MY FRIEND FOREVER【だんじり狸】①
ラッカは夢を見ていた。
そこは大平原。
ジツヒが放牧され、鳥が舞い、花が歌い、風がそよぐ。
ラッカは草原のベッドに気持ちよさそうに横になっている。
すぐ近くから、優しい音が聞こえてくる。
――あれ、一体何が聞こえているんだっけ?
考えるが、ラッカには分からない。
草に埋もれたまま、近くにいるピートに話しかける。何が聞こえたのかを訊ねようと思ったのだが、ラッカの口からはまったく関係ない言葉が放たれる。
「おい、ピート。俺ってさ、やっぱり世界を救わなくちゃだめなのかな」
「え?何で?」
ピートの柔らかい栗毛が風になびく。
「何でって……俺は勇者だろう?だから世界を救わなくちゃダメなんだよ」
「ふうん……」
気のない返事の後、ピートが口を開く。
「でも僕だって世界を救いたいと思っているよ。勇者じゃないけど」
「それは……お前が、救いようのない、お人好しだからだろうが」
そう言ってラッカはへへっと笑った。
それに対してピートは怒らず、あははと、何故か照れくさそうに笑った。
「そうさ、僕は勇者じゃない。だけど僕は――」
目を覚ますと、そこは大平原ではなくラッカの部屋だった。
懐かしい夢を見た。
いや、あれは夢ではない。あれは、ピートと冒険をしていた時の、実際の記憶だ。
だから思った通りに話せなかったのだろうか。夢とはもっと自由なものではなかったのか、とラッカは苦笑した。
あの頃が一番楽しかった。四年前、まだ今程魔族の侵攻が激しくなく、ラッカはピートと共に勇者として各地を回り、悪さを働くモンスターをちまちまと退治していた。
そして、夢に出てきたあの大平原でバジリスクから遊牧民達を救い、それからしばらく村に滞在した時は、本当にのんびり出来た。
ふかふかの草のベッドに横になっては怠惰な日々を過ごしたものだ。
――あれ、そう言えば、あの時何が聞こえていたんだっけなあ?
夢から覚めて考えても、ラッカは思い出せない。当然かもしれない。覚えていたのなら、夢の中でも鮮明だった筈だ。
そして、それはピートのあの言葉も同じである。
「僕は勇者じゃない。だけど僕は――――」
――あの後ピートは何て言ったんだっけ……。
自室の天井を眺めながら、ラッカはしばらくぼんやりと考え込んでいた。
初めてピートと出会った時の事をラッカは今でも覚えている。
預言師によって勇者と認定された時、ラッカは4歳であった。
ラッカの大抜擢に没落貴族シンサ一族の父と母は泣いて喜んだ。爵位を貰い、広い領地も手に入れた。一瞬で富も名誉も、欲しいものが全て手のひらに舞い込んできた。
――息子を差し出す代わりに。
父と母は迷う事はなかった。そしてラッカが宮廷に預けられてから、彼らが訪ねてくる事は一度もなかった。自分は捨てられたのだとラッカはすぐに理解した。
そして、ラッカには連日続く地獄の剣の修行が待っていた。
生まれてこの方、剣など触った事もなかった。
師匠はとにかく厳しかった。何度も泣き、何度も吐いた。血の滲む様な……ではなく、実際に何度も血を流した。
元々ラッカに隠された才能があったというお約束や、預言師のお告げにより未知の力がみるみる沸いてきて、1日で剣技が桁外れのレベルに上がる等という都合の良い奇跡など、一切起こらなかった。
勇者である責任は全てラッカ自身に委ねられていたのだ。
地道な努力と研鑚の日々。
勇者にならなければ、ラッカは存在してはいけなかった。
泣いても、誰も助けてくれなかった。
勇者なのだから、出来て当たりまえ。
出来ないのならば、勇者ではない。
「勇者」という言葉はラッカにとって「呪い」と同じだった。
修行の休憩中、宮廷内庭園のベンチに一人ポツンと座り、地面を見つめていた。
誰もがラッカを遠巻きに見るだけで、傍にはやってこない。
大人からは神の化身の様に扱われ、その身に余る重く大きな期待だけを背負わされる。
同年代の友達等、出来る筈もなかった。
何故自分だけがこんな目に合わなくてはならないのか。
そこまでしてならなくてはならない「勇者」とは、一体何なのだろうか。
そんな事ばかり考えていた。
そんなラッカにある日、一人の少年が話しかけてきた。
「ねえ、君そこで何をしてるの?」
目の前に立っていたのは優しい笑顔を浮かべた、見るからに育ちの良さそうな少年。
ラッカは突然声を掛けられた事に対して内心凄まじい驚きを感じたが、同時に反発感も覚えた。運命に翻弄され、親に裏切られ、彼の心は荒んでいたのだ。
「なんだよお前。馴れ馴れしく話しかけてくるんじゃねえよ」
「ああ、ごめんごめん。ええと……僕はピートって言うんだ」
的外れで能天気な返答に、ラッカは更に苛立ちを覚える。
「お前の名前なんか知るかよ。俺は、勇者だぞ……。あっちに行け」
完全なる拒絶。ラッカは極度の人間不信に陥っていた。だが、その言葉に対してもピートはお構いなしに、距離を詰めてくる。
「うん、知ってるよ。勇者って凄いね。ねえ君、僕と友達になろうよ」
「友達?」
会話が成立しない。コイツは一体何なんだ。ただのお人好しか、ただの馬鹿なのか。
……友達?今、友達と言ったのか?
