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異世界落語  作者: 朱雀新吾
クロノ・チンチローネ【時うどん】
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クロノ・チンチローネ【時うどん】③

「それではダマヤ様、先程執務室でお渡しした輪倶(リング)を腕にお嵌め下さい」

 視聴室へ入るとクランエはダマヤにそう促した。ダマヤはその言葉に従い、輪倶(リング)を腕に嵌める。

 装備したのを認め、クランエは言葉を続ける。

「ダマヤ様が今装備されました召喚輪倶(サモナイトリング)。それを用いて、異世界より救世主を召喚します」

「ああ、それは分かっている。で、具体的にはどうすればよいのだ」 

 ダマヤは輪倶(リング)をクランエの眼前に掲げた。

「使用条件は至って簡単です。召喚したい対象の前で、手を連続して叩きますと魔法が発動して、異世界より対象が召喚されます」

「手を連続して叩く。なんと、それだけでよいのか?」

「ええ、その通りです」

 あまりにも簡単な方法でダマヤは拍子抜けした。てっきり気が遠くなる程の長い呪文の詠唱を求められると思っていたからだ。

「元々ターミナルでは似顔絵等を使って、遠方にいる人間を移動させる為の手段で用いるものなのですが、今回はその手法を『異世界映像端末テレビジョン』に応用させるという訳です。当然、それは普通の輪倶(リング)とは違う素材ですし、通常の100倍以上の魔力を注入しております」

「なるほど。分かった」

「それで、これが重要なのですが、それは一度使用されますと、再び輪倶(リング)に魔法を込めなくてはなりませぬ。その期間は10年です。つまり失敗されますと、次の召喚までに10年かかると。ダマヤ様、それだけはゆめゆめお忘れにならない様に」

「分かっている。つまり、失敗は許されないという事だろう」

 ダマヤの言葉にクランエは大きく頷いた。

「その通りでございます。10年も待っていますと、我が国サイトピアは魔族の侵攻により滅亡、ターミナルは闇へと落ちるでしょう」

 自らの責で、世界が滅びる。そう思うと、ダマヤの気持ちは一遍に引き締まった。

 全てはダマヤと、目の前に置かれている「異世界映像端末(テレビジョン)」にかかっているのだ。


 光の国サイトピアに代々伝わる、異世界とターミナルを繋ぐ唯一の扉。それが「異世界映像端末(テレビジョン)」である。

 100年前、サイトピアの一人の召喚士が今回と同じ様に、異世界より救世主を召喚しようと試みた事があった。

 結果だけを簡潔に述べるならば、救世主は召喚されなかった。

 だが、その代わりに異世界の映像が浮かび上がる箱、「異世界映像端末(テレビジョン)」がこの世界に召喚された。

異世界映像端末(テレビジョン)」はただ一つの異世界映像(チャンネル)だけが流れる様になっており、研究の結果、それは異世界にある小さな島国日本(ニッポン)という国の国営放送(NHK)である事が、判明した。

 更に驚くべき事に、ターミナルと日本(ニッポン)とは、使用する言語がほぼ同じなのである。

 それこそが、ターミナルと異世界の日本(ニッポン)とが、異世界映像端末(テレビジョン)を介して繋がっている理由ではないかと歴代視聴者(ウォッチャー)は分析している。

 異世界の中の異国、つまりは『アメリカ(アメリカ合衆国)』や『(グレート)(ブリテン)(及び北アイル)(ランド連合王国)』ではなく、召喚されたのが『日本(ジャパン)』なのには、その様な理由があるのではないかと結論付けた。言語という共通点から別次元でありながら、電波がリンクしているのだと。

 そして、その異世界の文化を観察する事が視聴者ウォッチャーの任務である。

 100年前のサイトピア王、ヘンリネス=ポピンチョフ13世が設けた役職。王宮視聴者ロイヤルウォッチャーの誕生である。

 ダマヤは視聴者(ウォッチャー)歴30年。4代目で、今年で50歳となる。大視聴者ヘビーウォッチャーとも呼ばれる。

 これだけの大任、世界の命運を任されるのは、視聴者(ウォッチャー)史上初である事は言うまでもなかった。


「さあ、長丁場になるだろう。クランエよ、床へ腰掛けるのだ」

「はい」

 そうして二人は視聴室の床に座る。

「ターミナルの神々、精霊の御加護の元……そして、異世界の神よ。庇護の光を我らターミナルの民にも与えたまえ……その神聖なる映像を閲覧する無礼をお許し下さい……」

 ダマヤは、いつもの様に異世界の神に対する祈りを、きっかり15分捧げた。

「ダマヤ様、その祈りは、絶対に欠かしてはいけないのですね?」

「その通りだ。『視聴者ウォッチャーの一日は祈りに始まり祈りに終わる』と言われておる」

 視聴者(ウォッチャー)の修行は、まず始めの半年で祈りを身体に叩きこむ事から始まる。一言一句間違えてはならない。時間もきっかり15分でなくてはならない。

 いつか、ダマヤはうっかりして祈りを捧げずに発動ボタンを押してしまったことがあった。すぐにその事に気が付き、祈りを捧げ直したが、その日は一日中、食欲がなくなったり、頭痛がする事も、雷が頭上に落ちてくる事もなく、過ぎてしまえば何ら問題のない一日だったのだが、それはすぐに「異世界映像端末(テレビジョン)」を消して祈りを捧げ直したお陰であり、そうでなかったならば、全身から血が噴き出て、絶命していただろう、とダマヤはそこはかとなく確信している。

