二話 異世界《ファンタジーワールド》
変わらず説明パートです。
次話からようやく本題です。
「おぬしらに、第二の、いや、新しく異世界を創ってもらいたい」
最高神の一連の言葉を聞いて数秒は、誰もがぽかんと口を開けて固まっていた。
やがて最初に口を開いたのは、意外にも嘉山だった。
「新しく異世界を《ファンタジーワールド》を創るってどういうことですか?」
嘉山の言葉で目が覚めたのか、最高神が答える前にはクラスのほとんどから質問が飛んできた。
「そもそも異世界ってどういうこと?」
「というか俺の目の前にいるこのおっさん誰だよ」
「最高神とか言ってたよ」
「おじさん私の目の前にしかいないけど」
「おぉ、あなたが神か!」
「異世界ってちゃんとうどん作れるんか?」
生徒の中にはいまだにぽかんと固まったままの人もいるし、教師二人も、きっと彼らの目の前に立っているように見えているであろう最高神を見て震えている。
「お前らうるせぇ。こんなことで騒いでんじゃねぇよ」
虎島の言葉に、さっきまで固まっていた人たちも皆、虎島の方を向いた。
「一気にしゃべってねぇで一つずつ聞くぞ」
すぐに、クラスの人々は静かになり、全員が虎島の言葉に耳を傾けた。
虎島の視線は、彼にしか見えていない目の前の神一体から動かない。
「まず一つ目、お前は誰だ?」
虎島が威嚇をするような低い声で尋ねる。
「ふむ、それじゃあ改めて自己紹介をしようかの。先ほども言ったが私のことは最高神と呼んでくれて構わんぞ」
「それはさっき聞いた。だからお前は何者だって聞いてるんだよ」
「その名の通り神じゃ。おぬしら一人一人が、自分の目の前にだけわしが見えていると感じているのが神という証拠にならんかの? この世界の人々にそんなことはできなかったはずじゃが?」
最高神は、自分の分身を使って虎島と会話しながら、面白いと思った。
自分が出てきてからまだ一分も経っていないのに、このクラスの人々がどういう人かをなんとなく理解できた。
分身の目の前にいる虎島は、人々をまとめる力を持っているが、しかしまだ未熟だ。甘い。
ただ、このクラスにはそれを補う人もいる。
『なかなか当たりかもしれないの』
最高神は、心の中で笑った。
最高神がこのクラスを選んだのは、ただの勘だ。本当はこの世界にいる大工とかを転移させた方が良いかもしれない。だが、神の勘がこいつらを連れて行けと言っている気がした。神の勘はよく当たるのだ。
「まぁいい。次だ。異世界とは何だ?」
「異世界とは、この世界はまったく違う、もう一つの世界じゃ」
「どういうことだ?」
虎島は目をさらにきつくさせる。
「まず一つ、異世界では魔法が使えるのじゃ」
「魔法!?」
「何それすごい!」
「使ってみたい!」
「黙れ」
「「「ごめんなさい」」」
野村等が魔法という言葉に飛びついたが、虎島の睨みにすぐさま大人しくなる。
「他には?」
「おぬしらなんのなく予想しているかもしれんが、人々を襲う魔物というやつらがいるの」
最高神のその言葉に、何人かが息を呑んだ。
「他には?」
「あとは、そうじゃな、基本的に常に夜で、時間的な朝は来るが、見た目は基本いつでも夜じゃな」
「……他には?」
「あとは、他国というものがなく、一国の王が国を統治している。まぁ違いはそんなところかの」
「……なるほど……」
虎島は少し考えるそぶりを見せたが、すぐに次の質問へ入った。
「それじゃあ次だ。新しい異世界を造るってどういうことだ? その異世界とやらは既にあるんだろう? なぜ新しく造る必要があるんだ?」
最高神の分身は、初めて視線を下に落とし、申し訳なさそうに言った。
「すまない、それについて話すことは……できない……」
「ねぇそれどういうこと!? そのことについて話すことになんの問題が……」
「口を出すな羽葉」
羽葉は立ち上がって抗議をしようとしたが、虎島の言葉で、少し虎島を睨んでから渋々席に座った。
「……まぁいい。もう一つの異世界ってのはどうやって創るんだ?」
最高神はもう、最初のテンションの高さなど微塵もなった。
「新しい異世界を創るっていうのは、正確には同じ異世界のとある無人島に、異世界の王都を造ってほしいんだ。王都の設計図は渡すし、あそこならここと同じように朝と夜が来る」
「……俺たちにその王都を造るなんて無理だと思うんだが?」
「大丈夫。異世界に送ったときに、僕の神の力を授ける。設計図があれば半年ぐらいで造れるよ」
「異世界を創っている間、俺たちはどうなるんだ?」
「ここの世界の一秒は、向こうの世界のおよそ1000/1なんだ。だから、向こうで半年過ごしても、こちらの世界にはほとんど影響はない」
最高神の声はどんどん小さくなっていく。
「多分最後だ。なぜ、どうして俺たちが選ばれたんだ?」
「……俺の……ただ単に俺の勘だ……」
「すまない。もし創ってくれれば、できる範囲で君たちの願いを聞こう」
―――――
最高神は、自分の行動を激しく後悔した。
最初からわかっていたのに、異世界の人々の代わりにこの子たちが辛い思いをするとわかってて、その上で行動しようとしたはずなのに。
文化祭の準備の意見で馬鹿みたいに発言して、偉ぶるためにあほみたいな老人口調の真似して登場して……。
なにが大丈夫だ。
なにが影響はないだ。
なにが勘だ。
ふざけるな。いい加減にしろ!
