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異世界落語  作者: 朱雀新吾
クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】
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クランエ師匠のドキドキ☆ラブラブ大作戦【延陽伯】⑪

「私は……なんて愚かなんだ」


 ミヤビが走り去った後、クランエは呆然と立ち尽くしていた。


 幸せになって欲しいと願ってやった行為が、ミヤビをあんなにも傷つけてしまうなんて。

 違う、勝手に自分の気持ちを押し付けていただけだ。人の為などと……自己弁護にも程がある。

 クランエはすっかり目を覚ましていた。

 一福の為、ミヤビの為と周りが全く見えなくなっていた自分にようやく気がついたのだ。


「まあ、良かれと思っては分かるが、相手の気持ちを考えないとな。幸せなんてのは他人に押し付けるもんじゃねえって事よ。って、何で俺こんなキャラに合わねえ事言ってんだよ」

 口を尖らせながらおどけるラッカ。

「…………」

 クランエの反応がないので、しばらく居心地悪そうに頭を掻いていたが、いよいよ我慢出来なくなり、ラッカは言った。

「あのさ、俺はお前はミヤビの事を好きなんだと思っていたんだけどな。ピートだってクラにならミヤビをあげてもいいって言ってたぜ」


 言ってしまった。だが、その方が自分らしくて良い。ラッカは胸のすく思いだった。


 たが、それでもクランエの背中は動かない。

 まるで何も聞こえていない様な態度である。

 それには流石にラッカも苛立ちを覚えた。

「おいクラ、聞いてんのかよ」

「…………聞いてますよ」

 その声は、頑なに、感情を押し殺した響きだった。


「だからどうだって言うんですか……」

 投げやりな言葉に、ラッカは更なる怒りを覚えた。

「どうだって……?てめえふざけんなよ。どうでもいい事みたいに言ってんじゃねえよ!」

 対してクランエは自嘲気味に答える。

「ラッカ兄さん。私がミヤビを好きだからといってなんだっていうんですか。私には彼女を幸せには出来ない。いくら好きでも、意味がないんですよ。だから……せめて幸せになって欲しいんじゃないですか。あんなに良い子は、幸せにならないと駄目なんですよ」


 それがクランエの心からの願いであると、ラッカには分かった。だが、だからこそ理解出来ない。


「あのなクラ。だからって何でお前が身を引くのか、俺にはわかんねえよ全然。頭悪いからさ」

「ええ、ラッカ兄さんには分からないでしょう。分からなくて良いんですよ 。だから貴方は勇者なのです。そして私達は兄と弟でいられる」

 クランエの背中が、小さく震えた。


「だけど、世の中ラッカ兄さんみたいな人ばかりではありません。私の様な穢れた者と一緒にいては、いつか彼女は不幸になる。私の様な呪われた者では絶対にいけないんです。彼女を幸せになど、出来る筈がない。今でさえ、ありえないくらい良い生活をさせてもらっています。それも全てラッカ兄さんと、ピート兄さんのお陰です。本来なら私は幽閉されていてもおかしくない。いえ、それが相当の身分なのですから。無理だ。絶対に許されない。誰かと共に生きるなど、許されない定めなのです」


――生まれながらにして罪人の、私には。


 クランエは腕をだらんと垂らし、地面に膝をついた。


「だから、一福様なら大丈夫だと思ったんです。立派で、尊敬出来て、人間性も素晴らしい、一福様ならきっと彼女を幸せにしてくれると……。それに一福様をターミナルに留める理由にもなる。それを思いついたら、我を忘れていました。それが、こんな事になるなんて……。私は一体、どうしたら良いんでしょうか?」


 途方に暮れ、両手を冷たい地面につけ、うつむくクランエ。

 そんな彼を薄い影が覆った。

 誰かが目の前に立った。

 それは、一福だった。


 口許を寂しそうに緩ませ、笑っていた。

 クランエに話しかける。


「クランエ師匠」

「はい」


「貴方の仰っている事は分かりました。何をなさろうとしていたのかも。あたしとミヤビ様をくっつけようとしてらしたのですね。色々と理由もあったのでしょう。ですが、あたしは誰とも結婚する気はありません」

