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異世界キャリア意識改革!  作者: 浅名ゆうな


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24/31

特別な夜

いつもありがとうございます!

 何日かは、リオルディスとの噂の真相を聞きたがる人に追われるという、騒がしい日々が続いた。

 それを鉄壁の無表情、仕事優先主義で乗り越え、次第に落ち着いてきた頃。

 ようやく、リオルディスとの食事会が実現した。明日からは珍しく三連休だ。

 終業時間ぴったりに仕事を終え寮に戻ると、ナナセは飾り気のないブラウスとスカートに着替える。

 急いで寮を出ると、既に私服姿のリオルディスが門柱に寄りかかりながら待っていた。

 シンプルなシャツとベストは以前から似合うと思っていたが、想いを自覚してからは桁違いの衝撃だ。心臓が痛い。

「ナナセ、お疲れ」

「お、お疲れ様です。リオルディス様」

 普段通り、と頭の中で唱えつつ返した挨拶が、早速失敗してしまった。

 ナナセは誤魔化すようにすぐに歩き出す。それを制したのはリオルディスだ。

「待って、ナナセ。実は、今日は少しだけ贅沢をしようと思ってるんだ」

「贅沢、ですか? 私は別にいつも通りでも……」

「俺が祝いたいんだ。事件が解決したこと、そしてナナセが無事だったことを」

 彼の微笑みに見惚れていると、車輪の音が近付いてきた。二頭立ての馬車が、ピタリと横につける。

 品のいい御者が目礼したため反射的に頭を下げたが、どう考えてもナナセの身分や装いでは不釣り合いだ。まさか、これに乗れというのか。

 無言で首を横に振ると、リオルディスは優雅に微笑んだ。普段のくだけた態度からすっかり忘れていたが、そういえば彼は貴族だった。

 それ以上の有無を言わさず、ナナセを乗せた馬車はすべるように走り出した。

 王都は、城門を出て真っ直ぐ進んだところにある。いつも通る道を左に逸れたので、郊外に向かっているようだ。

「今さらなんですけど、私はこの格好のままで大丈夫でしょうか……?」

「そこまで敷居の高い店じゃないから心配しないで。平民が特別な日を過ごすために利用する、そんな場所だから。あそこのローストポークが絶品で、ぜひナナセにも食べてほしかったんだ」

