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翌日の昼過ぎ、ミアがキッチンで調理していると玄関のドアをノックする音が聞こえた。彼女は一瞬、びくっとして危うく包丁を落としそうになる。
——誰だろう?私の家を訪ねてくる人なんて滅多にいない。ミアは身構えながらドアに近づく。
「……誰ですか?」
「ミアちゃーん!」
溌剌とした女性の声がドア越しに響きわたる。恐る恐るドアを開けると、そこには二人の男女が立っていた。
「よ、よう。こないだはどうも」
ナツメが緊張した様子でミアに向かって挨拶の手振りをあげた。
「ナッちゃん、何びびってんの!ほんと根性ないんだから!」
「ち、違うわ!びびってなんかないし!」
「嘘だぁ。声、めっちゃ裏返ってるじゃん」
二人のやり取りを聞いていたミアが「……あの」と言った。
「え?」
ナツメとキャロルの台詞がシンクロした。
「何か……ご用でしょうか……?」
ミアは上目遣いで二人を見つめる。キャロルがナツメを肘で突く。ナツメはキャロルを一瞥した後、ミアに向き直る。
「フライスネーク——例の異形種の件で相談したいことがあって来たんだ。あ、ミアの家は村人に聞いたんだよ。別にストーカーしたとかそういうのじゃ断じてないからさ」
ナツメの発言を聞いていたキャロルが「はぁ……」とため息を吐く。
——回りくどい、早く本題に入れを言わんばかりの顔をしている。
「単刀直入に言うよ。フライスネークを倒すのを、俺たちに手伝わせてくれ」
ミアは、強張った表情を変えず何も答えない。暫しの間、三人の間に沈黙が流れる。
「今すぐ、村から離れてください……ここは危険だから」
ミアは玄関のドアを閉めようとした。が、閉まらなかった。ナツメが足を挟んでいたからだ。
「これ……落としもの」
ナツメは焦げ茶の皮手帳をミアに差し出した。ミアは驚いた表情を浮かべ、ドアノブから手を離す。
「わざわざ……。あ、ありがとう……ございます」
ミアは手帳を受け取ると、丁寧にお辞儀をする。
「ミア。俺さ、手帳に挟んであったメモ、つい見ちゃったんだ……悪気はなかったんだけどさ。あの異形種はミアの祖父母の仇なんだろ?」
ナツメの言葉を、ミアは険しい表情で拝聴している。
「俺とキャロルも、ミアと似たような境遇だったりしてさ。だから……だから君のこと放っておけないんだ。出会って間もないのに、立ち入ったことに首を突っ込んでるのは理解してる。けど、俺たちにも協力させて欲しいんだ」
ナツメは思いの丈を彼女にぶちまける。
それに対してのミアの返事は「……お願いですから……帰ってください」だった。
「ミアちゃん!お願い。私たちにも何か役に立てることが、きっとあると思うんだ!だから……」
キャロルが堪らず声を上げた。ミアは苦渋に満ちた顔でキャロルを見た。
「……お気持ちは大変嬉しいです。だけど……私と一緒にいたら……お二人が不幸になります。お願いですから、お願いだから……帰ってください!」
ミアは勢いよくドアを閉めた。ナツメとキャロルは、暫くドアの前に立ち尽くしていたが、やがてミアの家に背を向け歩き出した。
「振られちゃったね、ナッちゃん」
キャロルは沈んだオーラを放っているナツメとは対照的にあっけらかんとしている。
「別に愛の告白したわけじゃないぞ……」
ナツメはキャロルの性格を心底羨ましく思った。ミアがすんなり俺の提案を受け入れるとは考えていなかったが、いざ拒絶されると良い気分はしない。
だが、キャロルはまるでどうって事ないといった様子だ。こいつの楽観性を数ミリでも良いから分けてもらいたい。
「これから、どうするの?」
キャロルが両手を頭の後ろに回す。ナツメは考えを巡らせた後、口を開いた。
「あの子の意思に反するとしても……。俺はどうしてもミアに力を貸してやりたい。あの異形種をミアが一人で倒せるとは思えないしな。だから……当初の予定に変更はない」
「そうこなくっちゃ!」
ミアは玄関のドアを背にして座り込んでいた。手帳を握りしめながら、彼女は頭の中で明滅する疑問に意識を集中していた。
——何故、あの二人は私を助けようとしてくれるんだろう?私は呪われている。私なんか救われる価値も助けられる価値も無い存在なのに。それなのに、あの人たちは……。
「どうして私なんかに、かまってくれるの……?」
ミアは両膝に顔を突っ伏しながら、押し殺すような声で呻いた。




