内部犯
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まずは冷静になるために、深呼吸をする。
「では、殿下方。ここに至るまでの詳しい経緯をお教えください」
落ち着いた声で問えば、ベルトラートが答えた。
「既に察していると思うが、僕達はお忍びで城下に遊びに行こうと思っていた。すぐには気付かれないよう、それぞれ自主稽古の時間に抜け出したのだ」
王子王女の不在は発覚しているだろうが、緊急事態であることに一体どれくらいの人が気付いているか。今にして思えば侍女長への報告は悪手だったかもしれない。
彼らは、自らの意思で城を抜け出している。以前にも失踪騒ぎを起こしているため、事件性はないと判断されることもあり得る。『城を抜け出そうとする殿下方を見かけた』という報告が、図らずもそれを助長してしまうのだ。
すぐに捜索が始まっていればこの馬車も見つかっていただろうが、もうかなり時間が経っている。
悪い方に傾きがちな想像を振り切って、ナナセはさらに問いを重ねた。
「それらのお召しものや馬車は、どのように用意したのですか?」
「これらの衣装は、以前から隠し持っていた」
「ほぅ……つまり、何度かお忍びの経験があると」
ナナセが半眼になると、彼は後ろめたそうに黙り込む。どうやら図星のようだ。
「そ、それと目立たない馬車の手配だが、これは通りがかりの文官に頼んだ。小麦色の髪の男だったが、他の特徴はよく覚えていない」
小麦色の髪はそれほど珍しくないので、これといった手がかりにはならないだろう。変装をしていた可能性だってある。
「顔見知りではなかったのですね?」
「……文官の服を着ているからと油断した。今は浅慮だったと反省している」
ベルトラートが、使用人に対して躊躇いもなく謝罪する。リリスターシェも悄然と続いた。
「わたくしも、ごめんなさい。こんなかたちであなたまで巻き込んでしまって、悔やんでも悔やみきれないわ……」
「すみません、ナナセ殿……」
ヴァンルートスにも謝られ、ナナセは笑って首を振った。暗くて見えないはずなので、その代わりにできる限り柔らかな声を発する。
「大丈夫ですよ。言ったでしょう、必ずお守りいたしますと。私はこうして巻き込まれたこと、本当に運がよかったと思っております」
守ることができる立ち位置でよかった。優しい子ども達を、矢面に立たせずに済む。
「犯人は一体何者で、目的は何だろう?」
ヴァンルートスの疑問はもっともだが、ナナセが気にすべきはどこに向かっているかだ。
犯行目的を知ることで分かることもあるだろうが、自らの使命を見誤ってはならない。
陰謀や政争だった場合、様々な思惑が絡まり合って、全景を把握しようにも視界が塞がれてしまう。
ナナセが優先するのは彼らの無事のみ。
犯人が誰であるかより、王族を害する意思の有無を明らかにすることが何より重要だった。
「確かに犯人……というより黒幕は気になりますが、まずは馬車の経路を把握したいですね。そうすれば脱出の機会も窺えるはずです」
「だからこそ、黒幕の正体を突き止めるべきではないか? 王族を誘拐する大胆不敵な輩だ。おそらく貴族、または貴族と繋がりのあるもので、領地にさえ逃げ延びればどうにかなると考えているのだろう。ならば、黒幕から目的地を割り出せるはず」
ベルトラートの思わぬ発言に、ナナセは目を瞬かせた。やんちゃな子どもという印象だったが、驚くほど理知的だ。
思わず頷きかけ、我に返る。
「殿下のおっしゃることも一理ありますが、私はこういった時の対処法を知っているのです」
今こそ、ライトノベルや二時間サスペンスで培った無駄知識を総動員すべきだ。
「みなさん、馬車の外に耳を澄ませましょう。耳から得られる情報によって、現在地を特定する。誘拐事件解決の王道手段です」
ナナセの提案を聞いた子ども達の反応は、ものすごく微妙だった。
「それは何の王道だ?」
「車輪が回る音しか聞こえないわ」
「そもそも僕は王宮を出たことがないので、音が拾えたところで手がかりを生かせませんね……」
馬車は自動車と異なり、ひどく揺れる。道がアスファルトで舗装されていないためなおさらだった。
近くで話している声すら聞き逃しそうになるのに、外の音など拾えるはずがない。盲点だった。
「そういえば、私も外出の経験などほとんどありませんでした……」
「わたくし達もヴァンよりは詳しい程度よ」