「ほほう、ローストポークですか」

 食べものの話をされれば、現金なほど不安は小さくなる。リオルディスのはしゃいだ様子につられ、ナナセも笑った。

 王都の賑やかさから遠ざかった場所に建つ料理店は、高級レストランといった外観だった。

 白蝶貝城をイメージしているのか、外壁は白一色。ぼんやりとした灯りに照らされた庭園も見事なもので、どこか瀟洒な雰囲気がある。

 丘の上の教会がすぐ近くに見えた。

 王都民に親しまれている教会だと聞くから、礼拝ついでに立ち寄る客でも繁盛しているのだろう。

 リオルディスの言った通り、そこまで堅苦しい料理店ではなかった。

 笑い合う客は全員平民だし、コース料理ではないためテーブルマナーも気にしていないようだ。

 食事も文句なしにおいしい。

 花のサラダは見た目が美しいだけでなく、一つ一つが個性的で面白かった。黄色の小振りな花には胡椒のような辛みがあったり、紫の花からはニンニクの風味がしたり。

 スープは透き通っているのにポタージュを彷彿とさせる濃厚な味わいで、この辺りでは珍しい魚料理も楽しめた。

 中でも素晴らしかったのは、やはりリオルディスがお勧めしていたローストポークだ。

 噛めば噛むほど旨みが増す、ヒレ肉のしっとりとした食感。芯までしっかり染みた香辛料、赤ワインとベリーで作られた酸味のあるソース。

 どこもかしこもナナセの好みで、思わず感嘆の声を上げていた。

「すごい……! おいしいです!」

 酔いのせいか声が大きくなりかけ、慌てて口を塞ぐ。周囲の反応を気にするナナセを、リオルディスがクスクスと笑った。

 ばつが悪くなり、窓の外に視線を移す。

 暗闇にうっすらと浮かび上がる幻想的な庭園、ポツリポツリと輝く星。そのさらに上から皓々と地上を照らすのは、綺麗な満月だった。

「……あれ?」

 よく目を凝らすと、月が少しぶれて見える。

 もしかして、だいぶ酔っているのだろうか。ならばリオルディスとの楽しいデートも、ナナセの願望が作り出した幻か。

 何度も目を擦りながら空を凝視していると、向かいの席からしのび笑いが聞こえてきた。

「ナナセ、見間違いじゃないよ。何十年かに一度だけ、重なっていた月が離れるんだ。それが今夜だったみたいだね」

 どこかからかうような声音だったが、説明された内容に驚きすぎたナナセには気にならなかった。

「え、重なっていた月が離れる? ということは、普段から月は二つ浮かんでたんですか?」

 魔法もないし魔物もいないので中世のヨーロッパという印象が強かったけれど、こんな近くに異世界っぽさが隠れていたとは。

「こういう自然現象が起こる日って、元いた世界ならお祭り騒ぎでしたよ。皆既日食とか流星群とか、ニュースになってたし」

「特別な催しや祭りはないけど、今日みたいな日は恋人とすごすことが多いかな。こういう日に求婚をすると、いい記念になるし」

「あぁ、分かります」

 道理で、親密な雰囲気の人が目に付くはずだ。

 男性同士や女性同士も堂々としており、この辺りは日本より柔軟だと思う。

 ーーんん? ということは、私達も周りの人からは恋人同士に見える……?

 怖い可能性に気付いてしまったナナセに、リオルディスが微笑みかける。

「職務中じゃないんだし、敬語はいらないよ?」

「いえ、そういうわけには」

「酒の席くらい、羽目を外していいのに」

 好きな人と、素敵な料理店で二人きりなのだ。

 十分浮かれていた自覚のあるナナセは、重々しく首を振った。

「滅相もございません、リオルディス様。どうかこのままでお許しください」

 より丁寧な口調になると、彼の笑みにほんの少し苦いものが混ざった。

「……ナナセは、自分を律するのがうまいよね。部下達にも見習わせたいくらいだ」

 確かにゼファルをはじめ、若手の騎士達は業務中の私語が多い。

 特に後輩侍女に話しかけられると、立場的に咎めないわけにもいかなくなる。彼らにとって婚活の一貫だと思えば罪悪感が湧くが、会話を弾ませるならぜひ終業後にしてほしいものだ。

 心の中で強く同意を示していると、リオルディスがグラスを置いた。

「だけど、たまには誰かに寄りかからないと疲れてしまうよ。ずっと頑張り続けた結果、いつか潰れるんじゃないかと心配になる」

 彼はもう笑っていなかった。

 静かな声音や真っ直ぐな眼差しから、痛いほどの真剣さを感じる。

「だからこそ俺は、君を支えられる人間になりたいと思ったんだ。対等に、並び立てる関係に」

 リオルディスの方が立場が上じゃないかとか、貴族と対等なんて無理に決まっているとか。

 適当に笑ってかわす言葉ならいくらでも思い付くのに、どれも口にできなかった。

 彼の誠実さから逃げるように、ナナセは視線を逸らした。このままでは口説かれているのではと勘違いしそうになる。

 やけに喉が渇いて、グラスの白ワインを飲み干した。なぜか苦みだけが口の中に残って、注がれたおかわりも間を置かず空にする。

「ナナセ、そんな勢いで飲んだら……」

「ご心配には及びません、リオルディス様。レムンド様に頼まれているからと、私の体調まで気にかける必要はないのですから」

 いくら動揺しているからといって、言いすぎた。ここまで頑なでは拒絶と変わらない。

 そう後悔したのは、リオルディスの表情が一気に険しくなったからだ。

 怒らせてしまった。

 当然だ。優しい彼のことだから、一緒にいる人間を気遣うのは普通のこと。たとえ義務や責任感からだとしても、手を抜くはずがないのに。

「すみません、私ーー……」

「謝らないで、ナナセ。酔っている時に建前が飛び出すなんて早々あり得ない。つまり、そういった考えが君の根底にあるということだ」

 灰色の瞳が激情に燃えている。

 けれどそれは怒りというより、切なさに近いかもしれない。分かってもらえないことが悲しいと。

「確かに、はじめは義務だった。でもだからといって、これまでの全てが義務だなんて、決め付けないでほしいんだ」

 懇願に近い口調だった。

 ナナセ達は、ただ互いを一心に見つめ合う。

 酔っているせいで頭がうまく働かない。灰色の瞳に吸い込まれそうな心地になる。

 ふと、時間が動く。

「……ごめん、押し付けがましいことを言った。俺も飲みすぎたのかもしれない」

 リオルディスは目を逸らすと、銀髪をくしゃくしゃに乱して立ち上がる。

 ナナセは覚束ない足取りで、彼の背中を追った。




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