エターナル【寿限無】⑤
『今こそ、修行の成果を発揮する時……行くぞ!』
師匠に別れを告げ、山を下りた弟子は気合十分、敵の前で必殺技の名前を叫ぶ。
『エターナルエターナルシャイニングウィズダムブレイド神アクア神エミタル神モル神ケピネプ神ナアキ伸ゴンゴルプリプリ神チンチロピロピロ神チョンモネ神その他1787神の名の下に風の精霊ジン水の精霊ウンディーネ火の精霊イフリート土の精霊タイタン踵の精霊のぶをの加護を受けシュレディンガーガガーリンアルシンドピニャコラーダジンギスカンスフンフフンヤマダホフッフ我が刃は闇を斬りターミナルに光差す慈愛と創生の夜明け待つ人々の為立ち上がりし我こそ完全無欠なる絶対勇者栄光溢れるこの名に於いていかなる邪悪も許さぬ所存いざ喰らえ愛と正義と勇気と根性と欲望に満ちた曇りなき揺るぎなきやんごとなきこの秘剣その名も超絶滅殺必殺剣……「ギガンテスファイナライズイリュージョンスマッシュ」!!!』
横一文字に一閃。それからしばらくの間。
『…………やったか?』
弟子は周囲を見回し、技の効果を確認する。
『……どうだ!敵は倒れたか!?どうだ!どうなった?』
『ちょっとあんた、あんたってば』
旅の途中でパーティーを組んだ戦士がおずおずと話し掛けてくる。
『はい?何ですか?』
『敵って言っても、スライム数匹だったよな?』
『ああ……はい。そうですね』
『倒したよ』
『……はい?』
弟子は意味が分からないという風に首を傾げる。
『倒した?では私の技は?』
『技も何も……あんたが長い事技の名前叫んでいる間に、もう、とっくに戦闘は終わってしまったよ』
ドンドン、と太鼓の音が鳴り、一福が座布団の上で礼をすると、酒場は大きな拍手に包まれた。
「やあ、イップクの旦那。今日もお疲れさん。最高だったぜ」
高座を降りた所で、ラッカに話しかけられた。後ろにはハーフエルフの少女が瞳を輝かせて見つめている。
「ああ、ラッカ様。それにナナセさんも。夜の部も観て頂いて、ありがとうございます」
「とても良かったです!一福様!私感動しました!」
「ははは、ありがとうございます」
「はい、凄いびゅーんって勢いがあって、それにぐわわんとパワフルで、長い台詞も超早口で格好良くて、最後師匠も一緒に変になっちゃう所とか、お腹抱えて笑っちゃいました!」
「ははは」
一福はナナセの率直で直感的な感想を聞き、面白そうに笑った。
「あ、もちろんもちろん!お昼に観たラクゴも凄く良かったですけどね!でも、ちょっと似てるんですね!雰囲気が」
「ああ、そうですね。少し意識して作りましたので。口の体操という部分で言えば大元の落語でも同じ様なものですし」
「へえ、よく分からないけど、凄いです」
「ハハハ、正直だなお嬢ちゃんは」
ナナセの物怖じしない、快活な発言を横で聞きながら愉快そうに笑うラッカ。
「にしても、旦那の言う通り、随分客の毛色が変わったもんだな。昼と夜とでもってのはあるけど。まあ、今は確かに全体的に騎士団の連中が多い様な気がするな」
そう言うと辺りを見渡しながらグラスのビールを飲む。
『何言ってんだ。お前の所為だろうがよ、ラッカ』
オクラホマスタンピードが思わず突っ込みを入れる。
『こんなに騎士やら魔法使いやらが増えたのは、ラクゴの技を本気でやるヤツがいるからだろうが。なあプクよ?』
「ははは、まあ、確かに間違いなくラッカ様の所為ではありますね」
一福はやんわりと微笑む。
「だって出来ちまったんだから、仕方ないじゃねえかよ」
そう、出来てしまったのだ。落語の中の技を現実で。
その噂が広まり、なんとか修得しようと、勤勉な騎士達が落語を観に訪れ出した。メモを取る者まで現れる始末だ。
「ですが、実際に技として使えるとは、一体どういう事なんでしょうかね?」
「旦那やイヘブコの才能?ってヤツなのかね?」
「ふん、イヘブコの才能ではないでしょう。全ては一福様の御力に決まっておる」
いつの間に現れたのか、頭に包帯を巻いたダマヤが一福とラッカの会話に口を挟む。
「お、ダマヤのとっつあん。お昼ぶり。頭大丈夫?あれからどうしたの?また王宮行った?で、入れてもらえたの?あ、そう。まあ、そらそうだろうねえ。じっさま、カンカンだもの」
「ぐうう……いつになったら私は王宮に帰れるのだろうか……」
ラッカが笑顔でダマヤの傷を抉る。それをナナセはニヤニヤしながら眺めている。
「なんだ小娘?何を笑っておる。おい、やい」
