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異世界落語  作者: 朱雀新吾
聖剣キャンドルサービス【火焔太鼓】
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聖剣キャンドルサービス【火焔太鼓】⑤

「凄い……。一福様。凄過ぎます」

 イヘブコは、一福の台本省略技術に感嘆の声を上げた。隣の姫が純粋な疑問から訊ねる。

「そんなに凄いのか?」

「ええ、これは今サイトピアで、私だけが感じる事の出来る凄さです。姫様には自然な落語に聴こえますよね?」

「ああ、普段の一福の落語と何も変わらない感覚で聴いておるぞ」

 姫の素直な感想にイヘブコは神妙に頷く。

「実際、台本には初めに女房が出す使えない商品に『しょんぼり帽子』と『へんてこヘルム』があったのですが、カットされています。子供が騎士団長に言う小ネタもまだあるし、道具屋が城へ向かう件でももっと台詞はあります。一福様は、ちょうど時間が10分になる様に演じながら、噺を省略していっているのです。ですが、姫様が仰ったように、きちんと話は繋がっていて見ている側には何の違和感もありません。台本を知らない人から見たら、元々その様に作られている落語だと思われる事でしょう」

 説明しながら、イヘブコの口調には徐々に熱が込もっていく。

「適切に、大胆に文章を省いていく。台本を書いた私から言わせてもらいますと、姫様がドレスを脱がずに湯浴みをされている様なものです!」

「レディに対して何という例えをするのだ貴様は」

 イヘブコの言葉に、サブリミナルは頬をぷりぷり膨らませながら怒った。



 道具屋が家に帰ってくる。

『帰ったよ……』

『おかえり。どうやら首はあるみたいだね』

『ああ』

『売れたかい?』

『売れた』

 ポツリと呟く旦那に、女房は笑って頷く。

『ああ、それなら良かった。少しでも家計の足しになったなら甲斐があったってもんだよ』

『家計の足しには……なったな』

『で、幾らで売れたの?』

 女房の問いには答えず、旦那は人差し指を一本出した。

 それを見た女房は得意気な表情を浮かべた。

『1ヒップかい?ほら、あたしの言った通りだろう。やっぱりあんた騎士様にからかわれたんだよ。…………え?違う?1ヒップじゃない?まさか…………1万ヒップかい?』  

 1万ヒップなら大儲けである。女房は笑顔で旦那に詰め寄った。


 だが、それに対して道具屋は首を横に振り、予想外の数字を放つのだった。

『1億だよ』

『…………』


 その瞬間、女房は静止した。


『……今あんた、何て言った?』

『1億ヒップで売れたって言ってんだよ』

『…………またまた、冗談ばっかり言ってたら承知しないよ。騙されないからね。そうさ、ドッキリに決まってんだ。貴族の道楽だよ。それか息子が「ウ○コ騎士」って言った仕返しだ。1億ヒップだとかなんとか言っておいてあたし達を喜ばせるだけ喜ばしておいて最後に嘘だって言うんだ。「ふっ、やはり愚民を天国から地獄に落とすのはやめられん」と性根の腐った鬼畜と描写するに相応しい表情でそう言うに決まっているんだ!』