 そう、きっぱりと言い切った。

 クランエは思わず顔を上げる。

 一福の表情は、やはり悲しげな笑顔のままだ。


「ですがご安心を。あちらの世界に帰る気もありません。帰る資格など、ないのです」

 全てを悟ったかの様な一福の口調に、ラッカもクランエも何も言えない。


「クランエ師匠に聞いて頂きたいお話があります。笑いもなくオチもない、退屈な話ですが、短く済ませますので、少しお時間を頂いて宜しいでしょうか」

「…………」

 クランエの沈黙を肯定と取り、一福はそのまま話を続ける。


「実はですね。落語はラッカ様やターミナルの様々な人だけに関わっている、いわば『外国からやってきた薬』ぐらいに思っておりました。ですが、いやはや、あたしにも作用するんですね。『医者の不養生』なんて言うとお医者様に悪いですが。それを、今日は思い知りました。いや、今現在思い知っています。クランエ師匠があたしの今日演った落語を良いタイミングと思ったのと同じ様に、あたしの今日の心境が、今のこの状況にピタリとはまっているのです。何の事か、分かりませんね。今からするあたしの話を聞けば、少しは合点がいくかと思います」

 

 そこで、一福はほんの少し間を空け、再び、口を開く。


「それは、一人の男の話です。本来ならば物語として取り上げようの無い、何の面白味もない、どうしようもなく臆病で、愚かな男のお話です」


 トンと、扇子で地面を叩かない。

 世界は変わらない。

 楽々亭一福という男がただ、語るだけの――現実の話である。


 ―――――――――――――――――――――――――


 その男は幼い頃にとある事情で天涯孤独の身となってしまいました。

 両親を事故で亡くしたのです。

 突如奪われた幸せな人生。周りに彼を引き取ってくれる親戚もなく、施設に送られようとしていました。

 だが、その寸前で、父親の親友が名乗りを上げてくれ、男はその方と一緒に暮らす事となりました。

 その親友の男性は噺家という、話芸を生業とした、普通とは違う職業の人間でした。

 幼い彼はすぐに落語の虜になりました。

 全てを失い、感情さえも無くしてしまった自分を、再び笑わせてくれた「落語」とは、彼にとって魔法そのものでした。

 亡くした家族との日々を、暖かな団欒を、落語の愉快で愛すべき登場人物の中に見出だしたのかもしれません。


 男が噺家を目指し始めるのに、時間はかかりませんでした。


 多少の打算があったのも認めます。

 落語をする事で、家に置いてもらっている方々に気に入られたいという、生きる為の知恵です。

 男は、そういったバランス感覚は悪くなかったのだと思います。

 但し、彼には致命的に悪いものが一つありました。

 笑いのセンスがなかったのです。

 ターミナル的なら、ステータスとでも言いましょうか?

