聖剣キャンドルサービス【火焔太鼓】④
『やだよー。絶対殺されるよー。もう謝るだけ謝って、なんとか帰してもらおう。女房の言った通り、どうせ1ヒップぐらいにしかなりゃしないよ』
戦々恐々としながら、道具屋は城へと向かう。
『その剣、1億ヒップで買おう』
騎士団の詰所に通された道具屋は、騎士団長を名乗る初老の騎士にそう言われて、目が点になった。
『は?』
『これこそまさしく聖魔の洞窟に眠りし、勇者が装備出来る伝説の武器「聖剣キャンドルサービス」である』
『え、でもこれは16ヒップで冒険者風の若い方が売っていったヤツで……。16ヒップですよ?1億な筈ないじゃないですか』
『16ヒップで売ったか……。それも勇者の申しておった通りだな。間違いあるまい。道具屋、お主は運を持っておるようだな』
『え?あれが……勇者ラッカ=シンサ?』
道具屋はしばらく訳も分からず静止していたが、ハッと我に返ると笑いながら口を開いた。
『いや、騙されませんよ。俺を担ごうったってそうはいかないんだから』
騎士団長を疑った顔で見つめる。
『貴族の道楽でしょう?それか息子が「ウ○コ騎士」って言った仕返しだ。ドッキリでしょう?1億ヒップだとかなんとか言っておいて、俺を喜ばせるだけ喜ばしておいて、最後に嘘だって言うんだ。「ふっ、やはり愚民を天国から地獄に落とす戯れはやめられん」と性根の腐った鬼畜と描写するに相応しい表情でそう言うに決まっているんだ!』
『何だお主、疑り深いな。そんな事言う訳がなかろう。騎士に二言はない』
そうして騎士団長が合図をするとすぐに、控えからきらびやかな装飾の施された箱を抱えた騎士が現れる。
『ここに一万ヒップ札の100枚綴り、つまり100万ヒップの札束が、100束ある。締めて1億ヒップだ』
目の前で開けられた箱の中身は、まさに壮観だった。
生まれてこの方見たこともない金の詰まった箱を、道具屋はただ眺める事しか出来なかった。
『さあ、改めるがよい。偽物でもなんでもないぞ』
『………』
道具屋は箱にゆっくり近づく。
『これが、俺のものになるんですか?本当に?』
大掛かり過ぎる展開に、いよいよ嘘ではないのかもしれないと思い始めた道具屋。だがそのスケールの大きさに脅えた表情を見せる。
『ゆっくり確認するがよい。落ち着いてな』
『は、はい』
言われた通り、慎重に札束を掴み、確認していく。
『ええと。1、2、3、4、5、6、7……まず10束。これで確かに1000万ヒップあります。…………もうこの時点で……俺が人生で今まで稼いだヒップを遥かに凌駕しました……』
道具屋は深く息を吐き、感慨深く呟いた。
『そうか。地道に商売をやってきたのだな』
『はい』
『さあ、続きを数えるがよい』
騎士団長に促され、道具屋は続きを数えだす。
『11、12、13………………18、19、20。2000万ヒップ。…………うん、夢だ。夢だなこれは』
そこで道具屋はぶんぶんと首を振り出し、夢だ夢だと呟き始め、騎士団長に虚ろな瞳を向ける。
『騎士団長様、これは夢ですな』
『道具屋。夢ではない。夢ではないぞ』
『いやでも、こんなことがある訳ないじゃないですか。ウ○コ売ってこんだけお金を貰えるなんて』
『ウ○コではないと言っておるだろう』
騎士団長は苦笑を浮かべながら突っ込みを入れる。
『分かった、夢だ。そなたがそう思うのなら夢でよかろう。だがな道具屋。夢は夢でも、これは起きてみる夢だ』
『……騎士団長様、武骨そうな風体の割りに随分ロマンチックな事を言いますね』
『放っておけ。お主も息子も口が減らんな』
『今の台詞、今度使ってもいいですか?』
『好きにしろ』
