は人の気配ではなかったはずなのに、目の前に転がされているのは、先程感じた気配の持ち主とは似ても似つかない人。
モンスターではなく人が何故転がされているのか分からず、困惑したままイアンくんを見ると、縛られて転がされている六人組を指さして「盗人」と、何でもなさそうにそう言った。
「あの鬱陶しい気配のモンスターを倒した後、あの人達が襲いかかって来たから転がしたんだ。ちなみにリンナ、あの気配の持ち主はフォレットピークだったよ。」
「へー、案外弱いモンスターだったんだ。何か意外。あんなピリピリした気配してたのに。」
「因みに変異種のフォレットピーク」
「え、すっごい珍しいじゃん。後で見せて!」
「後でなら良いよ」
転がされている人達を気にせず会話し始めた二人の会話を聞きながら、転がされている六人組を困惑しながらも見た。
六人全て高そうな装備じゃないけど、戦いに出るには多少なりとも整っている格好をしているし、少し高そうな武器を幾つか持っている人もいる。
顔も健康そうだし、皆戦いに相応しい体格と健康そうな肉付き。
お金を欲しがっていても、お金に困っているようには見えないし、食べ物がないとか食べ物を食べれていないとか言う風には見えない。
あと、六人全員の首にかかっている銅色の薄い板のような物が着いたペンダント。
だからイアンくんは、面倒臭くなってこの人達を転がしたんだろう。
多分、あの気配のモンスターを倒した後、この人達が何でか襲ってきて、反撃する隙を与えずに封じ込めたのは良いけど、拘束を解けばもしかしたらまた襲って来るかもしれない。
だけどこのままにしとくのもモンスターに襲われてしまうから駄目。
だけど考えるのが面倒臭いから、私達の意見を聞いて決めよう。
って言う感じて転がしたんだと思う。
六人は私が見ているのが分かったのか、六人の内三人が、芋虫の如くうねうね、ピョンピョン、とくねり、跳ね出した。
何かを言おうと口を開け閉めしているけど、その口からは空気が漏れるだけで何も音は出てこない。
イアンくんの魔法だ。
「イアンくん、この人達を解放してとは言わないけど、口封じの魔法だけは解いてあげて」
私がイアンくんに口封じの魔法を解いてと言った瞬間、転がされていた六人組は「その通り!」とでも言うように、二人は凄い勢いで頷き、一人はうねうねとくねり、三人は水揚げされた魚のように跳ねた。
「えーでもその人達、盗人だよ?」
「もう、イアンくん! 最初からこの人達が冒険者だって分かってたでしょ!」
「えー⋯⋯、うん。首に冒険者カードかかってるからすぐ分かった。」
面倒臭そうにするイアンくんを問い詰めれば、素直に面倒臭くて転がした事を白状してくれた。
そしてそれを聞いていた六人組が「はぁ?」とでも言いたげな顔でイアンくんを睨んでいた。
睨んで来る六人組に向けてイアンくんは「いや、冒険者と言えど、急に襲ってくる奴を信じられる訳ないよね?」と正論を返し、六人組もそれに覚えがあるのか先程とは打って変わって、しゅん…、と落ち込んだ表情で私をじぃ、と見てきた。
(多分「何とかして」って、言いたいんだろうなぁ⋯。)
その表情で何を言いたいのか分かってしまった。
取り敢えず口封じの魔法を解くのを渋っているイアンくんに、弁解の余地をあげよう、とか何とか言って頑張って説得し、何とか口封じの魔法を解いてもらった瞬間、凄まじい量の言葉が降ってきた。
「違うから!! いや、飛びかかってしまったのは悪いと思ってる!! でもこっちにも色々理由があって!!」
「聞いてください!! わたし達はあなた達のものを盗もうとした訳じゃありません!! ただちょっと、探してたフォレットピークの変異種を見つけて興奮してしまったんです!!」
「いえ! そう思われたのもしょうがないと思います! ですが! 僕達はあなた達のものを盗もうとしたわけじゃなくて、そこの方が狩ったモンスターの素材を探すクエストを受けていたので、とても珍しいモンスターですので見つけた瞬間、嬉しくて思わず飛びかかってしまってしまったのです!!」
「おいコラ馬鹿!! 三人共止めろ!!」