 彼はセンスのなさをひたすら練習で埋めました。

 普通の人が一日で修得する振りを、三日三晩かけて、へとへとになりながら、食らいついていきました。

 執念の様なものがあったのでしょう。苦痛でもなんでもありませんでした。継続するという一点に於いて、男は神より才能を頂いていたようです。


 さて、十数年が経ち、人様にお見せ出来る程度には、少しはマシな芸を身につけたその男。

 男は十分幸せでした。良い方々に恵まれ、好きな事をやりながら暮らしていける。それ以上、何も望んでおりませんでした。

 彼には、家族同然に育った方がいました。 

 お世話になっている噺家の、遅くに生まれた娘さんです。奥さんは亡くなっていて、噺家と娘さん、そして男の三人で暮らしておりました。

 活発で、優しく、思いやりに溢れ、いつも笑顔で周りを温かい気持ちにさせてくれる、素晴らしいお嬢さんです。

 男はその方に思いを寄せておりました。

 共に育ち、共に笑い、共に生きるその過程で、男はお嬢さんへの気持ちを募らせていったのです。

 つまり、男は大恩ある方の娘さんに恋慕の感情を抱いてしまったのです。


 ですが、男も身の程を弁えております。

 自分の思いを、決して告げる事はしない。

 恩人を裏切るような真似は絶対にしてはならない。

 ただ、彼女の幸せを願っていようと、心に誓っておりました。


 そんなお嬢さんも年頃になり、二十歳を過ぎてしばらく経った時、縁談が舞い込みました。


 お嬢さんを見初めたのは、大手芸能プロダクションの御曹子。

 シチュエーションは漫画やドラマみたいですが、断っても落語に圧力がかかる等という訳では勿論ありません。だけど、受けた時の恩恵は考えるまでもないのも、事実でした。

 業界に深いコネのある方の身内になるのですから、一門のテレビ出演や公演の太いパイプになる事は間違いなしです。


 その事に、賢くもお優しいお嬢さんが気がつかない筈がありません。


 ですが、「政略結婚だなんて可哀想だ」と悲観する様な話でもないのです。相手の方は優しく、人柄も良い、申し分のない好青年で、結婚したら確実にお嬢さんを幸せにしてくれる人物だったからです。


 お嬢さんが幸せになる事。

 それは男が何より望んでいた事でした。

 その縁談を大いに喜びました。


 ですが、お嬢さんはかなり悩んでおられる様でした。


 そんなある日、家で二人の時、お嬢さんは男に、こんな事を言いました。

――私、迷っている。だってまだ、結婚なんて考えていないんだから。

 男はそうですかと答えました。

――断っちゃおうかな。

 男はそうですかと答えました。

――でも、そうなったらもう誰もお嫁にもらってくれないよね。

 お嬢さんは唇を尖らせると、次にこう言いました。


――その時は、イチさんのお嫁さんにしてくれる?


 お嬢さんが勇気を振り絞っている事は、男にも分かっていました。

 何故なら、声が震えていましたから。


 そんなお嬢さんに、男は笑ってこう答えました。

――お嬢さん、兄妹は結婚出来ないんですよ。


 次の日、お嬢さんは結婚の申し出を承諾されました。


 これで良い。

 男は只々幸せを願っておりました。


 自分には、幸せにする資格がない。

 いえ、自信がなかったのでしょうね。

 幸せにする自信がない。

 幼い頃に家族を失った記憶の所為で、それ以上幸せになるのが、怖かったのかもしれません。

 お嬢さんを手に入れて、なくすよりも、初めから手に入らない安心を選んだのです。

 幸せを望んでいるなんて言いながら、男は自分の事しか考えていなかった訳です。


……どうなんですかね。今思っても全てが正解の様な、全てが間違っている様な、そんな気もしますね。



 そして、お嬢さんの結婚式があと一ヶ月後と迫ったある日――男は異世界に召喚されました。


 その男が異世界の方から事情を聞き、状況を把握して、一番始めに得た感情は何だと思いますか?

 彼はホッとしたのです。

 ラッキーだとさえ思った。

 思いを寄せる娘が他の男のものになる光景を、見なくて済むと思ったからです。


 これが異世界に召喚され、「救世主」などと呼ばれている男の正体です。

 元いた世界での嫌な事をすっかり忘れ、爽やかな気持ちで、大好きな落語に打ち込んでいるのです。

 本当に、呆れる程愚かな男です。


 ですが、その男が、落語だけが取り柄の愚かな人間が、今日、噺に入る直前、躊躇しました。


 今思い返してみてもなんてことはない、結婚の噺です。異世界落語を考えている時も、練習でネタを繰っている時にも、本当に何とも思いませんでした。

 ですが、いざ噺に入ろうと扇子に手をかけたその瞬間――お嬢さんの顔が浮かんできました。

 異世界にやってきてから、殆ど思い出した事はありませんでした。

 なのに、何故かその瞬間、お嬢さんの顔が、頭の中に怒涛の様になだれ込んで来たのです。

 笑い顔も。

 怒り顔も。

 困り顔も。

 憂い顔も。


 そして、あの日、男から最低な言葉を言われたときに見せた――泣き顔も。


 男はすぐに我に返り落語を続けました。表面上はなんとか取り繕いましたが、ネタを演りながらも、お嬢さんの顔が頭から離れません。

 おかしいでしょう?