「俺と……友達に?」
ラッカの弱々しい言葉の何倍も力強く頷いて、ピートは口を開いた。
「うん。だからさ、『勇者』は分かったから。早く君の名前を教えてくれないかな?」
ピートは当時の王宮騎士団長の息子で、家族と共に宮廷内に住んでいた。
ラッカがピートに心を許すのに時間は掛からなかった。一切トゲも毒もないピートの人柄にラッカは、意地を張る方が馬鹿らしい事に気が付いたのだ。
それからは何をするにもピートと一緒だった。共に勉強して、時に遊ぶ。勿論修行は辛く、死にそうだった。だが、生活はそれまでとは比べものにならない程楽しくなった。
たった一人の友の存在で、こうも変わるものなのか。
ラッカにとって、ピート=ブルースこそが青春そのものであった。
だが、そのピートももういない。死んでしまった。
やる気をなくし、全てがどうでもよくなった。
そう、ひょっとしたらラッカは今、あの頃の鬱屈した気持ちに戻っているのかもしれない。
――だから、旦那にあんな事を言ってしまったんだ。
◇ ◇ ◇ ◇
ラッカは今日も、城下町をブラブラと歩いていた。
最近はいつもこうである。近くを通りかかっても極楽酒場にはなかなか入りづらい。
自分の勝手な思いを押し付けて、一福に「救世主」たらんと迫る。まさにそれこそ自分が長年忌み嫌ってきた「勇者」のレッテルを貼る者達と同じではないか。
顔を合わせられる筈もない。
挙げ句には地面に転がされ……。
完敗だった。
何故あんな事を言ってしまったのだろうか。
あんな事、誰にも言った事がなかったのに。
多分、自分の人生を否定された様な気がしたから、だろう。
勇者として生きてきた人生を。自由に、飄々と、ヘラヘラと、好きな事を好きな様にしているスタンスを取ってはその実、周りに虚勢を張っているだけで、結局は預言師の、王宮の人間の引いた「勇者」というレールの上を抜け出せない自分を、見透かされた様な気がした。
それは勿論ただの被害妄想であり、結局ラッカは、好きな事を好きな様にやり、周囲の人間からも守ってもらっている一福を見て「ズルい」と思っただけなのだ。
――自分は「勇者」と銘打たれて散々苦労したのに「救世主」のハナシカ様は、悠々自適のラクゴ三昧ですか、と。自分にはもう、ピートもいないのに……。
「……ダサい。ダサ過ぎる」
まさに完全なる八つ当たり。
自己嫌悪に陥らない訳がなかった。
そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、路地を曲がった所で走ってきた子供とタイミング良くぶつかってしまった。
相手はドサッと勢いよく尻餅をつく。
「おいおい、気を付けろよ。前見て歩け」
ラッカはそう言って手を差し出すと、子供を立たせる。
4、5才くらいの、少年だった。
そこでラッカはその少年が知り合いである事に気が付いた。
「あれ?お前、レン坊じゃねえか」
「……ラッカおじちゃん?」
「おいおい、どうしたんだよレン坊。そのなりは」
レンの服は所々汚れ、破れている。身体には小さな傷も見受けられる。
「どっかで転んじまったのか?誰かに回復魔法かけさせようか?」
「…………」
ラッカの問いには一切答えず、レンは潤んだ瞳を向けると、こう言った。
「ラッカおじちゃん。うちの町にも、お化けいるよね?」




