たまには実家でまったりと
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十日ぶりの休日。
日本の感覚でいうと過重労働も甚だしいが、ヴァンルートスの失踪という非常事態でごたついていたため今回は仕方がないと思っている。国賓が巻き込まれたのだ。
事情聴取を受けたり現場検証をしたりと業務以外でも忙しかったナナセは、報告もかねて久しぶりにフランセン邸を訪れていた。
報告ならばリオルディスから聞いているだろうが、単純に愚痴をこぼしたい気分だったのだ。
屋敷を訪れれば、優しい使用人達が何くれとなく世話をしてくれる。
ゆったりとくつろげるソファに、おいしい紅茶。
シフォンケーキやクッキーなどのお茶菓子がテーブルに並べば、疲弊しきっていたナナセの機嫌はすっかり上向いた。
「クライブさんが淹れてくれる紅茶、本当においしいです。嫌な気持ちも全部飛んでいっちゃいそう」
「フフフ、恐れ入ります」
家令のクライブは忙しいだろうに、久々に帰るたび手ずから紅茶を淹れてくれる。
白いものの交じった口ひげが微笑みと共に動いて、その優しい表情にも癒される。
「最近は特に大変だと聞いていたから、クライブもそれはそれは心配しておったのじゃよ」
ナナセ達の会話を微笑ましげに見守っていたレムンドが、口を挟んだ。
「確かに大変でしたけど、おかげさまで『平民風情が』って馬鹿にされることはなくなりましたね」
「王族から直々にお褒めいただいたのだから、周囲の反応も当然のことじゃ」
休日に入る前、ナナセは王族の方々から呼び出しを受けていた。
王族に招かれた者だけが足を踏み入れることを許される、美しい薔薇園。そこで開かれる家族水入らずのお茶会に、事件解決の一助となったことを労う名目で招かれたのだ。
はじめの内はおそれ多すぎて顔も上げられずにいたが、彼らの何とも気さくな人柄に、次第に緊張は解けていった。
終盤には、『この人が例の火遊び国王陛下で、今や奥様の尻に敷かれているのか……』と感慨深く観察できるまでになっていた。
一度話をしていたからか王女も妙に懐いてくれて、今度ゆっくりお茶でもと約束をしたところでお開きとなった。
一介の侍女にすぎないナナセが王族のプライベートな集まりに招かれたということで、やっかみの視線を向けてくる者もいる。
けれど一目置くようになった者も多く、中にはこれまでナナセを蔑んできた者もいた。
「まぁそもそも、レムンドさんの名前を出せば一人残らず逃げて行くんですけどね」
ナナセが名前をひけらかしたことはないが、おそらく彼が裏で動いているのだろう。
一度嫌みをぶつけてきた相手は、なぜか二度と顔を見せなくなるのだ。
近付かれなくなったのか、はたまた王宮自体から姿を消しているのか。
レムンドの底知れなさからすると圧倒的に後者が有力だが、ナナセもあえて目をつむっている。
「大丈夫じゃよ。違法行為はしておらん」
「はいはい、そう願ってますよ」
ナナセは添えられた柔らかなクリームごと、シフォンケーキを頬張った。ケーキの生地に細かく砕いた紅茶の茶葉が入っているのだが、これはナナセが教えたレシピだ。
この世界にはケーキの生地自体に何かを混ぜることがないらしく、シンプルなプレーンしか存在しないらしい。
紅茶など様々なフレーバーのシフォンケーキは門外不出のレシピとなり、フランセン邸に帰らないと味わえなくなってしまった。
「ナナセちゃんは冷たいのう」
「本当に冷たいのは、どう考えてもレムンドさんの方でしょうが」
出会ってから四年、彼に対してもだいぶ砕けた口調になった。
今ではフランセン邸を『帰る場所』と捉えるようにまでなっている。
こちらの世界での、家族なのだ。
「あんまり王宮で会うことはありませんけど、お仕事忙しいんですから、私のことまで気にかけなくていいんですよ」
ナナセの言葉に、レムンドはふと相好を崩した。
「ありがとう。でも気にすることはない。ナナセちゃんが大切だから、守りたいだけじゃ」
彼の優しさに触れ、温かい気持ちになるたびに、ナナセは日本にいる家族を思い出してしまう。
心の広い両親、子育てに奮闘していた姉、仕事をはじめたばかりで毎日必死だった兄。
職務中は決して出さないけれど、本来のナナセはそんなに強くないのだ。
いつだって家族が恋しい。思い出せば生活に支障が出てしまうからこそ、普段は記憶を封印しているくらいに。
「……レムンドさん。日本に帰る方法は、まだ見つかりませんか?」
この問いを口にするのも久々だった。
彼は沈痛な顔で黙り込み、小さく首を振る。
「すまんのう。今のところ、進展はない……」
何度も繰り返すことに疲れたから。代わり映えのない回答を聞きたくなかったから。
