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異世界落語  作者: 朱雀新吾
火属性魔法こわい【まんじゅうこわい】
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火属性魔法こわい【まんじゅうこわい】④

 一福の新作「火属性魔法こわい」は大盛況だった。

 ネタが終わってすぐ、酒場では「俺は酒が怖い。誰も酒を俺に奢るなよ。いいか、絶対に奢るなよ」と言って笑いを誘うドワーフや「私は魔導書が怖い……」と言う魔法使い達で賑わっていた。


 ジンダ=スプリングも大絶賛であった。

 観ている間の表情こそ変わらなかったが、時折「ほお……」だとか「なるほど……よく考えられているな」などと呟いていたのをラッカは耳にした。 

 その反応は普段のジンダ=スプリングを知っている者が見ると衝撃を受けてひっくり返ってしまいそうな程の好反応である。

「いやはやたいしたもんだ。ラッカ、彼を俺に紹介してくれ。是非握手をしたい」

 そして、一度認めた相手に対してはその距離を一気に詰めてくる男であった。

 ラッカは喜んで一福を紹介し、一福も笑顔一つ見せないジンダ=スプリングを訝しむ事なくにこやかに礼を言い、自然に、楽しそうに会話をしていた。

 ジンダ=スプリングがこんなに楽しそうな表情(実際表情は殆ど変わっていないのだが)を見せるのはいつぶりだろうか、とラッカは考えた。

 ああ、そうだ。

 まだジンダ=スプリングが冒険者だった時、協力してクエストに挑戦していた途中、ピートが底なし沼に落ちてゆっくり沈んでいくのを、二人で握り飯を食べながら眺めていた、あの時見せたなんとも愉快そうな顔。あれ以来だった。


 その瞬間、凄まじく懐かしい感覚がラッカを襲ったが、直ぐに心の奥底に閉じ込めた。


 ふと奥の席を見ると、レイニールは既にいなかった。


 帰り道、ラッカはジンダ=スプリングにとある相談を持ちかけた。

「なあ、さっきのラクゴだけどよ、今度の作戦で使えると思わねえ?」


 ◇  ◇  ◇  ◇


――数日後、サイトピア国宮廷会議室――


 大臣、大司祭を始め、王宮騎士団、王宮魔法隊、王宮レンジャー隊、エルフ・ドワーフ同盟隊等、戦に関わる組織のトップがそこには勢揃いしていた。


 まず始めに大臣が口を開く。

「皆に集まってもらったのは他でもない。知っての通り、近く魔族がサイトピアへの直接侵攻を企てておるという情報が入った。対策を練らねばと考えておったのだが、参謀のジンダ=スプリングから良い計略があるとの事」

「ええ」

 そう答えると、ジンダ=スプリングは無表情で立ち上がり、大臣から進行を引き継いだ。

「作戦は『火属性魔法こわい』だ」

 その作戦名に、その場にいる面々が顔を見合わせる。

「我々サイトピアの民が、火属性魔法を怖がっているという噂を巷で流して欲しい。難しい事はなにもない。『今サイトピアに火攻めをされると、たまったもんではない』という事だけで構わない。『家に火がつくと困る。直ぐに飛び火して、城下は壊滅状態になるだろう』『そもそもサイトピアの住民は遥か昔から火に対する畏れが人一倍あり……』等々。その様な噂をまことしやかに流して欲しい」

「ジンダ=スプリングよ。何故そんな事をするのじゃ」

 落語を知らない大臣には、全く理由が分からない。ジンダ=スプリングは一つ頷くと、説明を始めた。

「ラッカの情報によると、魔族の間者がサイトピアに侵入しているらしい。それを逆手に取って、こちらの都合の良い、嘘の情報を流す。我々が神経質なまでに火を怖れているという情報をな。魔族は良い情報を得たとばかりに、火属性魔法で攻めてくる事だろう」

「それはそうだろうな。こちらの弱点が相手には分かっているのだから」

 王宮騎士団長のカンエが大仰に頷き、相槌を打つ。

「それに備えてこちらは火属性魔法の耐性。つまり火属性障壁で、魔族を迎え撃つ」

 火属性障壁とは、火を蓄える事が出来る大きな魔法の盾である。水属性障壁なら水を、土属性障壁なら土を吸収する事が可能だ。蓄えたエネルギーはMP回復アイテムや巻物等の魔法アイテムへと変換される。敵の攻撃を防げる上に、利益にもなる便利な代物だ。