「いいえー。べつにー。ぷぷぷ」
頭に包帯を巻いたダマヤはナナセを睨みつけるが、ナナセは涼しい顔で笑っているままだ。
「まあ不思議な力を持つ事が分かった『アマテラス』も『エターナル』もきちんと舞台に掛けて、笑いも取れているのですからあたしとしては宜しいんですがね。元々技の為に作った訳でもありませんから、きちんと笑いを提供する手段として、あたしが使えるのであれば」
その言葉に、頭に包帯を巻いたダマヤが嬉しそうに合いの手を入れる。
「なるほど。良いも悪いも演者次第という訳ですな!」
「なんだよとっつぁん。それなら俺達が悪い演者みてえじゃねえかよ」
ラッカが唇を尖らせて反論する。オクラホマスタンピードは愉快そうに口を歪める。
『ははは、ラッカ。これはダマに一本取られたな』
「ですから、ラッカ様がラッカ様の手段で用いられる事に関しては、何の文句もございませんよ。勿論、ナナセさんも。少しでも危機に役立ってくれたのなら、良かったです」
「イップク様……」
一福の言葉にナナセは感動したように瞳を潤ませた。
「そうだぜ旦那。旦那は俺たちの命の恩人なんだからさ。な、お嬢ちゃん」
「ナナセですってば。でも、はい。イップク様のおかげです!イップク様は凄いです。ラクゴも凄く面白いです!今日生まれて初めてラクゴを聴いて、いっぺんにファンになってしまいました」
今日は極楽酒場で「昼の部」「夜の部」に分けて落語が行われた。
昼の部の落語を見たナナセはいたく感動して、ラッカと共に夜も観覧しに来たという訳である。
「でもお嬢ちゃん。昼に夜にと感動したはいいけどよ。これからどうすんだよ。魔法使いとしてはよ?」
ニヤニヤしながらラッカが尋ねると、ナナセは口をへの字にして、頭を抱え込んでしまう。
「うーん、どうしましょう……」
「このままじゃあ、新しく作られるっていう王宮の魔法隊入りも厳しいしな」
「厳しいと言いますか、無理ですよね」
「魔法使いギルドにもお嬢ちゃんの名前はもう知れ渡ってるだろうしな。冒険者仲間を斡旋してくれないだろうな」
「ふえええん」
ナナセはいよいよ泣きだしてしまった。
頭に包帯を巻いたダマヤはなんとも嬉しそうにナナセを見下ろす。
「小娘が、後先考えずに行動するからだ、へへん」
すぐに泣いていたナナセがキッと顔を上げダマヤを睨みつける。ダマヤはビクっと身体を震わせ、怯んだ。
昼の部に出会った二人は夜の部までの間に、見事に仲が悪くなっていた。
ナナセは伝説とまで言われた視聴者の実際の姿がこんなダメ人間だったのかと、幻滅を更に越え、泣きたい気持ちになった。
「というか、こうなったのも元はと言えば勇者様の所為なんですから、責任とって下さいよ」
「え?俺が?」
「はい、そうです。私とパーティーを組んで下さい」
「パーティー?はあ?それって俺が子守りするって事?嫌だよ」
ラッカはあからさまに嫌な顔をして、ナナセの提案を拒んだ。
『いいじゃねえかよラッカ。若くて可愛い女の子と一緒に冒険出来るんだからさ』
「まあ魔剣さんったら、嬉しい事言ってくれますね♪」
「ちょっと待てよオクラ。勝手に決めんじゃねえよ」
「どうも、皆さんお揃いで」
ラッカとナナセが言いあいをしている所に、先程まで奥の席に座って落語を観ていたクランエが顔を出した。ラッカは体良く話題を変えられる相手が来たと、両手を上げ歓迎する。
「おお、クラ。よくぞ来てくれた!!どうしたよ!ヘイ!クラ!マイブラザー!」
「ええ、一番後ろの席で拝見させて頂きました。で、そちらの方は?」
「ああ、これはお嬢ちゃんだよ」
「ナナセですって。はじめましてクランエ様。ナナセ=フラウと申します」
ナナセはクランエの前で片膝を付き、恭しく挨拶をした。
「なんだよ、クラと俺とで随分態度が違うじゃない」
「当然です。クランエ様は天才召喚師と呼ばれて尚、自己研鑚を止めない素晴らしいお方ですよ。魔法使いの間でも有名です。『勇者』の名にどっかり胡坐をかいて何の努力もしないどこかの誰かとは大違い」
「へん、これだから魔法使いって人種はよ。すみませんね。完璧人間で」
特に気分を害した様子もなく、むしろ嬉しそうに、だがどこか自嘲気味にナナセに言い返すラッカ。
その二人の雰囲気を見ながらクランエは、ある事を思った。
新しくパーティーを組む子だろうか。少し若過ぎる気もするが、ラッカ兄さんが楽しそうだから、これはこれで良いパートナーになるかもしれない。
