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【4】いつもの

 目の前が真っ暗になって、オレは意識を失いかけていた。でもかろうじて、周囲の音は聞き取れている。

 最初に気になったのは……サイレンの音だった。そうか。きっと救急車だな。トラックが歩道に飛び込んできたんだし、きっと誰かが通報したんだろう。でも、救急車って確か、ピーポーピーポーだったよな。ウ~~~ってのは何だっけ? 消防車? パトカー? やけに数が多いような気がするけど、火事でも起きてるのかな。

 次に気になったのはざわついた人の声。そりゃあ、朝の通学路だしな。野次馬も出来るだろうさ。だけど、ひときわ大きく響いた声は、学生ではなかった。雄々しく勇ましい大人の怒鳴り声だった。


「クソッ! クソッ! クソッ! また間に合わなかった!! おのれ! おのれ愉悦KPめっ!」


 女の人の声? 今、『ゆえつきーぱー』って言ったよな? それって誰だっけ? どこかで聞いたよな……。

 なんとかして目を開くと、周囲はパトランプの回転する光で溢れていた。どうやらオレは歩道に寝転がっているらしい。地面が冷たい。頭が動かないので、目だけ右の国道に向けると、そこはパトカーだらけだった。そりゃあ、事故現場にパトカーは来るだろうけど、いくら何でも多すぎじゃね?

 ふと人の気配を感じて視線を正面に移す。仰向けだから空がよく見える。本日は快晴。青空がやけに綺麗に見えるのは何故なんだろう。


「オラァ! バカ息子!! 何やってるんだよ! 起きろよ!」


 くそっ、オレをバカ息子とか呼ぶんじゃねーよ! 左からオレを見下しているお前は誰だ? ああなんだ、委員長か。まったくうるせぇなぁ。でも何で泣いてるんだ? オレが不甲斐なくて情けなくなったのか? わかったよ。悪かったよ。もっとしっかりするから勘弁してくれ。

 いや待てよ? そういえばオレさっき、委員長に抱きついちまったんだよな。駆け寄り際に抱きついて、無理矢理引っ張って、押し倒したような……。もしかして泣いてるのってそっちが原因か? やべぇ、どうしよう。おまわりさんに逮捕されちまう。言い訳考えないと……

 でもまあ、後で良いかな。オレ今、凄く眠いんだよ。ちょっとだけでいいから寝かしてくれ。頼むよ委員長……一生のお願いだから、今は寝かして…………

 ………………。



「おら、起きなさい馬鹿息子! 学校に遅れるよっ!」


 目を覚ましたオレは、慌てて周囲を見回す。ここはどこだ? どうしてオレはここにいる?

 見慣れた天井。見慣れた部屋。そして見慣れたおふくろ様が目に入り、ようやくオレは状況を理解する。


 よかった~~~~~。夢だったぁ~~~……


「どうしたの馬鹿息子。悪い夢でも見たのかい? 死人みたいな顔してるよ」

「そ、そうなんだよおふくろ! さっきトンデモねぇ夢見ちまったんだよ! でも……ま、いいや」

「そうかい? まあとにかく、とっとと着替えて下りといで。早くしないと朝飯抜きで学校に行くことになるからね!」


 風呂場の洗面台で顔を洗いながら、オレは夢のことを考える。恐ろしい夢だった。委員長から「抱きついた責任を取れ」と結婚を迫られ、結婚式を挙げるのだ。しかもすでに外堀は埋められていて、おふくろ様やクラスメイト達からめっちゃ祝福されまくりで、ルパンもダスティン・ホフマンも助けに来てくれない。どこにも逃げ場ナッシングなのだ。

 オレはエルフメイドのおねーさん一筋だってのに。なんて夢だよ! マジ泣きするぞ!

 部屋に戻ると学生服に着替え、カバンに必要な教科書や筆記用具などを詰め込み、一階に下りる前に、忘れ物はないかとマイルームを見回した時、大事なものを忘れていたことに気付く。おお、いかんいかん。

 ベッドの枕の側に置かれていたそれは、オトギワルド商会のヤリナヲスイッチだ。いつも寝る直前に更新セーブをするので、自然と枕の側が置き場になっていた。ボタンは青白い光を発していて、オレはホッと胸をなで下ろす。それは正常にセーブされた証であり、新しい朝の証でもあるからだ。

 ヤリナヲスイッチのお試しモニターは一ヶ月の予定なので、引き続きお試し中。商会に電話したら受付で出たのがおねーさんで、先日に事を話したら泣いて喜んでくれるんだぜ? だけど分からない。何でおねーさんは、あんなにオレに親身になってくれるんだろう?

