魔剣オクラホマスタンピード【死神】⑤
その声は、続く。洞窟の中に、響き渡る。
「『押し潰されて完全に消えたと思われていました勇者ラッカの蝋燭の火ですが、実はまだ燻っていまして、なんとか一命を取り留めておりました』」
その言葉が発せられると、その通り、ラッカの手にある蝋燭の、命の火種がゆっくりと小さく、灯る。
同時に地面に突っ伏しているラッカの指先が、ピクリと動いた。
――何だと?本当に燻っていたのか。
オクラホマスタンピードには、火は完全に消えた様に見えた。何より、間違いなくラッカは死んだ筈だ。その感覚を、ラッカとリンクしているオクラホマスタンピード自身が感じ取っていた。
――つまりこれは……燻っていた事に、したのか。
「……俺は、何で生きている?」
ラッカも同じく訳が分からず、首だけを動かし、周りを見渡していた。
そこへ、一人の人影が歩いてくる。
「旦那……」
それは、楽々亭一福だった。
「ラッカ様の様子がおかしかったので、クランエ師匠に頼んで転移で送ってもらいました。勿論、本名を教えてですよ」
一福は優しい微笑みを浮かべて、ラッカを見下ろし、そう言った。
……よく分かんねえけど、これは、ひょっとして旦那との別れの機会を、神様が与えてくれたって事なのかな。
ラッカは自分に起きた常軌を逸した現象に、まだピンときていなかった。
完全に自分は死ぬのだと、信じていた。
重い身体をなんとか動かし、うつ伏せから仰向けに寝転がると、倒れたままの体勢で、一福に語りかける。
「まあ、こういう訳だ旦那。俺はドジ踏んじまったみたいでさ。旦那に前も言われていたのにな。落語を悪用するなって。バチが当たったんだよ。俺はこれでリタイアだ……」
そして、幾らか燻っていたとはいえ、やはりあと数分も持たないであろう、蝋の塊を見せる。
「…………」
「死神」と同じその様相に、一福は事態を呑み込んだ。
そもそも、大司祭が宮廷で見せた映像でラッカが「死神」の呪文を唱えている時に、粗方の事情は既に察知していた。
「元々俺には無理だったんだ。オクラの……死神の力に頼り過ぎた。結局、俺は勇者じゃなかったんだよ。預言師に乗せられたんだ、情けねえ。……いや、違うな。結局は俺が弱かったのがいけないんだな。自己責任ってヤツさ。最近はさ、俺だって、勇者になれるかもしんねえと思ってたんだけどな……」
はあ、と溜め息をついて弱々しく笑う。
それは諦めと、どこかホッとした表情だった。
「だけど、あんたは本物だ。世界を救えるのはもう、あんたしかいないんだ。勇者はあんただよ。聖剣も装備出来たんだからな。だから――この世界の事は、頼むぜ」
そう言って、ラッカは精一杯笑顔を浮かべてみせた。
今の自分は、あの時のピートの様に、出来ているだろうか。
託すというのはこういう事なのか。
不思議と、気分は悪くなかった。
意志を繋ぐ人間がいるのなら、死ぬのも怖くない。心からそう思えた。
全てを一福に伝え、託し、目を瞑ろうとするラッカ。
死ぬ気だった。
満足だった。
だが、それに対する噺家の反応は予想を裏切るものであった。
偽りの勇者から全てを託された異世界の救世主は、わざとらしくしかめ面を浮かべて肩を竦めたかと思うと、あっけらかんとした口調で喋り出す。
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや!あたしが勇者?ご冗談を言っちゃいけませんよ!そういう訳にはいかないんですよ、ラッカ様。そもそもあたしは戦いなんて出来ませんし、実はあまり目立った事をすると、とんでもない事になるようでして。自重してないと駄目なんですから。正直隠居したいぐらいですよもう。ですから勇者なんて滅相もございません、何言ってるんですかもう!おバカ」
緊張感もへったくれもなく、ペラペラと喋り倒す噺家。
「だから、貴方がいなくては世界を救うなんて、不可能です。そうなったら、お嬢さんをこちらに呼べませんよ。乱世に恋人を呼ぶような愚か者なんていないでしょう?」
「旦那…………あんた、一体何を……?」
「ラッカ様。ですからこれは単なる身勝手な、あたしのエゴです。あたしとお嬢さんの為に、生き残って下さいな」
それは普段の口調と変わらない。
おかずの卵焼きを一つめぐんでくれと言うのと同じ程度に、飄々と、ヘラヘラと、一福は軽々しく願い事を口にする。
「それとねあなた、無責任な事を言っちゃあいけませんよ。『何となく異世界で落語やってれば楽しいか』ぐらいに考えていた、腰掛け噺家だったあたしを、この世界にどっぷりと浸からせたのは誰ですか?それは貴方ですよ、ラッカ様。噺家のあたしの胸を、あろうことか言葉で射抜いたんですから。まったく、面目丸つぶれも良い所ですよ」
そう言って一福は口を尖らせてラッカを非難する。
「俺の……言葉?」
「ええ、貴方の言葉です」
――俺だって『勇者』として、縛られて、絞られて、利用されてきたんじゃねえかよ。あんただって『救世主』なんだったら、利用されろよ。搾取されろよ!何を自由な顔で好きな事を楽しそうにやってんだよ!ズルいぜ!
