火属性魔法こわい【まんじゅうこわい】①
サイトピア国エルフドワーフ特別同盟部隊仲介役のイヘブコは、身の丈に合わないマントを床に垂らしながら、宮廷の長い廊下を歩いていた。
その手には紙の束が握られている。噺家、楽々亭一福の為に書かれた、異世界落語の台本である。
「よう、イヘブコじゃねえかよ。久しぶりだな」
後ろから声をかけられ、イヘブコは振り返る。
するとそこには勇者ラッカがお得意のにやけ顔で立っていた。
「ああ、これはラッカ様。お久しぶりです」
マントを翻し、恭しく会釈をするイヘブコ。
「へん、すっかり宮廷野郎が板についてきやがったな。生意気だぜこのこのこの……」
そう言ってラッカは徐にイヘブコにヘッドロックをかける。
「痛い痛い、やめて下さいよラッカ様」
苦しそうに暴れるイヘブコ。だが相手は人外の力を持つ勇者。逃れる事は不可能だった。手をジタバタさせる事しか出来ないイヘブコ。その時、ラッカは彼が手に持っている紙に気がついた。
「おう、イヘブコ。これは一体何なんだよ」
「ああ、これは一福様へお渡しする落語の台本です」
正直に答えるイヘブコ。元々、異世界落語を作るという仕事自体、ラッカからの斡旋であった。今ではイヘブコ自身がやりがいを感じて、仲介役の丁度良い気分転換となっていた。
「ラクゴの?へえ……次はどんな話なんだい?」
「はい、ベースは一福様の世界の『まんじゅうこわい』というお話です」
「マンジュウ?どんな話だよ?」
「それはですね……」
ぴんとこないラッカに、イヘブコは得意顔で説明を始める。
「若い衆が皆で怖いもの、苦手なものを言い合っている時に、まんじゅうが怖いという者が出てきまして……」
『おいおい、そもそもさっきから出てくる、そのマンジュウってのは何なんだよベコ!』
そこで突然、ラッカが背中に帯びている黒い大剣が口を開いた。
「あ、これはオクラホマスタンピードの旦那……ど、どうも」
イヘブコが急におどおどし始める。オクラホマスタンピードに酷い目にあわされた時の事を思い出したのだろう。それを見てラッカはおかしそうに笑う。
「へん、さしずめお前は『オクラこわい』だな。で、マンジュウってのは?何なのよ」
「ええ、マンジュウというのは、異世界にある、甘いお菓子の事です」
「へえ、お菓子の名前か。こっちでいう『ヤッピーノ』みたいなもんか」
それを聞くとイヘブコは嬉しそうに頷いた。
「へえ、まさしくその通りなんです。『ヤッピーノ』ですよね。いやあ、ラッカ様からそう言って頂くと何だか嬉しいですね。自信が出てきます。ああ、いや、これはこっちの話なんですがね。で、落語の続きですが、お菓子が怖いだなんて言うその男を、周りの者達が一つからかってやろうと、それぞれまんじゅうを持ち寄りまして、その男の家に投げ入れて怖がらせる、という至ってシンプルなお話です」
「ふうん……。マンジュウが怖いって言ってるのに、随分と酷い事をするもんだね」
「いえいえ、それがまたそのまんじゅうが怖いと言う男が一枚上手でして……」
そういってニヤリと笑うイヘブコ。
「へえ、そうなのか。ちょっとイヘブコ、その台本見せてくれよ」
俄然興味が湧いたラッカは、イヘブコに向かって手を差し出した。
「ああ、いいですよ」
イヘブコも気軽に台本を渡す。
「どれ……」
ラッカはペラペラと紙をめくり、台本を読み始めた。
「へえ、なるほど……ああ、そうなるのか。……でもイヘブコ。ここはよう、こうした方が……」
「はあ……ああ、そうですね。なるほどなるほど」
「でさ、ここはもっと、こうして……」
「ふんふん……ふむふむ……」




