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異世界落語  作者: 朱雀新吾
火属性魔法こわい【まんじゅうこわい】
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火属性魔法こわい【まんじゅうこわい】⑦

――何故だ。何故こちらの作戦が読まれていた。

 魔族の間者は動揺していた。こうなったのも、全て自分の読み違いの所為である。

 魔族軍は大打撃。このままでは、国王に合わす顔がない。

 せめて出し抜かれた参謀の命だけでも手土産にしなくては……。

 それは保身と、悔しさの入り混じった感情から出した答えであった。

 

 間者は屋根から弓を構えて、指揮を執っている参謀に狙いをつける。

 まさか城下町の中から攻撃されるとは思っていないだろう。

 ギリギリと弦を極限までに引き、後は放つのみ――。


「おっと、そこまでだぜ」


――その時、何者かに声をかけられた。


 間者と同じ屋根に、黒い大剣を肩に担いだ軽装の男が、ヘラヘラ笑いながら立っていた。

――絶対勇者ラッカ=シンサ。

「まあまあ、あいつを恨まないでやってくれよ。今回の絵を描いたのは、俺なんだからさ」

 世間話をするように軽い口調で語りかけてくるラッカ。

「不思議だろう?何で裏をかかれたのか。それは俺が最初からあんたを疑っていたからだよ……レンジャー隊副隊長レイニールさんよ」

 レイニールはその時、既に引き絞った弓をラッカに向け直し、睨んでいた。


 だがラッカはそんな事は一切気にせず話し続ける。


「いや、この前の無限ゴブリンの時に魔法使いが口を滑らせたのさ。『サイトピアの事はなんでも知っている。ラクゴの事もな』って。だから、軽ーく、ラクゴを聞きに来ているヤツを調べていたら、お前がいたってわけ。まあ、他にも怪しいヤツは何人かいたけど、同時にマークして交互に尾行したらすぐに分かったぜ。お前が路地に突然現れたワープゲートに飛び込んだのを見た時にな。マドカピア城への直通便ってか?」

――見られていたとは。

 周囲には気を配っていたつもりだが、まさか自分が疑われる事はあるまいという慢心がなかったとも言い切れない。レイニールは己の愚かさを呪った。

「お前が寝返ったのかそもそも始めから魔族側だったのかはどうでもいいとして、だな。まあ、犯人が分かった時点で、一計を練らしてもらったという訳さ」

――「火属性魔法こわい」作戦な、とラッカが嬉しそうに言う。

「お前はレンジャー隊の副隊長だから今回の作戦の詳細までは伝えられなかっただろうが、すぐに勘づいた筈だ。この作戦が『火属性魔法こわい』だってな。俺は『エターナル』でもラクゴとそのまま同じにやって成功させた。だから俺達が今回もラクゴ通りにやると思ったんだろう。それならお前は裏をかいてやろうと思う筈だ。だが、それがこちらの狙いだったのさ。裏の裏ってヤツ?知ってたか?人ってのは一度相手の裏をかいたと思ったら、視野が狭くなるんだぜ?ちなみにジンダ=スプリングは今回の作戦が失敗したとしてもその対応策を何十種類も用意していたけどな」

――てめえとは器が違うんだよ。

 そう、ラッカは笑いながら言い放った。


 その瞬間、レイニールの頭に一気に血が上る。

 完膚なきまでの敗北を突きつけられ、差を見せつけられ、怒りで頭がいっぱいになった。

 ラッカを睨みつけ、引き絞った弓の照準を合わせる。

――コイツ、殺してやる。

「おのれええええ!死ね!!ラッカ=シンサあああああ!!」

「遅いよ」

 矢を放った次の瞬間、ラッカはレイニールの背後にいた。

「じゃあな、レイニール」

 ラッカは魔剣を横一文字に薙ぎ払い、レイニールは絶命した。



 ◇  ◇  ◇  ◇


 戦いが終わり、ジンダ=スプリングに間者を始末した事を告げると、ラッカは家に帰った。

 

 既に辺りは薄暗くなっており、夜の訪れを告げていた。

 その薄暗い中、ラッカは家の前に誰かが立っている事に気が付いた。

 そして、その人物が誰なのかを認めると、流石の彼でも驚いた。

 そこには楽々亭一福が立っていたのだ。

「これはイップクの旦那。どうしたんだよ。珍しい」

 ラッカは笑顔で一福に近づく。一方、一福は神妙な表情で軽く会釈をするのみである。

「俺を待っていたのかい?どうだい。立ち話もなんだから、ちょっと上がっていくかい?」

「イヘブコ先生に聞きましたよ」

 ラッカの言葉を無視し、一福は話を始める。

「貴方が台本の筋を変えたのだと。元々『まんじゅうこわい』と同じく、食べ物の話だったそうですね。『ヤッピーノこわい』という」

「…………」

「少々、普段のイヘブコ先生の傾向とは違う噺でしたので、気にはなっていたのですが、そういう事だったのですね」

 一福の言う通りであった。ラッカが宮廷でイヘブコに会った時、台本は「ヤッピーノこわい」であり、ヤッピーノを怖がる友人の家にヤッピーノを投げ入れる、いわば「まんじゅうこわい」のターミナル翻訳版であった。それをラッカはイヘブコに強く言って「火属性魔法こわい」に変えさせたのである。

