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プロローグ2 竜が支配する世界

 大地を揺るがすは巨大な体躯。大気を震わすは巨大な翼。

 その咢から繰り出される闇は全てを滅ぼす地獄の業火。


 世界を支配しているのは邪竜と呼ばれる古の怪物だった。


「族長様、嫌です。私はここに残ります!」

「駄目だ。お前は我々の最後の希望。ここで失う訳にはいかん」

「嫌です嫌です。死ぬときは一緒ですぅ!!」


 邪竜から隠れる様にして世界の端に建てられた最果ての村。

 

 生き残った僅かな人々が共同で生活する隠れ里。

 その族長の屋敷で怒りを剥き出しにして泣き叫ぶ少女の姿。


 大きな黒い帽子に小さな身体。

 栗色の髪を二つに結び手にした杖で何度も地面を叩く。

 

 少女――エマは村で唯一邪竜に対抗し得る古代魔法を扱える魔法使い。

 そしてこの世界の住人にとっての最後の希望の象徴でもあった。


「ここも時期に邪竜に見つかるだろう。既に他の隠れ里にも話は通してある、お前はそこへ逃げろ。我々はその為の時間を稼ぐ」

「さあ、エマ様こちらです」

「……みんなを見捨てるなんて!」

 

 武器を手にした男達が屋敷を出ていく。

 侍女達がエマを連れ出そうと腕を掴むも、それを強引に振りほどく。

 少女は必死にその場にしがみついて離れなかった。


 外では既に戦いが始まっている。だがそれも一方的な虐殺。

 その場にいなくてもわかる。人間が扱う武器では邪竜の鱗を貫く事は出来ない。

 唯一奴に届き得るのはこの世界では彼女の扱う古代魔法ただ一つだけ。



 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

「きゃあああああ」

「くっ……! もう持たないか……!」


 邪竜の咆哮によって屋敷の一部が崩れ出す。

 エマを縛っていた侍女達が倒れた。その隙を狙って少女は背を向ける。


「――――仕方がない。多少強引にでも私が連れていく!!」


 族長がエマの小さな身体を捕まえようと手を伸ばすも。空を切った。

 既に彼女は走り出していた。


「私が……みんなを守るんだからぁ!」

「ま、待てエマ! 死ぬ気か!!!!」


 エマは屋敷を飛び出すと村を襲う邪竜の元まで走る。

  

 焼けた灰の匂いが辺りを立ち込める。黒い煙と炎が村を包んでいた。

 武器を手に立ち上がった人々は皆地に伏している。

 その多くは原型すら留めておらず。少女は何度も嗚咽を漏らしながらも歯を食いしばり必死に堪えた。


「これが……邪竜……」


 竜はその瞳で少女を捉えた。その口が開く。

 自ら死にに来た少女に嗤笑している風にも見える。


 巨大な体躯から生み出される圧倒的な重圧。四肢から伸びたる爪は鮮血で赤黒く彩られている。


 少女の足が恐怖で震える。言葉を発する事もできない。

 古代魔法を扱えるといってもエマは実際に邪竜と対面するのは初めてであった。


 いつも戦う前には勝負は決していた。いつも誰かに守られて逃げるばかりだった。

 もうウンザリだった。戦う術を持つ自分が一人で生き残ってどうする? 

 希望の象徴として飼い慣らされる運命でいいのか?


 今こそ心を奮い立たせて皆の敵を討たなければいけない。

 その為に族長の制止を振り切ってここまで来た、そのはずだった。


「あぁ……あ」


 早く詠唱を始めなければ間に合わない――――だが口が動かない。

 魔法陣を描かなければいけない――――だが身体がいう事を聞かない。

  


 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ



 邪竜の咢から零れだす暗黒の炎。

 全てを焼き尽くす一撃が来る。そう理解した。


 全ての生命を呑み込む漆黒の闇。

 それに対抗する術はなく、ただ、目前に迫る死を受け入れるしかない。

 それを少女は知っている。何度も見てきた光景。何度も繰り返し経験してきた。


「あぁ…………あぁ」

 

