2-2 @ 最初の喪失-目覚めて
だが、この世界はそんな余韻にひたることも許してくれない。
「あんた、こげんところでなにねてんころげてんだ?」
彼の頭上からなまりまくりの声が聞こえてくる(ついでにのしかかってくる)。
暗闇にひたろうと考えていた英雄は閉じていた、眼を開け、すき間から差し込んでくる光にたまらず眼を細くするのだ。
ぼやけかけの視界が徐々に形を取り戻していき、声の主の輪郭をあらわにしていた。80年分ぐらいしわを織り込んだような顔面で不思議そうにこちらをのぞき込む。
「あなたは?」
「『あなたは?』って、おまぇ、今おらが質問してっべさ。先におらの質問に答えてからだぁ」
なまりのきつい割に理解しやすい言葉が流れてくる。
「なんでしたっけ?質問って、」
「こんなところで何のんきにねよっとか、や。」
「そんなことか」と思いながら、彼は答えようとした。でも彼にはこたえることができなかった。
「・・・・・・・」
「なんやお前、どうして自分がこんなところに寝転がってんのか、わからんのか?」
「・・・ちょっと思い出せなくて。」
「不思議な奴やなぁ、まぁいいわ。とりあえずそこ、どいてくんべ。おらの荷車が通れねぇっけん」
彼はやっと倒していた体を起こした。
広がっているのは林か草原かやっぱり決めかねてしまう場所。
一人称「おら」のおじいさんの後ろのほうには軽トラサイズの荷台があったが、彼は軽トラも覚えていないので、大きい荷車だとしか考えていない。
「すいません」
しぶしぶおじいさんの邪魔になっていることを理解したようだ。
ひょっと立ち上がろうとして体を起こすが、その時にどことなく体が重く感じるのだ。
「それよりあんた。こんなところで寝てたら魔の物たちゃに食われかけねぇんだ。せいぜい早いうちにうちへ帰るんだべさ。」
「そうします‥‥、ここってどこですか?」
彼はおじいさんの言うとおりにしようとしたのだが、肝心なことを忘れていた。なんで、こんなところで寝ているのかわからないのだから、当然のようにここがどこなのかもわからない。
したがって家への帰る道もわからないのだ。
「はぁ、ここでのんきに寝てんだのに、ここがどこかしらんべか。まったくあきれるほど覚えてないんやわな。」
おじいさんからしたら、どこかわからないようなところで寝ている青年なんて「あほちゃうか?」状態だった。
「ここがどこかって聞かれたら答えにくいけんべど、ン~~~~なんていうだべかな。うまく言葉にできねぇべ。とにかく、北のほうの道だべ。うん、教えてやったべ。
ってかおまぇ、まさかとは思うけんど、『自分のうちがどこにあんのかわかりません』とか言い出さんよべな。」
「僕の家…ぼくの家…ボクのイエ・・・あれ?」
彼はどうやら本当に覚えていないようだ。
自分がどこから来た誰なのか。なんでこんなところにいるのか。
頭の中を探し回って答えらしい答えは見つからないらしい。
「わかんねぇべか、お前。まさか記憶喪失ってやつか。自分の名前言えるか?」
「僕の名前‥…覚えていないけどたぶん、ヒデオだと思います。」
「たぶんって、なんだべ。」
「さっき夢の中で、誰か知らない(?)女の子にヒデオってつけてもらいました。」
「はぁ、『夢の中でつけてもらいました。』ってあきれるなぁ。名前も満足に覚えてないんか。こりゃ、モノほんの記憶喪失やな。帰り方もわからんのやろ。どげんすっかな。」
おじいさんは彼のために頭を抱えて考えている。
彼はおじいさんのことを「きっと正直で、なまりはひどいけど優しい人に違いない」と思った。
あながちおじいさんに対する評価は間違っていないのだが、おじいさんはあまり頭がよくない。だから考えている時間だけ無駄なのである。
「考えても、何も思いつかねぇだ。」
「もう行ってもらって大丈夫です、自分でどうにかしますんで。」
「どうにかって、どうすんべさ。どうせ何も考えてねぇだべ、」
「…そうですけど、これ以上迷惑かけられないです。」
「めいわくだなんて思ってねぇべ、 ん~~~~~」
「ん~~~~~」
二人そろって考えるときの思考が声になって漏れる。
どうしたものかと考える2人は、そこに近づく一行に気づかない。
「お前ら、何してる」
江戸時代の大名行列とでもいえそうな集団と馬車を伴った連中の先頭の一人が、彼とおじいさんにそう言った。
「道の真ん中にどんと立っているのでは、我々が通れない。どいてもらえないか。」
「お~、これはこれは王国の一行様ではありませんかだべ。気づかなくてすんません。今すぐどきますんで、ほらおまぁも道のわきに寄るんだ。」
「は、はい…」
彼はそのまま道のわきによって、おじいさんは止めていた荷車を道脇に寄せて、道脇に膝まづいた。俺も真似するように膝づいた。
「うむ、今後は気を付けるんだぞ」
そう言って止まっていた一行が歩いていく。
彼は頭を下にしながら、目だけは通りすぎていく人やら馬車やらをおった。
ひときわ大きな馬車が彼の前を通り過ぎようとしているとき、馬車は進行を止めた。
「バリオンリンス様、どうされましたか。」
「何でもない。ただ、その青年が気になっただけだ。」
「はぁ、青年ですか。おい、そこの青年。」
前で繰り広げられている会話を聞いてバリオンリンス様がこの中で一番偉いのだと彼は考えていた。だから『青年』が彼のことを指していると気づくことに時間がかかっている。
「おい、青年聞こえているのか。」
「、、、、えっ、あぁー僕のことですか。」
「そうだ、お前だ。バリオンリンス様がお前に用がある。顔を上げろ。」
「失礼します。」
記憶はなくとも礼儀は体に染みついている。そう思うことができるほどの彼の対応だった。
「お前、名前は何というのだ。」
ほかの人とは明らかに違う燃えてしまいそうな赤い甲冑に身を包んだロング白髪男が彼を見ている。
「ヒデオ……だと思います。」
「『思います』か。面白いな。」
バリオンリンスは彼に何かを感じているらしい、が
「ヒデオ、とか言ったな。どうやら俺の思い違いだったらしい。帰るぞ、」
「はっ!」
馬車に乗り、出発の合図をかける。一行が前に進んだ。
「ヒデオ、思い違いだと思うが気をつけろよ。」
「はぁ、はぁー」
行ってしまった。
取り残された感満載な彼は、またおじいさんと2人になった。
「今のは、誰なんですか。」
彼はおじいさんにたずねる。彼からしたらどこかのお偉いさんだとしか思っていなかった。
「知らねぇべか? そうだったな、記憶喪失だべな。あの一行は王国のバリオンリンス様の軍団だべ。『ことあるごとに戦火を鎮める勇気と慈愛の戦士』こと、英雄バリンオンリンス様に話しかけられるなんて、おめでたいことだべ」
「それはそれは」
どれくらいすごいことなのか今一つ伝わっていないようである。
「すっかり忘れてたんだけんど、お前をどうすっべかな」
「「んー」」
ため息、再び。
その間を沈黙をざわめきだけが流れている、この光景もシュールである。
ザワ、ザワ、 ザワ、ザワ、
遠くのほうで木々に停まっていた鳥たちがそろいそろって飛んでいくのが見えた。
「なんですかねぇ?」
「なんだべなぁ?行ってみっが」
おじいさんと2人でそのほうへ走る。おじいさんが荷車を引いて、彼が荷車を押す形である。