道具屋は更に続きを数えるが、やはり毎段階で休憩を挟まないとどうしようもない。
『…………28、29、30。3000万ヒップ。あの……タバコ吸ってもいいですか?落ち着かないんで』
『タバコを持ってきてやれ』
持って来られた煙草棒に道具屋は乱暴に掴んだタバコ草を詰め込み、咥えると、魔法騎士が魔法で火をつけてくれる。
だが、直ぐにガタガタガタガタと手が震え出し、煙草棒を下に落としてしまった。
『火が床に!』
『魔法使い、水属性魔法を!!』
あわやのボヤに詰所は大騒ぎであった。
一福の落語を特等席で観ながら、サブリミナル姫はケラケラと大笑いしていた。その屈託の無い笑い声はサイトピア中の家々に明るく響いているに違いない。
いつの間にか一緒に笑ってしまいそうになる、言うなれば「釣られ笑い」と呼べる効果に、イヘブコは気がついた。
サブリミナルは無意識に、ただ面白くて笑っているのだが、それだけで十分一福の手助けとなっている。
「さてこの道具屋、4000万 まで数えて喉がカラカラになり水を飲み、5000で泣き出し6000でとうとう気絶してしまいます」
道具屋が目を覚ますと、騎士団長が覗きこんでいた。
『目が覚めたか?』
『……あれ?俺は?』
訳が分からずに道具屋は周囲を見渡す。
『金を数えている間に気を失っていたのだ。そうだのう。30分は気を失っていたぞ』
『30分。そうですか……』
『どうだ?続きは数えられそうか?』
『ええ……ここまできたら俺も男だ。最後まで数えきってみせます!』
「道具屋は気合いを入れて、70、80、90、100束と、とうとう1億ヒップまで数え切ります。さあ、この道具屋、どうなってしまったのかと言いますと……」
『とうとう、数えきったな』
騎士団長は道具屋の肩に手を置いた。
『ええ……』
道具屋は目を細め、口元に微笑を漂わせながら、返事をした。
厳かな雰囲気を放ち、落ち着いてはいるが、明らかに様子はおかしい。
『騎士団長殿……』
『殿?』
『……私はまさにたった今、俗世から放たれました。一体私は今まで何をしていたのでしょうか……。日々に纏わる些細な煩悩や欲望に気を取られ、足を取られ、更には人生まで刈り取られる寸前でありました。そんな折、聖剣によって、警鐘を鳴らして頂きましたのがせめてもの救いでございます。この度はどれほど御礼を申し上げてよいものか……。天に感謝……。そして生きとし生ける者全てに祝福と福音を……』
『道具屋。お主、何だか悟りを開いたようだな……。良い参考になった。人間、突然巨額の富を手にすると、欲望や煩悩を通り越して、最終的には悟りを開くのだな』
感心した様に頷く騎士団長に道具屋は何度も頷きかける。
『ええ、人生を初めからやり直した様な、とても清々しい心持ちであります。煩悩と共に金を数える儀式を終えた私の中は存外すっきりしたものです。重い心の荷物を降ろし、そして最後に私の心に残ったもの。騎士団長殿……それは、何だと思われますか?』
『さあ、何だ?聞かせてくれ』
『ある者の顔が浮かびました。……女房です。苦労ばかりかけたあいつに、膝掛けを買ってあげたいと。こんだけ金があるのに、膝掛けだなんて……。100個でも200個でも買えますわね。どうぞ笑ってやって下さい……』
人目も気にせず涙を溢す道具屋を優しく見つめ、騎士団長は声をかける。
『笑わんぞ道具屋。良かったな……この金を持って、かみさんに上等の膝掛けを買ってやるがよい』
『ええ、本当にありがとうございました。ありがとう……ございました』
道具屋は泣きながら騎士団長に深々と頭を下げると、宮廷を後にし、家路を辿った。




