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異世界落語  作者: 朱雀新吾
クロノ・チンチローネ【時うどん】
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クロノ・チンチローネ【時うどん】⑥

 そして、3人は『極楽酒場』という酒場宿の前に立っていた。噺家が、この店を気に入ったのだ。

「ここにしましょう。ここが良いです。縁起が良いじゃあありませんか『極楽酒場』なんて、色々と洒落が効いている」

「道向かいに『地獄食堂』もありますけど、ここで宜しいですか?」

「あっはっは!クランエ師匠。そりゃあ決まっているでしょう――」

――『極楽酒場』で決まりです。

 そうして3人は『極楽酒場』へと入っていった。

「温かいものが食べたいと言っておられましたな。クランエ、チンチローネを頼もうか」

「はい」

 空いている席に座ると、クランエは店員を呼び、早速チンチローネを注文をした。

 店は多くの種族で賑わい、噺家は席に着いた後も周囲を興味深そうに眺めては、クランエに色々と尋ねていた。ハーフエルフやホビット等、道で見かけなかった種族がいたので、それについて聞いているようだ。

「とっつぁん。ダマヤのとっつぁんじゃねえかよ」

 そこへ、一人の男がダマヤに声を掛けてきた。

「これはこれは、ラッカ様」

 軽装の若者である。ダマヤとは既知の仲である。クランエとも面識がある。

「また昼間から飲んでいたんですか?」

「ああ、だって仕方ねえじゃねえかよ。ロクな仕事がねえんだからよ」

「貴方がそんな事言ってどうするんですか。あれ?鎧は、どうしたんですか?剣は?」

 ダマヤは嫌な予感に顔をしかめながら尋ねる。

「ああ、売った」

「売った……?」

 戦士の魂を、売った。ダマヤは、これ以上しかめようのない顔を上に向け、天を仰ぐしかなかった。

「まあまあ、辛気くさい顔すんなよ。どうせ世界なんざいつかは滅ぶんだ。お、見慣れないヤツを連れてんな。クラのダチかい?」

 ダマヤの嘆かわしい心持など気にも留めずに、ラッカは噺家の男を珍しそうに見る。

「いえ、ラッカ様。この方は、まあ、色々ありまして。複雑なんですよ」

 クランエが慌てて誤魔化す。王宮の失態がバレては、国民への信頼に関わるからだ。

「ふーん。まあ、興味ねえけどな。じゃあな、とっつぁんにクラ。そして、変な服着た人」

 そう言うと、ラッカは別の席へとフラフラと歩いて行った。そこで知人を見つけたらしく、笑いながら手を振り、別のテーブルへと向かった。


 そうこうしている間にチンチローネが運ばれてきた。

 お椀からは白い湯気が立ち込めている。

「ええと、箸は……ないんですかね?」

「ええ、箸はこの世界にはありません。そちらの二又棒をお使い下さい」

「へえ、これはフォークの二股版みたいなものなんですねえ。ああ、良い匂いです」

「早速、いただきましょう」

 ダマヤは二又棒の二つの突起を眼球に押し付け、目のマッサージを軽くしてから、チンチローネを食べる。

 噺家も、チンチローネ麺を二又棒で掬うと、ズルズルと音をたててすすった。

「へえ、これは美味しいですね。クセになりそうな味です」

「それは良かったです」

 ダマヤは胸を撫で下ろした。

「ラーメンとパスタの中間で、ダシが、特殊な香辛料を使っていますね。あたしの世界にはない味だ」

「ええ、そうなんです。サイトピアの国民食と言っても過言ではありません」

「へえ。大体、これでいくらなんですか?」

「16ヒップ。ああ、サイトピアの通貨はヒップと言うんですが」

「ほお」

 その時、16ヒップと聞いた瞬間の噺家の瞳が、悪戯を思い付いた子供の様な輝きを放つのを、クランエは見逃さなかった。

「ヒップですか。ああ、そういえばこの世界で暮らすとなると、お金も稼がなくてはなりませんね」

「いや、それに関しては私が責任を持ちまして……」

 ダマヤがそう言いかけたところに、テーブルを叩く大きな音が店中に響いた。

「おい!もう一度言ってみやがれこの耳長野郎」

「ああ、何度でも言ってやるさ。ドワーフはおつむが足りなくて、魔族に城を明け渡したんだってな」

「なんだと!」

 見ると、店の奥でエルフが、ドワーフを笑いながらからかっていた。ドワーフは顔を赤くして、憤怒の表情である。明らかに良いムードとは言えない。更に2人の後ろには、仲間や家族だろう、10人程のエルフとドワーフが立っていて、お互いを牽制している。

「本当の事だろう。城の中心へと繋がっている隠し通路の入口を『分からなくなったら困るから』という理由で大きく目印をつけていたそうじゃないか」

「それで魔族に見つけられ、みすみす侵入を許したんだそうじゃないか。これを馬鹿と言わずに、誰を馬鹿だというんだい?」

 別のエルフが追随をかけ、残りのエルフが一斉に笑う。 

「なんだと!てめえらだって頭ばかり使って、自国での保身しか考えない宰相が、政略ばかりご丁寧に練っている時に魔族の総攻撃を喰らって、一日で国が亡くなったんだろうが。誰か戦うヤツはいなかったのかよ」