「つまりダマヤ様、それは過去に全身から血が噴き出て絶命した方がいらっしゃるという事ですね?」

「いや、そのような記録は残されておらん」

「……でしたら……大丈夫なのでは?」

「大丈夫かもしれないが、万が一、もしも、死んだら……嫌ではないか。ちょっと気を失うとかじゃないぞ。死ぬんだぞ?私が死んだらお前どうする?お前が生き返らせてくれるのか?」

「いえ……まあ、はい。スイマセンでした」

 なかなかの剣幕のダマヤに、クランエは素直に頭を下げる事しか出来なかった。

「構わん。私もお主ぐらいの歳の頃に、先代に同じ事を言って叱られたものだ。若さとは、良いものだ」

 ダマヤはそう言うと、優しく微笑んだ。


「祈りも済ませた。では、発動させるぞ」

「はい」

 ダマヤは視聴者(ウォッチャー)だけに押す事の許された「異世界映像端末(テレビジョン)」の枠端にある発動ボタンを、ゆっくりと、左手の薬指(これもしきたりである。破って他の指で押した場合、とても怖い事が起きると云われている訳ではないが、ダマヤは怖いと思っている)で押す。

 すると、ブン――という神聖で威厳に満ちた音を上げ、箱に映像が映し出された。

「おお……」

 思わずクランエは感嘆の声を上げる。

 この映像はターミナルでも、選ばれた数人しか目にする事が出来ない。国宝の中の国宝である。

 クランエの眼はみるみる潤み、直ぐに涙が溢れてきた。無理もない。異世界の文明は、ターミナルのそれとは、まったく異なるのだ。

「ダマヤ様。私は生まれて初めて『異世界映像端末(テレビジョン)』を視聴しましたが、涙が止まりません。何ですか、このクリア(透明感に溢れて)鮮明なビジョン(本物の様な映像)は」

「ああ、私も最初はお主と同じであった。感激のあまり、涙してな。先代に叱られたものじゃ『涙で眼を曇らせてはならん。何の為の視聴者(ウォッチャー)じゃ』とな」

 ダマヤはクランエを懐かしそうに眺めながら、優しく微笑んだ。

「ダマヤ様。ですがこれは一体、何をやっておられるのでしょう。ただただ玉が転がっている映像が流れているのですが……」

「ああ、これは『ピ○ゴラスイッチ』と言ってな、玉を転がす番組なのだよ」

「玉を転がす番組、ですか?ただ、玉を転がすだけなのですか?」

「ああ、そうだ。この番組が始まって10年と少しだが、玉を転がさない日等、一日たりともない」

「10年間玉を転がし続ける……さては何か、呪いの儀式の一種でしょうか?」

 クランエの問いに、ダマヤは力強く頷いた。同時に、クランエの聡明さに感銘を受ける。

――流石は天才召喚士。このダマヤが10年かけて気が付いた事実に、この一瞬だけで至るとは。歳は取りたくないものだ。

「そうであろうな。国王には報告しておる。まもなく15年故、何かが起こるやも、と。ともすればこの度のターミナルの危機にも関係しておるかもしれん」

「はあ。異世界とは恐ろしいものですね。発動した瞬間にその様な禍々しい番組に繋がるとは。このクランエ、肝が冷えました」

 その様なものに一瞬で心を奪われた自身に恥じ入る様に、クランエは俯く。

「まあそう言うでないクランエよ。恐ろしいだけではないぞ。この箱にはありとあらゆる至宝の情報が詰まっておる。『日本語であ○ぼう』では異世界の文化と言語を。『クッキンアイドルアイ!マイ!ま○ん』で異世界の料理を。『おじゃる○』で異世界の主従関係を。『忍た○乱太郎』で異世界の戦闘について学ぶ事が出来る。この『異世界映像端末(テレビジョン)』には、異世界の全てが詰まっておるのだ。不気味で恐いのは玉を転がしているアレだけだ。まあ後は、『ストレッチ○ン』も不気味で恐いがな」

 そう言って笑うダマヤを、クランエは眩しそうに見つめる。

「いやはや、ダマヤ様は素晴らしい異世界の知識をお持ちで。このクランエ、感服いたしました。これならば、異世界より最善の救世主を呼び出す事も容易でしょう」

 クランエのその表情は絶大なる期待をダマヤに寄せていた。


――さて、そう簡単にいけば良いのだが。

 ダマヤの脳裏には、一抹の不安がよぎっていた。



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