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職務怠慢の代償

「ところでリオルディス様方は、ご存知ですか? 最近噂になっている、冬宮の怪異」

「俺は聞いたことがないな」

「怪異っつーかただの作り話だから、誰も副団長の耳には入れてないんすよ。あの、深夜に子どもの足音が聞こえてくる回廊っつう胡散臭いやつだろ?」

 ゼファルは皮肉げに顔をしかめているが、信じていないというより信じたくないといった口調だ。案外怖がりなのだろうか。

 気になるところだが、ナナセは年下の騎士をからかったりせず真面目に頷いた。

「そうです。私もゼファル様と同じく、全く信じておりませんよ。ですが、噂が生まれるからには理由があるはずです」

 火のないところに煙はたたない。

 日本では有名なことわざだ。

「冬宮は、尊き方々のお住まいです。普通ならこのような噂が立つことすら許されないことですが、放置されている。それは、内部の人間が理由を把握しているからだと、愚考いたします」

「ーーああ。彼ら、意外とやんちゃだったね。それを咎めようにも、父親の過去の悪行がたたって強く出られない」

 リオルディスは気付いたようだが、ナナセは不敬な発言をあえて聞き流した。

 そう。冬宮に子どもといえば、まだ幼い王子と王女しかいない。

 ナナセは元々、怪異の正体は両殿下だと疑っていなかった。冷静になればそれしかあり得ないのだ。

 そして、深夜人目を忍ぶようにして消えた隣国の王子。彼はディンメル王国の両殿下ととても親しくしていると聞く。

 様々な符号が、できすぎなくらい一つの答えを提示していた。

「こちらに来る前に、侍女長に願い出て王女殿下にお会いしてきました」

 ヴァンルートスが突然失踪したことを知らせると、王女は可哀想なくらい青ざめていた。

 落ち着かせ、宥めながら事情を聞くと、彼女は素直に白状した。

 両親に何度叱られても、夜中にこっそり遊ぶことをやめられなかった。ヴァンルートスも一緒ならきっともっと楽しいと、兄と二人で考えた。

「聞いたところによると、冬宮には王族のみが知る隠し通路があるそうです。緊急用の脱出路ですね。殿下方はそれを利用して夜中に部屋を抜け出していた。それが怪異の真実でしょう。そして隠し通路は、春宮にも繋がっている」

「つまりヴァンルートス殿下は、その隠し通路に閉じ込められている……!?」

 結論を急ぐリオルディスに、ナナセは首を振る。

「いいえ。隠し通路はかなり複雑な構造になっていて、正しい道順を知らなければたちどころに迷ってしまうそうです。そのため王女殿下は、入り口で待っているようお伝えしたと」

「だから、うっかり入って隠し通路の中を今も彷徨ってるってことじゃねぇのか!? そのせいで助けを求めることもできない!」

 気が逸っているのか、荒っぽくまくし立てるゼファルにも、粘り強く首を振った。

「殿下は賢明な方であらせられると聞きます。友人が『迎えに来るから待っていてくれ』と言ったのに、わざわざ隠し通路に迷い込むような愚かな真似をするでしょうか?」

 王女も、隠し通路の危険性は間違いなく話したと証言している。

 小さないたずら心や冒険心が抑えられないだけで、彼らは王族の責任をよく理解しているのだ。

 今回はその小さないたずら心が、様々な偶然が重なったことで大ごとに発展してしまったけれど。

「特別に、春宮にある隠し通路の入り口を教えていただきました。ご案内いたしますので、最小限の人数でお願いいたします」

 語り終え、侍女として仕込まれた礼をとる。それは場違いなほど流麗な所作だった。

 リオルディスとゼファルが視線を交わし、頷き合う。話し合いもそこそこに、彼らの他二名だけがついてくることとなった。

 おそらく二人とも貴族で、家格も上位だろう。

 向かったのは、北側の棟の最奥にある、収納庫。

 中には高価な壺や絨毯、カーテンなどの調度が収められている。季節や賓客の年齢、性別に合わせて模様替えをすることが多いので、国宝級に貴重なもの以外はこの中に収納されているのだ。