 今度はドワーフの面々がエルフを指差して笑う番であった。

「貴様!」

「なんだよ!やるのか!」

 エルフとドワーフのリーダー格がお互いの胸ぐらを掴みあう。

 他の面々も、いつでも抗争を始められるようにと気を張っていた。

 その中には、小さな子供も混ざっていた。

 その様子を窺いながら、噺家がダマヤに話しかける。

「なんだかだいぶと、あちらさんは賑やかですね」

「はあ……お恥ずかしながら、これが現在サイトピアの一番の問題。難民問題、種族間抗争です」

 ダマヤは溜め息をついて、噺家を見る。

「特にエルフとドワーフの仲の悪さは深刻ですからね。魔族を共通の敵にしていなくては、それこそ国同士が戦争をしかねない程でしたから」

「なるほど。魔族が良いバランスを取っていたんですね」

「ええ、まさしく。ですが、それもお互い離れていたからですよ。難民となり、サイトピアで毎日顔を合わす様になってからというもの、こういった小競り合いが至る所で起きている始末です」

 噺家は唇を尖らせ、懐からいつの間にか出した扇子で、自分の頭をコツンと打った。

「なるほど。世界が危機だってのに、仲間同士で喧嘩してちゃあいけませんね。仲良くしないと」

「その通りです。ですが仲良くさせる手立て等、考えもつきませんで」

「じゃああたし、ちょいと行ってきますね」

 そう軽く言うと、噺家は立ち上がり、座布団を持ってスタスタと歩き出した。

「ちょっと!行くって、どちらへ?」

 ダマヤの声にくるりと振り返り、にっこりと笑う。

「ダマヤさんはあたしの芸を見て惚れ込んでくれたんでしょう?で、そのせいで危うい立場になってしまった」

 ダマヤはきょとんとしてしまう。それは、質問の答えではない。

「何を、仰っているのですか?」

「いえ、ダマヤさんの為に、ちょいと世界を救ってみるのも――悪くないかな、と思いましてね」

 そう言って、ふふと笑い、またスタスタと歩き出した。

「ちょっと、お待ち下さい」

 彼は今度は振り返らない。

 そのまま、騒ぎの中心部まで向かっていった。

「ちょいと、お邪魔しますよ。お二人さん」

 エルフとドワーフの二人が胸ぐらを掴みあっている間の、テーブルの上に座布団を起き、飛び乗ると、サッと座りこんだ。

「なんだよ貴様は!?」

「邪魔だ。そこをどいてくれ」

 当然、エルフとドワーフに物凄い形相で睨まれる噺家。だが、彼は涼しげな表情で、飄々とした態度である。

「どけませんね。お二人、いえ、皆さんが仲良くしてくれるまで、あたしはここをどくわけにはいきません」

 突然間に現れた人間に面食らう二人だが、すぐに腹立たしさが前面に出て、男を非難する。

「へん!人間には関係ない話だ」

「そうだ、これは私達エルフとドワーフの問題だ。引っ込んでもらおうか」

「何を仰いますやら。人類皆兄弟、地球は丸い、ターミナルでは押さず止まらず、白線まで下がって整列を、と言うではないですか」

「……貴様はペラペラと、一体、何者だ!?」

「あたしですか。あたしは今座っている四角形の中でしか戦う事の出来ません、しがない噺家でございます」

「ハナシカ?なんだそれは?新しい職業か?」

 先程からどうも要領を得ない会話である。エルフとドワーフは、目の前の男に異様な不気味さを感じた。

「では、御両人方様、どうしても仲良くしていただけないと?」

「当たり前だろう。突然現れた貴様の言う事を聞く理由がどこにある」

 エルフの切って捨てるその言い方に、男は少し困った様な顔を見せたが、直ぐに笑顔に戻り、ある提案をした。

「では、いかがですか。今からあたしが皆様に芸をお見せいたしますので。その芸を見て笑って頂けたら、それをもって仲直りとする、というのは?」

 その申し出に、エルフのリーダーが鼻で笑う。

「なんだ貴様、偉そうにしておったが、ただの大道芸人か」

「歌でも歌おうってのか!?」

「ナイフ投げか?」

「見世物なら大歓迎だが!つまらなかったらお前、分かってんだろうな!」

 エルフとドワーフ、双方から責め立てられるが、男はどこ吹く風。四方八方から投げつけられる罵詈雑言を、欠伸をしながら聞き流す。まったく、人を喰った態度である。

「申し訳ありませんが、あたしは歌も歌いませんし、ナイフも投げません」

「じゃあ、何をするっていうんだ?」

「落語です」

「……ラクゴだと?」

 ハナシカと同様、初めて聞く言葉にドワーフのリーダーも首を傾げる事しか出来ない。

「まあ、百聞は一見に如かずと申します。とりあえず、ちょいと観ていただけたら、大体の雰囲気は掴める事でしょう」

 そう言うと男は手をぱっぱと払い、エルフとドワーフを元の席へ戻る様に促した。お互い不満そうな表情だったが、目の前の男が今から披露する「ラクゴ」というものには興味がある。

「貴様。もし、私達が笑わなかったら……分かっているだろうな?」

「ええ、もう煮るなり焼くなり、好きになさって下さいな」

「……」

 殺気だったムードのまま、渋々と言った形で、双方とも席に着いた。

 

 これが、ターミナルに「落語」が降り立った歴史的瞬間である。

 この一席から、伝説の全てが始まった。


 一人の噺家が、落語によって世界を救う話。


「えー、毎度ばかばかしいお噺で一席お付き合い願います」

 男のよく通る声が、酒場に響く。

「今日の所はまず、あたしの名前と顔だけ覚えて帰って下さいな。あたし?あたしの名前は、一福(いっぷく)楽々亭一福(らくらくていいっぷく)と、申します」

 そう言うと、異世界からやってきた噺家、楽々亭一福は深々と頭を下げた。



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