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5、証

朧気な意識の中、どこか懐かしい声を聞いた。


お母さんのようでお父さんのような、よく分からない不思議な声。


今世の両親の声でもないし、リンナちゃんやイアンくんの声でも無い。


全く知らない声なはずなのに、その声はどこかで聞いた事のある声のように感じて、聞いていると何故か安心した。


このままずっとここに居たいと感じてしまうほどにその声はとても心地良く、まるで水の中を(ただよ)っているみたいに感じた。


「━━━。 ━━」


もしかしたらずっとここに居たいのかもしれない。


ここに居たい。


そう思いながら、その心地良さにふよふよと揺蕩(たゆた)い、己の体を預ける。


「━━━━? ━━━っ」


ここに……。……ここに……?

あれ……、ここって…、どこだっけ……?


「━ル、メ━━」


ここがどこで、何でここにいるのか。

その疑問を頭に浮かべた瞬間、まるで霧が払われたかのように頭が働き始めた。

先程まで何も考えられなかった自分の頭が急激に色んな事を拾い、答えを出していく。


ここはどこで、なんでここにいるのか。


それら全ての情報が私の中で完結した時、ようやく自分に起こった事に気付いた。

それと同時にリンナちゃんが私に呼びかけていることに気付いた次の瞬間、リンナちゃんの叫びにも近い大声に反射的に私は飛び起きた。


「い”だぁぁっ!!」


「い”…っ!」


…そして不幸な事に私達はお互いの額をぶつけ、ぶつけた衝撃で脳が揺れて気持ち悪くなった。


あまりの痛さに、数分間二人して(ひたい)を押さえながらしゃがみ込んだままだった。


リンナちゃんと頭がぶつかった時「ゴン!」じゃなくて「グォゴン!」と言うような、とてつもなく重いものがぶつかって潰れるような響く音がした。

リンナちゃんの頭、大丈夫かな。


「リ、リンナちゃん……、頭…ごめんね……」


「うん…、平気……」


頭を押さえながら謝罪をすると、リンナちゃんは弱々しくだけど返事を返してくれた。


リンナちゃんが弱々しい声を出すのは滅多にないから、ぶつけたのが凄く痛かったんだな、と申し訳なかった。

リンナちゃんやイアンくんは痛みに強いから、滅多な事では痛がらないのに、その二人が痛がるという事はそれ程の痛さと言う事。

だからリンナちゃんはそれだけ痛かったんだろう。

本当にごめんね。


そしてそれから数分、また数分と経った頃、ようやく私達の額の痛みが引いていき、やっと普通に立つことが出来た。


そして頭を上げて最初に見たのはお互いの赤くなった額。

それに思わず顔を見合わせたまま、二人して笑ってしまった。


多分気を張っていたのに、頭をぶつけるという思いがけないハプニングで気が緩んでしまったんだろう。

自分ではよく分からないけど、思ったより私もリンナちゃんも、精神が疲労していたんだと思う。


「んふふ…っ、笑いすぎてお腹痛いー…っ」


「ふふ、私も…!」


しばらく笑いあって落ち着けば、先程までと比べ物にならないぐらいスッキリしていた。

笑い合う前は少し体が重い気がしてやる気があまり出なかったけど、今は体も軽くなっているし頭が冴え渡っている。

やっぱり肉体も精神も疲れてたんだ。


それにしてもどうやってここから出ようかと悩みながら何となくリンナちゃんの方を向けば、リンナちゃんが安心したような、悲しそうな顔で涙を流して私を見ていた。


それに頭が真っ白になり、慌ててリンナちゃんの元へ行って袖で涙を拭けば、リンナちゃんは泣いている事に気付いてなかったようで驚いていた。

ほんの少し間私の濡れた袖を見て固まっていたけど、直ぐにいつものようでいつもとは少し違う微笑みを浮かべて私の手を握った。


「さて、メル。もう一度入り口に戻ってみよっか。」


「え、あ、うん、わかった…!」


私の手を引き入り口方向へと歩いていくいつもと少し雰囲気が違うリンナちゃんを不思議に思いながらも、手を握り返してリンナちゃんの後を静かについて行く。


リンナちゃんは何も考えずに行動する事なんてあまりしない。だから何かを確信しての行動だろう。


時折私の存在を確かめるかのように私の手を軽く握るリンナちゃんの手を、ギュゥ、と強く握り返せば、ほ、と安心したようにリンナちゃんは溜め息を吐いた。


リンナちゃんも早くここから出たいんだろうな、って思いながらリンナちゃんの後ろ姿を見ていると、気が付けば入り口付近に到着し、遠くの方には閉じた入口が見えた。


その入口はこのダンジョンに入ってきた時と変わらないまま、まるで最初からそこは壁であったかのようにそこに出口はなかった。それが普通過ぎて、私が勘違いしてるのかと思うほどに、そこの光景は何も変わらなかった。


どうやってここから出ようかと考えていれば、リンナちゃんが不意に私を見つめ出した。凝視に近い視線を気付かない振りをしていれば、リンナちゃんは更に距離を詰めて私の真横で私を見つめ出せば、流石に気になってリンナちゃんの方を向いた。


