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第一話 俺の世界

 キーンコーンカーンコーン


 授業の終わりを告げる鐘が校舎全体に鳴り響く。

 担当教師が教室から出ていき、それに続いて生徒達も弾丸の様に飛び出していく。

 これから購買部で昼飯を巡り死闘が繰り広げられるのだろう。

 

 確かあそこの総菜パンって品揃えは豊富だがとにかく数が少ない。

 10分もしないうちに菓子パンを残して全滅だろう。

 

「ふあああぁあ。ねむぃ…………」


 まっ今の俺には関係ないけどな。

 腹の虫はクークー煩く鳴っているが、その空腹すらも凌駕する睡魔。

 俺――――神代裕也(かみしろゆうや)は机を枕にして昼休みを睡眠時間に充てるのだ。

 

 オヤスミナサイ。

 

「最近いつも眠そうだね」


 夢の世界に旅立つ寸前に待ったがかかる。隣の席から女子生徒の声。

 机に寝そべったまま視線だけを向けると、カーブの掛かったフアフアな髪が印象的な少女の姿が映る。


「ちゃんと家で寝てるの? 夜更かしは健康に悪いよ?」


 このお節介屋の名前は朝日実里(あさひみのり)

 ここ神那岐学園に入学してから妙な縁で結ばれている同級生だ。


 彼女とは1年の初学期から2年の今に至るまでいつも同じクラス、隣の席である。

 お陰で変に名前が知れ渡るし、クラスの連中からはおしどり夫婦と2人セットで呼ばれる様になった。


 彼女自身こうやって無駄に世話を焼きたがるから余計に目立つ。


「あー眠いよ。昨日徹夜でドラゴンを倒してきたからな。本当に疲れた……」


 俺は昨日の出来事を包み隠さず伝える。

 身体の至る所が悲鳴を上げていて脳も休みを欲している。授業中なんて酷い有様だった。

 板書も碌にできないし、かといって居眠りもできない。まさに生き地獄。


 もうこのまま机の上で永遠の眠りついてしまいたいぐらいだ。


「……それって新作ゲームの話? 私も買ったよ! パッケージの竜の絵がカッコいいよね!」


 実里は俺の言葉を素直に受け止めていた。


 そういえば現実のドラゴンはゲーム程の威厳ある顔付きじゃなかったな。

 デカい羽の生えた蜥蜴(トカゲ)そのもので妙にダサかった覚えがある。後、弱かったし。

 やっぱデザインって色々脚色されているんだな、幼少からの憧れに泥を塗られた。


「ねぇねぇ、もしよかったら今日久しぶりにお家に遊びに行ってもいい? どうしても倒せないボスがいるの。攻略法教えてよ!」

「だーめ。俺ん家は今、”従妹”が3人来ているから。これ以上人が増えると困ります」

「えっ3人? この前は1人だったよね!? ……2人も増えてる。長期休暇でもないのに何で?」

「家庭の事情です」


 首を傾げる実里にやんわりと断りを入れる。

 ただでさえ夫婦と呼ばれているのに大きな声で男の家に行きたいなんて言うかね……。


 確かに何度かコイツを招いた事はあるが、その話を聞く度に女子共は騒ぐし男子は怖い顔になるし。

 実里は自分の価値をわかっていないんだろうな。

 

 ぼんやりと意識を周囲の連中に向けてみる。

 