そんな事を考えながらふとダマヤを見て、クランエは仰天した。
「ダマヤ様、どうなされたのですか?その頭は……」
久しぶりに見たダマヤは、何故か頭に包帯を巻いていたのだ。
「ああ、それはですね……」
「いや、ちょっとな。そこなではぐれモンスターと出会ってな。ああ、バジリスクが百体だったかの?一時間に渡る死闘の末に負った、名誉の負傷だ」
説明しようとするナナセの声に被せてダマヤが早口に理由を並べ立てるが、どうも嘘くさい。
一福やラッカ、ナナセが頭の包帯に特に触れないという事は、彼らは事情を知っているのだろう。ひょっとすると自分のいなかった今日の昼の部で何かあったのかもしれない。
クランエはここ数日、一福の下を離れ召喚師本来の仕事や別の任務に追われていた。クランエはダマヤの様に追放の身ではないので、王宮にも普通に顔を出せるのだ。
「で、クランエ師匠。今日はどうされたのですか。とは言いましても、後ろにいらっしゃるお連れさんが、あたしに何か御用みたいですけど」
「ご明察通りでございます」
クランエは後ろにいる人物を振り返ると、一福を紹介する。
「カンエ様、こちらが楽々亭一福様でございます」
「うむ」
そこにいたのは銀色に輝く甲冑を着た、初老の男性であった。
年齢を感じさせない大きな体躯に、正に武人と言った風体から放たれるオーラには威厳がある。
「あ、お主は……カンエではないか!!」
ダマヤが思わずその男を指差し、声を上げる。
カンエは自身の立派な白髭を触りながら、ダマヤに微笑んだ。
「おおダマヤ、久しぶりだな。最近ではめっきり宮廷で見なくなったな。どうしたんだ?ああ、追放されたのだったな。大臣にビンタされて。まあ、ひがなテレビを見る以外、大した仕事があるわけでもないからな。このまま帰ってこなくても誰も困らないから、心配するな。はっはっは!」
「おのれカンエ……!」
カンエのあからさまな皮肉に悔しそうに歯噛みするダマヤ。
「えーと、一福様。こちらがサイトピア王宮騎士団の団長、カンエ様です」
ダマヤとカンエのやり取りの間を縫って、クランエは一福にカンエを紹介した。
「騎士団の、団長様ですか……」
一福はクランエの顔を見て、一つ頷く。
「いやはや、お主の大失態を聞いた時は同期として心配したのだぞ。一日中部屋に閉じこもりテレビばかり観ておるお前が、一切運動をしないお前が外に放り出されて何日生きられるのかと、気に病んだものだ」
「何をほざくか。そんな事言って、一度も見舞いに来ないではないか」
「はっはっは!だから今来てやっているではないか」
カンエは本来の目的を忘れてダマヤをおちょくるのに夢中になっている。
カンエとダマヤは宮廷での同期であった。
「史上最年少視聴者」という、ある意味若くしてエリート街道を歩んだダマヤに比べ、カンエは地道にコツコツと努力して、己を磨き、堅実に武勲を上げ、同時に後身も育て、組織の土台強化にも貢献し、その結果、上からも下からも認められ、満を持して騎士団長となった、まさに叩き上げの大人物であった。
「おのれカンエ、お主までも私を馬鹿にしにきたのか……悔しい!」
「何だ?他のヤツもお前を馬鹿にしにきたのか?そりゃあ一日一人は来訪者があるだろうな。お前を馬鹿にしたい者ならこのサイトピアに大勢いるものな」
「ぐぬぬぬ……」
この様に昔からカンエは、ただただ「怠ける才能が人の百倍以上ある」という理由で視聴者となったダマヤの事を認められる筈もなく、なにかにつけて因縁をつけてくるのであった。
「まあまあダマヤ様。落ち着かれて下さい。これはダマヤ様の為でもあるのですよ」
「何だと?私の為だと?」
「はい、ですからしばらく様子を見守られていて下さい」
「むう……」
二人の諍いに思わずクランエが仲裁に入る。このままでは話が一切前に進まないからだ。
そしていよいよカンエが一福に話しかける。
「……イップクと言ったな」
「はい」
「ラクゴとやら、拝見させてもらった。俺は武の道一筋で、笑いというのははよく分からんが、技巧はたいしたものだ。あれだけのものを作り上げるには、並大抵の努力ではなかっただろう。それだけは門外漢の俺でもよく分かる」
「これは、どうもありがとうございます」
一福が丁寧に頭を下げる。
「でだ、俺はまだるっこしいのが嫌いでな。単刀直入に言おう。お主、騎士団へ来い」
カンエは何のためらいもなく、その言葉を口にした。