――この世界を救ってくれ、だなんて言わねえぜ。ここにいる、笑い方を忘れた一人の女の子を、どうか笑わせてやってくれないだろうか。
――気に入らねえって言ってんの。いい加減……落語の思うがままってのも。
「今言った様に、あたしは元いた世界に帰らずに、こちらに嫁を呼びつけて、骨を埋める覚悟。それは何もかも全てが貴方様の所為なんですから、簡単に他人に託したなんて言わないで下さい。貴方自身が、責任をもって世界を救って下さいな。その手助けなら、不肖楽々亭一福、出来る限りの協力をさせて頂きます」
確かに、それはそうなのかもしれないが。
だが、それとこれとは、話が違う。
ラッカは一福が何を言っているのか分からない。
そんな事を言ってもどうしようもない。
自分はもう……死ぬのだ。
「だ、旦那……俺はもう――し」
「死なせませんよ。――絶対に」
ラッカの台詞を先回りをし、一福は自信満々に言い放つ。
「という訳で、預言師さんの預言で足りないのでしたら。そんなにラッカ様が勇者に自信がないのでしたら、ここであたしが新しく、完全に宣言させてもらいます」
そう言いながら一福は着物の中からゴソゴソと何かを取り出す。
それは蝋燭型の剣だった。
ラッカが一福に渡していた、聖剣キャンドルサービスである。
その形が、何故蝋燭の形をしているのか、ラッカはそこでようやく気がついた。
「まさか……」
一福はそこでしっかりと頷き、言った。
「何であたしに装備出来たのか、それは多分、そういう事なんでしょう。さあ、ラッカ様、蝋燭をこちらへ……」
「させるかよ!!」
オクラホマスタンピードが叫ぶと、一福目掛けて、一斉に魔物が襲い掛かる。
「…………」
一福は軽く口の端を持ち上げると、特に気にした様子もなく、真っ直ぐラッカの元へと歩き出した。
地獄ナイトが首を狩ろうと物凄い速さの剣撃を浴びせるが、一福は刀身が首に触れる寸前にひょいと頭だけ動かし、いとも簡単に避ける。
エンシェントスライムが天井からポタポタと鋼をも溶かす体液を雨の様に落とすが、それも何故か一福の歩む進路には、狙ったかの様に当たらない。
知力の高いゴッドゴブリンとシャカラビットは、何故か一福との間合いを保ったまま、ジリジリと様子を窺っているだけだ。
ガーゴイルウルフは脅えた犬の様に吠え続けている。
……攻撃をしても当たらないか、そもそも攻撃する意志を持てないでいる。
他の魔物の反応も、そのどちらかだった。
即ち、誰もその男の歩みを邪魔する事は出来ない。
ゆったりとした歩調のまま、一福はラッカの前に辿り着いた。
その人間離れした業に、オクラホマスタンピードは驚愕を隠せない。
「プク……お前、何者なんだよ!?」
それに対して一福はおどけた様に肩を竦めて返す。
「あたしですか?あたしはただの口の減らない、噺家ですよ」
――では、噺家らしく口上から始めさせて頂きます。
そう言うと、一福は聖剣を胸元に真っ直ぐ掲げ、目を瞑った。
暗闇の中、一筋の光が射そうとしていた。