理由は無数にあるけれど、レムンドが悲しそうに目を伏せる姿を見たくなくて、最近は質問しないようにしていた気がする。
異世界転移をした当初は、死にものぐるいで帰還方法を探した。
見付からなくて泣き暮らしもした。当然だ。大切な家族も友人もいたのだから。
心を鎧うようになったのは、いつからだろう。
それでも、もう調べなくていいという一言が、どうしても言えないーー。
「そんな顔をするんでない。これからも仕事の合間に調査を進める。ナナセちゃんのためなら、三徹くらいは余裕じゃし」
「だから、そういう無理をしないでくださいって言ってるんです」
「そうやってすぐ年寄り扱いするんじゃない」
軽口を叩き合っていれば、しんみりとした空気も霧散していく。
ナナセはぎこちなさの残る笑みを浮かべた。
「年寄りとか若いとか関係なく、仕事は余裕をもって行うべきなんです。レムンドさんが忙しそうにしていたら、部下の方達が休めないでしょう?」
「この老いぼれが働いているのだから、若いもんが働くのは当然じゃないかのう?」
「そうやって都合よく年寄りになったり、若ぶったりするのやめた方がいいですよ。部下を大切にしないと離職率は上がる一方です」
「離職率?」
彼は助言より、耳慣れない単語を拾った。
意味合い自体は伝わっているようだが、数値化するという概念がないため理解が難しいらしい。
「一定期間働いていた人数に対する、退職した人数の割合ですかね。企業側が従業員を手厚く遇することによって、離職率を下げることができるっていうのが向こうの世界の常識でした」
「雇っている側が、した手に出るのか?」
「人材の損失は大きいですからね。万年人手不足で悩んでるレムンドさんなら分かるでしょう?」
痛いところを突かれたとばかり、レムンドは無言で顔をしかめた。
「各種保険や手当て、有給休暇など福利厚生の充実が要でしたね。労働環境を向上させることによってやる気を底上げすれば、結果的に企業側にも利益が発生するんです」
「え。何それ詳しく」
威厳のある居住まいを捨て去ったレムンドが、目を輝かせながらテーブルに身を乗り出す。
彼のしゃべり方、実はこちらが素らしい。
威厳を出すために好々爺然とした口調を採用していたと聞けば、確かに初対面の頃から時折話し方が崩れていたような気もする。
日本での一般常識にやたら食い付くところは出会った頃から変わっていなくて、苦笑がこぼれた。
「やっぱり私が仕事一筋なのは、近くにいい見本がいるからなんでしょうね。元いた世界の家族もそういうところがありました」
こちらの世界の常識と照らし合わせれば理解しづらいことも多いだろうに、レムンドの知識欲の旺盛さは驚嘆ものだ。
きっと、よりよい働き方を取り入れたいと真剣に考えているのだろう。
ナナセは所詮学生だったから、日本での社会の仕組みをどこまで説明できるか分からないけれど、できる限り協力していきたい。
侍女界に革命を起こしてくれ! という無茶振りには応えかねるけれど。
福利厚生について説明しようとしたナナセだったが、レムンドの方が一足先に口を開いた。
「ナナセちゃんは仕事一筋じゃないだろう。結構色々出会っていると聞くぞ。大本命はもちろんリオルディス殿だが、最近は有望な文官エクトーレ殿、若手騎士のゼファル殿……」
「え、ちょっと待ってください。何で私の交遊関係まで知ってるんですか?」
密偵でもつけているのかと疑うほど克明に把握されている。これら全てがリオルディスの報告とは、どうしても思えない。
「けどゼファル殿はちょっと年下すぎて頼りないと思うけどなぁ。将来性に希望って意味ではありかもしれないけど、十五歳じゃな」
「え、ゼファル様って十五歳なんですか!」
年下だろうとは思っていたが、想像以上に若い。
確か三年前から騎士団に在籍しているらしいので、十二歳の若さで働きはじめたということか。
というか、レムンドはどれだけ王宮内のことを知り尽くしているのだろう。やはり恐ろしすぎる。
「一応これでもこっちの世界での保護者だし? そうすると、死ぬ前に幸せそうな花嫁姿を見たいっていうのが本音っていうか? でも結婚をせっついてますますナナセちゃんを頑なにしちゃったら意味ないし、ここは慎重にいかないとなー」
「作戦駄々もれですよ! というかキャラをもっと大事にして!」
そんな腹積もりでいたとは、ある意味ナナセの先行きが緊急事態だ。
日本への未練も断ち切れていないのに、このままではお見合いでもさせられかねない。むしろ既に顔を合わせていたりして。
ナナセは嫌な予感にザッと青ざめた。
レムンドの手腕を考えれば、抵抗したところでひとたまりもなさそうだ。
しばらくフランセン邸から距離を置くべきかもしれないと、深刻に思案するのだった。




