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異世界落語  作者: 朱雀新吾
アマテラス【平林】
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アマテラス【平林】④

 今日も極楽酒場は大賑わい。

 ご存知、楽々亭一福の異世界落語が始まろうとしていた。昼の部「アマテラス」夜の部「エターナル」。その昼の部である。


「えー、皆さん。人には誰だって間違いがあります。言い間違い、聞き間違い、書き間違い、見間違い。特にこの昼の部のお客さんはローブを着ている方が多く、魔法使いの方が多いようですので、その様な間違いをしてしまうと大変な事になるでしょう。まあ、なんでもこちらの世界の呪文というのは特に正確である必要はないみたいですが、やはりきちんと言えるに越した事はない訳でして……」


 一福が扇子でトンと、地面を叩く。

 その瞬間――世界が、変わる。


『師匠!師匠』

 エルフの少女がドンドンと扉を叩く。

『なんじゃなんじゃ』

 眠たそうに出てきたのはハイエルフの師匠である。

『師匠!私早く立派な魔法使いになりたいんです!魔法を教えて下さい!』

 師匠は面倒臭い表情を隠そうともせずに少女に答える。

『魔法なら昨日教えただろうが。「フンババ」を……』

『「フンババ」なら昨日完全にマスターしましたよ!!』


「フンババ」という単語が登場した時点で、会場の魔法使いは全員腹を抱えて笑っていた。誰一人欠かさず、全員である。

「フンババ」とはフィールド上の馬の糞を探し出し、金色に輝かせる魔法である。毎年「魔法使いが選ぶ、無いなら無くても良いけど、忘年会で盛り上がる魔法ベスト10」にノミネートされる愉快な魔法であった。

 このネタは完全に魔法使いのツボに入り、ヒーヒー笑っている魔導師クラスの老人の背中を弟子が擦っていた。掴みは最高の状態である。


『よし、それなら次は「フンババ」の上位版魔法「ブンバボン」を……』

『「ブンバボン」なんて覚えたくないです!馬の糞が輝きながら回転して空を飛んでいく魔法なんて、誰が得するんですか!』

『何を、「ブンバボン」を馬鹿にするなよ。農家の方の畑に飛ばしたら本当に喜ばれるんだから……』

『そんな事どうだっていいんですよ!もっと戦闘で使えるような、格好良い魔法を覚えたいと言っているんです!』

 少女の剣幕に師匠は少々気圧され、観念した様に手を上げると言った。

『分かった分かった。じゃあ「アマテラス」でも教えようかね』

『あ、良いですね!「アマテラス」。格好良いです!』

「アマテラス」はターミナルでも有名な光魔法で、そんなに難しくない基礎魔法の一つである。光を使った攻撃魔法で、スライム程度なら一発で、ゴブリンなら三発といった所だ。

『ようし。では今からワシがメモを書いてやるからな。どこか人のいない所で練習してくるんだぞ。いいな』

『はい!』

『よし、では書いておくぞ。「ウミテラス ソラテラス ヤマテラス アマテラス」と……』

 スラスラと紙に筆を走らせる師匠。書き終えると、弟子の少女にその紙を差し出す。

『さあ、ここに書いておいたからな。まずは一人で修行するのじゃ。よいな』

『はい。それでは師匠、出かけてきます!』

 エルフの少女は嬉しそうに紙を握りしめ、嬉々として去っていった。

 残った師匠はため息をつき、独りごちる。

『……やれやれ、あやつを弟子にしたは良いが、なんとも勉強熱心で参ったものだ。ワシは面倒がごめんだから魔法を覚えたのに。移動が面倒だから空を飛ぶ魔法を、寒いから火の魔法を、暑いから風の魔法を、世の中の魔法使いの大半が皆ワシと同じじゃ。これは嘘ではない。魔法使いとはそういうヤツ等しかいないといっても過言ではない。さあて、邪魔者もいなくなった事だし……酒飲んで屁こいて寝よ』


 鼻をほじりながら大あくびをする師匠を見て、客の魔法使いが爆笑する。聡明な魔法使い達は一福の言葉が中傷ではなく、自分達に対しての揶揄であり、冗句である事をしっかりと理解しているので、怒りはしない。