鬼のような形相で必死に喋り続ける三人と、三人が喋る度に漂う甘い匂いと変な空気。
そしてその三人を止めようとしてる男の人。
そんな光景を見てゲラゲラと笑いながら、端の方にいる絶望した顔で項垂れている二人を指でつついてるリンナちゃんと、スン、と表情を落とし、無表情のまま三人を睨み始めたイアンくん。
リンナちゃんはまぁ分かるにしても、イアンくんが何故無表情で三人を睨んでいるのかが分からず、イアンくんの顔をそろりと覗き込むと、イアンくんは私を見てニコリ、と笑い、何故か氷の魔法を発動させた。
「えっ、なっ何でっ!?」
鋭く尖っている氷が六人組の上空を配置された。
イアンくんが合図を出したらいつでも六人組の上に降り注がれるだろう。
私は何故イアンくんがいきなりそんな事をし始めたのか分からず戸惑っていると、笑いを堪えているリンナちゃんが、「この女の子、メルに魅力の魔法使おうとしてたんだよ」と、いかにも魔法使いがしてそうな黒い格好の敬語の女の人を指差した。
さっき感じた甘い匂いと変な空気は、魅了の魔法によって生み出されたものだったんだ。
それだけでその魔法に気付く二人はやっぱり凄い。
そう言ったリンナちゃんに、魔法使いの格好をした人は目を見開きながら青ざめ、魔法使いの女の人の隣に転がされていた盗賊がよくやる、頭に布を巻いた露出度の高い格好の女の人と、神父のような格好をしている眼鏡の少年の二人は、リンナちゃんに魔法を使う事がバレるとは思ってなかったのか驚いた表情でリンナちゃんを見ていた。
三人を止めようとしていたスキンヘッドの男の人に限っては、この世界が終わるんじゃないかってぐらい絶望した顔で、驚いている三人を見つめていた。
後の二人に至っては、処刑される前の囚人かのような雰囲気で、全てを諦めた表情でスキンヘッドの男の人の顔を穏やかに眺めているだけで、私でさえ全てを察す事の出来る程に、疲れ切った雰囲気が醸し出されていた。
リンナちゃんに至っては、疲れ切った二人を見て、苦労しているんだな、と思うのを通り越していてドン引いた顔とドン引いたような小さい声で、「パーティ、解散しろよ」と、明るいようで暗い二人に言っていた。
まぁ取り敢えず、イアンくんが六人に向けて、《アイスニードル》を発動させようとしていた理由が分かった。
分かったは分かったけど、人に向けて無闇矢鱈に魔法を発動させようとしないで欲しい。凄く驚くから。
「えっと、と、とりあえず⋯、イアンくん、一緒にこの人達と仲直りしよ?」
暗い雰囲気を醸し出す六人をほっとけなくて、イアンくんに六人と仲直りするよう言えば、六人はえ、と驚いたように顔を上げ、イアンくんは嫌そうに六人を睨んではいたけど、コクリ、と頷き、六人の拘束魔法を解いた。
「あ、え⋯?」
魔法使いの女の子は何がどうなっているのかが理解出来てないらしく、困惑表情のままイアンくんと全てを諦めた表情をしていた二人の内の一人を交互に見ていた。
「マーシャ! お礼を言え!」
「あ、ありがとうございますっ!!」
スキンヘッドの男の人が、“マーシャ”と呼ばれた困惑している魔法使いの女の子の頭を鷲掴み、イアンくんに向けて無理矢理下げて、自分も首が折れそうな程に上げ下げしていた。
その他の人達も土下座でもしそうな勢いで、私とイアンくんに頭を下げ続けていた。
「あ、あの、私は特に何もしてないので、頭下げなくて大丈夫ですから⋯」
「すみませんうちの子がっ!! 許して頂きありがとうございますっ!!」
「えっと⋯、聞いてますか⋯?」
「すみません!! あの子は昔から考え無しの所があって!!」
「あ、あの⋯⋯」
「すみません、すみません!!」
「ひぇ⋯⋯っ」
どんなに声をかけようが謝罪と共に、こちらの声が届いてないんじゃないかというくらいに頭を下げ続けて来るので、何かもう怖くなった私は、イアンくんの二歩後ろで大爆笑しているリンナちゃんの後ろに隠れた。
ちなみに六人を普通に話せる正常な状態にするのに一時間かかり、正常になるまでの間壊れた機械のように謝り続ける六人達が怖くてずっとリンナちゃんの背中に隠れていたのはここだけの話だ。




