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異世界落語  作者: 朱雀新吾
ちりとてちん【ちりとてちん】
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ちりとてちん【ちりとてちん】⑦

 極楽酒場は嵐の様な拍手喝采に包まれている。

 戦士は興奮のままに机を叩き、魔法使いは魔法で花や蝶を出しては最高級の賞賛を表した。

 一福の「ちりとてちん」は、今までで最高の盛り上がりで、幕を閉じた。


「ああ、楽しかったのう!いや、こんなに笑ったのはいつぶりじゃろうか」

 閉店後の店内。既に姫は意固地な態度ではなく、屈託のない笑顔を見せていた。


 姫を笑わせるという依頼は、見事に完遂された。


 だが、ナナセはやはり微妙な心持ちである。


 笑顔を取り戻したのは確かだが、昔の姫に戻る事は出来なかったのではないだろうか。

 年相応の少女として、楽しい事で素直に笑う事が、出来なかったのだろうか。

 当然、身分の違い、境遇の違いはあるが、同年代のナナセにとって、姫が歪んだ方向に進んでしまったのではないかという危惧を感じていた。


 いや、それもナナセが勝手にそう思っているだけで、そもそも姫の中に「S」という芽が元からしっかりと眠っており、それが様々な要因を得て、今回をきっかけに、表面上に現れただけなのかもしれない。

 それを一福が見抜いていたのか、偶然ダマヤと落語の絶妙なシンクロにより成立したのかは定かではないが、見事にSの花を咲かせる事となった。


 だが、本当にこれで良かったのか。

 その思いはずっと付き纏う。


 当然、それは姫自身も解っている様で、自嘲を浮かべながら呟いた。

「確かにわらわは再び笑える様になった。本当に最前は愉快じゃった。それは嘘ではない。だが、これで良いのだろうか。こんな、他人の不幸でしか笑えない『姫』でも良いのかの……?」

 その表情に陰を落とす。笑顔を取り戻せば、それで良い訳ではない。サブリミナルはサイトピアの姫君なのだ。 他人の不幸で笑う姫君を、国民は受け入れるだろうか。

 その問題点を充分に承知しているのだろう。周りの者も、何も言えなかった。

 

 そんな姫を、周囲を、ラッカが鼻で笑い飛ばす。


「ああ?姫さんよ?あんた何言ってんだよ。まだそんな事で悩んでんの?バッカじゃねえの?」

「バカ……!?ラッカ、お主……一体誰に対して……」

 みるみる血相を変える姫を制し、ラッカは自分をビシッと指差すと、口を開いた。

「ここに本当にテキトウで!口が悪くて!サボり癖のある『勇者』がいるんだぜ!?こんな『勇者』でも、ああ、誰にも文句は言わせねえ。俺は『勇者』なんだよ」

「……ラッカ」

 言葉を失い、惚けた様にラッカを見上げるサブリミナル姫。

「人様を笑わす事しか出来ない『救世主』も、ここにはおりますよ」

 一福が微笑みを浮かべながらラッカの横に立って、言う。

 ラッカはそんな噺家を横目に見て、口の端を持ち上げながら、堂々と宣言する。 

「『姫』に『勇者』に『救世主』。俺達全員、どっかの誰かから勝手に決められた、逃れられない役割だけどよ。だからって、あんたが『どんな姫』になるかを決めるのは、その誰かじゃねえんだよ」

 ラッカは真正面から、姫の瞳を見つめる。

「ああ、まっぴらごめんさ。俺の人生は俺が決める。俺は誰かが望む、童話や昔話に出てくる様な良い子ちゃんで優等生な『勇者』になる気なんざさらさらねえぜ!俺が、俺様が好き勝手にやりたい放題したい放題歩いた道を『勇者』の歩いた道にしてやる。誰にも文句を言わせやしねえぜ!」

