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キーロフの街に二人が到着した頃には、陽は完全に落ちていた。赤茶屋根の住宅の窓からはロウソクの明かりがもれている。
ナツメはキャロルと別れた後、町外れにある遺物管理局の出張所に向かった。出張所はリバ山の遺物を査定、管理するためにキーロフに設置された役所だ。
パラメリア王国が管理する遺跡から発掘した遺物は、必ず役所に届け出さねばならない。
もし勝手に質屋などに売ろうものなら、衛兵に捕まり最悪、絞首刑に処される。
派出所に到着し、木製のドアを開けると、奥のカウンター越しに髭面の男が立っていた。
男は鑑定用ルーペを手に持ち、骨董品らしき壺をガン見している。俺が木製のカウンターにリュックを乗せると、髭の男は顔を上げた。
「よお、ナツメか!遅かったな。今日は収穫あったか?」
「ジニーさん、こんばんは。まぁ、ぼちぼち……すね」
ナツメはリュックから、錆びた金属の矢じりと、虹色に光る卵型の石、キャロルが掘り出した長方形の鉄くず、岩盤を砕いた際に出てきた紅く光る鉱物を取り出しカウンターに置く。
ジニーはルーペで、それらの品々を順にチェックした後、視線を俺に向けた。
「全部で銅貨七十枚だな」
「銅貨七十枚……。もう少し何とかなりませんか?その鉱物、きっとエレメント原石ですよ!」
ナツメは必死に食い下がったが、ジニーは首を横に振った。俺は肩を落とし、渋々と了承した。
金を受け取って出張所を出た後、ナツメは深くため息をついた。
受け取った金が銅貨七十枚だとすると、正確には査定額は銀貨一枚になる。なぜ銀貨一枚を受け取れないかといえば、単純に遺物管理局が三割を徴収するからだ。
王国が管理する遺跡から出土した遺物は引き取ってもらう際、すべからく三割持っていかれる。
これが仮にパラメリア王国の管理していない遺跡ならば、三割も徴収されずに済むし、何なら質屋に持っていっても罰せられることも無い。
じゃあ、管理外の遺跡で発掘したら良いではないかとなるのだが、事はそう上手くいかない。まず危険が大きすぎる。
その危険とは、第一に『異形種』の存在。異形種とは平たく言えば、モンスター的な生物だ。
実際に目にしたことがほとんどない。というのも、シェルターで生活していた時はもちろん、パラメリア王国に流れ着くまでの三年間、異形種たちは、全く活動していなかったからだ。
だが、ナツメとキャロルがパラメリアに移り住んだ頃を境に、異形種が動きを活発化させ始めた。
首都ロザリアやキーロフの街には、異形種の侵入を防ぐために煉瓦や丸太などで壁が建造された。
俺たちが、この国に来るまでに立ち寄った国や村、集落など、正確に計算していないが七割近くが廃墟と化していた。
今から思えば、その原因はきっと異形種たちによるものだろう。ナツメとキャロルの故郷、シェルターと同じくだ。
何にしても、今やモンスターの巣窟となった、ドロバ湿原やイエラ砂漠、ヴィエジャの森には発掘調査しに行こうにも、迂闊に近づけない状態だった。
傭兵や護衛を雇えるハンターならまだしも、そんな金の余裕など何処にもないナツメは、唯一パラメリア領土で安全とされるリバ山で遺物をチマチマ発掘するしかなかった。
「……それにしても銅貨七十は安くね?」
ナツメは街の小路を歩きながらボヤく。キーロフの街で借りている安宿は一泊で銅貨十四枚。食費は朝昼晩、切り詰めても銅貨六枚かかる。
つまり、三日半の生活費しか稼げていないのだ。今日は遺物を発掘できたから良いようなものの、一日掘り返して収穫がゼロという日も珍しくない。
文字通り、食うや食わずの生活を余儀なくされている。
「職業選択……間違えたのかな?」