 涙が止まらなかった。

 結局、自分には戦う力は存在しても立ち向かう勇気は持ち合わせていなかったのだ。

 力が抜けその場に跪く。何度も謝罪の言葉を頭の中で繰り返す。 


 自分はここで死ぬ。多くの犠牲の元に立っていた命を無駄に散らすのだ。

 そう諦めかけた――――その時だった。


「何……これ」


 涙で霞む視界に蒼白い渦の様な光りが見えた。

 一瞬、自身が無意識に生み出した魔法にも思えたのだが。


 そもそも魔法陣を形成しなければ古代魔法は扱えない。

 手で涙を拭い、迫りくる死の恐怖も忘れてその渦を注視していると――――

 

 ――――そこから2人の人物が転げ出て来た。


「いってぇ……。もう少しちゃんと転移できないのか――――って、ちょ、竜がいるんですけど!? 聞いてないんですけど!?」

「私は幸也のお陰で痛くなかったわ。ありがとう。ぎゅー」

「ええい、暑苦しい離れろ!!」

「嫌だ嫌だ。くっつく」


 突然の来訪者。少年が驚きの声を上げる。

 その真上に覆いかぶさる様に黒い衣服を纏った少女の姿も。

 

 いきなり現れた人物は、目の前で場違いにもじゃれ合い始める。


「すまぬのぉ。最初に説明すればちびると思うてな。黙っておった」


 更に渦からもう一人、奇妙な服装の耳の生えた少女が優雅に飛び出してきた。


「はぁー? 目の前にいきなり竜が出て来られる方がちびるんですけど?」

「お主はそこで吠えとる竜よりもうるさいのぉ……という事で暗菜、頼めるか?」

「任せて、あの大きな蜥蜴を足止めすればいいのね」

「蜥蜴ではないぞ。竜じゃぞ?」


 上下黒の衣服で身を包んだ少女が前に出た。

 彼女が何かを呟くと影が大きく伸びる。魔法の様にも見えるが全くの別物。

 魔法陣も介さずに発動されたそれは、じわじわと邪竜の巨大な四肢に、首に、纏わりつく。


 そして邪竜の動きを一瞬にして封じ込めたのだ。

 


 グ、グググググオオオオオオオオオオオオオオオオオ



 零れ出る暗黒の炎。

 邪竜は影を操る少女に怒りを向けている。


「に、逃げて……ください!」


 放心していたエマであったが、邪竜の声でハッと意識を取り戻す。

 すぐさま謎の人物たちに警告を放つも、距離が近すぎる。


「げっ、ブレスが来るぞ。逃げた方がいいんじゃないか?」

「私、影を使っている間は動けないから、よろしくね」

「え、そうなの? じゃあ受け止めなきゃダメじゃん」

「仕方ないのぉ。ほれ」


 耳の生えた少女に背中をさすられた少年はくの字になって叫び出す。


「いだだだだだだだだだだだだだだ。いてーよ!! てか以前より痛みが強くなってるぅぅぅ!!」

「二人分の縁の力じゃからな。その分強力じゃぞ? 男なら少しは我慢せい」

「む、無理ですうううううううううううう」

「――――終わったぞ。さっさと動くのじゃ」


 そして背中を押されて前に飛び出した。


「えっと、仏さまごめんなさい。武器をお借りします」


 少年は亡骸となった村人の手にしていた剣を拾い上げると邪竜に向かい合う。

 無茶苦茶な構えだ。まさかそんなちっぽけな武器で立ち向かうのだろうか。

 

 それはあまりにも無謀、あまりにも愚かな行為。



 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ



 邪竜から吐き出される漆黒の闇。

 触れた生物を灰と化す地獄の業火が降り注ぐ。


「せーーーーーーーーーーーーい」 


 それを少年は一撃の元に切り捨てた。

 真っ二つになった闇は光の粒子となって消えていく。

 

「う、嘘……!? 炎を斬った!?」


 理解ができない。


「あぁぁぁ! 幸也カッコいい! まるで勇者様みたい!」

「そ、そうか? 剣なんて初めて触ったんだけど、様になってたか?」

「うんうん。すっごくよかった」


 影を操る少女はその場で嬉しそうに少年に手を振った。

 

