ソードほめ【こほめ】⑤
それからしばらく思案に暮れ、幾つかの意見も出たがどれも決定的なものに欠け、いよいよ三人は俯いて考え込んでしまった。
「うーむ、難しいですな。誰かターミナルに詳しくて、それで落語を異世界落語に変換出来る、相当頭のキレる者はいないものですかね」
ダマヤの言葉にクランエがもっともだと頷く。
「私もダマヤ様もやはり王宮務めが長い故、城下の、落語向きの大衆文化には疎いですからね。情けない話です……」
「いえいえ、お二人ともしっかりアイディアを出して頂き、その事自体があたしの勉強にもなります。諦めずに、考えましょう」
一福が二人を慰めた、その時である。
ドーン!!!!!!!!!!!!!!!!!
酒場の外から、地響きの様な巨大な音が響いた。
同時に地面が揺れ、酒場のグラスや皿の幾つかが、テーブルから落ちて割れた。
「何だ!」
「どうした!」
「魔族の襲来か!!」
「怪我はないか!」
「誰か、行ってみろよ!」
「私が行きます、店を頼みます!」
様々な声が外からも中からも飛び交う。一福達はとにかく高座やイスから降り、低い姿勢を取った。
…………………………。
しばらくの沈黙。
音は一度だけで、次に鳴る気配はどうやらなさそうだった。
「……一体、何があったのだ」
ダマヤがようやく口を開いた。
「……誰かが言っていた魔族の襲来というのはあながち嘘でないかもしれません。私が見て参りましょう」
「師匠。一人じゃ危ない。あたしも行きますよ」
一福の言葉にクランエが真剣な顔で首を振る。
「一福様の身を危険に晒すわけにはいけません。お願いですから、ここにいて下さい」
そう言い、クランエが身を翻し外へ駆け出そうとしたまさにその時、入口から平然と入ってくる人物がいた。
「おう、やってるかい?」
勇者、ラッカだった。
「おう、ダマヤのとっつぁんにクラに、イップクの旦那。元気かい」
平穏そのものといった表情で、のほほんと笑いかけてくる。
「どうしたんだよあんたら、辛気臭い面並べやがって」
「いや、さっきの音が何事かと……魔族の襲来ではないかと思い」
「ああ?あれは別に大した事じゃねえよ。魔族でもないし。何の問題もないから気にすんな」
ラッカは片手を振って、クランエにおどけてみせる。
「あ、でも店主は行った方が良いかもよ。早い者勝ちだから」
どうも要領を得ない。だが、ラッカの言葉は余計で、既に店主は店にはいなかった。誰よりも早く外へと駆け出して行ったのだ。
どうやら、ラッカは外で何が起きたのか知っているようだ。
冒険から帰ってきたばかりなのか、服や髪が少々汚れており、その背中には漆黒の大剣を担いでいた。
明らかに異様な気配を放つその大剣が、見るからに只モノでない事は文官であるクランエにもすぐに理解出来た。
――ひょっとしてあれは、聖魔の洞窟の……。
漆黒の大剣の他に、更に珍しい事が一つ。
ラッカは一人ではなかった。
後ろにホビットを連れていたのだ。
ホビットの年齢に関してはよく分からないが、顔立ちから人間的に判断するならば、クランエと同じ20代か、それより下かといった所である。
表情をころころ変えながら周りを見渡すその様子は、忙しなくも感じるが、どことなく愛嬌の様なものも備えている。
ラッカの新しい仲間かと思ったが、そんな筈はないと、すぐに否定した。
ラッカは3年前に幼馴染で仲間だった魔法戦士ピートを冒険中に亡くし、それ以来誰ともパーティーを組んでいない。これから誰とも組むつもりがないのではないかと、クランエは内心、懸念していた。
「で、何してたのよ。三人そろってさ」
ラッカは自分の事には一切触れず、あくまで一福達の事情を聞きたがる。
