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異世界落語  作者: 朱雀新吾
抜けドラゴン【抜け雀】
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抜けドラゴン【抜け雀】②

『ていうかミギチカ。親父さんのドワーフ王が失踪してるってのに、お前はこんな所で何やってんだよ』

 その言葉にミギチカは突然真顔になり、勇者ラッカの顔を見た。

『何?父上が?それは初耳だな』

『ああ、そうか。そういえばお前、勘当されてるんだっけ?』

『ああ、その通りだ。二年前、俺は父上から勘当された』

 ミギチカは重々しく頷く。

『それから直ぐにドワーフ国が攻め滅ぼされたと聞いたのだ。城へ駆け付けた時には、既にドワーフ城は魔族の手に落ち、父上や同朋は散り散りになってしまっていた。あの時ほど、己れの無力さを呪った事はない……』

『ミギチカ……』

 勇者ラッカは友人を元気づけようと努めて明るい声を上げる。

『いやあ、でもまあもうすぐ奪還作戦が実行されるからな!安心しろ!そうだ、ドワーフ王の失踪ってのも、あれじゃねえ?ひょっとしたらお前を探してんじゃねえの?』

『そんな事はあるまい!国の危機にも駆け付けられなかった俺だぞ。自らの力を制御する術を持たない王子など、ドワーフ国に必要はないのだ』

『ふうん……いや、そこらへんの事情はよく分かんねえけどさ』

 勇者ラッカは適当に相槌を打ち、酒をグッと飲みほした。

 そのタイミングで店主が新しい酒瓶を持って部屋へ入ってきた。

『おかわりです。こちらに置いておきますね』

『ああ、ありがとよ。あ!そうだ。ちょっと待ちな店主』

 二人に気を使い、直ぐに立ち去ろうとする店主を呼び止め、勇者ラッカはミギチカに言う。

『ミギチカ。今日までの分の勘定を払ってやりなよ。店主が困ってんだ』

 その言葉にミギチカは、ああ……と口を開いたが、髭を触りながら少しばつの悪そうな表情を浮かべる。

『金か。いや、払ってやりたいのはやまやまなのだがな……』

『んだよ。まさかないって事はないだろう?』

『そのまさかでな……ないのだ』

 その返答に思わず勇者ラッカは友の顔を見つめる。

『え?でもお前、ドワーフ国の王子だろう?』

『おいおいラッカよ。何を言っておるのだ』

 ミギチカは呆れ顔で言い返す。

『言ったであろう。俺は父上に勘当されておるのだぞ。当然金など持ち合わせておらんし、そもそも金を持っていたらこんなボロボロの服を着ている筈もなかろう。考えたら分かりそうなものを……』

『いや……この状況で何で俺がお前に呆れ顔されなきゃならねえんだよ』

 勇者ラッカはそれこそ呆れ顔で言い返した。

『んだよ。じゃあ最初から金もないのに飲み食いしようって思ってたのかよ。踏み倒すつもりだったのか?それに関しては、いくらダチだからってよ、ちょっと感心出来ねえなあ』

 ジロリと勇者ラッカが睨みつけるが、ミギチカは焦った様子もなく説明を始める。

『いやあ、それは俺も店主に悪いと思っておったのだ。路銀はとうに尽き果ててしまってな。持っていたなら幾らでも払ってやりたい所なのだがな』

『そりゃそうだろうがよ!ったく……なんだよ!ふざけんなよ!なんならお前に俺のツケもまとめて払ってもらおうと思ってたのによ!』

 悔しそうに叫ぶ勇者ラッカに対して、再びミギチカが呆れ顔を返す。

『お主、最初からそれが狙いだったんだろう。ドサクサに紛れてとんでもない事を口にするな……。父上に昔言われた言葉を思い出したわ。「よいかミギチカ。王子という地位に群がるハイエナにはくれぐれも気をつけよ」という言葉をな……』


 ミギチカの突っ込みで、客席にドッと笑いが上がる。ボケとツッコミの立場が状況に応じて変動するのは勇者ラッカ噺の醍醐味である。


 そこで勇者ラッカはある事を思い出した。

『あ、そうだ。お前さ、ドワーフ王族の血筋なら、あれがあるだろう。「ギフト」ってヤツが』

『ああ、あれか』

 勇者ラッカは店主に説明する。

『店主、ドワーフってのは知っての通りすげえ器用な種族でさ。彫刻や細工や絵画が皆上手なんだ』

『ええ、存じておりますとも』

 店主は笑顔で力強く頷く。

『そして王族は更に凄い能力を持っていてな。まあ言ってみりゃあ更なる達人って訳よ。だから、この店のどっかに絵でも描いてもらってよ。そうしたら随分と箔もつくんじゃねえか。売っぱらって金に換えてもいいんだしな。なあ、そうしなよ』

『まあ、こちらと致しましてもお金の無い方から無いモノを頂ける筈もありませんから。その提案で構いませんよ』

 不満の欠片すらその表情に灯さず、店主は二つ返事で答えた。

『店主、すまんな。いや、実は元よりそのつもりだったのだが……』

 ぽつりと言ったその言葉を勇者ラッカは聞き逃さなかった。

『んだよ!金がないからって、お前にはその方法があるんじゃねえか。ああ、確かにドワーフってそういう所あるよな。元々、貨幣と物々交換が半々の割合で成り立っている様な国だからな。なるほどなるほど、そういう事かよ。納得納得』