 ラッカの言葉を、サブリミナル姫が反芻する。

「わらわの歩いた道が、『姫』の歩いた道……」

 大きく、ラッカは頷いて見せる。

 隣で一福も小さく頷く。


「勇者」と「救世主」を交互に見つめる「姫」。

 しばらくすると、吹っ切れたように笑った。

「イップク。どうやらお主の言った通りになったようじゃ」

「はい?」

「わらわらしい笑いとやら……見つけたぞ。生き方もな。わらわはわらわ。そんな、簡単な事だったとはな……」

「それは大変、宜しい事でございます」

 一福は悪戯っ子の様な表情で、そう答えた。


「どうじゃイップク、お主、わらわの下へ来んか?」

 次に、普通に世間話をする様に姫がそう提案する。

「はあ。姫様の下へ、ですか?」

 一福も特に驚いた様子もなく、聞き返す。

「つまり、わらわの専属噺家にならんか。そうじゃのう『宮廷噺家』として、傍に付くのじゃ」


「…………!!」

「…………!!」

「…………!!」

 当の本人達とヘラヘラ笑っている勇者以外、その場にいる者は皆、衝撃で言葉を失った。

 姫からの直々の御傍付きの誘い。それは、サイトピアの人間にとって、最高の栄誉であった。


「あの、姫様……その節には私も宮廷に復帰を……何卒!何卒お慈悲を!」

 空気の読めないダマヤが図々しくも便乗して懇願する。

 姫は笑いながらそれを簡単に承諾した。

「そうじゃのう。別に構わんぞ」

「おお……!!姫様!ありがたき……幸せ!」

「但し、視聴者ではなく、わらわの専属豚として……じゃがな」

 姫はそう言うと意地悪そうに笑った。

 ダマヤは震えだす。当然屈辱で……ではない。喜びである。姫はダマヤの駄目人間レベルを甘くみていたのだ。

「専属豚でございますね……はは!かしこまりました!私は今から、姫様の忠実なる豚でございます!!ブヒブヒ!!ブヒブヒ!!」

「冗談じゃ!たわけが!お主は宮廷に復帰さえ出来ればなんでもよいのか!」

 電光石火の速さで地面に這いつくばり、姫の靴を舐める寸前のダマヤを制止する。


「で、その、どうじゃイップク。わらわの申し出を……受けてはくれぬか」

 頬を赤らませ、照れた様に頼む姫。

「…………」

 一福は少しの間、考え込むように目を瞑った後、答えた。

「姫様。その申し出、大変光栄ではございますが、丁重にお断りさせて頂きます」

「……そうか」 

 姫は始めからその答えを予想していたようだった。 

「あたしの芸は、特定の誰かのものではありません。大衆と寄り添い、共に生きる、それが定めなのです。無礼を承知でお断りさせて頂きました。お気を悪くされましたのなら、どうぞ、この首をお刎ね下さい」

 そう言うと一福は姫の前に跪き、首を差し出した。

 その仰々しい所作に、姫は思わず笑ってしまう。

「あっはっは。首を跳ねてもお主はその口さえあれば落語を演じそうだからの。そんな気味の悪い事はごめんじゃ」

「なんと御寛容なお言葉。我が無礼、どうかお許し下さい」

「よい。かまわん!じゃが、わらわはまたこの酒場にラクゴを聞きに来るぞ!」

「それは、是非とも。いつでもおいで下さいませ」

 そうして、サブリミナル姫と一福は、目を合わせて笑いあった。


 

 ラッカはそんな二人を眺めながら、ある事を考えていた。

――今旦那に「俺とパーティーを組んでくれねえか?」なんて頼んでも、やっぱ断られるよなあ。うん。

 


 後日談を先に述べると、姫が笑うようになり、国王は元より、国民も皆、大いに喜んだ。

 姫のドSキャラに関しても、心配していた事が馬鹿らしくなるくらい、すんなり国民に受け入れられた。無愛想な姫よりも、人間味があって良いとの事だ。

 更には、その美貌と相まって、Mの人間にとっては既に神にも等しい存在となっている程だ。


 その明るいニュースに付随する様に、経済回復の兆しも生まれる。


 姫が宮廷の各部署に働きかけ、新しい文化を造らせたのだ。


 米を醸造して造られる酒。その名も「シラギク」。

 魚を生で食す文化。「サシミ」。

 ふわふわとろとろ、ギンナン(奇跡的に、異世界のギンナンと味、食感がそっくりの食物「ンナンギ」がターミナルで発見される事となる)は欠かせない、幻のバカウマ料理「チャワンムシ」。

 

 新たな産業の誕生により、市場は潤滑になり、職が増え、人々は活気を取り戻した。

 そして、来たるドワーフ国奪還の為、サイトピアの士気は確実に高まりつつあった。




「こんなの異世界落語ではありません!!」

 姫も笑い、一件落着と思われた「ちりとてちん」であったが、ダマヤだけはカンカンだった。

 面子は潰され、復帰は叶わない。散々である。

「一福様、異世界落語は!ターミナル版『ちりとてちん』は?『ヘキュホラプン』はどうなったのです!?」

「いやあ、ダマヤさん。面目ありません。つい……」

「ついじゃないですよついじゃ!」


 そんな大層な剣幕のダマヤを不思議そうに眺めながら姫が言う。


「いやダマヤ、異世界落語の『ちりとてちん』なら、わらわはもう観たぞ」

「え?姫様、観たと言いますと?」


 ダマヤの問いに、サブリミナル姫は神話の神々すらも魅了する様な最高の笑顔を浮かべ、こう言った。


「ああ、ダマヤ。ターミナル版の『ちりとてちん』なら、ずっとお主がわらわの横で、演じてくれておったではないか」



おあとがよろしいようで。

次回、「抜けドラゴン【抜け雀】」でお会いしましょう。

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