MY FRIEND FOREVER【だんじり狸】
そしてその日、予想通り夕立が降った。
そこはナナセの家。親子三人で誕生パーティーが開かれている。
ナナセが風魔法で花びらを舞わせ、詩人の母親が歌を歌う。
「ハッピーバースデーパパ!」
「ヒャッホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオサンキュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ我が妻我が娘よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
父親のレイジング=フラウが喜びにむせび泣く。
「もう貴方。また全裸になって。いつまでもお子様なんだから……ウフフ」
母親は微笑ましそうに夫を見つめて言う。
――確実にママがパパを増長させてるんだけどな。 いつもの光景にナナセは苦笑しながら、雨の降る窓の外を眺める。
その時、音楽が聞こえてきた。
――リュートだ……。勇者様に違いない。
時計を見るとロンダー=ロメオン。夕立が降ると皆が集まるいつもの時間。
ああ、申し訳ないなあ……。
体調が悪いのに勇者様一人で行かせちゃった。
……うん、今度お詫びにお菓子でも作って持っていこう。
「どうしたナナセ。何か悩み事でもあるのか?まさか?恋ではなかろうな!!!パパは許さんぞ!恋など!!相手は誰だ?まあ相手が誰だろうと絶対殺すけどな!!例え神でも悪魔でも勇者でもな!!最強踵魔法で塵へと変えてくれるわ!!!!」
「もう、違うってば。そんなんじゃないよ」
ナナセは名残惜しそうに外の雨を見つめながら窓から離れ、父親の背を押すと、自分の席へと戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
――やはり、こんな時間になったか。
時刻はロンダー=ロメオン。
クランエは仕事が終わり宮廷を出た所だった。
それと同時に、リュートの音が聞こえてきた。
――ああ、ラッカ兄さんだ……。
一人で行かせてしまった。だが、遅くなったが、今から行ったらまだ間に合うかもしれない。
クランエは極楽酒場に置いてあるリュートを取りに雨の降る夜道を走る。
酒場へ入ると、ちょうど一席終えた一福が出迎えてくれた。
「これは師匠。お仕事終わったんですね」
「はい。なんとか間に合いそうです。ラッカ兄さんだけにやらせる訳にはいきませんからね。今から行ってきます」
一福と話しながらリュートを手に取ると、足早に酒場を後にしようとする。そんなクランエを一福が呼び止める。
「クランエ師匠。行かなくても、大丈夫ですよ」
「……一福様?」
クランエは一福が何を言っているのか分からなかった。行かなくても、大丈夫?
「その、大丈夫とは……」
「ええ、『だんじり狸』ですからね」
「『ダンジリダヌキ』ですか?」
「はい」
「…………」
クランエはまったく要領を得なかったが、なんとなく訊ねてみる。
「ひょとして、落語にそういうネタがあるのですか?」
一福は肯定の代わりに軽く微笑んだ 。
「『ダンジリダヌキ』ですか。それも、異世界落語にされるのですか?」
「いえ、そんな不粋な真似はしませんよ」
一福はゆっくりと首を横に振る。
「不粋、ですか?」
「ええ、演じる必要がないんです。ですから、こちらで『だんじり狸』を演じる事はないと、決めました」
一福は何故か嬉しそうに笑う。
その理由がクランエには分からない。
「一福様、本当に行かなくて、いいんですね?」
これだけは念を押さなくてはならない。
「ええ。行かなくて、大丈夫です」
「……分かりました」
クランエはその言葉を信用する事にした。
そして、一福が口を開く。
「なんとなく、分かってきました。この世界と、落語の関係性が。その、繋がりが。あたしがこの世界に来た意味が、ぼんやりとではありますが、分かってきたような気がします」
そう語る一福はとても優しい表情をしていた。
「ラッカ兄さんも、分かるでしょうか?」
クランエは何故だかそんな事を聞いてしまう。一福は軽く首を傾げた。
「さあ、どうでしょう?ですが……」
そして一福は窓から、雨の降る空を見上げると言った。
「今、雨が降っている空、この世界。あたし達が聞いている音楽。同じものをラッカ様も共有している。それだけは、事実ですよ……」
◇ ◇ ◇ ◇
ラッカはしとしと降る雨の音で目を覚ました。
「……あれ?今何時だ?」
横になったまま懐中時計を手にし、見てみると、ロンダー=ロメオンだった。
「やべえ!!」
思わず体を起こし、ベットから飛び降りる。が、体勢を崩し、そのまま床に転がってしまう。
『ハハハ!何してんだよラッカ』
オクラホマスタンピードの嘲笑が飛ぶ。
「うるせえな……体が重たいんだよ」
絶対勇者も風邪には勝てない。諦めた様に床に仰向けになる。
