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異世界落語  作者: 朱雀新吾
ソードほめ【こほめ】
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ソードほめ【こほめ】③

 問題はただ一つ。 

――何をほめるべきか、である。


 肌もダメ、年齢もダメ、子供もダメ。ではターミナルでは何をほめれば喜ばれるのか。

 それは一福には分からない。だが、ネタになるのかどうかを判断するのはプロの噺家である一福でなくてはならない。

 その天秤に載せる為の知恵を提供するのは当然、ターミナルの人間である。

「この作業、ダマヤ様ほどの適任はございませんね。なんせターミナルと異世界、どちらの文化にも精通されておられる唯一の御方なのですから」

 クランエが期待を込めた眼差しでそう言うと、ダマヤは嬉しそうにほっほと笑い声を上げた。

「おいおいクランエよ。私を誰だと思っておるのだ。王宮視聴者(ロイヤルウォッチャー)のダマヤだぞ」

「ええ、ええ、存じておりますとも。期待しております」

「いや、クランエよ。そうではない。私は毎日、異世界とターミナルの文化の両方に触れておったのだ。私の中で二つの文化が混ざってしまい、とっくに一つになっておるわ。どちらがターミナルで、どちらが異世界なのか、区別もつかん」

「…………」

 話にならなかった。羨望の眼差しは10秒で諦めの眼差しへと還っていった。

「なるほど、ダマヤさんはさしずめゲームと現実の区別がつかなくなった子供みたいなもんですね」

「ぶはは!一福様!上手いですぞ!ぶはは」

 一福の言葉に手を叩いて大笑いするダマヤであった。


「それでは、あたしがお二人に少し質問させてもらいましょうかね。それに答えてもらいながら『何ほめ』が良いか探っていきましょう」

 一福の提案にダマヤとクランエが同時に頷く。

「ターミナルには子供をほめる文化が特にないと仰いましたが、それなら、お年寄りなんかはどうですか?」

「お年寄りですか。敬う気持ちはありますが、ほめるというとまた……」

「『爺ほめ』ですか。ダメです!それはダメだ!」

 クランエが答えている横からダマヤが凄い剣幕で起こり始めた。

「一福様、やめておきましょう。ジジイなんざほめても何の得にもなりませんよ。只々他人の意見を否定し、若い芽を摘みたいだけの、権力という名の妄執に凝り固まった何の役にも立たない物体なんですから。毎日謁見を申し出ても何度も追い返して……。少しのミスでオークの首でも取った様な顔をして。考えるだけで嫌気がさしますよ。あ、そうです!一福様、『爺ほめ』ではなく『爺殺し』や『爺、始末の極意』ならよろしいのでは。そうなさいましょう!」

「あはは、それでは演目自体が変わってしまいますよ」

 一福は笑いながら手を振る。そして、クランエの方を見て聞いた。

「それで、実際どうなんですか師匠?お年寄りは?」

「……まあ、ダマヤ様の肩を持つ訳ではありませんが、特に仰々にご年配をほめる風習もターミナルにはありませんね」

「敬老の日はない、と……」

「ええ、却下です却下!」

 ダマヤの猛反対もあり「爺ほめ」は却下された。


「では、女性なんかはどうでしょう」

「ああ、女性はほめられるのは好きですね」

 クランエの答えを聞くと一福は楽しそうに頷いた。

「ほう、やはりそれに関してははどちらの世界でも同じ様ですね」

「一福様のおられた世界でもですか?」

「ええ、女性はほめておだてて、というのが男の常套手段ですよ」

「なるほど。ですがこちらの女性は男よりたくましい方がたくさんいますから」

「ああ、確かにそんな感じがしますね。そんなに奥ゆかしい女性などはいないのかな」

「そうですね。気の強い女性がどちらかと言えば多いです。とはいえ、私も少し大人しい女性の方が良いとは思うのですが」

 そう言うと、一福とクランエは顔を見合わせて笑いあった。

「『女ほめ』か……。ご隠居に女性のほめ方を教わって実践してみるが、ターミナルの女性はたくまし過ぎて逆に翻弄されてしまう……」

「悪くない気はしますね」

「確かに、悪くないです」

 一福の反応も好感触である。だが、扇子で肩を叩きながら、言った。

「悪くはないですが。もう少し考えましょうか。もっと、ターミナルならではの『〇〇ほめ』があるかもしれません」

「確かに。『子』から『爺』、『女』では、変化が少ない気もしますね」

「緩急的には面白いんですがね。保留という事で。クランエさんなどはまだお若くてハンサムなのですから、女性のほめ方など、お詳しいのでは」

「いえいえ、私など未熟者が女性にかまけている余裕など、ありませんよ」

 女性の話はこれで終わると思っていたクランエは、参ったとばかりに頭に手をやり、苦笑しながら言った。

「少しくらい遊んでいる方が仕事にも身が入るというものですけどね」

 一福は顎を撫でながらそんな事を言う。

「いえいえ、そもそも私は女性に相手にされませんから」

 ターミナルの色男とは、身体が大きく、頑丈で、屈強な戦士の事を言う。

 クランエや一福は明らかに規格外であった。

 特に一福はターミナルでは異常な程の細身であり、肌の色も驚くほど白い。落語を観にくる客の中には彼を「ラクゴースト」と揶揄する者までいる始末だ。

 だがターミナルにも、涼やかな男を好きな女性も、当然いる。

 一福はその優しそうな表情や穏やかな雰囲気で、女性に落ち着いた印象を与えるであろう。

 クランエも決してモテない部類ではないのだが、生真面目な性格と、文官故の取っ付きにくさから女性に敬遠される所があった。

「失礼ですが、一福様のご年齢は……?」

「ああ、あたしは今年で32でございます」

 32歳。ターミナルでの結婚適齢期を少し越えた程度である。

 こちらで少なくとも10年を過ごすのであれば、伴侶などのお世話もしなくてはならないかもしれない。

 クランエは突然のその思いつきを頭の片隅に置くのであった。そして、この事が後々、新たな落語と事件に繋がる事を、この時、誰も知らなかった。



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