『それは俺も言ったよ。やっぱり夫婦だね、そっくりそのまま言ったよ』

 旦那は苦笑を浮かべて女房を見る。


『信じられないだろう?ほら、これが証拠だよ』

 そう言って1億ヒップの入った箱を机の上に置いた。

『……』

 数えてみろ。1億ヒップあるから


『またまた…………』

 旦那が自分を騙してからかおうとしているに違いない。箱の中は空に決まっている。そう思いながら、女房は箱を開けた。次の瞬間――言葉を失った。

 箱にはぎっしりと1万ヒップ札が詰まっていたのだ。


『あんたこれ……』

『偽物には見えねえだろう?数えてみろよ。1億ヒップあるからよ』

『……』


 旦那に促されるまま、女房は熱で浮かされた様に、札束を数え始めた。


『1、2、3、4、5、6、7……10束。1000万ヒップ……。もうこれであんたの人生で今まで稼いだヒップを遥かに凌駕したよ……』

『ああ、そうなるな。俺もそこでそう言ったからな。流石は夫婦だよ。さあ、続きを数えろよ』


 再び女房は金を数え出す。


『11、12、13………………18、19、20。2000万ヒップ。……うん、夢だよ。これは夢だ。夢に決まっているよ』

 突然ぶんぶんと首を振り出した女房に、道具屋は頷き、優しく語りかける。

『分かった、夢だ。そなたがそう思うのなら夢でよかろう。だがな道具屋。夢は夢でも、これは起きてみる夢だ』

『あんた、随分ロマンチックな事言うんだね。だけど、道具屋はあんただよ?』

『細かい事は気にすんな。騎士団長様から許可を得て頂いたヤツだからな』

『ふうん、よく分からないけど、色々あるんだね』

 ほぼ放心状態で、女房は何となく頷いた。


 女房は更に続きを数える。


『…………28、29、30。3000万ヒップ。ちょっと、タバコ吸ってもいいかしら。落ち着きたくて……』

『それは火事になるからやめとけ!!』

 道具屋は即座に強い口調で女房を制した。

『というかそもそもお前タバコ吸わねえじゃねえかよ』

『ああ、そうだわね。じゃあ、水を頂戴』

『ダメだよ。水は4000万の時に飲むんだからよ』

 それにはいよいよ女房も怪訝な顔をする。

『さっきからどうしたのさあんた。色々注文つけて。水飲むのに何かルールでもあるの?』

 いや、そういう訳じゃあねえけどな。いいよ。水飲みな。

 旦那に持ってきてもらった水を、女房はゆっくりと飲み干した。


『……コイツ、俺より1000万ヒップ早く水飲みやがった……。まあ、こういう事もあるんだね』


 道具屋がそう呟きながら女房に続きを促す。

 そして次に、4000万まで数えた所で女房は気絶した。


 女房が目を覚ますと旦那が覗きこんでいた。

『目が覚めたか?』

『あれ?あたしどれだけ……』

『金を数えている間に気を失っていたのだ。40分は気を失っていたな。俺より10分多い。つまり、気を失うのに1000万ヒップ早くて、時間は10分多い訳だ。へへん』

『何故そこで勝ち誇った表情をするのか全く理解出来ないけど。これって何かの勝負なの?』

『いや、まあ別にそういう訳じゃねえけどよ。まあ、最後まで数えろよ』

 

 女房は続きを数え始める。

 道具屋には秘かな考えがあった。


――あいつは今、4000万で水を飲んだ事により、俺が数えた時より一つずつのズレ(・・)が生じている。1億まで数えきった時、俺は悟りを開いたが、女房はさらに一つその上をいくだろう。

 

 道具屋は期待に胸を膨らませワクワクしながら、その時を待った。

 そして女房が1億ヒップ数え終わった。

 女房がどうなったかと言うと……。


『愚かな人間達よ……。唯一神たる我の前に頭を垂れ、隅々までひれ伏すが良い。さすれば破壊と混沌という名の救いを与えん……』


『唯一神になったあああああ!!』

 道具屋は大声で叫び、大きくガッツポーズを決める。

 女房は1億ヒップを数える事により、悟りの域を越え、神になったのだ。


 その後、少し落ち着き、1億ヒップを二人で眺めながら、道具屋が言った。


『どうだい、俺の商売は?』

『最高、素敵よ』

 女房は目をキラキラさせながら旦那を見る。

『俺のコレクションは?無駄な物だって?』

『最高。あんた商売の天才。愛してる。あんたを選んで良かったわ、あたし。あんたはいつか何かをやり遂げる男だって、信じていた』

『手の平の返し方凄いなお前。いや、まあ嬉しいけどよ』

 そして二人は顔を見合わせて笑った。


『それじゃあまた、新しい商品を仕入れてこないとな。ひとまず、あとひとつの、ドクロシリーズ、ドクロシールドを揃えるとするか!』

『ちょっとあんた、ドクロは駄目よ!』


 女房は眉を顰めて旦那にきっぱりと言った。


『ドクロは駄目。ドクロを探すぐらいなら……トグロの方が良いに、決まっているじゃない』



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「きっかり10分でしたな。お見事」

 大司祭は一福を拍手で称える。

 その頬が珍しく紅潮しているのは、高度な魔法を限界まで使ったからだけではなさそうだ。


 サブリミナル姫も満足そうに笑っている。ミヤビにイヘブコも手応えを感じていた。


 大臣だけが頑なに不機嫌な表情で一福を睨んでいる。

「今ので何をしたつもりだ。まさか、今のラクゴを観た道具屋の女房がピンときて聖剣を持ってやってくるとでも?」

「まあ、そういう事です」

「馬鹿な!今のラクゴと、国営放送で聖剣探しを呼びかけるのと、何が違うと言うのだ。お主の方が時間は掛かるし、そもそも直接『聖剣を探している。持ってきてくれ』という言葉すら無かったではないか!」

 大臣は一福を激しく責め立てるが、一福は涼しい顔のまま答える。

「大臣様。人の心とは、掴み難く理解出来ぬものです。操る事など出来ませんし、強制する事も不可能です。ですからアプローチが大事になってくるのです」

「アプローチだと?」

「ええ、同じ意味を持った呼びかけでも、アプローチを変えれば――相手に自分に起こり得る幸せな未来を想像させる事が出来ます。そうすれば、背中を押す事も、可能なのです」