「実里……そこよ! もっとぐいぐい押していくのよ!」

「そう言えば昨日、滅茶苦茶可愛い子を見たぞ! 今日も帰りに会えないかな~。後、幸也爆発しろ」

「あぁ商店街にいた子だろ? 今朝見かけたぞ。大きな帽子を被った……ロリっ子可愛いよなぁ。お菓子あげたくなる。後、幸也爆死しろ」

「違う違う。黒い服装ですらりとした幸薄そうな子だよ。歳も俺達ぐらいだっての。そもそも俺はロリなんて興味ねーし」

「あぁ!? ロリっ子のがいいだろ! ぶっ飛ばすぞ!!」

「うるせぇ。てめぇ警察に通報すんぞ!!」

「俺も見たけど影がある少女っていいよな! こう、守ってあげたくなる~」

「ちょっと男子、うるさいわね!!!! まとめて署に連行するわよ!?」


 ………………


「へー。ご近所さんにそんなに可愛い子がいるんだね。他校の子かな? 同じ学園だったらもっと話題に出ているよね?」 

「そうだなぁ……見た目だけならな……」

「えっ? 幸也君は知っているの?」

「……何でもないです」


 ブゥゥゥゥゥゥ ブゥゥゥゥゥゥゥ


「ッ!」


 突然。制服のポケットに入れていたスマホが震える出す。

 その瞬間眠気が一気に吹き飛び、サーっと頭の血が引く錯覚を覚えた。

 フラフラと立ち上がる俺を実里は心配そうに見上げている。


「どうしたの? やっぱり調子悪い? 一緒に保健室に行く?」

「……悪いけど、ちょっと出かけてくるわ。もしかしたら休み時間が終わっても戻ってこれないかも」

「えっ!? ま、またぁ!? 最近多いよ! 流石にそろそろ私も庇いきれないよぉ! それにお昼は? 一緒に食べようよ……私ここで待ってるよ?」

「……いつもすまん。お昼は他の子と食べてくれ。俺はちょっと無理」


 実里は可愛いらしい布で包装されたお弁当を片手に俺を何とか引き留めようとする。

 彼女には何度もお世話になっている分、こうして断るのは心苦しい。


 だがすまない。こちとら世界を救う使命があるんだ。ゲームじゃないぞ?


「もーう。付き合い悪いよー……せっかくお弁当……作ってきてるのに」

「ドンマイドンマイ。また明日があるよ。んで、彼はいつもどこに行ってる訳? もしかして浮気?」

「知らない……教えてくれないもん」


 教室を飛び出す間際に、後ろで実里が誰かと話しているのが聞こえた。

 内容までは聞こえなかったが。 




 ◇




 走る。走る。走る。

 俺は教室があった新校舎から連絡通路を渡り木造の旧校舎まで風の様な速さで駆けていた。

 身体は本調子ではないがもしかしたらベストタイムを出せたかもしれない。

 とはいえ別に運動部でもないので息は絶え絶え、汗でシャツはベチョベチョ。

 

 まだ夏も始まっていないのにこの調子ではいずれ脱水症状で倒れるかも。


 旧校舎には特別授業で使う教室等が並んでいて昼休みは人も殆ど見かけない。

 階段を駆け足で登り、3階にある鎖で封鎖された踊り場も強引に進む。

 そして4階まで到着すると、こっそりとドアを開けて屋上へ。

 

「どこか隠れる場所はないか!?」


 俺の脳裏にあるのは奴から逃げる事ただそれだけだ。

 先程まで使命だからと自分を騙していたが、やっぱり本音では行きたくない。

 実里の寂しそうな顔が浮かんでは消える、そして生徒指導の怖いおっさんの顔も。


 流石に連日連夜の異世界旅行は疲れた。逃げたい。というより眠たい。

 スマホの電源を落としたし、後は身を隠すのみ。

 

「発見しましたよぉ幸也さん! 逃がしません。今日も私と竜退治に行ってもらいます!」

「うおっマジかよ」


 古びた給水タンクの裏に隠れようとした矢先に、目の前に既に先回りしていた少女の姿があった。

 事前に組んであったのか青い魔法陣の上で踊るように杖を走らせている。


 クソッ完全に俺の行動が読まれてる!


「って! おい、エマ! この世界で魔法は使うなと言ったはずだろ!」

「ふぇっ!? あ、そうでした! ご、ごめんなさーい」


 俺の注意を受けて、少女は慌てて魔法陣に大きな×を描く。

 そんな事を言った覚えは無いんだが素直な奴め。


 召喚される直前だった水の鞭は瞬く間に光の粒子となって消滅する。


「ふっ、隙あり。悪いなエマ、俺の勝ち――――」

「ふふふ。それはこっちの台詞だよ。みーつけた」

「げっ!?」

 

 安心したのもつかの間。

 今度は背後から巨大な影。咄嗟に振り返るも時すでに遅し。

 

 それは文字通り巨大な影であり、変幻自在に動き質量も兼ね備えていた。


「捕まえた!! 魔法じゃなければいいんだよね!」

「ぐへぇ――――――――だからって影を使うのも反則だ!!!! 闇に取り込まれたらどうすんだ」

「大丈夫。私には幸也という光があるから」

「そういう問題じゃねーよ!」


 ひっくり返った俺の顔を覗き込む黒い服の少女。

 俺の上半身を引っ張り上げるとそのまま絶対に離さないとばかりに強い抱擁。

 影は強いが本人は華奢で折れそうなぐらい線が細い。ちゃんと飯は食わせているはずなんだが。

 