俺はもう最高神なんだから。俺は、この人たちを守る立場なのだから。
―――――
最高神の予想に反して、帰って来た言葉はきつい言葉ではなかった。
「おぉおい、みんな聞いたか!? 勘だってよ! 俺たち神の勘に選ばれたんだってよ!」
「私たち凄いじゃん! やったね!」
「神の力を使わせてもらえば半年ぐらいで造れるんだろ? それなら長い夏休みみたいな感覚でやっちまおうぜ!」
「神様に願い叶えてもらえるんだって!」
ほとんどの生徒は、最高神の言葉を悪いようには捉えず、ポジティブ思考だった。
先生二人の顔もそこまで暗くなく、虎島も、少し不満はあるようだが、ある程度納得はしているようだった。
「ありがとうみんな!」
最高神はそんな彼らを見て、心が温かくなった。
ただすぐに、彼らを知らないうちに大きなことへ巻き込んでいることに罪悪感を感じ、小さく、小さく、他の誰にも聞かれないほどの大きさで、沈む深く暗い声で、すまないといった。
四人だけは反応が違った。
一人は羽葉奏。最高神が新しい異世界を創ってほしいという根本の理由がわからないことが不安で、すごく不満そうにしていた。ただ彼女は、最高神の分身の表情からきっとこの人は悪い人じゃないとは感じていたから、あまり警戒はしなかった。
もう一人は歌海翠。彼女は単純に、半年もどこかわからないところに行くことに怯えていた。
残りの二人は、話の真相になんとなくたどり着いていた。
「あのー、これって新しい異世界ってのを創ることを辞退できますか? できたら俺、辞退したいんですけど?」
「あ、出来るなら僕も辞退したい」
徳海は、目の前の分身の表情の変化や、話の不透明さから。
嘉山は、同じく話の不透明さと、最高神のすまないという声が聞こえたから。
「あ……」
最高神は、改めて自分の愚かさを後悔した。相手の記憶を消す神の力を持つ人は一応いるが、その神は今、異世界で魔族と戦っているのだ。魔族との戦いが防戦一方な状況の今、神一体でもどこかへ行ってしまえば、異世界が魔族に乗っ取られてしまう。
かと言って、辞退する人が記憶を持ったまま、他の人たちだけを異世界に転移させることはできない。さっき彼らにはこっちの一秒が向こうの世界の1000/1などと言ったが、本当は10/1程度だ。半年が圧倒的に短くなるのは変わらないが、それでもおよそ半月近くも現実世界からいなくなるということになる。
記憶を消す神の力でも、現実世界の多くの人たちの記憶を消すことは出来ない。現実世界中にこの異世界の話が伝われば、その話を収めることもできなくなる。辞退者が周りに言いふらす可能性が無いわけではないから、ここにいる人たち全員を連れて行かなければいけない。
彼らに辞退させることは、出来ない。
「君たちに辞退する権利はない。申し訳ないけど、ここにいる全員を連れていくことになる」
最高神は内心、とてつもなく焦っていた。普段の自分なら、辞退させても問題ない方法ぐらい、簡単に浮かんだはずだった。ただ今の彼は、話をした彼らへの申し訳なさや、最高神としての責任、そして、いつ乗っ取られるかもわからない異世界の不安で、自分でもそうと理解できないほどパニックに陥っていた。
「徳海も嘉山も、そんなつれないこと言うなよなー? せっかく神様が俺たちを選んでくれたんだからさ。折角だしやってみようぜ?」
「そうだよ! 結局異世界ってところで半年ぐらい過ごしても、実際はほとんど時間は経ってないんだよ? 何も心配ないんじゃない?」
「そうだよ!」
「そうだよ!」
「……まぁいいか。どうせ断れそうにないみたいだし……」
「僕も辞退できないならまぁいいよ」
「本当! やったぁ!」
「よく言った二人とも!」
最高神は、心の中で安堵のため息をついた。
「それじゃあ君たちを異世界へと転移させるよ。トロル!」
「わかりました。最高神様!」
「……転移!」
こうして彼らは、ほぼ強制的に異世界のとある無人島へと飛ばされた。