表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢見客人飛翔剣  作者: 解田明
宵の影
23/59

束の間の

「しばらくは追ってはこれまい」


 瞳鬼は、その左目で周囲の様子を見渡した。

 炸裂した焙烙玉(ほうろくだま)から立ち込めた煙幕は、相当な毒性を持っており、これに巻かれればしばらくはまともに動けないはずだ。

 伊賀流忍術にある煙遁(えんとん)の術である。

 仲間たちもその被害は受けるであろうが、非常時ゆえ仕方のないことと割り切った。

 塀に背中を預け、乱れた息を整える。


「しかし、なかなかに強力な煙だな……」

「やむを得んだろう。あの場を切り抜けるには、あれしかなかったのじゃ」


 さしもの客人も、その煙の影響を受けてしまい、軽く()せている。

 物陰に身を隠し、追跡の気配を探る。追っ手はまだ来ない。それも今のところであろう。

 柳生の刺客、斉藤丈之介。逆卍党の忍者、糸巻随軒と出くわしたとあっては、もはや逃げるしか道はなかったろう。


「おぬし、名は?」

「……忍びに名を問うて、おいそれと教えると思うてか」

「しかし、名を知らぬとなると礼も言えまい」

「……ど、瞳鬼だ」


 小さく答える。

 もちろん、名を教えるつもりなどなかった。

 だが、どうしてか心が緩くなっている。

 そんなに夢見客人から礼を受けたかったのかと、瞳鬼はおのれの小娘のような気持ちを恥じた。


「瞳鬼か、わかった。おぬしのおかげで助かった。あらためて礼を言おう」

「私は、お前を見張っていただけじゃ」

「なら、ますます有り難いな。拙者を見張っておればよかったというのに、あの一声のおかげで難を逃れることができた」


 ふと、客人が柔らかな笑みを浮かべる。

 思わず、瞳鬼は顔を伏せる。

 間近で見ると、やはり心を奪われてしまうほど美しい男だ。


「別に、お前のためではない。その刀を柳生に渡さぬためというだけだ」


 何故、言い訳じみたことを言ってしまうのだろう。

 柳生の刺客が狙っていると知ったとき、寸でのところで声を上げてしまった。

 ずっと遠くから見ているだけと決めていたはずなのに。

 そんな瞳鬼の前に、懐紙が差し出された。


「これは?」

「あの煙は、おぬしも苦しめたようだ。涙を拭うがよい」

「あ、ああ……」


 受け取り、腫れた目から流れる涙を拭う。

 左目に触れ、改めておのれの異形を知る。


「……この左目、お前は気味が悪いと思わぬか?」


 前髪を上げ、その左目を見せつけながら言う。

 気味が悪い、そう客人の口から聞くことができれば、煩悶とする気持ちに区切りがつけられよう――。

 済ました美貌の男か、自身の姿を見て(おのの)くところを見てみたいとも思ったのだ。

 そんな方法でも、相手の心には残ることができる。


「拙者はその瞳のおかげで助けられたのだ、そのようには思わぬよ」

「かまわん、口でどう言おうともわかるぞ。どうせ心の内では気味悪がっておるのだろう?」


 瞳鬼は知っている。どう取り繕うとも皆は心の内で醜いとおのれのことを(さげす)んでいるのだと。

 この夢見客人もそのはずだ。

 美しいものに醜いものの気持ちがわかろうはずもないが、醜いものには美しいものの心の機微が読み取れる。


「だが、私には気遣いなど無用。醜いと思うなら思うがいい。この左目のおかげで忍びとして立派に役目を果たせるのじゃ」

「人並みに涙を流すのなら、拙者もおぬしも同じく血が通っていよう」

「こ、これは、煙が()みただけじゃ……!」


 瞳鬼は取り乱した。

 そのような言葉、今まで言われたことがなかった。

 思ってもない言葉が返って来たため、どう反応すればよいか戸惑ったのだ。


「ふむ。その左目もぱちりと開いた眼であるから、右に(かんざし)を挿して釣り合いを取って、紅白粉(べにおしろい)でもするとなかなか娘らしくなろう」

「何を言っておる、誰がそんなこと」


 娘らしくしたいなど、とうに捨てたはずの感情である。

 容姿への負い目は、忍びとなってからもう感じることもなく、むしろ役目を果たしてくれる誇りとしていていたはず。

 いや、そう自分に言い聞かせていただけに過ぎなかったのか。

 娘らしく、美しくありたいと願っていたのか。


「忍びの掟が非情なのは、拙者も承知している。されど、おぬしのような娘らしい年頃の者が情を捨てねばならんとは、悲しいことだ」

「……変わったことを言う男じゃな、お前は」

「なに、ただの暇人だ」

「暇人、か」

「拙者は、逃した姫たちと落ち合うつもりだ。さて、おぬしはどうする?」

「私の役目は、お前を見ることじゃ。その村正を柳生や逆卍党の手に渡らぬよう、見張らねばならん」

「なら、隠れて見張らずとも拙者の側におればよかろう。おとなしくしてくれるなら、簪も買ってやろう」

「いらぬ、馬鹿にするな!」

「それはすまなかった。助けてもらった礼のつもりだったが」

「ふん、私はお前に死なれては困るのじゃ。だから、先行きの案内くらいはしてやる」


 言葉とは裏腹に、温かな高鳴りを覚えてしまう。

 見ているのが瞳鬼の役目だ。だから見ているだけでよかった。

 だが、その優美な頬に触れてみたいと思うこの気持ちは、何なのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