 さて、嬉々として師匠の家を飛び出したエルフの少女。

『やったあ、新しい魔法だ。嬉しいなあ。ようし、河原で練習してやるぞ』

 歩きながら握りしめた紙を広げてみる。そこで少女はあっと声を上げた。

『もう、汚い紙だなあ師匠。読めたもんじゃないよ』

 紙がふやけ、字が滲んでいた。実はそれは少女がぎゅっと握りしめていた所為なのではあるが。

『まあいいや、誰かに聞いてみようっと。あ、そこにいるのは道具屋のおじさん。スイマセン、道具屋のおじさん』

 少女が声をかけると、中年男性が振り返る。

『うん?おお……なんだい、誰かと思ったらお前さんかい』

『おじさん。こんにちわ』

『ああ、こんにちわ。今日はどうしたんだい。魔法の練習はいいのかい?』

 道具屋のおやじは少女に優しく問いかける。

『うん、師匠から呪文が書かれたメモをもらってきたの!だから今から河原で練習するんだ』

『まったく、あの飲んだくれは……腕は良いのに、魔法使いってのはどうにも変わり者が多いからな』

 そう言ってあきれ果てる。

『でねおじさん。この紙に、何て書いてあるのか読んで欲しいんだけど』

『どれどれ、おじさんに貸してごらん……ううん、確かに読みにくいけど……ああ、分かったぞ』

『ええ、何て書いてあるの?』


「えー、ちなみに実際は『ウミテラス ソラテラス ヤマテラス アマテラス』と書いてあります。ですが字が滲んでおりまして道具屋のおやじには別の様に読めたみたいです。モノの見方といいますのは、月がウサギに見えたり、女性の横顔に見えたりと、人によって千差万別ですから」


 道具屋の店長は、自信満々に答えた。

『これは「ワシテラス ソラテラス ヤマカラス ハゲチラカス」と書いてあるのだな。うん』

『「ワシテラス ソラテラス ヤマカラス ハゲチラカス」?どういう意味?』

 少女が訳が分からず訊ねると、道具屋のおやじは自信満々に答えた。

『「ワシテラス」。ワシと言うぐらいだからな。まあ、それ相応の年を取ったヤツで、ハゲているんだろう。「ワシ照らす」だな。ハハハ』

 そう言って道具屋のおやじは一人称が「ワシ」の人間全員を敵に回す様な発言をした。

『次に「ソラテラス」とあるが、「空照らす」だな。空を照らすんだぞ、という気概だな。世界をもワシのハゲ頭で照らしちゃうぞ。みたいなノリだな。なんだコイツ、陽気なハゲで結構じゃないか。ははは、前向きな気持ちでハゲているヤツは実に清々しい』

 続いてハゲに対するフォローなのか追い打ちなのか分からない事を言う。

『で、ヤマカラス。「山枯らす」だな。あー、これはやっちまったって事だな……』

『やっちまった?何をやっちまったの?山を枯らしたの?』

 道具屋は顔をしかめながらああ、と少女に頷く。

『どうもこうもないよ。ハゲが世界を照らし過ぎて、山の木や草花を枯らしてしまったんだな。最悪だよ。植物ってのは、光だけを与えちゃダメだからな。水や養分がなく、光が過剰だとそういう事になる。枯れちまうんだ。本当、このハゲ野郎が!!調子に乗るからこうなるんだよまったく』

 ハゲを上げたり下げたりと忙しい道具屋のおやじである。

『で、最後に「ハゲチラカス」。これはまあそのまんま「ハゲ散らかす」だな。「世界を照らしちゃうぞ♪」の頃はまだ立派なハゲだったのが、やり過ぎて責められて、挫折して、最後は散らかしてしまったという訳だ……。つまり、ハゲは調子に乗るなって事だな』

『ふうん……変な魔法だね。ありがとう。とにかく練習してみるよ!』

『おう、いいってことよ!気を付けてな』

 エルフの少女は礼を述べてその場を立ち去った。


『変な魔法だねえ。ハゲチラカスだってさ。「光魔法ハゲチラカス!」……あれえ?なんか違ったような気がするけど……。まあいいか。ハゲチラカスハゲチラカス。……うーん。メモも読めないし覚えにくいや。忘れちゃったら大変だね。そうだ!歌いながら行けば良いんだ!』