「延陽伯」は、小さい頃からの幼馴染みと結婚する落語でもなんでもないのに、まさかそんな事になるなんて。

 なんの事はない、男は今の今まで必死に忘れた「振り」をしていただけなのです。噺家だけに「振り」は得意でした。

 それがちょっとした切っ掛けで、あっという間に決壊したのです。


 それを、今日初めて落語を観た方に、あっさりと見透かされました。

 ふいに指摘され、それまで偉そうに落語や「落語の力」等に関して講釈を垂れていた自分が恥ずかしくてたまりませんでした。頭をハンマーで殴られた様な……とはああいう事を言うんですね。

 それともやはり、お嬢さんを突然思い出した事もその方の仰っていた「落語の力」なのでしょうか。

 もしそうなら、調子に乗って異世界で落語をしていた男を諌める為なのでしょうかね。

 いえ、これはこちらの話なのですが……。

 その後、男はお得意の口先で適当な言い訳を延べて、その場を取り繕いました。


 お嬢さんの事など忘れたものだと、思い残す事がなくなって、きれいさっぱりとこちらの世界でいっぱしに落語を演れているなんて考えていた、己の思い上がり、未熟さが許せません。

 そして、人様の前でそんな状態で噺をするなんて、していたなんて……。

 人としても失格であり、噺家としても失格です。

 反省して、明日からまた己を磨いていく決断をしました。

 男にはそれしか、出来る事はありませんから。


 そして、これが傑作な話なのですが。

 今日、その男はある事に気がつきました。

 自分の愚かさに、ではありません。

 そんなものはとっくに気がついております。


 何に気がついたと思いますか?

 笑ってしまいますよ。

 後悔にですよ。

 もう二度と会う事がないのだったら、思いを告げておくべきだったと、あの、噺に入る前の一瞬で、お嬢さんを思い出した瞬間、身を引き裂かれる様な後悔に苛まれたのです。


 会いたい。


 話をしたい。


 せめてもう一度だけ――笑い顔が見たい。


 本当に馬鹿でしょう?


 会えなくなって気が付くなんて、遅いんですよ。


 本当に救いようのない、愚かな男です。


 それが今、あなたの目の前に立っている、楽々亭一福という人間です。

 立派な事など一つもない。

 女性を幸せになど……出来る筈もない。

 人間性など、あちらの世界でとっくに棄てて参りました。


 あたしが何を言いたいのか、師匠には理解出来ますか?


 クランエ師匠、あなたにどういう事情があるかは、あたしには分かりません。


 呪われた血筋なのかもしれない。

 王族の関係者なのかもしれない。

 人身御供なのかもしれない。

 魔族に通じる何かなのかもしれない。


 さぞや複雑な事情がおありなのでしょう。

 女々しさに満ちた、全て自分が蒔いた種である、あたしの問わず語りなんかより、よっぽど深く、重い、やんごとなき事情が。


 それが理由で、ミヤビ様に思いを伝える事は出来ない。分かりました。ええ、よく分かります。

 そういった気持ちに関しては、この世界であたしが一番理解しているかもしれません。

 そうなんです。仕方ないんです。もうどうしようもありません。


 ですが、異世界に召喚され、離れ離れになるよりも、まだ――どうしようもない事が世の中に、あるのでしょうか?


 さあ、これであたしの話は終わりです。

 洒落たくすぐりもオチも何もない……悲劇でも喜劇でもない、ただただ愚かな男の、情けない物語でした。


 さて師匠。これだけ長々と話をして、あなたを足止めしている張本人が言うのもなんですが、最後にこれだけ言わせて下さい――


 ―――――――――――――――――――――――――



 クランエは胸ぐらを掴まれた。

 地面に着いていた膝がグッと持ち上がり、そのまま立ち上がる形で引き上げられる。

 一福の細腕にこもったその力は――驚くほど強かった。


「今すぐ彼女を追いかけろ!!このすっとこどっこい!!!!」


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