七話 成長玉
本来の七話。
次の日冒険職組は、一層目、二層目をもう一度探索した後、二層目の下り坂の先、三層目を探索した。
「なんかちょっと変わったな……」
上の一、二層目は最初からいくつもに道が分かれていたが、この三層目は降りた先に少し大きめの空間が出来ていた。
広さもなかなかあり、高さもありで、丁度休憩するにはよさそうな広さだった。
そして、そこから繋がる道は一本。
人二人が横に並んで歩いても、少し余裕があるほどの広さ。
虎島はその道の先へと足を踏み入れる。
そこは大きな広間だった。
およそ東京ドームほどの広さの円状の空間だった。
周囲にちらほらといつものゴブリンが、いつも通りの鎧姿でいて、その奥にはいつもより大きい、人二人分の大きさのゴブリンがいた。
「おぉ、でっけぇ……」
虎島が思わず声を漏らす。
大きいゴブリンは、手に何か光る玉を抱えていた。
幸い、まだゴブリンはどれも虎島たちには気づいていないようだったので、虎島は一旦皆を引き返させた。
「中にはいつものゴブリンが多分五匹と、人二人分くらいの大きさのゴブリンが一頭いた」
虎島が皆を円状に集めて話し出す。
「まず嘉山と球弥が、それぞれ一匹を倒せなくてもいいから当てるんだ。それでやって来た二匹をこの部屋まで引き込んで倒す。それをもう一回繰り返すんだ。嘉山、玉弥、上手くやれよ」
「おっけー」
「わかった」
「そしたら、俺と雅人で残りの一頭を引き付ける。皆は相手の攻撃に合わせて上手く立ち回ってくれ」
虎島は皆が頷くのを確認した。
「引き付けるって大丈夫なの? 人二人分ってかなりでかいよね?」
「ここで引き返すことはできないからな」
楽宮の心配を、虎島はそう返した。
虎島は目を閉じ、もう一度頭の中で考える。
そう、これは逃げられない戦いなんだ。
今の皆は、特に不安なことを考えることが無いから安心してこの無人島で暮らしている。
この恐らくダンジョンであろう洞窟のモンスターも、特に怪我することなく倒せ、地上は新しいものをどんどん作れて、不安が一切ない。
でも、それのどれかに変化が起きてしまったら、皆は不安になって今まで通りに生活することが出来なくなる。
「それじゃあ嘉山、球弥。頼んだぞ」
「おっけー」
「分かった」
二人は簡単に返事をして、一本道の奥へと進んだ。
奥の広い空間に少し顔を出してみると、丁度二匹だけ少し近いところにいた。
二匹とも、遠くにいる、光る玉を抱えた大きいゴブリンの方を向いていた。
「なぁ嘉山。あの玉なんだと思う? 俺的にはなんかすっげーやばいやつだと思うんだけど」
「……んっ? あ、そうだな。俺もそう思う」
「おい、何ぼーっとしてんだよ? しっかりしろよー。俺たち何気にすっげー危ないことしてるんだから」
「うん。ごめん」
嘉山は、ゴブリンの抱える光る玉には見覚えがあった。
一、二層目で見つけたものとまったく一緒だった。
「にしてもさー。嘉山とこうやって普通に話す日が来るなんてな」
「僕も、球弥くんに用事以外で話しかけられることなんてないと思ってたよ」
「ははっ。結構前にさ、いっつも教室の隅にいるお前となんとか話をしたいって野村と話していたことがあるんだ」
「へー」
「でもさ、いざ話しかけようとしたら、出来なかったんだよね」
「どうして?」
「なんかよく分からないんだけどさ。オーラってやつ? なんかあったら容赦しないーみたいなオーラがあってさ。怖くて話しかけられなかったんだよね」
「ふーん」
「まぁこうして話せるようになってよかったよ」
「球弥くん」
「どうした?」
「手前の二匹、さらに手前にいる方撃っていいよ」