 そして少女は自ら手拍子を叩いて、道具屋から聞いた呪文を歌い出すのだった。


『ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪』


『お、嬢ちゃんどうしたよ。歌を歌って、ご機嫌だな』

 少女が歌いながら歩いていると、誰かに声を掛けられた。 

『あ、武器屋のおっちゃん、ドワーフの。いつも私のお父さんがお世話になっている。腕利きの』

『おいおい、一体誰に説明してんだい』


 そこでハハハ、と笑いが起きる。

 メタ発言が好きな魔法使いの習性を見抜いて入れた、一福のアドリブであったが、狙いは的中だった。


『おっちゃん。今のは歌じゃないの。魔法なの。師匠に紙に書いてもらったんだけど、滲んで読めなくなってさ』

『ほう。どれどれ、読ましてごらん』

『はい』

 エルフの少女は滲んだ紙を手渡す。

『ふむふむ、はあはあ……なるほど』

『読めるの?』

『ああ、読めるとも。これは「ワシテラスソラテラスヤマカラスハゲチラカス」なんて書いてあるんじゃない。……くう、何て悲しい話なんだ」

 ドワーフのおやじは目頭を押さえ、手ぬぐいで鼻をかむ。


 ブー―!という下品な音に魔法使い達は大喜びだった。というか結構魔法使いはなんでも笑った。実はこの世界で一番温かい客かもしれない、と一福は秘かに思った。


『おっちゃん。何で泣いているのよ。一体何て書いてあるのさ?』

 ドワーフの武器屋は涙を腕で拭いながら答える。

『ああ、これは「フミヌラス シラヌママ ボククラス ハハキトク」だな。いやあ、これは悲しい魔法だな。なんだ、涙を誘う魔法なのかこれは?悲劇の魔法だな、まったく』

『どういう意味?』

『つまり、紙を濡らしちまった今の嬢ちゃんみたいな状況だよ、これは。「文濡らす知らぬまま暮らす母危篤」ってな。故郷からの手紙を濡らしてしまったから、母親が危篤な事を知らないまま生活をしていたという話だよ。いやあ、つらいな。親より先に死ぬのと、親の死に目に会えないのが、一番の親不孝だよ。コイツはなんだって手紙を濡らしちまったんだよ。乾かせば良いのによ!まあ、そんなこと言ったって始まらねえな。ほら、何やってんだよ嬢ちゃん。分かったら早く母ちゃんの所に行ってやりな!』

『何言ってんのよおっちゃん。うちの母さんは元気だよ。言ったでしょう。これは魔法の呪文だってば』

 そう少女に言われるとドワーフは豪快に笑いながら頭を掻く。

『ああ、そうだったそうだった。これは失礼。まあ、そう言った事が書いてあるんだよ』

『そうなんだ!練習してみるね。ありがとうおっちゃん!』

 そうして、エルフの少女は立ち去った。


『なるほど「フミヌラス シラヌママ ボククラス ハハキトク」か。あのおっちゃんも随分文学的な解釈をするもんだねえ。人は見かけによらないとはこの事だよ』

 うんうんと感心しながら歩くが、ふと立ち止まって考える。

『でも、道具屋と武器屋のおっちゃん。どっちが本当なんだろう……。道具屋のおっちゃんの方が師匠から言われた時の感じに近い様な気もするんだよね……。まあいいか!両方覚えておいて、河原でどっちも練習すれば。ようし、忘れない様に繋げて歌おうっと!』

 少女は再び歌いながら歩きはじめる


『ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪フミヌラス♪シラヌママ♪ボククラス♪ハハキトク♪あ、よいしょ♪ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪フミヌラス♪シラヌママ♪ボククラス♪ハハキトク♪あ、どうした♪ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪フミヌラス♪シラヌママ♪ボククラス♪ハハキトク♪あ、どっこいしょ♪』