「何の為に変えたのですか?戦の為ですか?魔族を出し抜く為ですか?」

 一福の追求にラッカはへへ、と軽薄そうに笑う。

「そうだとしたら、何か問題はあるかい?火属性魔法の方が、ヤッピーノよりも良かっただろう?面白くなったんだから、何の問題もねえんじゃねえの。旦那のラクゴは受ける。俺達は魔族を出し抜ける。ほら、お互い様の良いとこづくしじゃねえかよ」

 そのラッカの言葉に一福は頷きもせず、ただ薄い微笑みを浮かべるだけである。

「『アマテラス』や『エターナル』では実際『落語が戦の手段になる』という事にはピンときませんでしたが。今回の件でよく分かりました。……なるほど、こんな気持ちになるのですね。戦で使う事を前提として作られた落語を、私は演じていたという訳ですか……」

「なんだよ、何か文句あるのかよ。文句があるなら言ってみろよ」

 ラッカの突き放した言い方に、一福は寂しそうに答える。

「ラッカ様。貴方には分かりますか。戦いの為に作られた落語を演じる気持ちが……」

 その言葉をラッカは鼻で笑い飛ばす。

「へん、俺はイカれた預言者に『絶対勇者』だと告げられた時からずっとそんな気分だよ。他人から押し付けられた『勇者様』になる為に、血反吐を吐いてきたんだ。預言されたからってな、周りは皆俺が『勇者を約束された』ぐらいに思ってやがるだろうがな。違うんだよ。全然違う。俺は絶対『勇者』になるしかなかった。それをしくじったら、俺は生きている意味がないというレッテルを貼られたんだよ。努力しても、どれだけ頑張っても当たり前。『勇者』だから当たり前なんだよ。誰も俺を認めてくれやしない……。それが、あんたと……『救世主』と、何が違うってんだよ。何で俺ばっかり不自由してんだよ。ズルいよ……あんた」

 いつの間にかラッカの口元からは笑みが消えていた。そしてその口からは本音が次々に溢れ出る。それはこの世界の誰にも語った事のない、言葉だった。

「そうだよ……一体何が違うんだ。俺だって『勇者』として、縛られて、絞られて、利用されてきたんじゃねえかよ。あんただって『救世主』なんだったら、利用されろよ。搾取されろよ!何を自由な顔で好きな事を楽しそうにやってんだよ!俺と一体何が違うんだ!なあおい!答えろよ!『勇者』と『救世主』何が違うんだ!!」

 ラッカの悲鳴の様な叫びに、一福は困った様に微笑むと、とても優しい口調で答えた。

「はじめから同じではないのですよ。貴方はラッカ=シンサ様で、あたしは楽々亭一福なのですから。『何が違う』のではありません。元々『何もかもが違う』のです」

 その人を煙に巻くような言葉に、ラッカは強烈な怒りを覚えた。

 

 勢いよく一福の胸ぐらを掴み、叫ぶ。

「お前に……俺の何が分かる!!」


 そして次の瞬間、気が付くとラッカは地面に寝転がり、空を見上げていた。

「……………な」


 自分が一福に投げられたと理解するのに、しばらくかかった。

 そんなラッカを覗き込み、一福が言う。


「もう一度言います。貴方はラッカ=シンサ様。私は楽々亭一福。『勇者』や『救世主』等というただの言葉に縛られては、いけません」

 なんて、言葉を生業とするあたしが言っても説得力がありませんね……。それでは、風邪を引かれませんように……。

 それだけ告げると、一福は去っていった。

 

 ラッカは空を見上げたまま呆然とし、そのまま立ち上がる事が出来なかった。


 どれだけ時間が経ったのだろうか。誰かが通りかかり、ラッカに声をかけてきた。

「あれ?勇者様、何しているんですか、そんな所で寝っ転がって……」

 声で判断出来た。ナナセである。

「いやあ、本当に……何してんだろうな俺は。まったく……」

 誰に言うでもなく、ラッカは乾いた笑いと共に呟く。

「ほら、早く立って下さいよ。そんな所で寝てたら風邪を引きますよ」

「ああ、分かったよ。それにしても、ああ、怖いもんだな……」

「怖い?サイトピアの絶対勇者様が、何を怖がると言うんですか?」

 

 ラッカは星一つない、闇一色の空を見上げたまま、呟いた。

「決まってる。怒ったハナシカだよ」



おあとがよろしいようで。

次回「MY FRIEND FOREVER【だんじり狸】」でお会いしましょう。

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