 但し、リスクもある。障壁は少し大きめの盾に魔法を込めて作るのだが、完成させるまでに少なくとも三日はかかるのである。そして、その効果も同じく三日しか持ちはしない。盾が壊れる事はないが、再び魔法の込め直しとなる。

 なので、基本的には要人警備で全ての障壁を一つずつ用意する等の使用法が主であり、規模の大きな戦闘では、あまり使用される事がなかった。

 だが、もし今回の作戦通りに、相手がどの属性攻撃で攻めてくるかが分かっていれば、強力な戦力となる。

 魔族の大群が放つ火属性魔法なら、巻物千個は下らないだろう。

 無論、上手くいけばの話であるが。


「なるほどのう……」

 ジンダ=スプリングの話を聞き、大司祭がゆっくりと頷く。

「敵の間者を逆に利用して、選択肢を一つにするわけじゃな。参謀殿。良く、考えたものじゃわい」

「いや、これはそもそもはラッカの考えです」

 表情を変えずに謙遜するジンダ=スプリング。

「この作戦に関してはその特殊性を鑑みて詳細は下の者には話さないように頼む。真相を知るのは今ここにいる人間、つまり団長、隊長格までとする。どれだけ信頼出来たとしても、副長以下に話す事を禁じる。その旨を守り、なんとか上手く、噂を流す様に誘導してくれ」

「むう……だが、大丈夫か?そんな小細工をして。上手くいくとは限らんぞ」

 カンエが訝しげに言う。そもそもこの様な回りくどい計略等を嫌う性質である。それとなく下の者に噂を流させる自信もない。

 ジンダ=スプリングがカンエに答えようとする前に、チョウカが割って入った。

「全ての責任は参謀殿が取ると仰られております。

私も彼の策なら信用出来ます。すぐに魔法隊に火属性障壁の準備に取りかからせましょう。無論、内密に。なあに、近々水の民の要人警護が入っているとでも言えば、疑われる事はないでしょう」

「ああ、チョウカ殿。宜しく頼む。そういうわけだ。カンエ殿、俺に任せてくれないか」

 そう言ってジンダ=スプリングはカンエをジッと見つめた。

「まあ、お主の手腕には今まで騎士団も何度も救われておるからの。だが、ラッカの発案というのがどうにも……。いや、言うのはよそう。男らしくない。分かった。この命、参謀殿に預けよう」

「かたじけない」

 それからジンダ=スプリングは各部署への細かい対応を要請する。

「まず、警備兵には火の見回りの回数を現行の3倍以上にしてもらいたい。そして、火の不始末があった場合などは普段よりもヒステリックに対応するよう、民と兵の罰則を強め、誘導するのだ。次に呪い師。国民の百人に一人に、サイトピアが火攻めにあい、焼け落ちるという夢を見せて欲しい。危機感を煽り、その人物は自然と回りに不吉な吹聴をしてくれる事だろう。魔法隊には先程も言った通り、火属性障壁の準備を。これに関しては危機感に煽られたというよりかは、隠密性を重視してもらいたい。魔族に我々が対策を練っていると勘づかせては元も子もないからな。そうだな。表向きには水魔法障壁のカバーをかけて、中身は火属性障壁にしておく等。誰かが夜中に倉庫に忍び込んだとしてもバレないようにしておいてくれたらいい。騎士団は、まあカンエ殿は嘘をつけないだろうから、日頃と変わらず鍛練を重ねてくれ。我々が流した噂に民や兵士が予想以上に動揺するかもしれん。その中でも騎士団だけは揺るがない土台となって、国を支えてくれ」

 各々に的確な指示を与えていく。

 発案はラッカだが、その思い付きを現実に変える驚異的な頭脳をジンダ=スプリングは持っていた。それが、齢三十という若さで参謀長官にまで登り詰めた理由であった。

「天才参謀ジンダ=スプリング」の名は遥か魔大陸にまで渡り、響いていた。

「では、直ちに作戦を実行する。何度も言うがくれぐれも内密に頼む」


 そうして、それから三日も経たない内に、巷には火を怖れる風潮が生まれていた。


 魔族が攻めてきたのは、ちょうどそれから二日後の事である。


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