 陽気に歌って歩く少女。すると、また誰かから声をかけられた。

『おい嬢ちゃん!何してんだい!』

『あ、貴方は戦士のおっちゃん。リザードマンの。とても強い。だけどぶっきらぼうで下品でご飯の食べ方が汚いから近所で滅茶苦茶嫌われている』

『なんだと!このクソガキが!!誰に説明してんだ!』

『ひゃあ!ごめんなさい!…………だから余計な説明入れたくなかったんだよ』


 少女がそう口を尖らせて呟くと酒場で笑いが起きた。


「チョウカ様、如何でしょうか?」

 とある席で弟子が話し掛けた人物。そこには大魔導師で、次期王宮魔法隊隊長のチョウカが座っていた。

「いやあ、見事なものです。先程もそうだが、我々に途中で説明を入れながらもラクゴ内での世界観をも失わない。即興的な要素も垣間見られました……。何もかもが綿密に計算されています。彼の話芸に比べたら我々の魔法の稚拙さが浮き彫りになる程です。なるほど、これは大司祭様が興味を示されるのも理解出来ます……」

 長く伸びた白い髭を擦りながらチョウカはそう言うのだった。


『ん?何々?滲んで読めなくなった?どれ、俺が読んでやるよ』

『いいけど……食べないでよ』

『食べるかよ!お前リザードマンを何か勘違いしてねえか』

 プリプリ怒りながら紙を預り、目を落とす。

『ふんふん。なるほど、ああこれは「ミノタウロス ソクラテス マスカラス アルバトロス」って書いてあるんだ! なんだか格好良くて強そうだな!』

『へえそうなんだありがとうさようなら!』

『お前俺の時だけ対応雑じゃねえか!?』

 叫ぶリザードマンの声を尻目に駆け出す少女。


『あー、怖かった。食べられちゃうかと思ったよ……。でも、また増えたね。覚えるのが大変だ……』


 そうして少女はまた歌い出す。


『ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪フミヌラス♪シラヌママ♪ボククラス♪ハハキトク♪ミノタウロス♪ソクラテス♪マスカラス♪アルバトロス♪Yea♪ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪フミヌラス♪シラヌママ♪ボククラス♪ハハキトク♪ミノタウロス♪ソクラテス♪マスカラス♪アルバトロス♪Hoo♪』


『うふふ、楽しそうねお嬢ちゃん』

 陽気に歌って歩く少女。すると、また誰かから声をかけられた。

『貴方は、近所のエルフのお姉さん。詩人。美人。ボイン』

『うふふ、ありがとうお嬢ちゃん』

 韻を踏んだ紹介に嬉しそうに喜ぶエルフ。


『どうしたの?あら、紙が滲んで……?……どれ、私に貸してご覧なさい』

 紙を受け取り一目見る。すると直ぐに顔を上げた。

『ああ分かった。これは切ない恋の歌なのね。素敵だわ』

『歌ですか?魔法だと思うんですけど……』

『いえ、これは歌よ。離れ離れになった恋人達の事を歌っているわ』

 そう言うとエルフのお姉さんのセクシーな唇から歌詞がこぼれ落ちた。

『キミコイシ♪オモイアフレ♪アイタイヨ♪デモアエナイヨ♪アイシテル♪キミコイシ……』

 始めは小さな声で歌詞を反芻していたが、段々口に馴染んできたようで、最後には情感溢れる歌声へと変わっていった。

『君恋しーーー♪想い溢れーーー♪会いたいよ~~~♪でも会えないよ~~~~~♪……愛・し・て・るーーー!ルルルゥゥ~~~♪』

 お姉さんは、ビブラートやしゃくり、こぶしに裏声を大量に駆使し、大音量で歌い上げるのであった。

 

 その歌唱力に酒場から拍手と口笛が響く。


『凄いですお姉さん。流石詩人!』

 少女もパチパチと拍手を捧げる。

『でも、なんだか悲しい歌詞ですね』

 その言葉にエルフのお姉さんは小さく、悲しげに頷いた。

『ええ、そうなのよ。この歌詞、私にはよく分かるわ。本当によく分かる……。もう何年になるかしらね……。あの人がこの町を出て行ってから…………』

 エルフのお姉さんは遥か遠く、海の彼方へと思いを馳せる。

 少女はぽかんと口を開け、エルフのお姉さんを見上げる。

『うふふ、お嬢ちゃんもあと五年もすればすぐに分かるわ。女になればネ☆。最後に人生の先輩として、これだけは言っておくわ。船乗りの男にだけは、惚れちゃダメよ…………』

