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夢見客人飛翔剣  作者: 解田明
浮世の夢
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逆卍党四天王

 闇――。


 一切の光も届かぬ深い闇の中で、何事かを囁き合っている異様な気配がある。

 江戸の化け物どもが、百鬼夜行の打ち合わせでもしているのではないか?

 いいや違う――。


 邪悪の巣窟とも思える暗闇は、彼ら逆卍党の隠れ家である。江戸中で押し込みや土蔵破りなどで稼いだ大量の金品を一時的に蓄えておく宝物庫であり、彼らの集合場なのだ。

 そこに、ぼんやりと光が差した。

 雪洞を掲げた、少年が現れたのである。

 いまだ前髪も落としておらぬ、美しい少年であった。

 あどけなさを残したその面持ちは、十人いれば十人ともが美しいと答えるだろう。

 だが、その美しさは手放しで讃えることを躊躇させる。

 少年の肌は、一度も陽光を浴びたことがないとしか思えぬほどに白い。裾や袖から覗く四肢はしなやかだが、一種病的で隠微なものを感じさせる。


 何よりその瞳の色――。


 まるで、生き血を練り固めたように紅い。

 薄闇の中で、凶星のごとく爛々と輝くさまは、およそこの世のものとは思えない。


有廉邪々丸ありかどじゃじゃまる、参りました。四天王の皆々様、おられまするか?」


 少年――有廉邪々丸が鈴の音のような声で訊ねると、闇の中から声が返ってくる。


隅井麻羽(すみい あざう)――」

「神仏殺し日叡(にちえい)、ここに」

「広目天、普嶺民部(ふれい みんぶ)

一石(いつせき)仙人(せんにん)、ここにおる」


 声の主たちは、すなわち――


 持国天は隅井麻羽。

 増長天は神仏殺し日叡。

 広目天は普嶺民部。

 多聞天は一石仙人。


 怪忍者集団、逆卍党を統べる四天王である。

 化け物ぞろいの逆卍党にあって、彼ら四天王は極めつきの化け物なのだ。


「お揃いであられたか、四天王の皆々様。では、さっそく我らがご党首の用向きを伝えまする。例の姫君の件、どうなったと――」


 邪々丸が問うと、その場はしぃんと水を打ったように静まり返る。

 穏やかならぬ沈黙。邪々丸は彼らの心中を見透かしてか、血を啜ってきたばかりのような紅い唇を歪めた。その態度には、毒で固めた嘲りがたっぷりと含まれていた。


「どうしたのであられまするか? よもや――」

「そのとおりだ! しくじったのよ……」


 闇の中で、隅井麻羽が苦々しげに吐き捨てる。


「しくじった? よもや四天王の皆々様からそのようなお言葉を聞くことになろうとは! いやいや、お戯れを申さないでくださいまし」


 邪々丸は芝居がかった口調で、わざとらしく言う。幼い少年に見えても、神経の逆撫で方は十分心得ているようだ。


「…………」


 闇の中から、無数の殺気が邪々丸めがけて浴びせられる。が、邪々丸は芝居がかった物言いを一向にやめようとはしない。


「さてさて、どうやらお戯れではないご様子。そのようなこと、いかにして党首に申し上げればよいのでありましょうや? ご不興を買うのは、この邪々丸であるというのに」


 よよと泣き崩れる白々しい仕草が、一層の不和を煽り立てる。


「あいすまぬ、と伝えられい」

「それだけでありまするか? 我らの悲願をかけた此度の企みが水泡に帰したというに、あいすまぬ、そのたった一言だけでおさめようと?」

「言いたいことがあるなら、はっきりと言うたらどうじゃ!!」


 当てつけがましい態度に、さすがに隅井麻羽が激発した。


「まあ待ちなされ、麻羽よ――」


 四天王の長老、一石仙人がしゃがれた声で麻羽を制止する。声の調子はは穏やかだが、逆らいがたいものを秘めている。


「翁がそう申されるのなら、是非もないわ」


 麻羽は渋々ながら矛を収める。しかし、燻るような殺気を隠そうとはしない。

 一方の邪々丸も、口はつぐんだが嘲りの笑みを絶やしてはいない。


「のう、邪々丸――」

「…………」

「此度の失策はわしとて心苦しく思うておるのじゃ。これも思わぬ邪魔が入ったゆえでな」

「ほう、邪魔者とは?」

「手練れの下忍五人と、宇頭間刃角を斬り伏せたのじゃ。皆、一刀で果てておったのう」

「なんと!? 何者です、そやつは?」


 邪々丸も、さすがに驚愕を露わにした。

 忍法旋風刃を体得した宇頭間刃角の実力は、邪々丸も十分に知っている。

 簡単に負ける忍びではない。刃角ひとりでも相当な相手だというのに、ましてその邪魔者は下忍五人までも斬ったという。


「それをこれから探ろうと思うての。日叡殿、頼むぞ」

「お任せいただきましょう――」


 神仏殺しの異名を持つ日叡が答えると、ぼうっと炎が燃えた。

 護摩壇に火が入ったのだ。

 赤々とした炎に照らし出されたのは、宇頭間刃角の首である。連絡が途絶えたことを不審に思い、探りを入れさせた者が持ちかえったものだ。


「――……オン 阿謨伽アボギャ 尾盧左曩ベイロシャノウ 摩訶母捺囉マカボダラ 麽抳マニ 鉢納麽ハンドマ 入嚩攞ジンバラ 鉢囉韈哆野ハラバリタヤ ウン オン 阿謨伽アボギャ 尾盧左曩ベイロシャノウ 摩訶母捺囉マカボダラ 麽抳マニ 鉢納麽ハンドマ 入嚩攞ジンバラ 鉢囉韈哆野ハラバリタヤ ウン オン阿謨伽アボギャ尾盧左曩ベイロシャノウ摩訶母捺囉マカボダラ麽抳マニ鉢納麽ハンドマ入嚩攞ジンバラ鉢囉韈哆野ハラバリタヤ……」


