【3】胸騒ぎ
対処法が『注意しましょう』って……何なんだよそりゃ!
そりゃ確かに、注意一秒怪我一生って名標語もあるけどさ。こりゃあ、あまりにもあんまりでしょ!
ん? よく見たら対処法の文に続きがあるぞ? なになに、「意外に感じるかもしれませんが、用心深く周囲を見渡すだけでも、死の運命は回避出来るのです」だって? 本当かなぁ。
試しにキョロキョロしてみたが、これって客観的に見たら、どう考えても不審者だよね。これ、物理的に死ななくても、警察に逮捕されて社会的に死なないか? それにいつまで注意してりゃいいんだろ。一日中? 集中力が続きませんって。
「バカ息子おはよ〜♪」
「うっせ〜! ぶーす! ぶーす! …おはよう委員長」
思わずガキの頃からの癖で言い返してしまった。彼女はオレのクラスの委員長。しかも隣の家に住んでいて幼なじみという、どこぞのラブコメ漫画みたいな設定を背負った女だ。おふくろ様と仲がいいから、一緒になってオレをバカ息子呼ばわりしやがる。世間的には器量好しの美少女らしいが、ピンと来ないのは見慣れた…というより、見飽きたからか? ま、コイツが世間的にどう評価されようと知ったことではない。だってオレにはエルフメイドのおねーさんという、心に決めたマイスイートハートがいるからな!
「間抜けな顔して何やってんだよ、少年。早くしないと学校遅れちゃうぜ?」
「放っておいてくれ! オレは今忙しいんだよ!」
「もしかして、またいじめられてるのか?」
くそ、真顔で嫌なことを思い出させやがって。これだから幼なじみは嫌いだ。
「ほっとけよ、中坊じゃねーんだよ。そんなに世話を焼きたかったら、オレ以外のクラスの男子を焼いてやれ。あいつらだったら噎び泣いて喜ぶぜ?」
「へっ! わかったよ! 勝手に一人で足掻いてろ!」
委員長はむっとした顔で足早に歩き去る。そりゃ怒るわな。いつものこととはいえへそ曲がりで…。毎度毎度、オレは何やってるんだろうな。
「ゴラァ! バカ息子!」
何かと思えば、5メートル先で委員長が振り返ってこっちを見ていた。
「ホントに困った時は絶対言えよ! いつでも相談に乗ってやるからな!」
そう言うと、今度こそスタスタと歩き去って行く。おふくろといい、委員長といい、どうしてオレの周りの女共は、男前なヤツばかりなんだろうな……。かっこいいけど、性的魅力に欠けるんだよ!!
やっぱりオレはエルフメイドのおねーさん一筋さっ!
……しかしまいったな。遅刻どころの問題じゃねーぞ。こんなペースじゃ昼を過ぎても学校に辿り着かない。死ぬのは一瞬なのに、注意は一生じゃ、何も出来ないじゃないか。せっかく生き残っても人生を無駄に消費するんじゃ意味が無い。何か手がかりは、死のタイミングを知る手がかりは無いのか?
悪夢はどうだ? あれはきっとリセット直前の恐ろしい経験が反映されたものだと思うんだ。だけど、思い出そうとしても駄目なんだよな。
デジャヴはどうだ? リセットしたことを裏付けた何よりの証拠だったじゃないか。でも、デジャヴと感じたのはあの放送だけだ。仮にあったとしても、いつもの日常は違和感にならない。さっきの委員長との口論だってそう。いつもの日常だ。いつも口げんかして、怒った委員長が足早に歩き去っている。
ちくしょう! 不安ばかり大きくなりやがる! 死を間近に感じてるって事なのだろうか。凄く怖い。もしかしていじめか? これはいじめなのか? 運命がオレをいたぶって喜んでやがるのか?
そもそも、何で俺は死んだんだ? 一番可能性が高いのは事故死だな。それも交通事故だ。例えば通学路に居眠り運転してる車が来て、登校中の学生の列に突っ込んでくるとか。実際あったしな。昔ニュースで見た覚えがある。交通事故が原因なら、ここら辺は道が狭くて車も通りも少ないから、今はまだ大丈夫かもしれない。問題があるとすれば、道幅が大きくなり車の往来も増えてくる、この先の国道じゃないか?
ちょっと待て! 国道沿いが危険だと思うなら、近づかなければ良いじゃないか。多少遠回りになるが、学校へ続く道は他にもいくつかあるのだ。例えば川沿いの遊歩道を行けば、いつもの倍の距離を歩くことになるけど、車の進入が禁止されているから数百倍は安全だぞ? 今は安全を最優先に考えるべき時なのだ。なのに何故、こんなに怖いのに何故、オレは国道沿いの道に行きたがるんだ?
もしかして………俺は何か見逃しているのか?
なんだ? なんだ? それはなんだ?
オレは改めて説明書を見直す。説明書の目次を確認する。
セーブの方法、ボタンの点滅の意味と対処方、手動でリセットする方法……。ん? 手動でリセット? そう言えばそんなこと書いてたな。リセットの条件は、自分が死ぬか、自らリセットするか…だっけ。オレはパラパラとめくり、『手動でリセットする方法』と書かれたページを開いた。前文にはこう書かれてあった。
「人生は色々です。時として自死よりも辛い経験もあるでしょう。あなたが亡くなることでリセットは自動的に実行されますが、どうか早まらないでください。手動でもリセットできるのです」
なんだこれ? 早まるなって……まるで自殺しようとしてる人を説得してるみたいな文面だな。そりゃまあ、自ら死を選ぶってのは、死ぬより辛い現実を味わっているからだろうけど……
死ぬより辛い経験……。死ぬより……辛い……?
あああっ! オレのバカ野郎っ! オレの中で暴れ回ってる不安は死の恐怖じゃないっ! 胸騒ぎだ!!
オレは走った。走って走って、ようやく国道に辿り着いた時には、すっかり息が上がってしまっていた。ちくしょー! 文化部系には厳しすぎんだろ!
横腹を押さえながら車道を見たオレは戦慄した。大型トラックが何台も走ってるじゃねーかよ!! この中に一人でも居眠り運転をしてるトラック野郎がいたら、大惨事間違い無しだぞ! もちろん車道と歩道の間にはガードレールが付いてるが、はたして居眠り運転で暴走する大型トラックの質量を受け止められるのか…。
胸騒ぎが……さらに大きくなった! もう、荷物なんて持ってられるか! オレはバッグを置き、上着を脱ぎ捨て、再び走り出す。
「どけ! どいてくれ〜っ!」
息を切らしながらも必死に叫ぶオレに、登校中の生徒は何ごとかと道をあけてくれた。ところがオレときたら、足をからめてすっ転んでしまう。カッコ悪りぃ〜〜〜〜。だけどカッコつけてる暇なんて無い。オレはなんとか立ち上がると、再び走り始めた。くそ、辛い。死ぬほど辛い。だけど止まれない! 休んでられない! 死ぬより辛い思いなんて、もう御免なんだよ! そしてオレは叫んだ!
「いいんちょう〜〜〜〜っ!!!」
大型トラックが歩道に飛び込んできたのは、その直後だった……