ちりとてちん【ちりとてちん】②
「旦那。俺の頼みを聞いてくれ!」
そこはお馴染み極楽酒場、一福は昼の高座を終え、夜までの休憩中であった。
隅の席でお茶を飲んでいた一福に、突然やってきたラッカが頭を下げたのだ。
その行動に、共にいたダマヤにクランエ、ナナセも驚いた。
「どうしたんですかラッカ兄さん。藪から棒に」
「そうですよ勇者様、私達のリュートに続いて、今度は一福様にどんな頼みなんですか。まさかまた変な事を頼むんじゃないでしょうね」
「まあまあ、お二人とも」
一福は苦笑しながら若い二人を嗜め、ラッカを見る。
「ラッカ様。どうしたんですか突然、とにかくまずは頭を上げて下さい」
「ああ、そうだな、旦那」
ラッカは頭を上げると、直ぐに近くの席に腰を下ろした。
「いや、実は旦那に頼みたい事ってのはな……」
「ラッカ様。何ですか頼み事とは!?よもや必殺技を作れとか、魔法を作れとか、策を講じれだとか、落語を戦いに利用する様な事ではないでしょうな?」
ダマヤがまた絶妙に空気の読めないタイミングでわめいて、ラッカの言葉を遮る。
「そんな訳ないだろうがこの『ダサくてマヌケでヤボなヤツ。そうヤツの名はダ☆マ☆ヤ』が」
「な!どこからそれを!!もしや、門番ですか?……おのれ、あやつらめー!!」
ラッカの痛烈な反論で、ダマヤはあっという間に半狂乱になった。クランエやナナセがやれやれと席を立ち、なだめにかかる。
「で、頼みとは一体何なんですか?」
「ああ」
暴れるダマヤを横目に見ながら、一福はラッカに訊ねた。
ラッカは一福の目を正面からジッと見据えると、言った。
「実は、ある人間を笑わせて欲しいんだ」
その言葉を、一福は表情を変えずに反芻する。
「……笑わせる、ですか?」
「ああ」
ラッカは目を逸らさずに、しっかりと頷く。
「ラッカ様。質問を宜しいですか?」
「ああ、いいぜ」
「その、ある方というのは?」
「それは会ってもらえば分かる。ていうか、来てる。外に待たせているんだ」
「気が早いですね」
一福はそこで思わず吹き出してしまった。
「あたしが 断ったらどうするつもりだったんですか?」
それに対して今度はラッカが二カッと満面の笑みを浮かべる。
「旦那が断るもんかよ。誰かを笑わせるのが他でもないあんたの仕事だろう。こんな事、この世界で旦那以外に誰に頼めば良いんだよ」
その言葉には一切の揶揄も皮肉も混ざってはいない。
「まあ、ともかくそのある人物ってのに会ってもらわないとな。おい、ジンダ=スプリング。連れてきてくれ」
「来ているよ」
見ると、酒場の入口にはジンダ=スプリングが相変わらずの無表情で立っていた。
そして、彼のすぐ後ろには、まるで魔法使いの様な出で立ちの、フード付きローブを纏った人物が一人。
「…………」
ジンダ=スプリングよりも一回り小柄である。
それが一体誰なのかは、当然誰にも分からない。
いつの間にか二人の会話を聞いていたダマヤが、訝しげにその人物へと歩み寄る。
「これ、そこな奴。一福様の前で顔を見せぬとは何事じゃ!この無礼者めが」
眉間に皺を寄せながらふんふんと鼻息荒く、偉そうにフードの中を覗きこもうとしたまさにその時、その人物が口を開いた。
「……久しいのう、ダマヤ。お主、王宮を追い出されたそうじゃな。大臣のビンタはさぞ痛かったろう?」
「…………な」
決して大きな声ではない。だが、凛と耳に響くその声を聞くと、ダマヤは小刻みに震え始めた。
「あ、あ、あああああああ貴方様は、も、もももももっもっもっももも、もしや!!!」
ダマヤはその正体をほぼ確信すると同時に軽く失禁し、次の瞬間には地べたに突っ伏していた。容赦なく顔を地面にゴリゴリと擦り付けまくる。
そんなダマヤをナナセが訝しげに首を傾げて見下ろす。
「ダマヤ様、一体何をされているんですか?あれですか?いよいよですか?」
「バカタレ!!何がいよいよだ!小娘、お主こそ頭が高いわ!高すぎるわい!」
ダマヤは地面に顔を擦りつけながらも器用に斜め上を向き、ナナセに向かって怒鳴りつける。
「このお方をどなたと心得る!」
ダマヤの言葉と同時に、謎の人物が――――フードを取った。
それは一人の少女だった。
目が冴える程高貴に輝くシルバーブロンド。水晶を嵌め込んだかの様に透き通る青い瞳。ドワーフの彫刻を彷彿とさせる、端正な顔立ち。
まるで神話の世界から飛び出してきたような、美少女であった。
ダマヤが平伏したまま叫ぶ。
「このお方こそ、サイトピア国、王位継承権第一位、ヘンリネス=アンネ=サブリミナル姫であるぞ!」