 日叡は護摩壇に香を投げ込み、また刃角の生首に黄色い砂のようなものをかけながら、光明真言を唱え出した。

 真言は、幾度も繰り返し唱えられる。

 それは、永劫に続くかに思えたが――。


「――(ウン)!」


 日叡の裂帛の気合とともに、護摩壇の炎が激しく燃え盛った。

 すると、生首となった刃角が、カッと両目を見開いた。


「さて、宇頭間刃角よ。愚僧の言葉がわかろうか?」

「……ア」


 確かに絶命したはずの刃角が、声を発した。

 奇怪奇怪、まさに奇っ怪。

 首だけとなり完全に絶命していた刃角の生首が、こともあろうか口を利いたのである。

 これぞ真言密教にいう土砂加持(どしゃかじ)の秘法――。

 霊験あらたかなる高野山の丹砂(たんしゃ)を死者に蒔き、真言を一心に唱えれば、不空大灌頂光明真言加持土砂の功力によって蓮華の上に化生するという。


「ならば、その首を斬り落としたのは何者なりや?」


 日叡が生首に問う。


「メ……ミ……ロ、ウ……ド――ユ、メ、ミ、マ、ロ、ウ、ド」


 微かな声で、首だけとなった刃角が答えた。


「ふむ。ユメミ、マロウド……夢見客人、とな?」

「ア……」


 肯定するように声を挙げると、生首は再び生気を失った。


「邪魔者の名は、夢見客人と申すのでありまするか?」

「そのようで。さて、どのような姿をしておるのか、とくと拝見――」


 邪々丸の問いに答えると、日叡は何を思ったかおもむろに生首の眼窩に指を突き入れた。そして、ぐっと力を込める。

 ごりっという嫌な音とともに、ぬらりと眼球がえぐり出された。

 その眼球を、日叡は護摩壇の炎に照らす。

 すると、闇の中にぼんやりと象が浮びあがった。

 人間の死の瞬間、その網膜には最期に見た光景が焼きつくという。

 それを、映写機の要領で映し出したのである。


「ほう、こやつが夢見客人か。何ともはや……」


 それまで無言だった普嶺民部も、思わず感嘆の声を漏らした。

 この世のものとは思えぬ、美しい男であった。

 たとえ同性であろうとも、その容貌には息を呑んでしまう。

 そんな優男が、宇頭間刃角を倒したのだ。


「ただちにこやつの身辺を探らましょう」


 日叡は、刃角の目玉を用なしとばかりに護摩壇に放り込む。


「さて邪々丸よ。党首には我らがすぐに手を打つと伝えられい。必ずや、此度の失態は挽回してみせる、とな」


 しかし、邪々丸の耳にその言葉は届いてはいない。


「夢見、客人……」


 もう一度、その名を口の中で転がしてみる。

 邪々丸は、見惚れてしまっていたのだ。

 夢見客人の、夢幻のごとき美しさに。


「いかがした、邪々丸?」

「いえ……では、それがしはこれにて失礼させていただきまする。それでは――」


 邪々丸は、闇に溶けるようにして消えた。

 すると邪々丸を中心に逆巻いていた殺気の渦が消え、不信が膿のように噴出した。


「……しかしわからぬ! ご党首は何ゆえあのような者を使うのじゃ?」


 苛立たしげなのは麻羽の声だ。遠慮なく邪々丸への不満を漏らした。


「まったくだ。逆卍党には我ら四天王がおるというのに」


 民部も、それに同意する。


「おやめなされ。ご党首への疑いは叛意と受け取られても申し開きできぬぞよ」


 日叡がたしなめるが、それほど強いものではない。実を言えば、彼の心中もふたりとさして変わらないのだ。


「ぬしらも若いのう。この老いぼれには、あやつと事を構えるだけの気力がわかぬわい」

「何を申される、多聞天を預かる一石翁ともあろう御仁が……」

「いやいや、あやつは魔性。人とは違うのよ」

「む? 魔性とな……」

「いかにも。人の生き血を啜り、死肉を喰ろうた者だけが持ちえる力じゃ。当然、ご党首も納得ずくで同志に加えたのじゃ」

「ううむ、確かにあのお方の思慮の深さは我らごときの及ばぬところ。翁は邪々丸のような者を加えたには、考えあってのことと申されるのだな?」

「うむ、我らはご党首を信じ、任された使命を果たすまで」

「ならば例の姫君には、この日叡の手の者を向けるとしよう。で、夢見客人とやらも捨て置くわけにはいかんのだが」

「それは無論、手抜かりなく」

「では、今宵はここまで。皆、達者でな」

「「「散っ――!」」」


 それまで闇の中に集っていた気配が、ひとつ残らず消えた。

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