 で、老執事みたいな上司さんが、オレから報告を直接聞きたいとのことで、週末にはまた秋葉原に行くことになった。日曜日が楽しみだ~♪


 一階に下りると来客がいた。三日連続だが、もはやいつもの日常と化しつつある。


「おっはよー、少年ク~ン♪ 今日も御相伴に預かってるよ~ん♪」

「おはようございます…。あの、そのク~ン♪っていうの止めてもらえません? ワンコが媚び売ってるみたいでキモチワルイですよ、女刑事さん!」

「良いジャン良いジャン♪ あたしゃ、国家の犬なんだし~♪ あ、お母さん! おかわりお願いします!!」


 彼女は、連続殺人犯『愉悦KP』を追う警察官の1人である。あの事故現場にはパトカーで真っ先に駆けつけていた。朦朧とした意識の中で聞こえた悪態は、多分この人で間違いないだろう。それ以来、身辺警護と称して、登下校について来ている。

 あのトラック事故は、『愉悦KP』によって予告されていた。つまり、オレと委員長は『愉悦KP』の殺人予告で、唯一の生存者なのだ。

 これまで完璧に殺人を遂行してきた『愉悦KP』にとり、それは耐え難い屈辱だろう。ならば再びオレ達を狙ってくる可能性も否定できない。それは警察の威信にかけて何としてでも阻止する。……というのは表向きの理由。

 実際は、『愉悦KP』に繋がる手がかりが全く無いために、ワラにもすがる思いで身辺警護に付いているのだ。大方「2人を殺しに来ねーかな~。現行犯逮捕できるのに~」ってのが本音だろう。流石に口には出さないけど。


「女刑事さんが毎日来てくれるおかげで、母さん何だか朝が楽しいねぇ♪ お前もお姉さんが出来たみたいで嬉しいだろう?」


 おふくろ様がご飯をよそいながら、嬉しそうに話す。くそう! オレが小学生の時、おねーちゃんがほしいってダダこねて泣いた事、いまだに根に持ってやがるな!


「なんだ少年ク~ン♪ おねーさんがほしかったのかい。だったらいくらでも胸を貸すよ~♪ ほ~らハグハグ♪」

「いらねーから! 間に合ってるから! ゴリラねーさんとかいらねーから!」

「よーしお前、後で絞め技の練習台な♪ おっぱいの感触、死ぬほど味あわせてやるから、楽しみにしとけよ~♪」


 くそぉ! なんでオレの周りには男前な女ばっかり現れるんだよ! やっぱりオレはエルフメイドのおねーさんだけが癒しだよぉ~!!

 そして、いつもの通り家をたたき出されると、いつものように委員長が待っていた。いつものように無事な姿で………

 でも委員長、事件以降ちょっとおかしいんだよ。時々女の子っぽく見えるんだ。委員長と結婚するとかいう、あんな恐ろしい夢を見たのも、そのせいだと思う。もしかして委員長、頭でも打ったか? いや、もしかしたら……頭を打ったのはオレの方かも…


「おはよう女刑事さん。おはようバカ息子~♪ …って、何? ティッシュを詰めてどうしたの? 鼻血?」

「あっはっはっ、どうしたんだろうね~♪ 蒼い性を満喫してたんじゃないの? それとも口が災いしたかのかも♪」

「そっかー。それじゃあしょうがないね~♪」

「納得してるんじゃねーよ! まったく仲良いよなおまえら!」

「そりゃあそうだよ~。女刑事さん格好いいもん。女の子なら憧れちゃうよ」

「女の子~? 誰が?」

「女刑事さん、ちょっと焼き入れちゃってください」

「ガッテン承知の助♪」

「ぎゃ~~~~!!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい~~!!!!」


 あれ以来、『愉悦KP』は行方をくらまし、捜査は暗礁に乗り上げた。人々の不安な夜はまだまだ終わらない。

 だけど、オレも委員長も無事に生きていて、いつものように、くだらない漫才みたいな掛け合いが出来ている。

 そんな、いつもの日常を護れたのだ。今はそれで十分さ。


「だからっ! オレの腕はそっちには曲がらねぇんだよっ! おね~さ~~ん!! たすけてぇ〜ん!!」


第一章・完

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