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「守りたい、か……」とマリーが小さく呟いた。
そして、くるっと踵を返すと、ローブから尻尾を覗かせ左右に揺らす。
「しばし、考える」
「え?あ、あぁ……分かった」
考えるって何を、とナツメは思案した。が、どのみち彼女が決めることだ。
「何を惚けておる?もう十分休んだじゃろ。ピエスコ宮殿に行かんでええのか?」
「そうだな」
ナツメは答えると、宮殿前にある半壊状態の石柱付近で戯れ合っていたキャロルとミアに声を掛けた。一方的にミアをイジっていたキャロルがナツメに気づき、笑顔で手を振る。
あの二人はいつ見ても平和だな、とナツメは苦笑した。
ピエスコ宮殿の内部は散乱としていた。石畳の至る所に、ザックやツルハシなどの発掘道具が放置されている。
以前に、この遺跡を発掘したトレジャーハンター達が捨てていったものだろう。
マリーは、この遺跡にまだ発見されていない空間があり、そこにパンドラがあると言った。
だが、あらかた探りつくされたであろう、宮殿の状況を目の当たりにしたナツメは改めて、マリーの情報に疑念を抱く。
しかし、彼女が嘘をつく理由が見つからない。もし情報が嘘であるなら、自ら案内役など買って出ないはずだ。
「ほれ、こっちじゃ。ついて参れ」
マリーは、すたすたと風を切るように歩き出した。ナツメ達も慌てて彼女の後に続く。
宮殿入り口から大広場を過ぎた先に回廊が見える。建物が半壊状態な為、外の湿地から例の独特な匂いが入り込む。
回廊は渡り廊下と繋がっており、廊下の先には宮殿の別邸と思わしき建造物が佇んでいる。
「マリリン、あっちの建物にパンドラの箱があるの?」
キャロルが後ろからマリーに尋ねる。
——マリリンって……。ナツメはキャロルの人懐っこさに感心すると共に、マリーがまた癇癪を起こすのではと思った。
だがマリーは、キャロルのあだ名が気に入ったようで、振り返ると笑顔を浮かべた。
「マリリン……か。うむ、悪く無いぞ、小娘。なんならマリーちゃんでも構わん」
「いや、マリーって千歳のババアだよな……」
ナツメがそう言った瞬間、またもマリーのディオーネが脳天に直撃した。もうすぐ頭が、真っ二つに割れる予感がする。
「ナツメさん、大丈夫ですか!」
ミアが可愛らしい顔でナツメを気遣う。ミアが良い子過ぎて、ナツメは軽く泣きそうになった。
「当然の報いじゃ」
マリーはナツメを睨みつけながら吐き捨てる。
「でも、マリリンは千年も生きてる風にはとても見えないよね。容姿も僕たちより少し年上くらいだし」
キャロルがそう言うとマリーが「ふむ」と頷いた。
「わらわの外見は二十歳で止まっておる。特殊な術を用いて、そうなったんじゃが……まぁ、おぬしらには関係ない話じゃ」
「関係ないって冷たいなぁー。マリリンはもう少し心開いてくれてもいいじゃん」
キャロルの言葉に対して、マリーはきつい視線で返す。キャロルはバツが悪そうに肩をすくめた。
渡り廊下を渡り別邸に入ると、マリーが急に立ち止まった。
「どうしたんだ」
ナツメが尋ねると、マリーは振り向きもせず喋りだした。
「のぅ、おぬしら。この宮殿に『本当に』パンドラがあると思っておったか?」
唐突なマリーの発言に、一瞬、時間が止まった気さえする。
「どういう意味だよ?」
ナツメの言葉に、マリーが小馬鹿にしたような笑い声をあげながら、三人の方に顔を向けた。
「意味もなにも、その通りの意味じゃ。ここにパンドラの箱なぞ無い」
マリーの返答にナツメは絶句した。
「なんで……マリリン、僕たちに嘘ついてたの……?」
キャロルが怒気を含んだ口調で叫ぶ。
「……そんな。マリーさん、どうして」
ミアも困惑した表情でマリーを凝視する。
「最初から全部、嘘だったんだな!」
ナツメの非難に、マリーは全く悪びれた様子もなく、薄ら笑いを浮かべる