 宝物庫ほどではないにしろ厳重に施錠されており、鍵の管理も徹底している。

 国王、宰相、そして調度の管理を一任されている侍女長以外は鍵を持っておらず、解錠するにはいずれかの許可が必要だった。

「なるほど。陛下が保管している鍵を、彼らは無断で持ち出していたということか。これはさすがに、小さないたずらでは済まされない。両陛下にご報告する必要があるな」

 リオルディスが厳しい声を発する。

「既に侍女長から、王妃殿下へと話は伝わっていると思いますよ。王子殿下は副団長様に憧れていると聞きますので、叱るのはともかくどうか穏便にお願いいたします」

 ナナセはせめてもと庇い立てしながら、収納庫の鍵を取り出した。話した際、侍女長から許可を得て預かってきたものだ。

 大きな、銅製の鍵だった。

 精緻な蔓草模様が彫り込まれた握り部分の中心には、大きな青い宝石が一粒。おそらく稀少な石だろう。確かに鍵の管理も厳重になろうと考えながら、ナナセは錠を外した。

 簡素だが重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。

 果たしてーーそこに、ヴァンルートスはいた。

 ところ狭しと置かれたものに隠れるように、小さな体が倒れている。傍らには火の消えたランプと、収納庫の鍵。

 リオルディスが素早く駆け寄り、脈を確かめる。安堵に頬を緩ませ、ナナセ達に向かって頷いた。

「外傷はなし。命に別条はないようだ」

 すぐに一人の騎士が国王へと報告に走り、もう一人の騎士がヴァンルートスを抱き上げる。

 このまま医師の診察を受けさせるのだろう。

 ヴァンルートス付きとなっている侍女にも無事を知らせてほしいと頼めば、濃紺色の髪の騎士は柔らかく笑んで頷いた。物腰の上品な青年だ。

 収納庫内にはナナセとリオルディス、そしてゼファルだけとなる。

 鍵とランプをゆっくり拾い上げながら、ナナセは彼らを振り返った。

 二人の騎士は指示などなくても素早く動けたのに、入り口から一歩も動けずにいた者がいる。ーーゼファルだ。

「さて、ゼファル様。そのご様子ですと、今回の騒動の原因がお分かりになったようですね」

 にこやかに微笑むも、彼はダラダラと冷や汗をかいている。

 ナナセは部屋の奥、かけ布もなくぞんざいに立てかけられた絵画に手を添えた。

 肩ほどまである大きな画布に描かれているのは、愛しげに生首を捧げ持つ女性だ。

「こちらの絵画、とても緻密に描き込まれた大作だと思いませんか? 王妃陛下が国王陛下にお贈りしたものだそうですよ」

「お、おう……」

「ですがあまりに迫力がありすぎて、小さな子どもには恐ろしいでしょう? 私がリオルディス様に相談して、ヴァンルートス殿下がご滞在なさっている間だけ撤去していただくことになったのです」

「う、うぅ……」

「撤去の指示を受けたのは、ゼファル様だそうですね? 騎士の仕事とは関係のない面倒なことを引き受けてくださり、ありがとうございます」

 もはやうめき声も出ないらしいゼファルに、一歩一歩近付いていく。圧をかけるように、しかし、あくまで楚々とした笑顔で。

 真相はこのような感じだろうか。

 深夜、ランプの頼りない明かりを掲げながら、ヴァンルートスは収納庫にたどり着く。

 中は窓もないため真っ暗だ。少し恐ろしいが、友人らと示し合わせた時間まで待たねばならない。

 そうして恐る恐る部屋に入り、ランプの明かりに浮かび上がる絵画にふと気付く。

 男性の断末魔まで聞こえてきそうな生首と、おびただしい血液。うっそりと笑う女性。

 まだ幼いヴァンルートスが、恐ろしさのあまり気絶してしまってもおかしくない。

 しばらくしてディンメル王国の両殿下も待ち合わせ場所にやって来ただろうが、おそらくものが多すぎてヴァンルートスを見つけられなかった。ランプも倒れた拍子に消えてしまっていたのだろう。

 王女は、ヴァンルートスが部屋を抜け出せなかったのだろうと考えていた。今日会った時にでも少しからかって、笑い話にするつもりだったと。

 これが、失踪騒ぎの顛末だ。

「国王夫妻の大切な絵を適当に片付けただけでも問題ですが、身内が気付いていたなら、まだ厳重注意のみで済んだでしょうね」

 けれど不幸な偶然が重なった結果、王宮をあげての大騒動となってしまった。

 ゼファルの適当な片付けも、間違いなくその一端を担っていると言えるだろう。彼の顔色が悪いのも自覚があるからだ。

 リオルディスは、穏やかに笑んで手を叩いた。

「名推理だよ、ナナセ。陰謀だの何だの、事件であるとばかり考えていた我々では決してたどり着けなかった答えだ。きっと今回のことをきっかけに、王族の方々からの覚えもめでたくなるだろうね」

「私は侍女として、当然のことをしたまでです」

「その真摯な姿勢が素晴らしいんだよ。何年も同じ仕事をしていれば、人は怠慢になる。それが思わぬ事故に繋がったりするのだから、慣れというのは恐ろしいものだよね」

「一つ一つの仕事にきっちりと責任をもつ。それが私の信条ですから」

 にこやかに交わされる会話だが、ゼファルに突き刺さっているのはもちろん故意だ。

 今回はヴァンルートスにも非があったということで決着するだろうが、一歩間違えれば国交問題に発展していた。

「議会は紛糾しているみたいですよ、ゼファル様」

「それは大変だ。急いで説明に向かわねばならないな、ゼファル」

「あんたら悪魔だ……」

 憔悴しきった声で呟く若手騎士に、ナナセ達は揃いの笑みを浮かべる。

 強固な信頼関係があるからだろうか、二人は実に息ぴったりだった。



 後日。国の上層部からしこたま絞られたゼファルに下された処分は半年間の減棒と、向こう三ヶ月間の奉仕活動だった。

 彼は街外れの教会で、たいへんありがたい説教を聞きながら日々を過ごすこととなる。



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