すると、微かに聞こえてくる、リュートの音。
「…………これは」
ラッカはその音を呆然と聞き、しばらくすると感極まった様に震え出した。表情がみるみる笑顔に変わり、寝転がったまま叫ぶ。
「いやあ……!持つべきものは友達だなあ!!」
心から二人に感謝した。
「クラとお嬢ちゃんだよ。用事があるって言ってたのに、来てくれたんだな。俺の具合が悪いから……」
ラッカは嬉しそうに寝転がったまま、天井を仰ぐ。
「いやあ、本当にありがたいなあ。だけど……参ったな、肝心の俺が、大寝坊しちまった」
ラッカは流石に申し訳ない気持ちになった。
「今から行っても間に合わないしなあ。悪いなあ。申し訳ないなあ……。うん、この埋め合わせはしっかりと後日するからな」
――だからクラにお嬢ちゃん。今日は悪いが、このまま休ませてもらうぜ。
心で謝罪し、ラッカは目を閉じる。
――そこで、ある事に気が付いた。
音が、違う。
「クラじゃねえ……。嬢ちゃんでも……ねえ?」
再び目を閉じて、リュートの音をしっかりと聴く。
「……うん。違う。違うな」
ラッカは確信した。
――あいつらにしては、上手過ぎるんだ。
だけど、一体誰がこんな殊勝な真似を。クランエはともかく、ナナセよりも上手いなんて、よっぽどのものである。
だがそこで、ラッカは楽観的な答えを出した。
「まあいっか。ここ最近は俺達がずっと誰かに聴かせてやってたんだ。たまには、聴き手に回ったって罰は当たらんだろうよ」
風邪で頭が回らないのもあったのだろう。ラッカは特にそれ以上考えず、何者かのリュートを楽しむ事にした。
「いやあ、それにしても上手いもんだ」
そのリュートの音色は弾むように生の喜びに満ち、色彩に富み、春の風の様に優しく頬を撫で、聴いているだけでとても愉快な気持ちになった。ラッカの顔にも、つい笑みがこぼれる。
そんなラッカを見て、オクラホマスタンピードが声を掛けた。
『おいおいラッカ、何をお前はリュート如きでそんなに――――泣いているんだよ』
その言葉にラッカは目を丸くする。
「は?何言ってんだよ。俺のどこが泣いてんだよ。完全に笑ってんじゃねえ…………」
ふと頬に触れると、そこには確かに濡れた感触があった――。
ラッカの両目から涙が溢れていた。次から次へと流れ出て、止まらない。
「……あれ?なんだよこれ……。へへへ、訳が分かんねえな」
何故自分は泣いているのだろうか。ラッカはつい笑ってしまう。笑うしかなかった。
「変だなあ。何がどうなってんだ。ひょっとして風邪か?うん、ステータス異常の所為だろうな」
何がどうなっているのだろうか。涙など、ここ数年流していなかったのに。
――最近の俺は、本当にどうにかしてる。
いよいよ自分はダメなのかもしれない。
そう思い、冷たい床に寝転がったまま、天井を見つめ、息を吐いた、その瞬間――。
「……あ」
――突然、思い出した。
そこは大平原。
ジツヒが放牧され、鳥が舞い、花が歌い、風がそよぐ。
ラッカは草原のベッドに気持ちよさそうに横になっている。
すぐ近くから、優しい音が聞こえてくる。
そう、それはある楽器の音色だった。
――ああ、そうだった。何で俺は忘れていたんだ……。
そして、あの時のピートの言葉。
「おい、ピート。俺ってさ、やっぱり世界を救わなくちゃだめなのかな」
「え?何で?」
ピートの柔らかい栗毛が風になびく。
「何でって……俺は勇者だろう?だから世界を救わなくちゃダメなんだよ」
「ふうん……」
気のない返事の後、ピートが口を開く。
「でも僕だって世界を救いたいと思っているよ。勇者じゃないけど」
「それは……お前が、救いようのない、お人好しだからだろうが」
そう言ってラッカはへへっと笑った。
それに対してピートは怒らず、あははと、何故か照れくさそうに笑った。
「そうさ、僕は勇者じゃない。だけど僕は――」
その後の言葉も、ラッカは鮮明に思い出した。
「僕は――この世界を愛しているから、ただ、失いたくないだけなんだ。それだけだよ」
――だからさ、「勇者」だから絶対に世界を救わなくちゃいけないラッカより、随分気が楽で済むんだ。
そう言って楽しそうに笑うピート。その手は、指は、器用に、嬉しそうに、旋律を奏でていた。
ピートが大好きで、いつも弾いていた楽器。
「ああ、懐かしいな、ピート……。なあ、俺は、世界を救えるかい?」
ラッカの問いに答える様に、優しいリュートの音が空に響く。
「…………」
ラッカは目を閉じる。
鳥が舞い、花が歌い、風がそよぐ、あの日の大平原に、ラッカはいた。
ラッカは自らの鬱積した気持ちがみるみる解放されていくのを感じた。
優しい笑顔を浮かべ、友に語りかける。
「ピート……そうだな。あの時聴いたお前のリュートは……そう、こんな風に自由で、綺麗だったよな……」
窓の外からは、雨が止むまで、その音色が響いていた。
おあとがよろしいようで。
次回、「ちりとてちん【ちりとてちん】」でお会いしましょう。