 ――――ゴキッ


 そして何かが折れる様な音がした。


「あっ、ごめんなさい。力が入りすぎちゃった」



 ゴギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア



 世界の終わりを告げるかの様な絶叫が響いた。

 邪竜は痙攣してその首を震わせると。天高くに炎を噴き上げる。


 そのまま大地に音を立てて倒れこんだ。口からは夥しいほどの血が流れてくる。


「相変わらずえげつないのぉ、暗菜の影は」

「えっ嘘、死んじゃったの? 竜が? はやっ、もう終わりかよ」

「幸也の見せ場を奪ってごめんなさい……」

「いや、別にいいけどさ」


 止まっていた脳が動き出した。


「え、え、え、え、え、嘘、嘘嘘嘘!? 邪竜が!? 私達を長年苦しめて来た怪物がこんなあっさり!?」


 理解したのと同時に今度は驚きの余り腰が抜けそうになった。

 この世界頂点に位置する邪竜がいとも簡単に倒されたのだ。

 村の生き残り達も同じように呆気に取られて固まってしまっている。


「まぁいいや。時間がないしな、さて、俺の運命の相手は誰だ……」


 少年は立ち止まる村人の顔を一人ずつ確認していく。

 誰かを探しているのだろう。しきりに腕にした何かを見ながら急ぎ早に動いている。

 

 そして最後にエマの元に駆け寄って来た。

 

「あ、いた。君が俺と糸で繋がっている子か!」

「貴方は……貴方たちは一体何者なんですか? 何をしにここに来たんですか!?」


 エマは震える声で尋ねる。

 見た目こそ同じ人間。だが、彼等の持つ力はこの世界に存在しないもので。

 信じられないが、何らかの魔法を使って現れた別世界の人間なのだろう。そう彼女は判断した。

 

「ん? 俺か? 俺は――――神代幸也(かみしろこうや)。君を助けに来た――――んだが。もう解決しちゃったな。……ごめん事情を説明したいからちょっとだけ時間をくれないか?」

「えっ? 助けに来たって、それって一体どういう意味――――ってわわ!?」


 幸也と名乗る少年は慣れた手つきでエマを抱き上げた。

 抵抗する間もなく腕の中に納まる。それは彼女にとっての初めての経験であり、思わず身体が石の様に固まってしまう。


「ず、ずるい! 私も! 私もやって!」

「や、やめろ! 飛びつくな暗菜! 落とすだろ!!」

「そこは私の特等席なの!! 返してよぉ!」


 今にも泣き出しそうな表情で影を操る少女が少年に訴えかける。

 エマはただその様子をぼんやりと眺めていた。


「ほら、早くゲートを開けろ。帰るぞタマ」

「まったくせわしないのう。その子が終始戸惑っておるじゃろ?」

「仕方ないだろ! 次の授業まで5分もないんだ、これ以上遅刻を重ねたら生徒指導を受けんだよ! 後で暇なお前がいくらでも説明してやれ」

「やれやれ。現代人とは面倒な生き物じゃ」


 耳の生えたタマと呼ばれている少女が蒼白い渦に手を入れると、渦が強く輝き出す。


「そこ私のだから返してね?」

「は、はぃ」


 最初に影を操る少女がその中に入り、膨れっ面のままエマに一言かけ消失する。


「あ、貴方様は一体……? もしや神の使いでは……?」


 族長や生き残りの住人が少年に詰め寄る。

 その瞳には大粒の涙が溢れていた。中には平伏して祈りを捧げる者もいる。


「あっ、すみません先を急ぐので。この子ちょっとだけ借りていきます」

「どうぞどうぞ。お納めくださいませ救い主様。少しばかり煩い子ですが。我々の宝です」


 少年は族長に軽い調子で言葉をかける。

 族長も感極まっているのか、何の思量もなく返事を返した。


「ありがと。しばらくしたら返すから安心してくれ」

「え、ちょっと!? 族長さま!? わ、私をどうするつもりですかぁ~? い、いやああああああああ」


 抵抗するエマをがっしりと捕らえた少年は、有無を言わせぬまま渦の中に入る。

 その後ろから耳の生えた少女も続き、そして渦が閉じられる。


 世界が回りだす。 

 少女の絶叫すらもクルクル回りそして飲み込まれて消失した。

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