 その言葉だけ残し、お姉さんは物憂げな表情を浮かべて去っていた。


『はあ、やっぱり凄く色っぽかったなあ。良い匂いもして。私もあんな美人なエルフになりたいなあ。ようし、その為にも修行修行!』

 少女は再び歌いだすのだった。


『ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪フミヌラス♪シラヌママ♪ボククラス♪ハハキトク♪ミノタウロス♪ソクラテス♪マスカラス♪アルバトロス♪キミコイシ♪オモ~~イアフレ♪ア~~イタイヨ♪デモアエ~~~ナイヨ♪アイシ~~~テル♪NNNN…………』


『おう!お前何やってんだ!おいおい』

 少女は再び誰かに声をかけられた。

『あ、貴方は近所で評判の馬鹿が付くほどの熱血漢』

『おう、そうだ!俺が近所で評判の馬鹿が付くほどの熱血漢だぜ!ありがとよ!』

 簡単に受け入れた上に礼まで述べた。

『何だって?紙が滲んで?ようし、俺に任せろ!ふんふん、分かったぜ!これはよ「ウ〇タロス キ〇タロス リュ〇タロス モ〇タロス オレサンジョウ!」って書いてあるんだよ』

 自信満々に親指を立てる男。少女は首を傾げながら意味を訊ねる。

『どういう意味なんですか?』

『俺に聞くなよ!書いてあるのを読んだだけなんだからさ!』

『○が入ってますけど……』

『だから○が書いてある様に見えたんだよ!だけどよ、これ、○があって救われているかもしれないんだぜ?○が無かったら今頃大変な事になってるよ』

『大変な事?誰がですか?』

『俺に聞くなよ。なんか神に近い存在みたいなヤツがだよ』

『??』 

 少女には全く意味が分からない。

『ありがとうございました』

『おう、風邪引くなよ!』

 そして、その場をそそくさと後にするのだった。


「えーー、その後もこのエルフの少女。歌いながら歩いておりますと、次々に人に呼び止められては、『アマテラス』の間違った読み方を教わっていきます」    

 

 宿屋の老人店主に聞いた。

『「ドノドアモ アイテナク ノックシテモ ヘンジナク ツイモラス」じゃな。これはつい先日あったワシの実話でな』 

『ええ!?漏らしちゃダメですよ!』

『いや聞いてくれよお嬢ちゃん。実はワシ漏年でさ。本漏だったの』

『ああ、そうなんですか。だったら問題ないですね。漏年ですから。これはこれはおめでとうございます!』

 少女はそれを聞くと真剣にお祝いの言葉を述べた。酒場からもそいつはめでたいと、温かい拍手が送られる。


 陽気な遊び人に聞いた。 

『ハハハハハ ヒヒヒヒヒ フフフフフ ヘヘヘヘヘ ホホホホホ タノシイネ」だねぎゃははははは!!はっは♪!』 

『はあ、それは実に楽しそうで良かったですね……』

 

「さあ、まもなく修行場所の河原へと着きますが。その頃には呪文は大変な量になっておりまして……」

『ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪フミヌラス♪シラヌママ♪ボククラス♪ハハキトク♪ミノタウロス♪ソクラテス♪マスカラス♪アルバトロス♪キミコイシ♪オモイアフレ♪アイタイヨ♪デモアエナイヨ♪アイシテル♪ウ〇タロス♪キ〇タロス♪リュ〇タロス♪モ〇タロス♪オレサンジョウ!ドノドアモ♪アイテナク♪ノックシテモ♪ヘンジナク♪ツイモラス♪ハハハハハ♪ヒヒヒヒヒ♪フフフフフ♪ヘヘヘヘヘ♪ホホホホホ♪タノシイネ♪ワシテラス♪ソラテラス♪ヤマカラス♪ハゲチラカス♪フミヌラス♪シラヌママ♪ボククラス♪ハハキトク♪ミノタウロス♪ソクラテス♪マスカラス♪アルバトロス♪キミコイシ♪オモイアフレ♪アイタイヨ♪デモアエナイヨ♪アイシテル♪ウ〇タロス♪キ〇タロス♪リュ〇タロス♪モ〇タロス♪オレサンジョウ!ドノドアモ♪アイテナク♪ノックシテモ♪ヘンジナク♪ツイモラス♪ハハハハハ♪ヒヒヒヒヒ♪フフフフフ♪ヘヘヘヘヘ♪ホホホホホ♪タノシイネ♪』