「お、まじで? さんきゅー」
そうして二人は同時に構え、手前側にいる二匹のゴブリンめがけて矢を射た。
矢は二人ともゴブリンに命中し、嘉山の矢はゴブリンの鎧を貫通した。
「よっしゃ、とりあえず当たった! 一匹が来る前にさっさと逃げようぜ!」
二人は一本道を走って戻った。
「二人とも、当てられたか?」
「ばっちり! 嘉山の矢は上手くゴブリン鎧も貫通したみたいだから、来るのは一匹だと思うぞ」
「了解だ」
虎島は座って待っている皆に声を掛ける。
「まずは一匹だけ来るはずだ。皆気を付けていくぞ」
しかし、しばらく待ってもゴブリンはやってこなかった。
「まだ来ないのか……?」
そんな声が聞こえ始めたころだった。
奥の部屋から、小さくゴブリンの走ってくる足音が一つではなくいくつか聞こえ始めた。
そのほかに、大きいゴブリンのものだろうか。ドンドンと、大きな音を立ててこちらに向かってくる足音が聞こえた。
「球弥! 当てたのは二匹だけなんだろうな!?」
「近くにいた二匹を狙ったはずだけど!」
「あぁくそ!」
虎島は魔物の迫ってくる音を聞きながら、自分はなんて馬鹿だったんだろうかと考えた。
同じ空間にいる仲間がやられたなら、それに気づいた仲間も一緒に来るに決まっているじゃないか、と。
あまりにも単純なミスを犯した虎島だったが、すぐに別の戦い方を声に出した。
「後衛職二人は今まで通りだ。俺たちはこの一本道の入口を囲むんだ。一対四、そうか二体四にするぞ!」
すぐに四人が道を円状に囲むように立った。
奥からは、ゴブリン三匹が固まってやってきていた。
「大きいやつが来る前に急いで倒すぞ!」
ゴブリンは、左右の三人をそのまま通り過ぎ、目の前にいた虎島に向かって真っすぐ走った。
「うおっ!?」
虎島は最初に来たゴブリンをリーチの差で突き刺すと、素早い動きで横から回り込んだゴブリンを、下がらず前に走って回避した。
「よし! あと二体! 急いで倒せ!」
奇襲が失敗したゴブリン残り二匹は、今度は守山に標的を定める。
「ひぃっ!」
守山は、二匹で向かってくるゴブリンに腰が引けているようで、四人は急いで守山のもとへ向かう。
しかしその直後、ついに大きいゴブリンが一本道の先からやって来た。
「誰かぁ! 誰かぁ!」
守山がひたすら声を上げる。
「後衛職と徳海は一本道の手前で耐えろ!」
虎島はそう声を上げ、楽宮と守山の救出へ向かう。
「わかった」
徳海はそう答え、一本道の前で剣を構える。
大きいゴブリンは、大きな剣を構え、鎧は着ず、歩いてこちらに向かっていた。
「まだ距離があるから、後衛職二人は今のうちにどんどん撃ってくれ!」
徳海のその言葉が聞こえてすぐに、矢が二本、徳海の背後から目の前のゴブリンへと飛んで行った。
一本はゴブリンの体に命中する。
そしてもう一本はゴブリンの目に命中した。
「グヴァァァァ!?」
大きいゴブリンが、大きな叫び声を上げ、剣の持っていない手で目を抑える。
しかし、ゴブリンの足は止まらず、歩き出す。
徳海は、腰を落とし、剣をしっかりと握る。
ゴブリンは一瞬足を止めたが、しかし今度は、目にも留まらぬ速さで徳海に近づく。
「なっ!?」
徳海は、真正面から剣を振りかざして来たゴブリンに対し、うまく剣を合わせることができた。
しかし、その素早い動きと、自分よりも大きい巨体の剣の重さに、回避することも出来ずそのまま押し込まれていく。
徳海はあっさり地面に倒される。
彼の目には、地面に倒れたせいで余計に大きく見える巨体のゴブリンが、洞窟の天井まで届くほど高く剣を振りかぶっているのが見えた。
徳海は死を覚悟し、目を瞑った。
キンッ!
