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「おい、キャロ。キリもいいし、そろそろ撤収の準備しろ」
ナツメが発掘道具をリュックにしまいながら、キャロルに声をかける。
「晩御飯は?今日の夕飯は食べれるんだよね?」
「五分五分かな」
「えー、ヤダヤダ。絶対に夕飯抜きは嫌だ。それより、ナッちゃん。ここ見てよ!ツルハシが通らないんだ……」
キャロルが指差す岩壁をツルハシで叩くと、見事に弾き返された。
「硬質の岩盤にぶち当たったんだ。これはツルハシじゃ砕けないな……。今日は、もう諦めよう」
俺の言葉を、キャロルはまるで聞いていなかった。
「この岩盤の先に、レアな遺物が眠ってる気がするんだ!僕の直感が囁いてる!」
キャロルは、拳を握りしめた。ナツメの顔から、血の気が引く。
——おい。ちょっ、待て。まさか。
そのまさかだった。キャロルの首にはめれらた、銀色のチョーカーが青白い光を放ち、呼応するように彼女の拳も微光を帯び始める。
「喰らえ!彗星の一撃ぉ!」
「馬鹿!キャロ。やめろおおおおお!」
キャロルの右ストレートが、ツルハシでビクともしなかった岩石を粉々に粉砕した。
衝撃音が洞窟内を揺らす。
——終わった。この洞窟、崩落するよな?死ぬよね、どう考えてもさ。ナツメは両手で頭を押さえ、地面に伏せながら念仏を唱える。
「ねぇ、お兄ちゃん。なんか綺麗な石が出てきたよ!これってエレメント原石じゃないかな?」
——あれ?落盤しない。無事?俺、生きてる?
そっと顔を上げると、キャロルがナツメの顔を覗き込んでいた。
「ナッちゃん、どうしたの?」
キャロルは、キョトンとした表情を浮かべている。
「おーい。さっき凄い音がしたけど大丈夫かぁ!」
遠くから、遺跡管理官の声が聞こえてきた。
リバ山の洞窟から出ると、日はすでに傾きかけていた。斜陽が、うろこ雲を茜色に染めている。
山の中腹から見える美しい景色を眺めていると、労働の疲労感が心なしか軽くなった。
ナツメとキャロルは、洞窟入り口のそばに建てられた丸太小屋で作業着を脱いだ。
作業着は、リバ山の遺跡管理局から貸与される。これは正直ありがたかった。
洞窟内での遺物の発掘作業は、炭鉱労働並みに汗と泥にまみれる。
私服で作業しろと言われていたら、正直、仕事を断っていたかもしれない。
室内を分断するように張られた、布のシート越しからキャロルの声が聞こえた。
「覗かないでよ」
「誰が覗くか!ちゃっちゃと温泉つかって、街に帰るぞ」
ナツメは腰に綿のタオルを巻くと、小屋の裏口を開けた。ドアの外には岩石を湯船にこしらえた露天風呂が、五つほど並んでいる。
もともとリバ山は火山であり、地下のマグマを熱源とする火山性温泉が頂上、中腹、麓に点在していた。
タオルを頭に乗っけて、ナツメはゆっくり足から湯船に浸かる。
「ああ、気持ちいいぃ」
湯気が立ち上る温泉に肩まで沈めながら、両手で湯をすくい洗顔する。
——いや、マジ生きかえるわ。生きててよかったと思う。いや、今日は本当の意味で死にかけたし余計にそう感じる。
ナツメは今年で十七歳になるが、この歳にして割と死線くぐってきたんじゃないか?と自負したくなった。
義理の妹であるキャロルは、一つ下だ。
突如「ナッちゃん!」と嬉々《きき》とした声が、背後から聞こえた。キャロルがナツメの浸かっている湯船に入り、後ろから抱きついてくる。
「ぴぎゃああああああぁぁっ!!」
ナツメは、変人が発狂したような叫び声を上げ、湯船から立ち上がる。
「……どうしたの?ナツメ」
「なんで俺の湯船に入ってくんだよ!別の岩風呂に行け!」
頰を赤らめ正面を向いたまま、ナツメは大声でわめいた。
「別にいいじゃん。僕たち、血の繋がって無い義理の兄妹なんだし!キチガイでも、なんでも無いよ」
「そういう問題じゃない!」
一喝したのち、ナツメは逃げだすように湯船から上がると小屋の方へ戻っていった。