 凄まじい量に膨れ上がった呪文に、酒場の魔法使い達は圧倒される。

 そして一福の口から、間違う事なく、詰まる事なくツラツラと並べられる言葉の粒に、酔いしれる。

 誰ともなく沸き起こる拍手喝采。

 最後には一福の歌に合わせて大きな大きな手拍子の合唱が響き渡るのであった。

「チョウカ様。これが先日使われたという『アマテラス』の裏詠唱だと思われますが……」

 弟子の言葉に神妙に頷く大魔導師チョウカ。

「ええ……彼は一体何者なのでしょうかね。卓越した記憶力に、詠唱術。これは是非とも魔法隊に入ってもらわねば……」



「ええー、膨れ上がった呪文を歌いながら河原に着いた少女。早速練習を始めますが、当然、どの詠唱でも上手く魔法が使えません」

『ワシテラス ソラテラス ヤマカラス 光魔法ハゲチラカス えい!!』

 気合を入れ、ステッキを振るうが上手く魔法が出ない。 

『フミヌラス シラヌママ ボククラス 光魔法ハハキトク えい!!……ミノタウロス ソクラテス マスカラス アルバトロス キミコイシ オモイアフレ アイタイヨ えいや!!……ダメだ!出ないよ!』

 その後も、どの呪文を使っても上手くいかない少女。

 いよいよ疲れ果て、河原にゴロンと横になってしまう。

『何やってんだお前は……』

 そこで、少女は誰かに声をかけられた。

『あ、貴方は!…………知らないおっちゃん!』

『なんだその言い草は!』


 これには酒場中が爆笑も爆笑。大爆笑ターミナル劇場と化していた。チョウカも大笑いである。

「チョウカ様、これは素晴らしいですね。既視感、いえ、既聴感があるのに、何故か飽きずに笑いを覚えてしまう」

「ああ、これは……古い文献で読んだ事があります。同じシチュエーションを何度も繰り返して相手に効果を与える……。更に最後は少し状況を外す応用を加えて、爆発的な笑いを誘っておりましたが……。そうですか、これが伝説の『テンドン』という業ですか……」

 チョウカはこの時点で既にラクゴの素晴らしさを実感し、演者であるイップクに対する尊敬の念を覚えていた。


『で、色々叫んでいたが、お嬢ちゃんは一体何してたんだ?』

『はい、魔法の練習です。このメモの通り……』

 少女の言葉に敏感に反応を示す男。 

『魔法の練習?どんな魔法を使ったんだ。おい、そのメモとやらを見せてみろ』 

『はい』

 その男はメモを見ると直ぐにああ、と呟き顔を上げる。

『なるほど。分かったぞ』

『え、分かったんですか?』

『ああ、何故なら俺も魔法使いだからな。少し滲んでいても知っている魔法の詠唱なら十分理解出来る。見てろ……』

 そう言うと男は少女のステッキを借り、目を閉じて呪文を唱え始めた。

『ウミテラス ソラテラス ヤマテラス 「光魔法アマテラス」』

 次の瞬間、ステッキの先から光の矢が水面へと飛んで行き、水しぶきを上げた。


 少女は感激して、男を見上げる。

『凄い!その魔法は何て魔法ですか?』

 呆れた様に男が言う。

『決まっているだろうが。「アマテラス」だよ』

『はあ、貴方の魔法は「アマテラス」でしたか……』

 そして少女はとても嬉しそうな表情を浮かべると、こう言った。

『それは凄く似ていますね。私のは「ハゲチラカス」と言うんです』



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