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「あの……俺、宗教とかに興味ないんで。それじゃあ」

 さっさと、この場を立ち去ろうとしたナツメにマリーが「ま、待て……っ!」と声を掛けた。ナツメが振り返るとマリーのすぐ横に、パンドラの情報を聞きに訪れた店の主人が立っていた。

 ——この男。

「やっぱ、お前らグルだったんだな!」

 ナツメはスティレットを鞘から引き抜いた。

 マリーは落ち着いた様子で「そう急くでない」と言いながら杖を振りかざした。杖の先端にあるうずまき状の円形部中央にはめ込まれた紫紺の石が眩い光を放つ。すると、マリーの隣に立っていた男は煙のように霧散して消えてしまった。

「な……」

 唖然としているナツメに向かって、マリーが得意げに微笑んだ。

「先ほど、ぬしが訪れた店にいた男はわらわが作った幻影じゃ」

「……幻影?」

 小首を傾げるナツメをマリーは愉快げに見つめる。

「くふふ、あの店全体にわらわがイリュージョンをかけていたのじゃ。ほれ、おぬし。店に入る際に何か違和感のようなものを感じんかったか?」

「違和感……」

 確かにあの古物店は周りの建築物と何かしら異質だと感じた。

「なぜ、試すようなことを自分にしたのだ?と言いたげな顔じゃのう。もちろん理由はある。そんな大袈裟なことではない。試験のようなものじゃ」

「試験?なんだよそれ。ますます意味がわかんないぞ」

「おぬしからすれば、そう思うじゃろうな。じゃが、わらわからすれば重要なことじゃ。考えてもみよ?パンドラの箱といえば探窟家のみならず、様々な類の輩がその所在を血眼になって欲するもの。そんな希少な情報を提供しようとすれば、する側もそれなりの自衛を講じなければ危険じゃ。強引な手段で、聞き出そうとする者をおるかもしれんしな」

 マリーの言っていることは筋が通っている。逆の立場なら俺も……。いや、そこまで考えが及んだかわかんないけど。

「あんた……じゃなかった。マリー、さん?は、本当にパンドラの情報を持ってるんですか?」

「無論じゃ。ただし、タダでという訳にはいかん」

 そりゃそうだよな、とナツメは後頭部を掻いた。ただ、今持っている軍資金といえば、報奨金の銀貨十枚とジェフから貰った前金のみだ。もし高額な情報料を要求されても支払えるか分からない。

 その時、マリーの腹部からぐぅーと音が鳴った。マリーがバツが悪そうに頰を紅く染める。

「そ、そうじゃの。とりあえず飯でも食いながら話さんか……?」


 大通りの一角にある酒場でナツメとマリーはテーブルを挟んで座っていた。ウエイトレスが「はい、お待たせ」と二人のテーブルにビールのジョッキと牛肉のステーキを置く。

「おぉー、美味そうじゃのう。そちも遠慮せんとたんと食え」

 マリーはステーキを切り分けもせずフォークをブッ刺し肉にかじりつく。節操のかけらもない。第一、遠慮もなにも、食事代はナツメ持ちだ。

「で、単刀直入に聞きたいんだけどパンドラの箱はどこにあるんだ?」

 ナツメはコップの水を飲んだ後、マリーに尋ねた。

「おぬしも性急じゃの。そう、せっつかんでもパンドラは逃げやせん。それより、はよ食べんと折角の料理が冷めてしまうぞ」

 マリーは旨そうにビールを一気に飲み干し、ジョッキをテーブルに叩きつけるように置いた。ナツメも皿に載った揚げたての魚をかじる。

「先に言っときたいんだけど、俺は懐に余裕がある訳じゃない。だから情報料の額によっては払うことができない」

「案ずるな。情報料は今、食っとる飯代でよい」

 マリーの返答はナツメの想像の斜め上をいくものだった。もっと法外な金額を吹っかけられると思っていたからだ。もちろん、マリーの情報がまことであればの話だが。

「ぷはー。食った食った」

 至福のひと時だと言わんばかりにマリーはお腹を撫でている。

 テーブルに乗った皿の山。軽く十人前はある。

 ——ほんと、よく食ったな、とナツメは呆れた。

 マリーは気持ちよさそうに窓から見える大通りに顔を向けていた。

 痺れを切らしたナツメが口を開きかけた時、マリーが「ドロバ湿原じゃ」と静かに呟く。



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