踵裁き【天狗裁き】――解説――
「天狗裁き」でした。
まずは落語に於ける方言について。
そうなのです。落語にはこの様な「言葉の壁」があるのです。
元々が方言ありきの文化ですから、特殊な部分ですね。
江戸落語なら江戸弁。
上方落語なら上方弁。
江戸弁はべらんめえ口調。上方弁は厳密に言えば違いますが、言ってみれば関西弁です。
私はのぶをの様に、南の方から関西の大学へ進学しましたので、落研でかなり矯正されました。
正直かなり厳しかったです。
練習は勿論、普段の生活からがっつりとイントネーションを訂正され続けました。
今迄生きてきて、当たり前だと思っていた言葉を全て否定されるのは、かなり堪えます。
何の気なしに使っていた、生協の発音から違います。
私の生まれた地域では元々「セイキョウ」と抑揚を付けずに言っていましたが、関西は「セイキョウ」とアクセントを跳ね上げて発音するのです。
これが、分かっていても、実際に口に出すのが難しい。
「生協行きましょうよ」「生協やろうが!」「え?生協ですか?」「セ・イ・キ・ョ・ウ」「セ・イ・キ・ョ・ウ?」「違うわ!」という会話を四六時中しておりました。
とある芸人さんのネタで「誰かと思うたらおまはんかいな」「違う!おまはんや!」を延々に続けるネタがありますが、全くもってあんな感じです。
更に厳しいレッスンが続くと、普段間違っていなかった単語のアクセントも分からなくなるという、悪循環に陥ってしまい、泣きそうになり、実家に帰りたくなりました。
関西出身の同期部員達は、そんな壁を一切感じる事なく、私の横ですらすらと練習しているのです。
ただ生まれた土地が上方落語のイントネーションと同じ地域だけだというのに、同じ人間だというのに、まるで貴族か王族にでも生まれたかのように「何でですのん。先輩、何言ってはりますのん」や「訳分かりませんわ。そんなんよう言わんわ」と簡単に喋られた時の劣等感と言ったら、半端ないです。地獄です。
まあ、それでも頑張って矯正する以外に方法はないのです。
関西のテレビを観て、落語や漫才を沢山聴いて、何とか二回生ぐらいには、様になったような気がします。
ちなみに一回生の頃の私の面倒をよく見て下さったのがその時の部長さんで、高座名が「七福」でした。
七福さんは高知の方でしたが、関西弁は完璧でした。
地方出身だから同じ境遇の私に目をかけて下さったのかもしれませんね。本当に良い人でした。
よく奢ってくれましたし、と言いますかご飯を食べに行ったら、百パーセント奢ってくれました。
そもそも私の所属していた落研には「先輩は後輩に絶対に奢らなくてはならない」という鉄の掟がありました。
私の代は私も含めて一回生が4人。先輩は二回生、三回生合わせて3人でしたので、大体先輩1人が後輩1.3人分奢る勘定です。
先輩に対して感謝と共に、尊敬の念を抱きました。……奢られているうちは、ですね。
問題なのが、我々の一つ下に入った後輩の数です。
初めは9人近くいたと思います。
大変でした。
1人が後輩2人以上を奢る計算ですので、ほぼ後輩に奢る為だけにバイトしてました。
今だから白状しますが、辞めてくれと願った事もあります。何で私の下の代だけあんなに豊作だったのかは、未だに分かりません。当時はまだ「じょし○く」も「落語○中」も「異世○落語」もやっていなかったのに、何がこんなに新入生を惹き付けたのでしょうか。
「こんな面白くもない(当時はそう思っていました。すいません)伝統芸能の部活に入部するなんて、一体こいつらは何のつもりだ。大学生だったら大学生らしくコンパサークルにでも行けよ。もう」と毎日、真剣に思っていました。
ただ、自分が先輩から散々奢ってもらっておいて、下の代にそれが出来ないというのは、人としてどうかと思い、頑張って奢り続けました。
制度としては、先輩は後輩の面倒をよく見るようになりますし、後輩は先輩を敬うので、素晴らしいものだと今になっては思えます。
大学を卒業して10年近く経ちますが、今も尚、その風習が残っているのでしたら、凄い事ですね。
あとは風習といえば、挨拶です。
落研はどんな時間でも「おはようございます」。
お客様商売されている方にとっては基本ですね。
客が「来ん」の「こんにちは」「こんばんは」は使わない。
因みに私は落研からバイトから今の仕事から全て、挨拶は「おはようございます」の業界にいます。
ですので、久しくこんにちはこんばんはを忘れてしまいました。
住んでいるマンションで夜にエレベーターで人と乗り合わせると、つい「おはようございます」と言ってしまいそうになります。「あの人は夜の仕事なのかしら?」と疑われてしまいそうですね。
後は、クランエが突然舞台を振られる話ですが、これも実際にあります。ありました。
OBさんが大きなOB会を開く時に、現役生がお手伝いをしていたのですが、本番前日の夜にあるOBさんに「枠が余ってるから、明日お前出ろ」と言われたのです。
流石にクランエの様に台本を読んですぐなんて事はありませんが、特に目標もなくだらだらと練習していただけの私です。それが突然、明日高座に上がれなんて言われると、流石にその日の夜は緊張で眠れませんでした。
しかも、舞台は関西では知る人ぞ知る、ワッ○上方大ホール。
初舞台の場所が、私が今までの人生で落語を演った中で、一番大きな舞台だったという落ちまでついてしまいました。
今思えばもっと味わっておけばよかったのですが、そんな余裕はありません。そこは、クランエと同じです。あの臨場感と緊張感、微妙な駆け引きに普段の倍速で流れて行く時間。それが「落語を演じる」事の醍醐味であります。一福目線ですと、やはりその部分が欠如してしまいますので、今回はそちらに重点を置いた物語運びとさせて頂きました。
ちなみに私はその突然振られた大舞台で、勿論、大滑りしました(笑)。
クランエの芸名に関しては結構な反響がありました。
正直、あまりそこに関しては書きながら個人的に気になっていなかったので、吃驚しました。
ただモデルとして名前を頂いているだけで、物語内でのキャラクター性は全く反映していませんので(でないと、ダマヤのモデルの方に訴えられたら、私は確実に敗訴する自信があります)。
ですから、私の中では既に「クランエ」は「クランエ」になってしまっていましたので、特に「あの方」の事は浮かびませんでした。ですが、普通に考えたら、クランエが落語をする際の芸名と言われたら……あちらを思い浮かべますよね。これは、私が完全に麻痺していたのだと思います。
王族の血を引くから「玖楽」にしようかとも思ったのですが、あまりに露骨なのも良くないし、楽々亭の仕来たりとして数を入れる感じがあるみたいなので「九」にしたという次第であります。
そして最後に、お気づきの方もいらっしゃるとは思いますが、今回のオチに「芝浜」を使わせて頂きました。読者様の「芝浜」人気と「天狗裁き」の夢オチとを掛け合わせた、トリビュートとして(使い方が合っているのか、定かではありませんが、何となく格好良いので、使わせて頂きました。トリビュート)ですね。
普段はなるだけ知らない人を置いていかない様に務めて書いている「異世界落語」なのですが、ここでは読者様に原典の「芝浜」に興味を持って頂く為、解説は控えておきます。
次回は「死神」。落語の可能性と裾野を広げてくれる、素晴らしい噺です。