その音を聞いて目を開けた徳海の目には、上から剣を振り落とすゴブリン、ではなかった。
小さいゴブリンを倒して来たのだろうか?両手で剣を握り、体を逸らして必死に耐える虎島がいた。
「う、おおおおおぉぉぉぉぉ! 雅人ぉ! 大丈夫かぁ!?」
「魁斗っ!」
魁斗の後ろ姿が見えた徳海は、思わず目に涙を浮かばせるが、すぐに、虎島がもう持たないことに気づく。
虎島も、自分よりも大きいゴブリンの一撃は耐えきれないようだ。どんどん体を仰け反らせていく。
それを見た徳海はすぐに動き出す。
「もうちょい頑張れ魁斗!」
徳海は、すぐ真横にあった自分の剣を握って立ち上がり、ゴブリンの背後は移動する。
そこでは、楽宮と守山が、何度もゴブリンの背中に剣を振っていたが、ゴブリンは全くひるむ様子もなかった。
「二人とも! 一緒に片方の足だけ切るんだ!」
その言葉に二人は首を縦に振り、すぐに三人一緒に剣を振り、左足を切り落とした。
「グガァ!?」
ゴブリンは体制を崩し、左の方へと思い切り倒れる。
その勢いで大きな音が響く。
ゴブリンはすぐに立ち上がろうとするが、その前に四人の剣と二人の矢の連撃連射のを前にしてなすすべもなくやられてしまった。
「ふぅ……」
誰かがそんな声を漏らした。
幸い、今回も誰も怪我をすることはなかった。
虎島も、少し腰が痛むくらいで済んだ。
しばらくして、六人は一本道を進み広い空間に出る。
目の前には、ぽつんと地面に残っている光の玉。
それと奥に、下に降りるための下り坂らしきものがあった。
「守山先生? どうしたんですか?」
守山一人だけ、前に走り出し、光る玉を手に取った。
するとすぐに、広い空間全体が眩しい光に包まれ、またすぐに消えた。
守山の手には、光る玉は残っていなかった。
「なんだったんだ今の……」
ほとんどの人がぽかんとしていた。
「とりあえず帰るぞ」
虎島のその言葉で、みんな引き返した。
「おい最高神!」
虎島は、ダンジョンから出るなりすぐに空を見上げて最高神を呼んだ。
「どうしたんじゃ?」
少し離れたところに最高神は現れた。
「ゴブリンの大きいやつが現れた」
「大きいやつじゃと?それはどのくらいの……」
「大体人二人分くらいだ」
「なんだと?」
「……知らないのか?」
「ゴブリンは今まで人よりも小さいやつしかいないはずだ」
「そうか……あと、よくわからない光る玉を見つけた」
「なんと!? 成長玉か!?」
「成長玉?」
「それはダンジョンの奥深くにしか少ししかないというものでな、それに触れると、辺りが一瞬だけ激しい光に包まれ、触れたものを異常に強くさせられるんだ」
「異常にってどんくらいだ?」
「まぁ簡単に言えば、成長玉を一個も手にしていないものは、一個でも手にしたものに勝つことは無理。一個だけのやつは二個のやつに勝てない。それほど異常に強くなるんじゃ」
「それって、生産職にも使えるのか?」
「さぁ……触れてしまえば成長玉は発動してしまうし、そもそもダンジョンの奥深くに数個だから、生産職に使われたことはないな」
「そうか、ありがとう」
「それじゃあわしは戻るぞ? 少し忙しいのでな」
そう言うと、最高神はすぐに消えた。
「それじゃあ俺たちも戻る……守山先生? どうしたんですか?」
虎島が周囲に呼びかけようと見渡すと、守山が後ろ姿をこちらに見せて、肩を震わせていた。
「あぁ、いや。なんでも無い」
守山はすぐにこちらを向き、肩も震わせていなかった。
「そうですか? ……じゃあみんな帰るぞ?」
虎島は、守山が肩を震わせていた理由をよく考えなかった。
嘉山だけ、守山の小さな笑い声を聞くことができた。