「あ、あの…、リンナちゃん……? ど、どうしたの……?」


リンナちゃんの方を向けば思いのほかリンナちゃんとの距離が数センチしかなく、思わず「ぴっ!」と言う鳥のような声が出た。だって振り向いた瞬間私とリンナちゃんの鼻がくっ付いたのだから。

あと数センチ近ければお互いの鼻がくっつく程度じゃすまなかったことだろう。


「リ、リンナちゃん……?」


「……そうか。そういう事だったんだ!」


「…え?」


凄い勢いで見つめて来るリンナちゃんを困惑しながらも見つめ返していると、突然リンナちゃんは、ぱっ、と顔を明るくして叫んだかと思ったら困惑する私を抱き上げた。


「メル、「こうしたい!」だったり「あれが欲しい!」みたいな欲を思い浮かべて!」


「え、あ、うん…っ!」


よく分からないままリンナちゃんの言う通りに、「強くなりたい」や「攻撃力の高い武器が欲しい!」などの欲を思い浮かべていると、リンナちゃんは私を抱え上げたまま、入口があった場所の壁へと走り出した。


その行動には流石に私も驚き、思わずリンナちゃんの頭を守るようにして抱えれば、それに答えるようにリンナちゃんも空いている片方の手で私の頭を守るようにして私の頭に手を置いた。

そうやっている内にも壁はすぐ目の前にあった。悲鳴を上げそうになるのを堪え、目を閉じ体を固くさせて壁にぶつかる際に来るであろう痛みを待っていれば、ふわり、と風が吹いた。


ダンジョンの中では決してなかった風の動きが。


それに、ばっ、と目を開ければ、そこは苦手なモンスターに追いかけられて入ったあのダンジョンの入口の前だった。

目の前にはただただ森が広がるだけで、あの苦手なモンスターもいないし、後ろには岩の塊があるだけであのダンジョンの入口も無い。

まるで先程あったことは嘘であったかのようなその光景に、私は困惑した顔で、私を抱えたままのリンナちゃんを見た。


するとリンナちゃんは私をゆっくりと地面に下ろすと、ぽつりと言った。

「清く純粋な乙女じゃなくなったから出られた」と。


「……?」


その意味が分からなくて首を傾げた。

勿論私は前世の記憶があるからその意味は分かる。そこまで純粋じゃない。

リンナちゃんが言ったのは、誰とも交わっていない、と言う意味の「乙女」だろう。

だからこそ分からない。

確かに私達は「乙女」だ。

だが今の私達も乙女のままだ。乙女のままあのダンジョンから出られた。

乙女のままなら出られないのに、私達は乙女のままあのダンジョンから出られた。

それが意味分からない。


意味が分からなさ過ぎて頭から湯気が出そうな程混乱していると、リンナちゃんが私の頭を撫でて、一つ一つ分かりやすく説明してくれた。


「清き乙女、は分かる?」


それに頷くとリンナちゃんは何故か「んぐぅ…!」と気まずそうな顔をしたけど直ぐに咳払いを一つして続けた。


「清き乙女は誰かと交わった事の無い少女の事。その言う子の事を乙女、と呼ぶ。じゃあ次に純粋の乙女。これは邪な欲を持たない、誰とも交わった事の無い子の事を言う。……要するに、誰とも交わった事もなく邪な欲などを持たない、少女の事。」


「……あっ!」


「…うん。そう。あのダンジョンを出る時私達は純粋な乙女じゃなくなったから出られた。」


そうか、だからあの時リンナちゃんは欲を思い浮かべてって、言ったんだ。

ダンジョンを出る時、私達は清き乙女(・・・・)ではあったけど純粋な乙女(・・・・・)ではなかった。だって自分の欲を思い浮かべていたから。


「あそこは古代の人達が、選ばれた清き純粋な乙女を神に捧げる場所だったんだよ。」


「その場所に私達が迷い込んじゃっただけ。多分入る為の条件を知らないうちにクリアしちゃってたんだよ」と笑う、リンナちゃんのいつもと違う雰囲気に、何度目かの違和感を覚えた。

何かを隠しているのは分かったけど、何を隠しているのかが分からない。


「メル! リンナ!」


リンナちゃんが隠しているものが何なのかを考えていると、遠くの方からイアンくんが分厚い本を片手に走ってきて、汗をかいたままイアンくんは私達の前に来ると何かの魔法を発動させた。

私達の足元に光る魔法陣が現れ、緑の光る玉が私達に触れては消えていくのをぼー、と見ながら二人の会話に耳を傾ける。


だが、思いのほか体の限界が来ていたのか、耳がどんどん聞こえなくなっていき、目がゆっくりと閉じていく。その出来事に私は何となくイアンくんが何かの魔法を使ったんだろうなぁ、って分かった。


うとうとする私を、イアンくんが優しく眠気を覚まさないようにゆっくりと抱え上げ私の背中をトントン、と優しく叩く。リンナちゃんもどこか安心したような声で「おやすみ」と私に囁いた。

そんな二人の穏やかな声に気が抜けて私は気絶するかのように眠った。




始まりを告げる鐘に気付くことなく。




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