「何を訳の分からん事を……!」


 大臣が叫びかけたその瞬間、執務室の扉がノックされた。


 補佐官が入ってくる。

「あの……城門に、聖剣を持っているという、道具屋の女房がやって来ておりまして……」

「おお!!」

 その報告を聞き、サブリミナルが、大司祭が、ミヤビが、イヘブコが感嘆の声を上げた。


「でかしたぞ一福!」

 サブリミナルが満面の笑顔で一福を称える。


 だが、補佐官の表情は少々困惑気味である。

「どうしたそなた。早くその聖剣を持ってきた女房をここへ連れてこんか」

「それが……全員連れてきて良いのでしょうか?」

「はあ?全員?何を言っておるのじゃ」

 サブリミナルが怪訝そうに訊ねる。

 補佐官は思い切って答えた。


「実は聖剣を持ってきている道具屋の女房は……8名いまして。自分の店の剣が本物だと、言って聞かないのです!」


「8名?8名じゃと?聖剣は一つに決まっておろう!?」

 サブリミナルが驚きの声を上げる。


 すぐに一福が吹き出して、大笑いをし始めた。

「あっはっは!どこの世界も、女性というのはたくましいものですな!」

 それにつられて、皆も笑った。


 大臣だけが、うちひしがれた表情で俯いていた。


 一時間後、その中から、本物の「聖剣キャンドルサービス」が見つかる事となる。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 後日、大臣は国王に呼ばれ、謁見の間へと向かった。

 

 そこには、玉座に座る国王。そして、いつもの様に、預言師が傍に仕えていた。

 それは謁見の間での、見慣れた風景であった。

「陛下。……それに、ヴェルツ殿。お久しぶりです」

「久しぶりでんな大臣殿」

 大臣が挨拶をすると、預言師のヴェルツが直ぐに返事を返す。

「聞きましたで。聖剣が見つかった様でして。お手柄でんなあ」

「いえ、左様な事は……」

「ですが、困りまんなあ、大臣殿。勝手に『救世主』を独り占めしてからに。ほんまかなわんわ」

 小太りな身体を揺らして話すヴェルツの銀縁眼鏡がキラリと光る。

 大臣は顔を上げずに、ただ首を振って答えた。

「いいえ、独り占めなど。ヤツはダマヤが召喚に失敗した者ですから。そもそも『救世主』と呼んでよいものかどうか……」

「それがどうやら市井の噂ではそうでもない様ですやん。その『ハナシカ』でしたっけ?なにやら凄い技やら魔法やらも生み出しているとの事。いやあ、やっぱり異世界召喚はたまりまへんなあ」

「…………」

 とうとう知られたか。いや、確実に時間の問題だった。国王と預言師にだけ知られない様には出来ない。それとなく伝わらない様に便宜を図ってきたが、ヴェルツ側には秘密部隊がついているのだから、無理な話だった。


「ダマヤにしたって、追い出す事なかってん。無能だろうがなんだろうが、大事な大事な『視聴者』やねんで。奴には奴の『使命』がありまんがな」

「いえ、奴は本当にただの無能ですから。それとこれとはまた話が別です」

「ふん。まあ確かにあんたとダマヤの間の確執は本物やさかいな。大臣も血の通った人間っちゅうこっちゃ。せやけど、それに関しては少々公私混合が甚だしい気もしますがな?」

「そんな事はありません。業務上の責任を取らせたまでの事……。それに視聴者の後任は既に決定しており、業務も滞りなく行っております」

「ふうん。まあ、それに関しては陛下の判断を仰ぎましょうや」

 そう言ってヴェルツは国王を横目で見る。

 

 そこで、初めて国王が口を開いた。


「そうだな。大臣の国を想う気持ちを疑う余地はないが。ヴェルツの言う通り、些かやり過ぎの様な気もする。視聴者に拘る必要もない。ダマヤは宮廷に復帰させてやればよかろう」

「……は!」

 大臣も国王の命令とあらば、従うしかなかった。


「当然、その『ハナシカ』とかいう者も、宮廷に来てもらうんやで。ああ、そうや。秘密部隊に頼んで連れてきてもらおうかいな。いやあ、これでサイトピアは安泰や。ミスターカカットがどっかへ行ってしもうたさかい、正直ラッカの小僧だけでは気が重かったんや」

 ニヤニヤと笑いながら、ヴェルツは銀縁眼鏡を指で上げた。


――この男は、やはり底知れぬ。


 国王が大臣を見下ろし、言う。

「大臣よ。亡き妹、サイケデリカに尽くしたそなたの忠義は本物だ。だが、彼女は病で死んだのだ。今は余に尽くす事こそ、妹の本望ではないだろうか」

「は!この命、陛下に捧げます!」

 大臣は頭を下げ、国王に忠誠を誓った。

 

――おのれダマヤめ。よくもやってくれたものだ。

 これで奴を宮廷に復帰させない訳にはいかなくなった。

 だが、まだ手はある。

 考えるのだ。なんとしてでも――阻止しなくては。

 全ては、サイケデリカ様の――御遺志の為。 


 大臣の頭で、様々な思念が……トグロを巻いていた。


おあとがよろしいようで。

次回、「踵裁き【天狗裁き】」でお会いしましょう。

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