「先ほど拘束された時に見た景色は、どう考えても王都ではなかったしな」
いちいち正論すぎて辛い。
子ども達を助けるためにも冷静でいようと気を引き締めたはずなのに、むしろ彼らの方がしっかりしているのではないだろうか。
「居合わせたのが私でなければ、もっとお役に立てたでしょうに……本当に申し訳ございません……」
「大丈夫よ、ナナセ。きっと助かる道はあるわ」
「そうですよ、ナナセ殿。あなたがいてくださるだけで、僕らがどれほど心強いか」
リリスターシェとヴァンルートスの優しさが辛い。尊べなくて辛い。
「他のありがちな展開としては、脱出に役立つ道具を試行錯誤して作るとか……」
「残念だが、何も置いていないようだぞ」
「では、王子様が華麗に駆け付けるとか……」
「その王子が助けを求めているんだが?」
ナナセの発言の不備を一つ一つ指摘していくベルトラートは、いっそ清々しい。無駄知識はどこまでいっても無駄にしかならなかった。
「やはりここは、黒幕の正体とその目的を知る必要がありますね……」
「やはりそこに帰結するようだな」
いつの間にか主導権を握っていたベルトラートが、自らの推論を披露する。
「黒幕を割り出す糸口として、まずは拐かしの手引きをした文官の素性から考えよう。馬車を用意できる点からも、彼が王宮で働く身分であることは間違いない。所作は丁寧だったが、決して優雅ではなかった。上流階級出身ではないものの、王宮に勤めることによって自然に身に付いたと推測できる」
「年齢は二十代前半といったところかしら? その若さで王宮勤めということは、よほど優秀なのね」
「それなら、冬宮の騎士達に不審に思われなかったのも道理だね」
まるで某有名漫画に出てくる、少年探偵団のような利発さだ。ナナセが意見を差し挟む余地はない。
素晴らしいディスカッションに耳を傾けながらも、今が何時頃なのかを考える。
殿下方を追いかけたのは三時前だったはずだが、幌の向こうには既に薄い闇が広がっている。完全に日が落ちた時、荷台は真の闇に包まれるのだろう。
夜間の運転は危険を伴う。
どこかに停泊するのだろうか。それとも、夜陰に乗じてこのまま進み続けるか。
どちらにしても子ども達はそろそろ休息が必要だ。それに、食事や水分補給も。
問答無用で殺すでもなくどこかに連れ去ろうとしているのだから、最低限の保障はあると思いたい。
ーーでも、油断はできない。どこかに着いた途端殺される可能性だって、ないわけじゃない……。
ふと、リオルディスの顔が浮かんだ。
近衛騎士団は、きっと殿下方を全力で捜してくれるだろう。それは彼らの職務だから当然と言える。
けれどこういう時に浮かぶのは、普段から信用している相手だけらしい。頼りにしている分、どうしたって彼のことばかり考えてしまう。
ーーあぁ、会いたいな……。
「顔見知りではないが、王宮で働いている……。統括棟に勤務しているのかもしれないな」
「わたくし達は仕事の邪魔になるからと、出入りを禁止されているものね」
「おい。先ほどから一言も口を出さないが、真面目に聞いているのか、ナナセ?」
ベルトラートに問われ、ナナセは顔を上げた。
「もちろん、聞いておりますよ。その文官について考えておりました。私は統括棟への出入りも多いので、該当する者が分かるかもしれません」
私的なことを考える傍ら、心当たりを探っていたのは本当だ。条件を満たす人物がいるようなーー。
考え込んでいると、かすかな物音が耳に届いた。
蹄の音だ。だんだん近付いてくる。
助けかと込み上げた期待は、御者との話し声を聞いて潰える。仲間が一人合流しただけのようだ。
脱出がより難しくなってしまったと、眉を寄せながら耳をそばだてる。
合流した者の足音が、こちらに近付いている。
よく考えれば御者席は満員。荷台に乗るのは当然のことだった。
ナナセは慌てて搬入口から離れる。ほぼ同時に幌が持ち上げられた。
「……!!」
小麦色の髪の男性、二十代前半。
統括棟で働く文官は大勢いるため、すぐには思い付かなかった。
まして、犯人の仲間が顔見知りにいるなんて。
「そんな、あなたが……?」
現れたのは、穏やかな風貌の文官だった。
ナナセも週に一度の頻度で会っていた。言葉を交わすことは多くなかったが、真面目そうな人物という印象だった。
「こちらも、あなたが殿下方といるとは思いませんでしたよ。ナナセ殿」
エクトーレ直属の部下である文官は、少し困ったように微笑んだ。