 友が悪党でなかった事を知り、満足気に頷く勇者ラッカ。

 

 ミギチカはすぐに腕捲りを始め、やる気満々である。

『さて、では何に描いたものかのう……』

『折角だからこの部屋にある物がいいんじゃねえの?あ、この二面鏡なんてどうよ?』

 部屋の隅に置いてある二面鏡の前に立つ。鏡の中で二人の勇者ラッカがポーズを切っていた。

『ラッカよ……。鏡に絵を描いたりなどしたら店に迷惑がかかるではないか。鏡に絵など描いてあるのを見た事があるか?』

『いんや。ないよ。いや、でも見ろよこの二面鏡、なかなかの代物だぜ』

『なかなかの代物だからこそ、俺は言っておるのだ。他に絵が描ける別の物が幾らでもあるだろう』

『ええー、いいじゃん。とにかく試しにこの二面鏡に描いてみろよ。ね、いいだろう?店主』

 勇者ラッカが頼むと、店主はにこやかに了承する。

『ええ、私は構いませんよ』

『俺が言うのもなんだが、いい加減店主も人が良過ぎるぞ!いや、もうそこまで何でもはいはい言っていたら、人が良いのかどうかも分からんわ!ただ流されているだけの人間だと思われるぞ!』

 とうとうミギチカが店主に説教をする始末であった。 


 ミギチカはしばらく部屋を物色して廻った。そして、片隅に置いてある衝立に目をつけると、言った。

『では、この衝立に描くとするかの。店主、それでよいな?』

『ええ、お願いします』

『筆はあるか?』

『ええ、私の部屋にしまってあります』

『すまんが、持ってきてくれ。墨もな』

『はい』

 すぐに店主は言われた道具を用意して、ミギチカの前に並べる。


『…………』

 ミギチカは部屋の中心に座り込み、黙って目を瞑る。

 どれくらいの時が流れただろうか。

 しばらく経ち、カッと目を見開いたかと思うと、サッと筆を取り、流れる様な筆捌きで衝立に絵を描いていった。


『出来たぞ』

 数十秒後、絵は完成した。


 どれどれと勇者ラッカと店主が衝立を覗き込む。

 店主は目を見張った。


『はあ、これは……強そうなドラゴンですね』

 そこに描かれていたのは、一体のドラゴンであった。

『確かにたいしたもんだなあ。流石はドワーフ。でもただのドラゴンだろこれ?。ええ?これで値がつくのかい?なんだよなんだよ勿体ぶっちゃってさ』

 速攻で茶々を入れる勇者ラッカを無視して、ミギチカは店主に向かって注意事項を述べ始める。

『よいか店主。この絵を売り払えば宿泊代に飲食代、全て賄えるだろう。受け取ってくれ。だが、保管方法にたった一つだけ注意が必要でな。面倒をかけるが絶対に守ってもらいたい。よいか、この衝立の中のドラゴンには、月の光を当ててはならん。よいか、絶対にだ。他所へ売る時にもその文言を但し書きとして添えておいて欲しい。分かったな』

『……はい』

 真剣な表情のミギチカを見上げ、神妙に頷く店主。

 

 その横でヘラヘラ笑っているのが勇者ラッカである。


『はあ?何言ってんだよミギチカ。月の光を当てちゃダメ?何訳分かんねえ事言ってんの?はあ?』

『ラッカ。ダメなものはダメなのだ。分かってくれ』

『いやいや、やっちゃあダメって言われたらどうしてもやりたくなるのが、人の性なんだからさ。んじゃあやっていい?やってみようぜ?』

 勇者の顔を信じられない表情で見つめるミギチカ。

『ラッカ、お主「ギフト」だと自分で言っておきながら、何も知らんのか?』

『え?「ギフト」ってあれだろう?「滅茶苦茶絵が上手い」って事だろう?それをドワーフがお得意の格好良くも回りくどい言い回しで言ってるだけじゃん。ほら、ドワーフってそういう痛い所あるからさ。「恋人」を「我が心に住まう麗しの姫君」とか「思い出」を「深淵の奥深く眠りし遺産」って言ってみたりさ。へへへへへ。何言ってんの?』

『お主が何を言っておるのだ……ラッカ、酔っておるな』

『え?そうだよ。一緒に飲んでたじゃ~ん』

 決して酒の弱くない勇者ラッカでも、やはりドワーフには敵わない。言う通り、良い気分に酔っぱらっていた。

 勇者ラッカはふらっと立ち上がると、ケラケラ笑いながらドラゴンの描かれた衝立を抱えて、踊りだした。

『へへへ~♪「ドラゴンとワルツを」ってね~♪』

『よさんか!』

 ミギチカは止めようとするが、勇者はするっと身体を掻い潜り、窓の近くへ移動し、軽快にステップを踏む。

 そして丁度月の光が照らされている場所に衝立を掲げた。

『ほら、ドラゴンちゃん!月の光をたーんとお上がり!』

『たわけ!何をしておるか!』


「さあ、その日の夜は都合良く、いや悪く、空には一切雲がなく、晴れ渡っておりました。月が顔を出し、夜空を照らしております。そこに衝立を掲げたものですから、当然、光が当たってしまいます。すると、大変な事が起こります……」



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