「会いたかった会いたかった会いたかった!! もう会えないのかと思った」

「いや今朝朝食を一緒に食ったところだろ……まだ半日も経ってねぇぞ」

「私は1時間に一回幸也にこうしないと死んじゃう病気なんです」

「じゃあお前は既に5回は死んでる事になるな」


 ひたすら俺の身体に頬擦りする少女―――暗菜(あんな)

 黒く長い髪に女子にしては高め身長でスレンダーな身体つき。

 見た目は同年代には見えないくらい大人びている……まぁ見た目だけは。

 

 彼女は2週間前に闇に飲み込まれた世界から助け出した少女だ。 


「ちょ、ちょっと暗菜さん!? 幸也さんとの距離が近いです! 離れてください!」

「やーだ。エマが何を言っても離れない。離れない!」

「だーめーでーすぅー! 幸也さんは私と竜退治するんです!!」


 そして昨日、竜が支配する世界から救い出した少女エマ。

 俺の身体を引っ張り合い所有権を主張する2人の少女。


 出会った当初は今にも消えてしまいそうな程に儚い姿をしていたのに。

 今では手が付けられない程にお転婆となってしまった。

 クラスの男子連中がこの彼女達を見たらどう思うのだろうか。


 あー眠い。痛い。眠い。痛い。痛い痛い――――――いてーよ!!!


「いい加減離せ! というか不法侵入だぞ! 捕まったらどう説明するつもりだ!? 最近学園でもお前等の噂が広まってんだぞ!! 素性がバレてんだからな!」

「ほら、エマが強く引っ張るから怒られたじゃない」

「私は優しく引っ張ってました。暗菜の力が強すぎるんです」

「私は非力です~! 箸を持つので精一杯です~!」

「邪竜の首を折った人が何を言うですか!!」 


 今度は2人で言い争いですか。

 もう諦めたからそろそろ本題に移ってくれ……。


「……んで、今回は一体何があったんだ……?」

「それはわしから説明しよう」


 音を鳴らさず優雅に足を運んで屋上にやって来た耳付きの和服少女。

 尻尾を左右に揺らし、人を小馬鹿にしてそうな表情で俺を下から見つめている。


「お主は相変わらず無駄な足掻きをするのぉ。わしらから逃げられると思うたか」

「げっ……タマ……」


 タマは開口一番から憎まれ口を叩く。出会った当初から変わらない。

 俺を呼び出すのに使ったスマホを器用にクルクルと回転させていた。


「……まさか……また見つかったのか? ……俺の――――運命の相手が」


 恐る恐る尋ねてみる。

 コイツとの出会いから知った俺に関わる重大な出来事。

 嘘みたいな本当の話。


「そうじゃ。つまりこの世界の危機じゃな。では早速参るとするか」


 早い、早過ぎる。

 エマを危機から救い出したのがつい昨日なのに。

 もう新しい冒険の始まりかよ。


「いや、ちょ、ちょっと待て。ま、まだ今は昼休みでこれから午後の授業があるんですけど……!」

「お主は世界の危機と学業を同じ天秤に載せるつもりか? 滅びれば世間の評価なんぞ意味が無くなるというのに」

「俺の将来に響くんですけど!? これ以上無断欠席を重ねたら留年になるんですけど!!」

「ほれ、暗菜、エマ。そやつを捕まえておくのじゃ」

『はーい』


 抵抗する俺の身体をガッシリと拘束される。

 

「終わったら私とゲームで竜退治ですよ? 約束ですよ?」


 エマは爽やかな笑顔を俺に向ける。

 コイツ現実の竜に勝てなかったショックでゲームの竜退治にドハマりしてしまったんだよなぁ。

 最初は元気付ける為だったのに、お陰で昨日はリアルとヴァーチャル両方で竜を狩る羽目になった。


「……ぎゅぅ」

「暑いんだけど……」

「うん、暑いね」

「それだけか!?」


 暗菜は暗菜で昨日からずっとくっついてくるし。

 コイツが分厚く人を殺せそうなアノ安い本を読みだした時は本気で血の気が失せた。

 俺の母親と結託して挙式場を調べているとか冗談でもやめてほしい。


「……ではゲートを開けるぞ。準備はいいかの?」


 そしてタマは俺の事など意に関せずせっせと転移の準備を始める。

 一体何を準備すれば異世界に対応できるというのだろうか。

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