「あたしの世界の落語を、ターミナルで通用する様にアレンジしていたのです」
「ラクゴを?あ、なるほど。元々旦那のいた世界のまんまでやっても意味が通じないって事か……」
「その通りです」
察しの良いラッカに驚き、一福は頷く。
「三人で色々と新しい『〇〇ほめ』に関して考えていたのですが、なかなか良い案が出なくて……」
「ふーん。で、元の話ってのはどういう話だい。聞かせてくれよ」
「『こほめ』の筋はというとですな。間抜けな男が近所の御隠居になんとかタダで酒を飲~~(中略)~~サゲは友達の家に行って生まれたての赤ん坊をほめようとして、赤ん坊の歳を聞く。『このお子さんはおいくつで?』『いくつも何も、今日生まれたばかりだよ』と言われ『生まれたばかり、それは若く見える。どう見ても、明後日ぐらいだ』です」
本当は一福に演じてみせて欲しかったのだが、嬉々として説明し始めたダマヤにとうとう口を挟む事は出来なかった。
そしてラッカは、ダマヤの説明を聞いている内に、始めは苦笑いを浮かべていたのだが、段々と悪戯を思いついた少年の様に目が爛々と輝きだし、口元も愉快そうに、にやつきはじめた。
「……なるほどなるほど。そういう事か。分かった分かった。あっはっはっは!」
ラッカは、いよいよ笑い出した。
それを見て喜んだのはダマヤである。
「一福様、私の説明が受けましたぞ!」
「違うよ!とっつぁんの早口の説明が面白いわけねえだろうが!帰れ!」
そして即否定された。
笑いながらラッカは一福を見る。
「イップクの旦那。こいつは傑作だぜ……」
「……どういう事ですか?」
「もう出来てる」
ラッカはそう、きっぱりと言い放った。だが、その言葉は唐突過ぎて、一福には理解出来なかった。
「ラッカ様?よく意味が分かりませんが」
「異世界落語はもう出来てるって言ったの」
再びラッカは断言した。驚いたのは一福達である。
「既に出来ている?本当ですか?あ、もしやラッカ様が今、話を聞きながら考えたのですか?でしたら是非お聞かせ下さい」
「あはは、そんな訳ないだろう。俺は考えるの苦手なの。えとね、それは、コイツに聞いてくれ」
ラッカの指差す下には、同行して酒場に入ってきた、憎めない顔をしたホビット。
頭を掻きながら、笑っている。
「ほれ、旦那方に自己紹介しやがれ」
「へ、へえ。オイラの名前はイヘブコと言います。見ての通りホビットで、ちんけなシーフです。今城下一有名人のラクラクテイイップク様とこうしてお会いできて、恐悦至極の栄光の誉れでございやす」
皆の肩よりも低い位置の頭をへこへこと下げながら、ペラペラと一福を賛辞する。
「おいイヘブコ。お前、さっきここで旦那の落語、『こほめ』を観ていったんだな。そうなんだろう?正直に言いな」
「……へえ、ラッカの旦那には参りましたねえ。観念いたします。……その通りです」
今度は一変。泣き出しそうな顔で、頭をペコペコ下げるイヘブコ。
「よし。じゃあまず始めに一福の旦那に謝るんだな。話はそれからだ。そうしたら今度は、お礼が返ってくるかもしれねえぞ」
「あ、あのラッカさん。ちょいと事情が飲み込めないのですが」
一福が珍しく困惑したように眉を潜め、ラッカに訊ねる。
「このお方が、一体何なのですか?」
「ああ、コイツは本人の言っている通り、ちんけなシーフだよ。小ズルい、どうしようもねえヤツだ。小ちゃい悪党だ」
イヘブコを見下ろし、きっぱりと言い放つ。
「……だが、今の話を聞いている限りじゃ、実は相当なモンかもしれねえ。まあ、とにかく話を聞いてみなよ。イップクの旦那」
ラッカはそう言うと、心底面白そうに笑うのであった。




