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夢見客人飛翔剣  作者: 解田明
破邪の暁
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魔人の最期

 一刀流の極意剣に、妙剣、絶妙剣、真剣、独妙剣、払捨刀(ほっしゃとう)、夢想剣このほか金翅鳥王剣がある。

 金翅鳥王とは、仏教にいう迦楼羅天(かるらてん)すなわちインド神話における神鳥ガルーダに由来する。

 金翅鳥片羽九万八千里、海上に出でて竜を食う――。

 ガルーダは、毒蛇を食う猛禽類を神聖視したもので、仏教に取りれられては衆生の煩悩の象徴である悪龍……毒蛇を啄むものとして信仰された。

 金翅鳥王剣は五点之次第として、上段からの五つの技からなる。

 伊東一刀斎の師である鐘巻自斎(かねまき じさい)が授けた奥義奥伝である。

 神鳥ガルーダが、天空から獲物を狙うがごとく刀を振り上げ、嘴で啄むがごとくその身を守り、丸呑みするがごとく一刀のもとに裂帛の気魄によって倒す。

 この極意の剣を、下段を狙う世槃の剣に対し、客人は飛翔して放った。

 生きる場もなしと補陀落渡海によって伊豆大島に流れ着き、鬼夜叉と名乗った師から天禀を認められて授かった流儀を轟天流とし、榊世槃のシャーナック戦法を破るため新たな剣として鷺の飛翔によって開眼体得したのである。


「ぐっ、お……」


 天からの一刀は、交差させた刃を両断し、魔人世槃の脳髄に達していた。

 ふわりと屋根瓦の上に降り立った客人は、世槃の長身を飛び越えていた。

 振り向くと、世槃はふらふらとニ、三歩ほど力なく歩み、膝から崩れて天を仰いだ。


「お、のれ……。この世に、我が胸の、地獄を……」


 その脳裏に、走馬灯が浮かぶ。

 魔女狩り戦争が生み出した光景。

 死と、死と、限りない死と、憎悪と怨嗟の地獄の世界。

 その地獄の只中にあって、すがった母は魔女として目の前でこの世のものとも思えぬ悲鳴を上げ、悪魔と交わったという罪を自白させられて火炙りとなった。

 一片の肉塊すら残さず浄化するという、正義の名のもとに。

 そしてまた悪魔の子と烙印を背負わされ、蔑まれ、弄ばれ、苛まれ続けた。

 この世は、地獄と変わらぬ。

 死した後に、救済があろうとは信じはしない。

 どれだけ苦しい思いをしたのかを、思い知らせてやりたかった。

 神が救いを与えず、手を差し伸べることなど存在であることをわからせ、嘲笑ってやりたかった。そしてその地獄を生き抜けるのは自分のみと、誇りたかった。

 そう、誰も救いはしない――


「何故、だ……」


 誰も救いはしない、そのはずだ。

 なら、この手に触れる温もりはなんだというのか?

 これから死ぬる身に、溢れるものは涙の雫。


「あなたを救います、諦めたりはしません……」


 千鶴の声であるのは、世槃にはわかっていた。

 だが、涙を流して手に触れるはずがない、そう思っていた。


「悪魔の子を、奇蹟の姫が、救う、か……」

「悪魔の子でも救うから、奇蹟ではないのですか!」


 叫ぶ千鶴の声であった。

 キリシタンから転ばすために、責め苦を味合わせようとした悪魔の申し子を救うという。

 どれだけ深い闇に堕ちたのか、知らずにそういう。

 だが、そんな奇蹟を信じてもいいと思わせた。

 神は、いまだ信じることなどできぬ。

 しかし、聖痕を刻まれた奇蹟の姫の慈悲ならば。


「俺を……闇から救っても、なんの善行にも、ならぬ……」

「いいえ、わたくしはあなたを救います。わたくしが救いを信じることができたのも、夢見様のおかげだから……」


 あの晩、夢見客人が来てくれなければどうなっていたか?

 きっと世槃の手に落ち、棄教して同じく闇を見ていただろう。

 だから、誰かを救うことの意味を知る。

 信じることを信じる、その尊さを。


「夢見、客人よ。俺の、負けだ……」

「紙一重であった。おぬしの剣が怨念に曇った妖剣ではなく、正道をいくものであれば、あるいは」


 剣の奥義は夢想の境地。

 一刀流極意夢想剣とは、夢現(ゆめうつつ)のうちに無心にて敵を倒すもの。

 憎しみに囚われ、邪念がこもればわずかにも鈍る。

 客人を斬ろうと心が(はや)り、返しの技である飛翔剣に破れたのだ。


「フッ……。奇蹟の姫に……これほど、無垢純真な魂に、恋い焦がれられるとは……妬ましき、かな。夢見客人……」

「世槃」


 流麗な美貌に陰りが浮かぶ。

 世槃が魔に落ちたのも人の弱さゆえかと客人は思う。

 その憎しみは、やはり救いを求めても届かなかった絶望に違いない。

 だが、今はたったひとりだとしても手は差し伸べられた。


「妬みは、大罪だ……。神の国など、御免こうむる。地獄こそ……我が楽園(パラディーソ)……」


 がくりと、首が力なく傾いた。稀代の魔人、榊世槃の最期であった。

 キリスト教七つの大罪のうち、嫉妬の罪によってみずから地獄に堕ちると嘯いたその死に顔は、何故だか母の傍らで眠る幼子のように安らかであった。

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